学年別トーナメント当日。
 真耶は千冬とふたりアリーナの一角に設けられた観察室で、今日開かれる学年別トーナメントの関係書類を整理をしていた。

「はあ……」

 これで何度目かわからないため息を吐く真耶。
 そんな真耶を見て、千冬はやれやれと言った様子で同じくため息を漏らす。
 ここ数日、真耶は仕事に身が入らない様子で、ずっと浮かない表情をしていた。

「まだ、この間のことを引き摺っているのか?」
「いえ、それだけでは……」

 千冬に指摘されて、気まずい表情を浮かべる真耶。
 代表候補生達の喧嘩を止められなかった失敗が、尾を引いているのは確かだ。
 だが、あれは真耶だけが悪いのではない。当事者達の責任は勿論、桜花の一言も原因にある。
 それに機体に大きなダメージは負ったものの打ち身や擦り傷程度で、鈴とセシリアには大きな怪我はなかった。
 なんのお咎めもなかったのは、模擬戦の範囲で問題が片付けられたからだ。
 それも国や企業が求めている想像以上の実戦データが、あの戦闘から収集できたことが大きかった。
 特にあの一戦でみせた甲龍とブルー・ティアーズの稼働率は、過去最大の値を記録していたらしい。
 真耶が浮かない表情をしている理由は別にあった。

「やはり、トーナメントの突然のルール変更は先月の事件が原因ですか?」
「恐らくはそうだろうな。より実戦的な戦闘経験を積ませる目的でルールが変更されたのは確かだ。それに――」

 ひとり悩んでいても答えはでず、真耶は思いきって千冬にそのことを尋ねてみることにした。
 ずっと腑に落ちなかった話、それはトーナメントのルール変更についてだ。
 もっと早くに変更が告げられていたならわかるが、今回の話は余りに急と言えた。
 より実戦的な戦闘経験を積ませるためと名目は確かについているが、今はまだ六月末。四月の頭から数えても一年生は入学して三ヶ月に満たない。訓練も基礎的な段階で、実戦を想定した戦闘経験など早すぎる。戦時下ならいざ知らず、真耶には理解の出来ない決定だった。
 特に、生徒達のことを考えれば尚更だ。

 ――何故、今この時期にそんなことを?

 真耶は、ずっと感じていた疑問を口にする。
 そんな真耶を見て、千冬は表情を変えず毅然とした態度で答える。

「今年の新入生は第三世代機の運用試験者(テストモデル)が多い。そこへ先月のような襲撃者が現れたどうする?」
「あっ……自衛のためですか?」

 そこで、ようやく気付いたように真耶が声をあげた。

「そうだ。操縦者は勿論のこと第三世代型兵器を積んだISも守らなくてはいけない。しかし教師の数が有限である以上、有事の際は原則自分の身は自分で守るしかない。そのためのルール変更、実戦的な戦闘経験と言う訳だ」

 なるほど、と納得した様子で頷く真耶。その話を聞けば、ずっと腑に落ちなかったことにも納得が行く。
 事実、先月行われたクラス対抗戦ではそこを見事につかれ、救援が遅れたことは確かだ。
 織斑一夏、凰鈴音、セシリア・オルコット、篠ノ之箒。彼等のやったことは教師として容認しにくい無謀とも言える行為ではあったが、結果的にひとりの怪我人もだすことなく事態を収拾することが出来た。
 今回のルール変更は、あんな事態がまた起こる可能性を警戒しているということだ。

「気持ちはわかるが納得しろ。気持ちを切り替えろ。私達がそんなことでは大きな失敗を招く」
「はい……」

 まだ経験の浅い生徒を戦わせることに不安を抱きつつも、真耶はその話に納得するしかなかった。
 相手の目的がなんなのか? 何処の国が? 何処の組織が?
 何も分かっていないが、このIS学園には狙われるだけの理由があるということだ。
 今年は特に専用機持ちが多い、そこに加えて織斑一夏の存在。狙われる理由には事欠かない状況だった。
 それに貴重な専用機が学園に多いのは、運用試験による稼働データの収集が主な目的にあるからだ。
 代表候補生のなかでも専用機持ちが選りすぐりのエリートであることに変わりは無いが、候補生は何もひとりではない。そのなかで彼女達が選ばれた理由は極端な話、IS学園に入学できる年齢であったからに過ぎない。
 一年生のなかに専用機持ちが多い理由も、ISの世代交代の時期に嵌まっているからだ。
 第三世代機の稼働データを収集するために極力長い期間、学園に在籍してもらった方が稼働データを取るにも効率がいい。ただそれだけのこと。

 アラスカ条約にある技術の開示と共有の義務。その項目に触れず、外部からの干渉を受けずにテストを行える環境はここIS学園を置いて他にない。
 ISの開発には多額の資金がかかる。当然のことではあるが、資金の回収の見込みがない事業は事業として成り立たない。
 それは資金が有限である以上、覆しようのないルールだ。
 そのため、そうしたリスクを少しでも回避するために、このIS学園が国や企業の思惑で利用されている背景があった。

 在籍期間に稼働データを可能な限り収集させるため、国や企業は開発中の機体を用意し、専用機持ちを学園に送り出す。
 そうすることでデータの開示をせず、稼働データを効率的に集めることが出来るからだ。
 勿論、その間に単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)が発現すれば、例え技術が開示されても問題はなくなる。単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)は真似の出来ない能力だからだ。
 発現確率は稀ではあるが可能性はゼロではない。そのための三年間。IS学園だ。
 それに例え能力が発現しなかったとしても、蓄積されたデータは国や企業にとって大きなアドバンテージとなる。
 故に先日のような事件があれば、上が警戒するのも無理のない話だと言えた。

 恐らくは第三世代機を開発している国からの要請で、委員会が学園の行事に口をだしてきたに違いないと真耶は考える。そしてその考えは概ね間違っていなかった。
 学園は表向き外部の干渉を受けない場所とされてはいるが、企業利益や国益が絡めば必ずしもそうはいかないのが現実だ。
 三年前、織斑一夏の在籍権を巡って委員会が紛糾したことがあった。
 正木がその事態を身を切って収拾しなければ、一夏の身柄はどうなっていたかわからない。
 現在IS学園に彼が入学したことで、その問題は諦めの悪い者達の思惑で、再び表面化しようとしている。

 ――本学園に在籍している生徒はその在籍中において、ありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。

 IS学園特記事項第二一に記されているそれを自分達に都合良く解釈することで、学園在籍中は『正木』に所属していないのだから、その間に自分達の国や組織に織斑一夏を引き入れてしまえばいい、といった無茶な動きが水面下で動いていた。
 勿論それは三年前の正木との契約に違反する行為だ。
 既に一夏は『正木』に所属している。技術提供だけを受けて約束を反故にすると言っているのだから、これほどバカげた話はない。
 そんな話がまかり通るのであれば、代表候補生を引き抜いても問題ないと言うことになる。
 だが現実にそんなことをすれば、外交問題に発展しかねない。いや、間違いなく引き抜かれた国は抗議してくるだろう。
 だが、それも企業の利益、国益のためという大義名分があれば、実行してしまうのが人間だ。
 IS学園。ここはそんな人々の思惑が絡み合う業の深い場所でもあった。

「ままならないものですね……」
「だから、教師(わたし)達がいる」

 千冬のその言葉は、真耶の心に深く残った。
 生徒を導くのが教師の務めであり、子供達を守るのが大人である彼女達の責任だ。
 相応の覚悟がなければIS学園の教師は務まらない。ここは世界で最も過酷な聖域だった。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第19話『表と裏』
作者 193






「ミスター正木が出席されているとは思ってもいませんでした」
「はは、申し訳ない。本業≠フ方が忙しくて、余り公の席には顔を出せないもので」
「いえいえ、それも仕方のないことです。彼の有名な篠ノ之博士と双璧をなす科学者にして、グループの総帥まで兼任されているのですから」

 アリーナの一角に設けられた大広間。赤い絨毯が敷き詰められたVIP用のフロアには、政府高官、企業の要人、IS関連の著名人、各国のスカウトマンが一同に会していた。
 今日ここで行われる学年別トーナメントを観戦するためだ。
 有望な一年生にはこの段階でチェックが入り、二年生には一年間の成果確認が行われ、三年生にはスカウトの声が掛かる。そのため、将来有望な操縦者を自分達の勢力に引き込むために、彼等はここに集まっていた。

「おや? こちらの可愛いレディは?」
「お初にお目にかかります。『正木』所属、次世代型IS運用試験者(テストパイロット)『五反田蘭』です」

 先程まで太老と言葉を交わしていた中年の男性が、彼の隣に立つドレス姿の赤髪の少女へと視線を向ける。
 値踏みをするかのように観察するその視線に嫌悪感を抱きつつも、五反田蘭は太老の顔を潰すまいとスカートの裾をクイッと持ち上げ、優雅に挨拶をしてみせた。

「ほう、お若いのにたいしたものだ。私は――」

 男が自己紹介をしようとしたところで邪魔が入る。
 男の部下と思しき黒服達が頭を下げ彼に近付き、何やら耳打ちをすると、

「どうやら少し席を外さなくてはいけないようだ。失礼」

 と一声かけて、男は部下を引き連れて太老と蘭の前から立ち去った。
 隣で少しムッとした表情を浮かべる蘭を見て、苦笑を漏らす太老。
 気を紛らせてやろうと、別の話題を振る。

「なかなかに堂々としたもんだ」
「これでも名門に通ってるお嬢様ですからね」
「なるほど。そりゃ、納得の理由だ」

 家は下町の古い食堂だが、蘭は有名校に通い、そこの生徒会長を務めるほどの秀才だ。
 (セント)マリアンヌ女学園ではマナーも授業のひとつとして取り入れられている。
 将来、社交界に出ても恥をかかないように、立派な淑女になるための勉強ということだ。
 当然こうした席でのマナーも、それなりに心得があった。

「先程の方は、どなたですか?」
「デュノア社のトップ。一夏のクラスメイトのお父さんだよ」
「それって、一夏さんとペアを組んでる?」

 さっきの男がシャルル・デュノアの父親と知って、少し意外そうな顔をする蘭。
 シャルルとは先日学園を訪れた時に少しだけ顔を合わせたことのある蘭だったが、今の男性とは似ても似つかないほどイメージが異なっていた。
 容姿も然る事ながら、性格などは似ても似つかない。

「親子と言っても色々とあるんだよ」

 そう話す太老の表情は、蘭の瞳に少しだけ寂しげに映った。
 フロアを奥に進み、これまた豪華な階段をあがると、そこはアリーナを一望できる観戦席になっていた。
 一面を軍でも使用されている特殊な防弾ガラスで覆われたVIP用の観戦席。
 目立たないようにそっと置かれている調度品も、一般人ではまず目にする事のない高級品ばかり。蘭は目を丸くして驚いた。

「あの……本当にいいんですか? 私なんかが一緒で」
「パートナー同伴が基本だしね。やっぱり俺とじゃ嫌だった? 例えば一夏とか」
「か、からかわないでください! でも、こんなドレスまで頂いちゃって……」
「よく頑張ってくれてるからね。その御礼だよ。それにここなら試合がよく見えるだろ?」

 そう言って、アリーナに視線を移す太老。確かにここは一番の特等席だった。
 一夏の勇姿をその眼に焼き付けて帰りたいと思っていた蘭からすれば、最高の贈り物。
 でも、ドレスも一着数十万する高級品。身に付けている宝石も借り物とはいえ、何百万とするものばかりだ。
 企業所属の専属操縦者になり、それなりの給料を貰っているといっても、蘭はまだ学生だ。
 給料の一部は学費に回し、残った金の殆ども将来のためにと貯金に回している。気持ち程度だが、家に生活費としてお金も入れていた。
 それだけに、さすがにこんな物を簡単には買えない。一生に一度あるかないかの贅沢に、蘭は少し戸惑っていた。

「そうだ。太老さん」
「ん?」
「前に私に頼んだ伝言。『絶対に勝て』ってアレ、結局どういう意味だったんですか?」
「ああ、アレか」

 蘭は少しでも緊張を紛らわせようと別の話題を太老に振る。
 蘭が太老から頼まれた伝言。前に訊いた時は何も教えてもらえなかった。
 だから駄目元で、ずっと気になっていたことを尋ねてみる蘭。
 少し思案した様子で、ふむと唸る太老だったが、意外とあっさり口を割った。

「困ってる女の子も助けられないようじゃ『男の子(ヒーロー)』とは言えないだろ?」
「太老さん、それって……」

 困ってる女の子が誰のことを言っているのかまでは、蘭もわからなかった。
 でも、一夏がそれに関係していることだけはわかった。それだけに困惑した表情を浮かべる。
 確かに女の子を見捨てる一夏なんてみたくない。でも、乙女としては複雑な想いだった。

「大丈夫。蘭ちゃんの夢もきっと叶う。それは俺が保証するよ」

 そんな蘭の心を見透かしたかのように、フォローを入れる太老。
 なんの根拠もない『大丈夫』という言葉。だけど、目の前の男が口にすると何故か説得力がある。
 将来のことなんてまだわからない。
 でも太老の言葉には、本当になんとかなってしまいそうな不思議な安心感があった。

(やっぱり不思議な人だな。太老さんって)

 蘭のイメージでは、太老は少し変だけど頼りになる兄や父といった感じだ。
 それだけに(たま)に見せる太老のこんな姿には、ドキッとさせられることがあった。
 別に恋をしていると言う訳ではない。蘭のなかで一番はやはり一夏だ。それだけは絶対に変わらない。
 でも、目の前のこの人は優しくて、とても強くて、そして頼りになる不思議な人。
 あの一目で恋に落ちた瞬間、一夏に感じた以上の安心感があるのは確かだった。

 ――将来、一夏さんもこんな大人になるのかな?

 そう考えると、蘭の胸がまたひとつ大きく弾む。心臓が早鐘を奏でていた。

「経験者は語るってね」

 さっきと違って疲れきった表情で、ハアとため息を漏らす太老。
 そんな太老を見て一夏の未来に不安を覚えつつも、何があったのかと聞き辛い蘭だった。





 ……TO BE CONTINUED



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