「蘭、もういいわよ」
「あ、はい」
「そこの黒いのも解除なさい」

 ラウラへの警戒はそのままに蘭は近接ブレードを収納し、展開したISを解除する。
 いつも騒がしい生徒達も目の前の状況に驚き、言葉を失っていた。

「聞こえなかった? 私はISを解除しろって言ったのよ?」
「くっ……!」

 自身に向けられたプレッシャーに怯み、渋々ISを解除するラウラ。
 不意を突かれたとはいえ、一瞬にして間合いを詰められ首筋に刃を突きつけられた。
 その事実はラウラに驚きと戸惑いを与え、目の前の少女、五反田蘭に強い警戒心を抱かせた。
 そして、そんな蘭すら黙って従う幼い少女、平田桜花。
 彼女から発せられている空気は、ラウラが先日太老から感じたものと瓜二つだった。

「真耶お姉ちゃん。怪我人を保健室に運ばないと」
「あ、そうですね」

 桜花の言葉でハッと我に返り、真耶は周りの生徒達に協力を仰ぐ。

「ちょっ、離して! そこまで大袈裟な怪我じゃ」
「そうですわ。このくらいたいした怪我では――」
「ダメですよ。あれだけの戦闘をした後なんですから、怪我人は大人しくしてください」

 強がりを言えるくらいに、まだまだ元気のある鈴とセシリアだったが、真耶は生徒達と協力して強引にふたりを担架に乗せる。
 多少の擦り傷は負っているものの命に別状があるような怪我ではなかった。
 恐らくはISの保護機能が働き、操縦者の身体を守ったのだろう。とはいえ、怪我人は怪我人だ。
 負け惜しみに唸りながらも、何を言っても不利と悟ったのか、ふたりは大人しく真耶の指示に従った。

「それで、なんでこんなことをしたの?」
「織斑一夏は、このふたりに勝ったのだろう?」
「がああっ! あたしは一夏に負けてな――はうっ!」

 桜花の質問に、何も悪いことはしていないと言った様子で淡々と答えるラウラ。
 その言葉に反応してか、咆哮を上げた鈴の首筋に桜花は容赦なく手刀を叩き込み、黙らせた。
 周りがポカンとするほど、全く迷いのない行動だった。
 怪我人への容赦のない所業に真耶は冷や汗を流し、ラウラはその手際に感心する。
 鈴の隣の担架に乗っていたセシリアは青い顔を浮かべガクガクと身体を震わせ、先程とは別人のように大人しくなっていた。

「あの……桜花ちゃん。一応、鈴さんは怪我人……」
「このくらい怪我の内に入らないから問題ないよね」
「え、でも……」
「問題ないよね」
「そ、そうですね。はい、その通りです!」

 にっこりと笑う桜花に、真耶はそれ以上何も言えなかった。
 こんな小さな女の子に屈するのはどうかと真耶も思うが、どうしてか逆らってはいけないような気がしたからだ。
 やっぱり私、教師に向いてないのかも……と若干落ち込んでいた。

「まあ、動機は大体わかったけど程々にしてよ? やるなら一夏に直接やりなさい。私が許可する。闇討ちでもなんでもやっちゃっていいから!」

 ――いや、それはダメだろ!
 と、その場にいる全員が、桜花の話に心の中でツッコミを入れた。
 蘭だけは「ははは……」と笑いを浮かべて、いつものことと聞き流していた。

「なるほど、夜戦は奇襲の基本だ。しかし奇襲では意味がない。私は奴に、私の強さを証明しなくてはならない」

 ラウラはラウラで感覚が周囲とズレていた。
 この間のシャルルとの模擬戦の様子や、過去の戦闘映像から一夏の実力は大体把握しているつもりのラウラだったが、見て知っているのと実際に体感するのとでは大きな違いがある。
 そんな時、鈴とセシリアが自主練習をしているのを偶然見かけ、トーナメントに向けた調整を兼ねてラウラは二人との模擬戦を思いついた。
 織斑一夏と戦った二人と模擬戦をすることで、一夏と自分の力の差を確かめたかったからでもある。
 ただ、思いのほか二人の実力――特に鈴が強かったために、ラウラも手加減が出来なかった。
 そこを危険と判断され、戦いに割って入った蘭に止められたと言う訳だ。

「なら、試合で決着をつけなさい」

 ――でも、今のままじゃ一夏には勝てないだろうけど。

 そう言い残し、桜花は蘭を連れてラウラの前から姿を消した。
 ここでも出て来た織斑一夏の名にラウラは戸惑いを覚えつつも、闘争心を激しく燃やす。
 トーナメント開始まで残り一週間。決戦の日は近付いていた。






異世界の伝道師外伝/一夏無用 第18話『勝利と大会と決意』
作者 193






 鈴とセシリアが怪我をしたと聞いて、俺は急いで保健室に向かった。
 ガラッと扉を開けた途端、保健室特有の消毒液の匂いが鼻を刺激する。
 すぐに目に入ったのは、白いカーテンが引かれた窓に近い奥のベッドだ。

「鈴、セシリア大丈夫か!?」

 シャッとカーテンを開け放ち、俺は少し慌てた様子でベッドで横たわっているはずの人物に声を掛ける。
 横に二つ並んだ白いベッド。そのベッドに背中合わせに腰掛けている鈴とセシリア。
 そして何故か保健室にいる五反田弾の妹――蘭。その手には傷薬が握られていた。

「なんで……蘭がここに?」
「あ、一夏さん。お邪魔してます」

 困惑する俺。いつもと変わらず元気に挨拶をして、俺の手を握ってくる蘭。
 だが、問題はこちらではなく、怪我をしているふたりの方にあった。
 顔を真っ赤にし、口を金魚のようにパクパクとして固まっている鈴とセシリア。
 うん。まあ、気持ちはわかるぞ。俺も多分同じ状況なら、同じような反応をすると思う。
 いや、だってな。ふたりの格好は――

「一夏のスケベ! いつまで見てんのよ! でてけ、この変態!」

 鈴の投げた枕が俺の顔面に直撃する。そう、鈴とセシリアは上半身が裸だった。
 恐らくは、蘭に傷の手当てをしてもらってたんだろう。当然、傷薬を塗るためにブラジャーも着けていない。
 幸い下はシーツで隠れていたようだが……いや、全然大丈夫じゃなかった。
 タイミングが悪いというか、良すぎたというべきか、とにかくそんな状況。
 不幸な事故と今更言ったところで、どうしようもない。そんな不運な出来事。

「一夏さんに見られた。一夏さんに見られた。一夏さんに見られた」

 セシリアは何度も同じ言葉を繰り返し、放心状態になっていた。


   ◆


 言い訳にならないかもしれない。でも、言わせてくれ。
 なんで、保健室に保健の先生がいないんだよ! 今日に限って!?
 後で千冬姉に聞いた話だが、学年別トーナメントの準備で教員のほとんどは、そっちに駆り出されていたらしい。
 このなんとも言えないタイミングの悪さに、俺は文句を口にしたい気分だった。

「……すまん。言い訳も出来ない。俺が全面的に悪かった」

 だが、不可抗力とはいえ、鈴とセシリアの裸を見てしまったことは確かだ。
 男として、やってしまったことに言い訳はできない。
 よく『裸を見られても何も減らない』と言うバカがいるが、実際は減る。女性の尊厳が、価値が、色々なものが急降下する。
 こればっかりは、誰の目から見ても明らか。男の俺の責任だ。
 本当に取り返しの付かないミスを犯してしまったと、深く反省していた。

「ううぅ……こうなったら一夏さんに責任を取って頂くしか」
「そ、そうよ! アンタ、ちゃんと責任を取りなさいよ!」
「そうだな……。男として、ちゃんと責任を取るよ」
「「「え!?」」」

 なんで、蘭まで驚くんだ?
 見てしまったものは仕方がない。男として責任を取るのは当然だろう。

「そ、それはその……ですが、物事には順序があると言いますか……」
「ほ、本気なの? でも、まだあたし達は、そう言う関係じゃ……」
「一夏さん、正気ですか!?」
「責任を取れって言ったのは鈴とセシリアじゃないか。それになんで蘭が怒ってるんだ?」

 さっぱりわからん。
 責任を取れと言ってる割には乗り気じゃないみたいだし、なんで蘭が怒ってるのか、それが一番意味不明だ。
 俺はちゃんと責任を取ると言ってるのに、なんの不満があるって言うんだ?

「覚悟は出来てる。なんでも言ってくれ」
「え? あの、一夏さん。それはどういう……?」
「は? 一夏、まさかとは思うけど……」
「俺に出来る範囲でだけどな。二人の頼みをなんでも一つ聞くよ。あ、願い事を増やしてくれ、とかそう言うのは無しな」

 この間のようにプレゼントくらいで許してもらえるとは思っていない。
 だから俺も覚悟を決めて、ふたりの言うことをなんでも一つ聞くことを決めた。
 回数を決めておかないと、際限なく命令を聞かないといけなくなるしな。
 幾ら女尊男卑が社会風潮とは言っても、ちょっと裸を見たくらいで一生パシリは悲しすぎる。

「いえ、まあ……そんなオチだとは思ってましたけど……」
「一夏って時々、態とやってるんじゃないかって思う時があるわ……」

 何やら、ズズンと背中に暗い影を落とし、ベッドに突っ伏す二人。
 な、なんだ? もしかして一回じゃ足りなかったとか?
 いや、でもな。この二人の頼み事を何回も聞けるほど、俺は頑丈な身体と精神をしてない。
 何をお願いされるか、内心ではかなりビクビクしてるんだぞ?
 セシリアとかお嬢様だし、鈴なんかは『犬になれ』とか理不尽な命令を平気でしそうだ。

「でも、気の持ちようですわね!」
「そうよね。このチャンスを上手く利用すれば!」
「お二人とも」

 蘭と目を合わせた瞬間、セシリアと鈴の表情がカチンと固まった。
 目と目で語り合っている様子で、じっと見つめ合って動かない三人。

「わかってくれたみたいで何よりです」
「なんですの。あの言い知れぬプレッシャーは……」
「くっ、あの幼女と同じプレッシャーを放つなんて……」

 なんだかよくわからないが、話は纏まったみたいだった。


   ◆


 鈴とセシリア、それに蘭の話を要約すると、ラウラと模擬戦をしてボコボコにやられたと言う話だった。
 挑発したラウラもアレだが、簡単に挑発に乗った鈴とセシリアもなんというか……。
 いや、まあ普段からポンポンISを展開してるからな。
 実際にその被害に遭っている身としては、鈴とセシリアを擁護してラウラだけを非難できない。

「何か言いたそうな顔ですわね?」
「何よ? はっきり言いなさいよ」

 いや、言ったら怒るだろ?
 俺だって日々学習してるんだ。そんな手に引っ掛かるほどバカじゃない。
 こういう危ない話はスルーして、さっさと話題を変えるに限る。おっ、そういや蘭はなんでここにいるんだっけ?

「そういえば、蘭はどうしてここにいるんだ?」
「桜花さんのお供です。来年からIS学園に入学する予定なので、下見に」
「うっ、あの人もきてるのか……」

 話をすり替えたつもりが藪蛇だった。前者の方はさらっと聞き流しておこう。俺の平和のために。
 蘭は専用機持ちだ。そのことからもIS学園に通うのはほぼ決まりだろうから、見学にきたというのはわからないでもない。それに鈴とセシリアを助けてくれたと言う話だし、そこは特に感謝していた。
 でもラウラって、この二人を同時に相手して圧勝するくらい強いって話なのに、その戦闘に割って入って無傷で止めた蘭って……どのくらい強いんだ?

「どうかしましたか?」
「いや……ありがとうな、蘭。ふたりを助けてくれて」
「いえ、当然のことをしただけですから」

 俺が御礼を言うと、満面の笑顔を浮かべる蘭。でも、笑顔なのになんか妙な凄みがある。
 ううん、なんとなく戦っても勝てない気がしてきた。そういや、あの合法幼女の訓練も受けてるんだよな?
 放置されてた欠陥機を引き取ったと曰く付きの経緯がある俺の白式と違って、蘭のISはあの太老さんが設計をこなし用意した特別製だ。
 束さんと双璧をなす天才が作り出した機体。世界最高クラスのISと考えて間違いない。

(あれ? 何気に蘭の方が優遇されてないか?)

 そういえば、あの合法幼女もなんだかんだで蘭には優しいしな。
 え? なんか、俺と扱いが違う気がしてきた。
 ま、まあ、蘭は女の子だしな。俺みたいな扱いは出来ないだろうし……。
 でも、ちょっとだけ涙が出そうになった。


   ◆


「一夏さん。少しいいですか?」
「……蘭?」

 二人に当分は安静にするようにと言い含め、保健室を後にすると、後から追い掛けてきた蘭に声を掛けられた。
 あらたまった様子で、俺の眼を見て話を切り出す蘭。
 その眼は真剣で、ほんの少し心配と不安の色が滲んでいた。

「太老さんからの伝言です。一夏さんの耳に入れておくようにって」
「太老さんから? 蘭、もしかしてそれでここに?」
「はい……。一夏さんのことが心配で」

 うう……やっぱり蘭は良い子だ。
 さっきの話は訂正する。そりゃ、こんな良い子にあんな酷い真似は出来ないよな。
 あれって訓練というか拷問……調教だしな。
 合法幼女や太老さんが蘭を可愛がる理由もわからなくない。

「ボーデヴィッヒさんとの試合、『絶対に勝て』とのことです」
「勝て? それってどういう……」

 いや、そりゃ優勝を目指してるんだからラウラにだって負ける気はないが、それにしたって変な伝言だ。
 態々『勝て』なんて、蘭に伝言を頼むような人でもない。
 あの人がそんなことを言うなんて、何か裏があると言っているようなもんだ。
 裏? まさかな……。いや、でもな。

「もしかして……また、何かあるのか?」
「太老さんは何か掴んでいる様子でした。でも、何かまでは教えてもらえなくて」
「いや、それだけわかれば十分だよ。ありがとう、蘭」

 警戒しておけってことか。
 ということは、鈴との試合のような何かが起こる可能性があるということだ。
 正直そういった面倒事は勘弁して欲しいんだが、これは失敗すれば再訓練確定という遠回しな警告だろう。
 意地でも負けられない理由が出来てしまった。

「一夏さん、頑張ってください。私、応援してます!」
「ああ、蘭に格好悪いところを見せられないからな」
「え、一夏さん……それって……」

 正木グループに所属するIS操縦者。専用機持ち。
 同じ訓練を受けた先輩として、蘭にみっともないところはみせられない。
 応援してくれる蘭のためにも、俺は負けられないと決意を新たにした。






 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.