「あれが織斑一夏……そして、シャルル・デュノアか」

 ラウラ・ボーデヴィッヒは、アリーナの空で激しく火花を散らす白式とラファール・レーヌの戦いを、その赤い瞳に映す。
 一年生同士の模擬戦とは思えないほど高度な戦闘。
 シャルル・デュノアは代表候補生と言う話だったが、鈴やセシリアより確実に実力は上。機体の性能を上手く引き出していた。
 戦い方も軍人のラウラをして、強いと思わせるほどに上手かった。

(あの間合いの取り方は厄介だな。武器の切り替えも早い。判断力も高いか)

 冷静に戦いを分析するラウラ。
 シャルルの放つ弾丸を後に下がるでも左右に避けるでもなく、弾道を見極め、機体の上体を僅かに反らすことで回避し、近接戦闘を仕掛ける一夏。
 そんな一夏の間合いに近付くまいとアサルトライフルを放ち、手数の多さで牽制しバックのまま距離を取るシャルル。

「やるね! 一夏」
「シャルルこそ!」

 余裕の表情をしているが、シャルルは内心焦っていた。
 シャルルの射撃能力はかなり高い。セシリアほどではないにせよ、決して低くはない。
 だが相手の動きを計算に入れ、進路予測をして弾丸を撃ち込んでいるにも関わらず、その攻撃が一夏の身体を捉えることはない。
 シャルルの反応が追いつかないほどに、一夏の動きが速すぎるためだ。
 一夏の苦手な距離と位置を取り、マシンガンを中心とした手数の多い武器で今のところ戦闘の主導権はシャルルが握っているが、このままではじりじりと距離を詰められることは避けられない状況だ。
 それもそのはず、一夏とシャルルでは機体性能よりも操縦者の地力に大きな差があった。
 ISに生身の戦闘技術は必要ないと思われるが、実際はそうではない。
 剣術や武術によって培われる技術と精神は、戦いにおいて全てに通じるものがある。

 間合いの取り方、距離の詰め方、呼吸の読み方。
 冷静な判断力、強い精神力、一瞬の決断力。

 それらは日々の鍛錬によって培われるものだ。
 そして、白式のような高速機動を行うためには、その加速の衝撃に耐えられるだけの強靱な身体と体力が必要不可欠。
 一夏のような機動を普通の人間がすれば、身体が先に悲鳴を上げ、すぐに動けなくなる。
 血の滲むような鍛錬を続け三年、剣を握り始めてから数えれば約十年。
 それだけの歳月を鍛錬に費やし身体を鍛えてきた一夏の力は、シャルルの想像を大きく超えていた。
 今は戦術と相性で、その差を補っているに過ぎない。
 大容量の拡張領域に搭載された多彩な武器を駆使して、相手のタイプや状況に合わせ武器を選び、常に優位な展開を作り出すのがシャルルの……ラファール・レーヌの戦い方だ。

(織斑一夏は攻めあぐねているように見える。しかし……)

 ラウラの考えている通り、一夏は攻めあぐねている。展開はシャルルに優位に傾いていた。
 だが少しずつ、ほんの少しずつ、その針は一夏の方へと傾き始めていた。
 僅かな差が戦いの流れに歪みを生み、徐々にシャルルの計算を狂わせていく。
 そして、その時はきた。
 どれだけ優位な展開で戦闘を進めようとしても、それを一撃で覆す必殺の武器が一夏にはあった。

 ――零落白夜(れいらくびゃくや)
 
 相手のシールドバリアを無効化し、絶大なダメージを与える単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)
 距離を詰められるのは時間の問題。体力でも一夏の方が上なら、先に力尽きるのはシャルルの方だ。
 事実、体力の低下から息は乱れ、シャルルの集中力は途切れ始めていた。
 ならば、とシャルルは瞬時に思考を切り替え、行動に移す。
 ――守りに徹しているだけでは一夏に勝てない。
 そう考えたシャルルはマシンガンで弾幕を張り、勝負にでた。
 弾幕を途切れさせないように武器をノータイムで切り替え、逃げ道を封じるように手数の多さで一夏を壁際に追い込むシャルル。

(――今だ!)

 狙撃をするには絶好の位置。これ以上ないタイミング。
 一夏との距離が理想の距離にまで離れた瞬間――シャルルは次の行動にでた。
 流れるような動作で『圧縮』された武器の中から大型レールカノンを選び、『解凍』するシャルル。
 ラファール・レーヌの肩に巨大な二対の砲門が姿を現す。
 タイムラグは殆どなかったと言っていい。だが、その僅かな一瞬が命取りとなった。

(終わったな。あの攻撃は避けられない)

 ラウラは確信する。あの攻撃は避けられない。この勝負、織斑一夏の勝ちだと。
 ――瞬時加速(イグニッション・ブースト)。一瞬にして相手との距離を詰める白式最大の高速移動。
 この一瞬のために一夏は白式のエネルギーをスラスター翼に集中し、シャルルの攻撃に僅かなタイムラグ≠ェ出来る瞬間を待っていた。

「――っ!」

 シャルルの表情が驚愕に歪む。
 一夏の姿が左右にブレたと思った瞬間、その姿がシャルルの視界から消える。
 静から動へ。一瞬にして相手との距離をゼロへと縮める急加速。
 トップスピードへと乗った白式の動きを、人間の動体視力で捉えることは出来ない。
 最大出力で行われた瞬時加速は、相手に姿が消えたかのような錯覚を引き起こさせた。
 ――ッ!
 次の瞬間、シャルルは目を見開いた。
 目の前で消えた白式が、レールカノンを展開したラファール・レーヌの懐に飛び込んでいたからだ。

「くっ!」
「遅いっ!」

 シャルルは反応し、すぐに距離を取ろうとするが、距離を詰められた状態で白式の速さから逃れることは出来ない。

 ――そこは一夏の間合いだった。

 雪片弐型より伸びた光の刃が、ラファール・レーヌの本体を捉えた。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第16話『高速切替』
作者 193






「一夏って凄いね。正直、想像以上だったよ」
「いや、シャルルも凄いって。かなり驚いた」

 自惚れている訳じゃ無いが、自分でもかなり出来る方だという自信はあった。
 セシリアに勝っているし、鈴との勝負でも決着は付いてないままだが、かなりいいところまでいったと思っている。
 代表候補生クラスとも、互角以上の勝負が出来る実力を持っているつもりだ。
 近接戦闘なら今のところ負けは無い。
 白式の高い機動力とバリアー無効化攻撃がある分、距離を詰めた戦いなら俺が圧倒的に有利だからだ。
 だが、そんな俺の予想を大きく超えるほどに、シャルルは強かった。
 互いの調整を兼ねて行った模擬戦。勝つには勝ったが、かなり厳しい戦いだった。

 大容量の拡張領域から呼び出される多彩な武器の数々。あれには驚かされた。
 通常、ISが搭載している装備は五つくらいが普通、多くても八つくらいだ。
 武器を扱うのは一人の人間だ。一人が扱える武器の数には限度がある。たくさん武器を持っていても、それらの武器を全部同時に使えるわけではないので、結局は宝の持ち腐れになるのが普通だ。
 それに武器の特性を理解するために必要な知識。それらの武器を扱える技術。使用できる武器の数が増えるということは、それらを全て使いこなせる知識と技術が必要ということに他ならない。
 更に言えば、操縦者のイメージを固めることで量子変換(インストール)された装備を呼び出す性質上、武器の展開と収納には必ずウェイトが生じる。
 それらのことを考慮すると、同時に武器を扱えない以上、大量の武器を搭載する意味は余りない。
 更にシャルルの機体には『圧縮』と『解凍』という独自機能があるが、これは更に武器を展開するまでのウエイトが大きくなるため、連携が可能なチーム戦ならともかく個人戦闘では余り役に立たない機能だ。
 本来なら――。
 だが、シャルルはその欠点を補って、見事に大量の武器を使いこなしていた。

 それを可能としたのが――高速切替(ラピッド・スイッチ)。シャルルのオリジナル技能(スキル)だ。

 戦闘動作に展開と収納二つの動きを織り交ぜることで、武器の切り替えに掛かるタイムラグを極限まで削ることに成功した戦闘技術。
 これを使えばアサルトライフルと言った通常装備は殆どウェイトをゼロに武器を切り替えることが可能となり、ラファール・レーヌの独自機能『圧縮』されたレールカノンなどの大型装備も、敵に『解凍』を邪魔されることなく攻撃に組み込むことが可能となる。
 だが口にするのは容易いが、実際に真似するのは難しい。はっきり言って俺には無理だ。

 攻撃の流れのなかでイメージを固めるには、同時に別々のことをこなす器用さと並列思考が必要だ。
 特にシャルルの高速切替は、展開と収納という異なるイメージの動作をほぼ同時に行う事で、武器の切り替えに掛かるタイムラグを限りなくゼロに近付けている。
 それだけではない。最適な武器を選択するためには、相手の動きや局面に応じた武器の切り替えを可能とする瞬時の判断力が要求される。
 誰にでも真似は出来ない高難度の戦闘技術だ。
 シャルルが『2・5世代機』と言った理由や、未完成な技術と言った意味もわかった気がする。
 この機体はその技能があって、はじめて性能を発揮できる。シャルルにしか使えない文字通りの専用機と言う訳だ。

 一つのことが得意な人は大勢いるが、なんでも出来る人はそうはいない。誰でも得手不得手はあるものだからだ。
 それはISも同じだ。近距離、中距離、遠距離、得意な距離は人それぞれ。射撃戦闘に近接戦闘、どの機体どんな人にでも得意な分野、苦手な分野はある。
 普通は複数のことを満遍なくこなそうとすれば器用貧乏で終わるそれを、シャルルは見事に技術の域に消化していた。

 俺がシャルルを相手に苦戦したのはそこだ。
 シャルルの場合は距離に関係無く戦える分、どんな状況にも、どんなタイプにも対応可能な戦い方が出来る。
 そのため相手の土俵で戦う必要が無く、常に相手の苦手とするタイプ、展開を作り出して一方的に戦闘を進めることが出来る。
 常に優位な状況で戦いを制す。それがシャルルが得意とする戦法。最大の武器だった。

 はっきり言って強い。
 今回は俺が勝った。だがそれも機体性能と地力で押し切ったカタチでだ。
 シャルルが更に実力を付け、今の戦い方を完成させた時、今のままの俺で勝てる可能性は低い。いや、確実に負けるだろう。
 更に言えば、シャルルの機体は完成していない。戦いの前に言っていた奥の手。それをシャルルは今回の戦いで使わなかった。
 本人曰く、使わなかったのではなく使えなかったらしいのだが、それが完成していれば、この勝負はどうなっていたかわからない。
 実際、戦いの前に『解凍』には時間がかかると言っていたが、それをシャルルは技術と戦術で補ってみせた。

(これは、うかうかしてられないな)

 家族を、大切な人を、仲間を守る。そのためにも俺は、もっと強くならないといけない。
 頭に過ぎったのは、ラウラ・ボーデヴィッヒ。俺に宣戦布告をした銀髪の少女。
 彼女が憧れる千冬姉の強さ。俺もその強さに憧れ強くなりたくて、守られるばかりの関係を終わらせたくて、この三年間、血の滲むような努力を重ねてきた。
 強くなる。今よりも更に、千冬姉のように強く、皆を守れる強さを手に入れるために。
 そのためにも――

「シャルル。今度の大会、勝ちに行くぞ」
「うん、頑張ろう。一夏」

 俺は負けられない。そう、固く心に誓った。


   ◆


 ラウラから見た織斑一夏は確かに強かった。
 あの動きについていける操縦者はそうはいない。機動力で今の白式に勝てるISは殆どないはずだ。
 そして一夏の近接戦闘能力の高さには目を見張る物があった。
 一度間合いに入られ、一夏に攻撃の主導権を握らせれば、その瞬間にやられることになる。
 雪片弐型のバリアー無効化攻撃。あれはどれだけ不利な展開でも、一撃で状況を覆すことが出来る必殺の武器だ。
 シールドエネルギーを犠牲に放つ諸刃の剣であったとしても、対戦相手にとってこれほど厄介かつ驚異的な武器は他にない。
 近付かれること。白式の間合いに入られることは、即座に負けを意味するのだから――。
 だがそれも一夏の高い近接戦闘能力と、あの剣術の腕があってこそ。
 誰にでも真似が出来ることではない。

 織斑千冬の弟。そう呼ばれるだけの実力はある。

 ラウラは先程の戦いを見て、一夏の力を認めていた。
 だが、例えそうであっても一夏と千冬は違う。
 ラウラが感じた唯一無二の力。無類なき最強には程遠い実力だ。

「認めよう。織斑一夏、お前は強い」

 現役時代の千冬の動き、あれは圧倒的という言葉以外に何も思いつかないほど、凄まじい力だった。
 相性や距離など、あの絶対的な力の前には全てが無意味。完全に無力と化す。
 一を極めた先にある唯一無二の力。織斑千冬の強さとは、そこにある。

「だが、勝つのは私だ」

 ラウラの知る織斑千冬は厳格な人物だ。
 自分に厳しく、いつも堂々としていて、強く凛々しい。そんな千冬の姿にラウラは憧れた。
 ラウラにとって織斑千冬は目標とする人物、自身の理想そのものだった。
 だが、そんなラウラが理想とする彼女にも、大切とする家族が、別の一面があった。
 織斑一夏――彼のことを話す時の千冬は、そんなラウラのイメージとは程遠い、優しい笑顔を浮かべていた。

 そんな彼女が語った、織斑一夏の強さ。
 彼女と並び立つ男が言った、『一夏は強い』という言葉。
 自身が憧れ、最強と信じる人物達が認めた本物の強さ。

 だがラウラは、そんなものを認めるわけにはいかない。認めることが出来なかった。
 強さとは力だ。何者にも勝る力そのもの。
 なのに、自身よりも確実に劣るとわかっている者を、彼等は強いと言った。

 ――教官にあんな顔をさせる織斑一夏が私は許せない。

 軍から与えられた任務。そんなものはラウラにとって、どうでもいいものだった。
 ただ、認めて欲しかったのだ。
 憧れたあの人に、自分も認めて欲しかった。あんな風に笑いかけて欲しかった。
 だが、その笑顔は自身に向けられたものではない。織斑一夏に向けられたものだ。
 それも、第二回モンド・グロッソで千冬が優勝を逃すことになったのも、すべてはその弟が原因だと言うのに。

 ――守られてばかりの男が、何故強いと言えるのか?
 ――姉の力、正木の庇護がなければ何も出来ない男に、強者を名乗る資格があるのか?

 織斑一夏には負けられない。
 奴の強さがなんなのかを知るまでは、納得など出来るはずもない。
 勝って、そんなものはまやかし≠ノ過ぎないということを証明してみせる。
 それがラウラの決意。彼女は純粋に強さの回答を求めていた。

「……篠ノ之箒か」
「……ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 アリーナの入り口へと続くエントランスホールで、ふたりは偶然顔を合わせた。
 朝、ふたりは学園に続く街路樹で一度出会っていた。
 今思えば、アレは運命の引き合わせだったのかもしれない。

 片や、一夏に勝って己の信じる力、理想の強さを証明しようと足掻く少女。
 片や、一夏の横に並び立つため、本物の強さを手に入れようと努力する少女。

 ふたりに共通して言えることは、織斑一夏に勝ちたいと考えていることだ。
 そう、ふたりの目指すところは同じ――目的は一致していた。





 ……TO BE CONTINUED



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