「やれやれだな。アイツは次々に厄介な問題をこっちに持ってきてくれる」

 太老の置いていった面倒事に考えを巡らせ――

「考えるだけ無駄か」

 千冬は考えることを放棄した。
 多少やり方や考え方がぶっ飛んではいても、なんだかんだで太老のやることは当事者達のためにはなっている。
 多少もとい面倒な試練を与えられるかもしれないが、それを乗り越えることが出来れば最良の未来が彼女達には待っているはずだ。
 故に、これも若者達の試練と思い、千冬は敢えて何も言わないことを決めた。
 決して自分も巻き込まれたくない、面倒だからということではない。これは教育だった。

「そもそも天才の考えなどわかるはずがない」

 あらゆる騒動の中心に居るという一点に置いては、篠ノ之束も正木太老も似た者同士だ。
 凡人に天才の考えはわからない、とはよく言ったもの。
 千冬自身、IS操縦に関しては天才と言われたひとりだが、その彼女にしても真の天才の頭の中は理解しがたい。
 彼等は複雑なようで単純だ。それでいて気まぐれだ。好き嫌いがはっきりとしている。
 どんな組織も、どんな人物も、彼等を束縛することは疎か、その心理を理解することは出来ない。
 故に――

「だから無茶な質問を私に振るな。ボーデヴィッヒ」

 それが千冬の回答だった。

「教官でもわからないのですか?」
「私とて人間だ。そもそも何故、私ならわかると思ったのだ?」

 千冬はそれが知りたかった。
 同類と思われているのなら、これほど遺憾な話はない。それが教え子であれば尚更だ。
 そんな風に見られていたという事実だけで、天才(ホンモノ)を知る者にとっては耐えがたい苦痛だった。

 ――そもそも何故こんな話になっているのか?

 話は数分前に遡る。
 関係各国や委員会に朝の事件の詳細を纏めた報告書を提出するため、彼女達と面識が深い千冬が、学園を代表して事件に関わった当事者達から調書を集めることになった。
 シャルルは精神状態を考慮して取り調べは後日に見送られ、一夏はまだ意識が戻らないためにこちらも後日ということになり、取り敢えず話は残ったふたりから先に聞くことになった。
 箒の取り調べを終え、次に怪我の治療を終えて戻って来たラウラから千冬が話を聞いていたところ、

 ――教官の知っている、正木太老のことを教えてください。

 何を思ったのか、ラウラが突然こんなことを千冬に質問したのだ。
 わかるはずがない。そもそも理解出来ていないのだから――。
 付き合いはそれなりにある。嫌いな相手ではない。一夏の件でも世話になっている。
 だが、ラウラの質問に答えられるようなことは何もない。敢えて言うなら、頭に超が付く『変人』というのが千冬の回答だった。
 思いもしなかった質問に少し動揺の色を見せつつも、千冬は手元のコーヒーを口に運ぶ――

「教官は正木太老のことを愛しているのではないのですか?」
「ぶふ――っ!」

 が、それを全部口から噴き出した。

「ど、どうやったら、そんな考えに行き着く!?」
「今なら、以前に仰った教官の気持ちが少し理解出来ます」
「理解?」
「はい。織斑一夏に教えられました」

 千冬はそんなラウラの回答を得て、なるほどとようやく理解した。

「一夏に惚れたのか?」
「はい」

 迷いの無い即答だった。
 実にラウラらしい回答と考える千冬だったが、ならば最初の疑問に戻る。

「それで何故、太老(かれ)のことを知りたいんだ?」
「情報を制するためです。事前に攻略対象の情報を収集するのは戦いの基本。私は教官にそう教わりました」
「……ようは一夏の身の回りに関する情報を集めている。そう考えていいのか?」
「肯定です」

 納得がいくような、納得のいかないようなラウラの回答に、千冬は怪訝な表情を浮かべる。
 確かにラウラと面識があり、そうした情報に聡く、『正木』への認識が深い人物と言えば限られている。
 千冬はそんななかの数少ない一人だ。だが、千冬はラウラの話が腑に落ちない。どうにも裏があるように思えてならなかった。

「で、何故……よりによって私に太老のことを尋ねる?」
「私の知る人物のなかで、教官が一番彼に詳しいと考えました」
「それは……何故だ?」
「女の勘です」

 千冬はラウラの口から『女の勘』なんて言葉が出たことに驚いた。
 以前のラウラなら絶対に考えられないようなことだ。ラウラをこんな風に変えたのが自分の弟だと思うと少し複雑な気分の千冬だったが、今はそんなことに気を遣う余裕がないくらい彼女は追い詰められていた。
 ラウラがここまで千冬を困らせたのは、これが初めてのことかもしれない。
 正木の関係者がこの光景を目にしていれば、腹を抱えて笑い、肴のネタに宴会を始めているところだろう。
 そのくらい今の千冬は珍しく動揺した姿を見せていた。

「なら、質問を変える。……誰の入れ知恵だ?」
「……ク、クラリッサです」

 部下を売るつもりはなかったが、ラウラも命が惜しい。それほどに今の千冬は恐かった。
 鬼の形相を浮かべ、身も震えるようなプレッシャーを彼女は放っていた。

 だが、千冬は気付いていなかった。

 確かにラウラに入れ知恵をしたのはクラリッサだが、そのクラリッサに余計な知識を与えた諸悪の根源が別にいることを彼女は知らなかった。
 そして、その諸悪の根源に対する認識が甘いことにも、彼女は気付いていなかった。
 理解が出来ない、考えるだけ無駄なのではなく、意識しなくても結果は同じことだと言うことを――。
 気付いた時には何もかもが遅い。
 そもそも回避手段がないからこそ、彼は天災≠ニ呼ばれている。

 ――それが、確率の天才。それが、正木太老(フラグメイカー)

 彼は天才≠ナあり天災≠ネのだ。
 自身の認識が甘かったことを千冬が理解するのは、まだ少し後のことだった。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第24話『居場所』
作者 193






 あの騒ぎから十二時間。太陽は沈み、外はすっかり暗くなっていた。
 保健室から寮へと移され、自分のベッドで死んだように眠り続けている一夏。
 そんな目を覚まさない一夏に、シャルルあらためシャルロットはずっと付き添っていた。

「一夏、ごめん……僕があんなことを考えなければ……」
「……泣いてるのか?」
「一夏!? 起きて……」
「今、目が覚めたところだけどな。よかった、無事だったんだな」

 一夏が目を覚ましたことで、ボロボロと涙を流し始めるシャルロット。
 それに慌てたのは一夏の方だ。

「どうした? もしかして、どこか痛むのか?」
「うん……痛いよ。凄く胸が痛い」
「ど、どうすれば……そうだ、医者。いや、それよりも薬が先か!?」

 慌てふためく一夏。そんな一夏を見て、シャルロットは笑う。

「フフ、やっぱり一夏は一夏だね」
「は? どう言う意味だ?」

 心底わからないと言った様子で首を傾げる一夏。
 シャルロットは左手につけた傷だらけのブレスレットをさすりながら微笑む。
 それは一夏から貰った宝物。このブレスレットを貰ったあの時から既に、シャルロットは一夏のことが気になっていた。
 鈍感な一夏。でも時々鋭くて優しい一夏。そんな一夏のことが彼女は好きだった。
 だから、嫌な気はしない。寧ろそんな一夏を見て、微笑ましく思っていた。

「そのブレスレット、ずっと持っててくれたんだな」
「あ、うん……一夏から貰った大切なものだから……」

 幸いにもデータとコアは無事だったが、ラファール・レーヌは廃棄処分。暴走状態で強引な形態移行(シフト・チェンジ)を行ったのだから、それも当然のことと言える。
 でも、そんなことは今のシャルロットにとって、たいした問題ではなかった。
 この一夏から貰ったブレスレットが無事だっただけで十分。思い出はここにある。
 あんなことがあった以上、もうここにはいられないのだから――そう、彼女は考えていた。

(これが最後かもしれないから、一夏には僕の口から言わないと)

 こうして一夏が目を覚ますのを待っていたのも、試合の最中に口にした約束を果たすため。
 シャルロットは自分の秘密を一夏にすべて打ち明けるつもりでここにいた。
 そんな覚悟を決めた様子のシャルロットに、思わぬ一言を口にする一夏。

「えっと、シャルロットでいいのか? それとも今まで通りシャルルの方がいいか?」
「一夏……どうして、そのことを知って」

 それは不意打ちだった。きょとんと間の抜けた顔をするシャルロット。
 なんで一夏がそのことを知っているのか?
 シャルロットは、全く予想もしなかった一夏の言葉に驚かされた。

「ああ、やっぱりあってたのか。半信半疑だったんだが、妙にリアルな夢だったからひょっとしてと思って」
「……夢?」

 夢で見たことをシャルロットに話して聞かせる一夏。
 一夏が見た夢。それはシャルロット以外は知り得ない……彼女の秘密そのものだった。

「――相互意識干渉(クロッシング・アクセス)
「なんだ、それ?」
「操縦者同士の波長が合うと起こるって言われてる現象のことだよ。よくはわかってないんだけど……でも、それ以外に理由は考えられないし」

 あの時だ――とシャルロットは確信する。
 一夏の零落白夜が暴走したラファール・レーヌの身体を切り裂いたあの時、シャルロットも一夏と意識が繋がるような不思議な感覚を体験していた。

「波長、波長ねえ。なんかよくわからん感じだな」

 ううんと首を傾げる一夏。そんな一夏を見て、シャルロットは顔を背ける。
 覚悟を決めていたのに全部知られてしまったと思うと、急にシャルロットは恐くなった。
 恐怖と不安が彼女の心を支配する。
 一夏はどう思ったのか? 嫌われてしまったのではないか?
 ずっと騙していたのだから軽蔑されても仕方が無い。会社に命令されてした事とはいえ、友達を騙していた事実に変わりは無い。嫌われても当然のことを自分はした。シャルロットはそのことを自覚し、覚悟を決めていた。
 しかし、とっくに覚悟を決め納得していたつもりでも、いざ一夏に嫌われるかもしれないと考えるだけで、シャルロットは涙が出そうになるくらい悲しく恐かった。

「その……一夏ごめん。僕、一夏を騙してて」

 でも、このままでいいはずがない。一夏には文句を言っていい、怒って当然の権利がある。
 意を決してシャルロットは想いを口にし、一夏に頭を下げた。

「なんで謝るんだ?」
「え、でも、僕は……一夏のことを」

 一夏の思わぬ反応にシャルロットは呆気にとられる。
 しかし、そんな事は全く意に介さないと言った様子で一夏は言葉を続けた。

「理由はもう知ってるし、俺は全然そんなこと気にしてない」

 そう言って微笑む一夏に、シャルロットは呆れつつも救われた気がした。
 一夏に嫌われずにすんだこと。それが彼女にとって一番の喜びだったからだ。

「だから気にするな。お互い無事だったんだからさ」
「うん……うん、ありがとう。一夏」

 もっとも恐れていたのは一夏に拒絶されることだった。
 騙すような真似をしていたのだから、避けられるくらいのことは彼女も覚悟していた。
 だが、一夏なら許してくれるかもしれない。そうした淡い期待があったのも確かだ。
 そして一夏は、そんなことでシャルロットを嫌うような人間ではなかった。

「もう、何も思い残すことはない。例えこのまま本国に連れ戻されることになっても……」

 だから、もう十分だった。これで思い残すことはない。シャルロットはそう考える。
 デュノア社は今回のことが明るみになれば終わりだ。倒産か、よくてどこかの企業の傘下に加わるか、国からの予算も下りずISの開発許可も取り消される可能性が高い。
 本国に帰ればシャルロットも罪に問われ、最悪の場合は牢屋に入れられることになるだろう。
 世間を欺いた罰だ。そのくらいの覚悟は彼女にもあった。

「何言ってるんだ? シャルルはここの生徒だろ?」
「……一夏?」
「本学園における生徒はその在学中において、ありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない」

 それはIS学園の特記事項。五十五個あるうちの一つだ。
 そんな物をここで一夏が持ち出してくるとは思っていなかっただけに、シャルロットは驚かされた。
 確かにそのルールに従えば、シャルロットは本国に連れ戻されなくて済む。
 しかし、それは建前上はそうだということだ。相手が本気になれば安全ということはない。
 国家や企業の影響力は、やはり大きい。そのことは彼女が一番よくわかっていた。

「この学園にいる限りは、誰もシャルルに手出し出来ないってことだ。だから、ここに居ろ。シャルル」
「よく、そんなの覚えてたね……。でも、それじゃあ、皆に迷惑が……」
「迷惑なんて気にするな。頼ればいいんだよ。こういう時は」
「一夏?」
「シャルルはもっと人に頼った方がいい。全部一人で抱え込もうとしないで、相談することを覚えた方が良い。お前を心配してくれる友達はそんなに頼り無いか? 俺はシャルルにとって、そんなに頼りにならないような奴なのか?」
「そんなことはない! 一夏にはたくさん助けられた。励ましてもらった。だから……」

 だから、これ以上迷惑を掛けるわけにはいかない。
 でも、シャルロットはその言葉を口にすることが出来なかった。
 一夏の真剣な表情がそうさせなかったのだ。

「だったら頼れ。最悪の場合、どんな手を使っても俺がシャルルのことを守ってやる。利用できるものはなんでも利用する。そのためだったら頭を下げて『正木』に頼ってもいい。シャルルのためだったら、俺はなんでもしてやるよ」

 ――頼れ、守ってやる。
 一夏のその言葉は、シャルロットの胸に深く染み渡った。
 ダメだとわかっていても、迷惑を掛けるとわかっていても――離れたくない、一夏の傍にいたい。そんな想いがシャルロットの胸の中に溢れ出す。
 あれだけ覚悟を決めていたのに、一度溢れ出した想いは止められない。
 一夏の言葉はまるで告白(プロポーズ)のようで、少女(シャルロット)の心を深く魅了して離さなかった。

「一夏、それって……やっぱりプロポ――」
「俺達、友達だもんな」
「…………」

 シャルロットのなかで、何かが音を立てて崩れていくのが聞こえた。
 でも、そこが一夏らしいと言えるのかもしれない。そう考えるとおかしくて、自然とシャルロットの口からは笑みが溢れていた。
 そんな一夏を、彼女は好きになったのだから――。

「ねえ、一夏。これからふたりきりの時は、僕のことをシャルロットって呼んでくれるかな?」
「ん? いいぞ。やっぱり本名の方がいいだろうしな」
「えっと、そういうことじゃないんだけど……うん、もうそれでいいよ」

 ハアとため息を漏らすシャルロット。でも、その表情はどこか幸せに満ちていた。





 ……TO BE CONTINUED



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