青い空、白い砂浜、燦々(さんさん)と輝く太陽。
 一学期最後の行事、二泊三日の日程で行われる臨海学校に参加するため、俺達は海にやってきた。

「ここが今日から三日間お世話になる花月荘(かげつそう)だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」
「「「よろしくお願いしまーす!」」」

 千冬姉の言葉に続き、全員が声を揃えて挨拶をする。
 ここが今日から三日間お世話になる花月荘。この町唯一の旅館だ。
 こうした学園行事で行く宿泊施設というと、どこか古びた建物を想像するが、そんなことはない。
 少し年季の入った建物ではあるが、手入れの行き届いた立派な外観も然ることながら、一年生全員が宿泊出来るだけの施設とあって、頑丈な作りをしたかなり大きな建物だった。

「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね」

 着物姿の女将(おかみ)さんがにこりと笑い、丁寧にお辞儀を返してくれた。
 注意事項の確認や部屋割りの話をしているのか、そのあと女将さんは引率の教師達と施設の案内図を片手に言葉を交わす。
 その様子をぼーっと終わるまで眺めて待っていると、俺に気付いた様子で視線を向け、女将さんがゆったりとした足取りでこちらに近付いてきた。

「噂の男の子ですね。はじめまして、清洲景子(きよすけいこ)と申します」
「え、あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします。織斑一夏(おりむらいちか)です」

 思わず見惚れてしまうくらい綺麗な人だった。
 歳は多分三十代くらいだと思う。でも、見た目は年齢以上に若々しく見える。二十代でも通用するくらいだ。
 温泉宿の美人女将特集とかあれば、絶対に注目を集めるだろう和服美人。学園の女子達にはない大人の色気が漂っていた。

「フフ、なるほど。桜花ちゃんの言っていた通りの男の子のようですね」
「え……?」

 ここで何故、合法幼女の名前が出てくるのか?
 女将さんと知り合い? 全く接点が見つからないんだが……どういうことだ?
 いや、でもここって、IS学園の生徒が毎年お世話になっている旅館なんだよな?
 もしかして、この旅館にも正木が関係しているってことか。まさか、な。

「あ、一夏。思ったより遅かったじゃない」

 目の錯覚か、幻聴でも聞こえたか、合法幼女が今そこに居たような気がした。
 はは、そんなわけないよな。だって、ここは今IS学園が貸し切って関係者以外は立ち入り禁止になっているはずだ。幾らなんでも……。

「私を無視するなんて、いい度胸してるじゃない」

 夢でも、錯覚でも、幻聴でもなかった。
 視線を下げると、そこには笑顔でプレッシャーを放つ――幼女がいた。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第31話『臨海学校』
作者 193






「……なんで、ここにいるんですか?」
「奇遇ね。私も温泉に入りきたのよ」
「嘘付け!」

 思わずツッコミを入れてしまった。
 この臨海学校には一日目の自由行動を除き、訓練と実習を目的にきている。内容は『ISの非限定空間における稼働試験』という明確な目的があり、その機会を最大限に利用するため国や企業は、専用機持ちに新型装備を山ほど送りつけてくるという話だ。所謂、ISと装備のテストも行程の一つに含まれている重要な行事。
 だが、学園の行事である以上、部外者は参加できない決まりになっているため、揚陸艇などを使って装備だけがドカドカッと運ばれてくるとセシリアが言っていた。
 そのため関係者以外は近づけないように、この辺り一帯は閉鎖されているはずだ。偶然で貸し切りの旅館に泊まれるはずがない。
 どうやってここまできたのか、そこからして問題だった。

「温泉くらい楽しんだっていいじゃない。許可は貰ってあるから大丈夫!」

 と言ってVサインをする幼女。
 いつも思うんだが、どこの誰に許可を貰っているのか非常に気になって仕方がない。子供が相手だから審査が緩いとか……は、ないよな。やはり、『正木』だからか。
 俺にいざと言う時は迷わず権力を使えとか言ってたが、自分達は思いっきり活用してるよな。
 余り参考にしてはいけない見本のような気がするが。なるほど、これが反面教師って奴か。

「えっと、シャルロットお姉ちゃんいる?」
「あ、はい……えっと、キミは……」
「桜花です。一夏お兄ちゃんが、いつもお世話になってます」
「あ、いえいえ、こちらこそ……お兄ちゃん?」

 頭に疑問符を浮かべ、俺に視線を送ってくるシャルロット。なんとなく疑っている視線だ。
 いや、騙されないでくれ。それは見た目通りの子供なんかじゃないんだ。
 一言で説明すれば、幼女の皮を被った悪魔だ。本人の前では、とてもじゃないが言えない。

「じゃ、早速用事を済ませちゃうね。これ、預かってきた物。取り敢えず、代用品だって」
「代用品……って、これはもしかして」
「うん。ラファール・レーヌの代用品。リヴァイヴのカスタム機、ラファール・リヴァイヴ・カスタムVね」

 合法幼女に『はい』と渡されて、ぽかんとした表情で驚くシャルロット。
 その手には待機状態のISと思われる十字型のネックレスが握られていた。
 気持ちはわかるぞ。お使いを済ませたみたいなノリで、こんな子供にISを渡されたら誰だって驚く。
 ほら、周りで様子を窺っていた生徒達も、声も出ないといった様子で固まっている。

「あの……これを届けにここまで?」
「うん。さすがにこれを宅配便で送りつけるわけにいかないしね」

 シャルロットの表情が段々と面白いことになってきた。反応に困っている様子が窺える。
 あのシャルロットをここまで追い詰めるなんて、さすがは合法幼女だ。
 そろそろ助け船をだしてやるか。俺も余り関わりたくないが、シャルロットを見捨てるような真似は出来ない。

「いや、さすがに宅配便はないだろう」
「お兄ちゃんは小包で送ろうとしてたけど?」
「ISって一応、国家レベルの機密なんじゃ……」
「そうだね。でも、お兄ちゃんだし」

 すまん、シャルロット。余り助けになれなかった。それどころか、更に場が混沌としてきた。
 ガヤガヤと騒ぎ始める女子達。『ISって通販してるの!?』とか、目の前の光景が理解出来ず混乱しているのか、訳のわからん声まで聞こえてきた。
 そうだよな、太老さんだもんな。あの人なら確かに宅配便でISを送ってきそうだ。

「あれ? でも、V(スリー)って? カスタム機なら普通はU(ツー)なんじゃ?」
「ああ、デュノア社に眠ってたラファール・リヴァイヴのカスタムモデルをこっちに持ってきて、お兄ちゃんが改造……調整したからVになってるだけで、一応は第二世代機……だよ」

 今、改造って言わなかったか?
 それに、その後の第二世代機のところの一瞬の間が凄く気になるんだが……。
 太老さんが手を加えたって時点で、なんとなく嫌な予感がするんだが、大丈夫なのか?

「そろそろいいか?」
「あ、千冬お姉ちゃん。ちょっと待ってね。もう一つだけ、白式のことなんだけど――」

 おお、そうだ。シャルロットの機体がここにあるってことは、白式も持ってきてくれたんだろうか?
 実は学年別トーナメントの後、機体に大きなダメージを負った白式は工房(ラボ)預かりになった。
 自己修復じゃ追いつかないくらい破損しているから、一度メンテナンスを兼ねてパーツの交換をするって話だったんだ。

「一応、修復は終わったんだけど、お兄ちゃん曰く『時間がないから工房の余りパーツで組んだ』とか言っててね……」
「……え?」
「まあ、最近本業の方が忙しいみたいだから、時間がないっていうのはわかるんだけど……」

 なんだ、その余り物で取り敢えず修理しました、みたいなノリは……。本当に大丈夫なのか?
 手渡されたいつもの白い腕輪を見て、俺は激しく不安に掻き立てられた。


   ◆


「全く、来るなら来ると一言くらい連絡しろ」
「あれ? 『来るな』とは言わないんだ」
「無駄なことは言わない主義だ。来るなと言っても、どうせ来るのだろう?」
「やっぱり、千冬お姉ちゃんはよくわかってるね」
「それなりに長い付き合いだしな」

 部屋割りの説明を終え、残りは一日自由時間ということで生徒達を解散させた千冬は、またフラフラとどこかに消えようとしていた桜花を呼び止め、さっきは生徒達がいた手前、訊けなかった質問をぶつけていた。

「で、本音は?」
「温泉を満喫したかったから!」

 ぶっちゃけた。桜花はぶっちゃけた。
 勿論それだけが理由ではないのだが、温泉でまったりしたいと言う気持ちが一番にあったのは本当のことだった。
 桜花のいつもと変わらぬ態度に、千冬はため息を漏らす。
 そんな二人の様子をチラチラと横目で窺っていた真耶が、他の教員との打ち合わせを終えて戻って来た。

「織斑先生、こちらの方は終わりました。あとで予定の確認だけしておいてください」
「すまないな、山田くん。全部任せてしまって」
「いえ、簡単な連絡と確認だけでしたから」

 そう言って、真耶はチラッと桜花の方に視線を向ける。

「あの……部外者の立ち入りは……」
「許可書なら、ここにちゃんとあるよ?」

 学園長のサインが入った許可書を見て、ガクリと肩を落とす真耶。
 ハアと重いため息が漏れる。真耶の一言は、またも幼女の無情な一言であっさりと切り捨てられた。
 教師としては言わないわけにはいかない。でも、言ってもこうなることはわかっていただけに落胆は大きい。

「余り気にするな。『正木』に関することは割りきらないと、やっていけない」
「そうですね……。そうします」

 さすがに三回目になると学習したのか、千冬の助言に真耶は素直に従った。

「それはそうと、五反田まで何故いるんだ?」

 桜花というイレギュラーの存在もあり、念のため旅館から提出された宿泊名簿を確認していると、五反田蘭のところでピタリと千冬の目がとまった。
 桜花だけなら、まだわかる。しかし、さっきのISを渡すだけなら、蘭は一緒じゃなくてもいいはずだ。
 しかし、桜花は特に悪びれた様子もなく、何食わぬ顔で千冬の質問に答えた。

「え、だって……不公平だし?」
「何故、疑問系なんだ……? 」
「期末テストも終わって試験休みに入ったらしいから温泉に誘ったの」
「……本音は?」
「面白そうだから連れてきたんだけど? まあ、もしもの時の保険≠チて意味もあるけど」

 桜花の『保険』という言葉に反応し、眉をひそめる千冬。
 最初の言葉も本音なのだろうが、そう言うからには何か根拠があるのだと千冬は考えた。

「……何が起こる?」
「イスラエルにオリジナルの一つが持ち込まれた形跡があるわ。そのタイミングで福音がハワイ沖に持ち込まれたところからみて間違いないわね。先月の事件でデータも随分と集まったみたいだし、機体の完成度の確認と言ったところじゃないかな?」
「やはり……アレも関係していたのか。だが、デュノア社から回収したのではなかったのか?」
「一つはね」

 桜花の話を聞き、苦々しげに唇を噛み、厳しい表情を浮かべる千冬。
 それは、彼女がずっと抱いていた嫌な予想を裏付ける内容だった。

「えっと……私が聞いてもいい話なんでしょうか?」

 おずおずと手を挙げ、不安げに尋ねる真耶。
 さっきの話は事情をよく知らない真耶ですら、かなり機密度の高い話であることは容易に理解が出来た。
 それだけに、そんな話を自分なんかが耳にして大丈夫なのかと不安になる。

「うーんと、まずいね」
「まずいな。下手に話せば、消される可能性もある」
「ええっ!?」

 真耶は仮にもIS学園に所属する教師だ。それに国家代表候補生に選ばれたこともある。
 この手の機密情報を迂闊に漏らせば、自分がどうなるかくらいのことは真耶も理解していた。
 しかし、こんな風に脅されては驚かずにはいられない。そもそも、そんな機密度の高い情報を世間話みたいに口にしないで欲しいと、真耶は心の底から思った。

「まあ、既に関係者としてマークされてるだろうから、真耶お姉ちゃんは無関係とは言えないんだけどね」
「え……?」
「あのクラスの副担任になったのが運の尽きね」
「えっと、それってどういう……」
「おかしいと思わない? 一つのクラスに専用機持ちが四人もいるんだよ?」
「あ……っ!」

 それは、ずっと真耶も不思議に思っていたことだった。
 代表候補生が重なることはあっても、専用機持ちが一つのクラスに複数集まるなんてことは普通に考えて有り得ない。
 彼女達は機体の稼働データを収集するために、この学園にやってくる。そのことから考えても、より実戦の機会が多いクラス代表になった方が有利だからだ。
 それにISは一機あれば、都市の一つや二つ、小さな国なら簡単に滅ぼせるだけの力がある。その最新鋭機が四機も一つのクラスに集まっているのだ。
 これほど異常な事態は過去に類を見ない。過去最大のイレギュラーと言ってもよかった。
 そして、一番のイレギュラーとも言うべき人物が、真耶のクラスにはいた。

「織斑くん……ですか?」
「そう、理解が早くて助かるわ。だから、真耶お姉ちゃんはこっち側≠フ人間ってこと」
「うっ……それって凄く危険なんじゃ」
「うん。情報を聞き出すために拉致されたり、最悪の場合は洗脳される危険もあるかな?」

 真耶は顔を真っ青にして、フラフラと床に崩れ落ちた。
 気付かない間にとんでもない事態に巻き込まれていたばかりか、既に手遅れで逃げられないというのだから、これほど質の悪い話は無い。
 しかも初めて担当したクラスが、そんな問題だらけのクラスなのだから運が無かった。

「あれ? それじゃあ、織斑先生が織斑くんのクラス担任になったのも……」
「うん、偶然じゃないよ。ちなみに真耶お姉ちゃんが副担任に選ばれたのも偶然じゃない。背後関係、人格、能力、出自、経歴、それらすべての条件を満たしたのが真耶お姉ちゃんだったから選ばれたの。巻き込んじゃって悪かったと思うけど、こうしないと各国の息がかかった人物や、委員会が介入してくる可能性が高かったからね」

 桜花の話を聞いて、千冬が前に言っていた言葉が真耶の頭に浮かんだ。

 ――だから、教師(わたし)達がいる。

 あれは、そう言う意味だったのだと、真耶は瞬時に理解した。

「さっき、私の前で話をしたのは……」
「態とだね。そろそろ真耶お姉ちゃんには、自分の立場を理解しておいて欲しかったから」

 ――協力者としてね。

 そう、桜花は言葉を付け加えた。
 真耶を守る意味でも何も知らせないよりは、こうして協力者にした方が安全だ。
 時期が来たら真耶にはすべてを話すつもりで、桜花は彼女の行動を観察していた。
 そして、その時期がきたということは、この先は今まで以上に厄介な問題が起こると言っているも同じだった。

「……わかりました。生徒を守るのが教師である私の務めです」

 だから、真耶は覚悟を決めた。
 半端な覚悟では務まらない。力が不足していることは自覚している。でも、気持ちの上で負けているとは思わない。千冬が一夏を大切に思っているように、真耶も生徒達のことを真剣に考えていた。
 生徒達を守りたい。教師として、ひとりの大人として彼等の力になりたい。それが真耶の覚悟であり想い。
 それに、さっき桜花は『協力者』と言った。それは対等な立場という意味でもある。
 織斑千冬に憧れているのは、一夏やラウラだけではない。真耶も同じだ。
 そして、千冬と一緒に戦える舞台が目の前にあり、守りたい子供達がいる。迷う要素はどこにもなかった。

「協力させてください」
「うん、よろしくね。真耶お姉ちゃん」

 それが彼女――山田真耶の決断だった。

「ふう……詳しい話は荷物を片付けた後にするか。ところで桜花、お前の部屋はどこだ?」
「三〇六号室だけど?」
「何、そこは――」

 私と一夏の部屋だ、と言おうとしたところで、真耶が何かを思い出したかのように口を開く。

「ああ、急なお客様が入ったとかで、部屋が一つ変更になってますね。桜花ちゃんのことだと思いますが、さっき旅館の方から説明があって確認を取っていたところです」
「なるほど。それで……」
「あ、蘭のこと……一夏に話し忘れてた」

 今度は桜花が突然思い出したかのように、蘭と一夏の名前を口にした。
 それを聞いて、眉間にしわをよる千冬。真耶も「うわぁ……」と声を漏らす。
 数分後の未来を想像して、三人の心が一致した瞬間でもあった。





 ……TO BE CONTINUED



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