花月荘三〇六号室。部屋から海を一望出来る日当たりの良い東向きの部屋。男は俺一人ということで千冬姉と同室になった。理由は至極簡単、女子対策だ。
 俺の部屋に夜這いに来る女子なんかがいるとは思えないが、就寝時間を無視して大人数で遊びに押しかけてくると言ったくらいのことは、この学園の女子なら普通に考えられる。そのため、千冬姉と俺が同室することになった。
 さすがに俺程度のために、鬼の寝所に足を踏み入れようという勇者はいないはずだからだ。

「おおっ、ここだ。ここ」

 部屋番号を確認して、ドアノブに手を掛ける。千冬姉に言われた通り、鍵は開いているようだ。
 昨今、珍しくもなんともないオートロックではあるが、ここ花月荘の部屋は利用者に学生や団体客が多いなどの理由から、オートロックは導入していないらしい。
 ホテルなどと違い、温泉旅館は地元の食材を使った料理も温泉に並ぶ楽しみの一つとなっている。そこで酔っぱらったり理由は色々だが、旅館などの場合オートロックだと、かなりの割合で閉め出される人が多いとのことだ。――花月荘案内パンフレット、お客様Q&A八番参照。
 だからと言って設備が不十分かというとそうでもない。一年生全員が宿泊しても、まだ余裕のある部屋数に、歴史の趣を感じさせる内装のなかに最新設備が見事に溶け込んだ充実した建物。外は暑いがなかは過ごしやすい。ロビーから廊下に至るまで、適度に効いたエアコンが心地よい、細かいところにまで客に配慮した過ごしやすい快適な旅館だった。

「荷物を置いたら、早速海にでも行ってみるかな?」

 和を感じさせる畳敷きの部屋。寮の部屋もあれはあれで過ごしやすく快適なのだが、日本人だからか、洋室よりも和室の方がなんとなく心が落ち着く。個人的な好みの問題ではあるが、こうでないと温泉にきたと思えないんだよな。
 玄関のドアを開け、部屋へと続く障子張りの引き戸を開け足を踏み入れる――と、何故かそこに先客の姿があった。

「一夏……さん?」
「ら、蘭がなんでここに!?」

 しかも、水着に着替えてるところだったのだろう。
 床には綺麗に畳まれた服が置かれ、隣には水着と思しき小さな布の姿が見える。
 両手はパンツに掛かり、見えるか見えないかギリギリのところでピタリと動きが止まっていた。

「あう……」

 徐々に蘭の顔が朱色に染まり、その目には涙が浮かんでくる。
 これはまずい。非常にまずい。今までの経験上、この手のパターンは一番まずい。
 俺の第六感が、けたたましい警報音(サイレン)を鳴らして危険を知らせていた。

「織斑くんの部屋ってここだよね」
「でも、織斑先生も同室だって聞いたような……さすがにやばいんじゃない?」
「あ、でも先生達ならロビーに集まってたよ」
「……ってことは、今がチャンス?」

 扉の向こうから、複数の女子の声が聞こえてきた。
 全然チャンスじゃないから、どちらかと言うと無茶苦茶ピンチだ。

(ど、どうする!? 千冬姉はいないし!)

 先程も言ったが、女子が深夜に部屋を尋ねて来ないようにとの対策から、俺は千冬姉と同室になった。
 だが、その防壁の要とも言うべき千冬姉がここにいない。
 ということは、部屋の前に群がる女子を止められる人間が、ここにはいないということだ。
 ああ、なんでこんな時に限って千冬姉はいないんだ!

「織斑くーん! 一緒に海に行こうよー」
「わ、悪い! 今、立て込んでるんだ! 後にしてくれ!」

 素早くドアの方に移動して、全身を使って扉をロックする。
 後ろ向きにドアの鍵に手を掛け、それをカチャリと横に回す。よし、これで勝手に入っては来られないはずだ。
 いや、油断は出来ない。ここの生徒は、その道のエキスパート揃いだ。代表候補生に限らず、軍出身の女子も多い。
 それにIS学園は授業で銃の組み立てや、爆弾の解体方法なんかを当たり前のように教えている教育機関だ。普通の高校とは何もかもが違う。
 ようするに、その気になればこのくらいの鍵は、誰でも簡単に開けられるということだ。

「あの……一夏さん、私――」
「しっ! 今、しゃべったら――」
「今……女の子の声が聞こえなかった?」
「え? もしかして、誰か抜け駆け……」
「織斑くん! 誰か中にいるの!?」
「いない! 誰もいない!」

 蘭の声が聞こえたようで、ドアの向こうにいる女子達が騒ぎ始めた。
 ああっ、どうすればいいんだ。って、ぬお!
 ――ドン、ドドン!
 顔の横を何かがかすめる。見ると、木刀がドアを貫いてきていた。
 こんなことをするのは一人しかいない。そっと空いた穴に目を向ける――

「一夏……部屋の中に、いるのだろう?」

 と、そこで箒と目が合った。
 軽くホラーだ。やばい、あの目は本気だ。殺されると思うくらい殺気が身体から溢れていた。

「待て、箒! 落ち着け! 話せばわか――」

 ――ドシュン!
 と弁明しようとした瞬間、部屋の扉を突き破り、俺の頭の上を青白い光が通過した。
 ブルー・ティアーズのレーザー砲――セシリアだ。

「フフフ、一夏さん。出てきていただけませんか?」

 高熱で溶けて出来た大きな穴の向こうには、ISを展開した青い悪魔がいた。
 やばい、本気で殺される。俺は咄嗟の判断で扉から離れる。そして、その判断は間違っていなかった。
 次の瞬間、轟音と共に粉々に吹き飛ぶ扉。そこには甲龍を展開した鈴の姿があった。

「一夏ああぁっ!」
「うわあっ! ちょっと待て、鈴! さすがにそれはやばい!」
「待てるか! なんで、蘭がここにいるのよ!? しかも何よ、その格好!」
「いや、これは……俺にも何がなんだか……」
「アンタは、いつもいつもいつも……百回死ね!」

 アホか! 百回も命のストックがあれば、こんな苦労しないわ!
 風の流れが変わり、目の前の空間が歪む。それは鈴が攻撃態勢に入った合図だ。
 弁解の余地もなく甲龍の衝撃砲が火を噴く。死ぬ。絶対に死ぬ。ああ、確実に死んだな。
 と、覚悟を決めた時、俺と鈴の間に何かが割って入った。

「勝手に嫁を殺されては困るのでな」
「くっ、アンタ……」

 ――ラウラだ。
 シュヴァルツェア・レーゲンの慣性停止結界が、ギリギリのところで甲龍の動きを止めていた。
 た、助かった。まさか、ラウラが俺を助けてくれるなんて……。
 一般常識に欠ける浮世離れした少女だとばかりに思っていたが、こんなところでレーザー砲をぶっ放す青い悪魔や、木刀で扉を破壊する剣道少女や、衝撃砲を生身の人間に躊躇無く使う中華娘よりは、ずっと常識がある。
 すまん、ラウラ。俺が間違って――

「それに、浮気も男の甲斐性のうちだ。この程度のことで取り乱すなど、やはり貴様達では一夏の一番にはなれんな」

 ――いなかった。見事に火に油を注いでくれた。
 また、何を吹き込まれたんだろうか……。
 ラウラに色々と余計なアドバイスをしてくれている人物とは、一度ちゃんと腹を割って話さないとダメな気がした。
 でも、一番怖かったのは――

「一夏、ちゃんと説明してくれるよね?」

 破壊された扉の向こうに佇む、シャルロットの笑顔だった。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第32話『夏の浜辺』
作者 193






「はあ……」

 本日一番の大きなため息が漏れる。もう体力的にも、精神的にも、俺は満身創痍と言っていい状態だ。楽しいはずの臨海学校で、到着早々に生命の危機に晒されるとは思ってもいなかった。
 あの後、騒ぎを聞きつけてやってきた千冬姉の説明で、事故だったことは女子達にも納得してもらえたと思うが、あんな後では箒達とも顔を合わせづらい。それに蘭にも、まだちゃんと謝っていなかった。
 部屋替えの報告が遅れてしまったのが原因らしく、俺は合法幼女と蘭が宿泊している部屋に間違って足を踏み入れたと言う訳だ。
 そういうことは、もっと早くに言って欲しかった。何もかも終わった後ではすべてが遅い。

「ああ、なんか久し振りに、まったりとした時間を過ごせてる気がする」

 青い海、白い砂浜、燦々と輝く太陽。レジャーシートにビーチパラソルと定番のセット。
 現在の俺の格好は、先日街に出かけた時にひっそりと購入したトランクスタイプの水着。

「海は青いな。大きいな」

 目の前に広がる大きな海をみていると、ちっぽけな心が洗い流されるようだ。

「あ、あの……一夏さん!」
「ん?」

 声のした方を振り返ると、そこには青い悪魔ことセシリアがいた。
 先程のこともあってか、思わずビクッと身体が反応する。我ながら情けない。

「この水着、どうでしょうか?」

 腰に巻かれたパレオが上品な趣を感じさせる鮮やかなブルーのビキニ。
 こうしてみると、やはりセシリアは良い体つきをしている。まるでモデルのようだ。

「あ、うん……似合ってると思うぞ」

 青い海と夏の日差しがそう見せるのか、デパートで見た時よりも刺激的なくらいだった。
 はっきり言って、目のやり場に困る。セシリアは無意識なのだろうが、水着で強調された胸の膨らみと谷間が、十代男子には辛い誘惑となって襲いかかる。
 仏教徒と言う訳ではないが、俺は心のなかで念仏を唱え、懸命に自制心に訴えかけていた。

(色々とあって忘れてた……。考えてみたら、俺以外は全員女子じゃないか)

 今になって、(ここ)に逃げてきたのは間違いだったのではないかと気付いた。後悔先に立たずと言ったところだ。
 学園での寮生活で大分こうしたことに免疫がついたとは言っても、布一枚しか身に纏っていない下着同然の美少女が目の前にいて、男として緊張しないはずがない。
 何も感じなかったら、それはそれで嫌な誤解を受けそうだ。これでも健全な男子だしな。

「一夏さん!」
「え?」

 ズズッと身を乗り出して迫ってくるセシリア。吐息が触れるくらい近い距離にセシリアの顔が近付く。
 チラッと下を覗くと、胸の谷間から白い肌が見えた。これは色々とまずい状況だ。
 俺も男なんだから、もうちょっと警戒するとか、恥じらいを持って接して欲しいんだが。
 青い海が、夏の太陽が女を開放的にさせるのか、IS学園の女子は色々と無防備すぎる。

「こ、この間の約束を覚えていらっしゃいますか?」
「約束? それって前に一つだけなんでも言うことを聞くって言った……」
「そ、そう! それですわ!」

 俺の不注意で、セシリアと鈴の裸を見てしまった保健室のアレだ。
 確かに、そんな約束をした。あれは全面的に俺が悪かったと思っているし、男が一度口にしたことだ。当然、二言など無い。
 でも、このタイミングでどんなことを頼んでくる気なんだ? 余り無茶な要求はしないでくれると助かるんだが……。

「で、ですから、その……サ……」
「さ?」
「サンオイルを塗って頂けませんか!?」

 無茶な要求ではなかったが、男としては複雑な……色々と考えさせられる内容だった。


   ◆


 花月荘は美肌効果の高い温泉と、その立地条件から海に近い宿を売りとした旅館だ。
 そのため別館に設けられた更衣室からは、直接浜辺に出られるように設計されていた。

「まったく……なんで蘭がここにいるのよ」
「桜花さんに連れてきてもらったんです。それに私だって一夏さんの臨海学校先が、ここだって知りませんでした」
「本当のところはどうだか……。その水着だって随分と気合い入ってるみたいだし」
「鈴さんこそ、その水着。カウナックの最新モデルですよね?」

 着替えを終え、砂浜を歩くふたりの少女。並んで歩いている割には、余り仲が良さそうに見えず、どちらかというと犬猿の仲と言った様子が窺える。
 ひとりは、淡いオレンジと白のストライプが特色のタンクトップ・ビキニ、通称『タンキニ』に身を包んだ猫眼にツインテールの少女、凰鈴音(ファン・リンイン)
 もうひとりは、セパレーツタイプの桜色をしたトップに黒のボトムと、露出が少し控えめの機能的なデザインの水着に身を包み、肩まである長い髪をヘアバンドとクリップでトップにまとめた明るく活発的な印象を受ける少女、五反田蘭(ごたんだらん)
 あの騒ぎの後、逃げるようにどこかに行ってしまった一夏の姿を探して、鈴と蘭は浜辺までやってきた。
 互いに抜け駆けを許すまいと、牽制し合いながら一夏の姿を探す。
 こうなった原因は言うまでも無く、旅館での騒ぎが今も尾を引いているからだった。

「ふふん、これは一夏に選んでもらったんだから、アンタのとは違うわよ」
「さすがは一夏さんですね。鈴さんのことをよくわかってるみたいで」
「……どういう意味よ?」
「そのままの意味ですけど? ビキニじゃなくタンキニな辺りが、子供っぽい鈴さんの体型にはピッタリだと思いますよ」

 一言で表現するなら幼児体型、ぺったんこ。
 遠回しに胸のことを指摘されて、鈴は顔をしかめる。ピクピクと眉をつり上げ、その眉間には青筋が立っていた。
 確かに鈴は胸がない。一歳年下の蘭よりも起伏が乏しい。所謂、貧乳体型だ。
 だが、とある自称美少女が『貧乳はステータス』と言っていたように、一部の人達に需要があるのも事実。しかし乙女心は単純明快複雑怪奇。そうは言っても、胸の大きい小さいが気にならないかと言えば嘘になる。
 バストアップの運動や、うさんくさい機械など色々と試した。努力もたくさんした。でも、結局は無駄だった。
 一向に胸が大きくなる気配はなく、いつしか鈴も『これはこれで需要があるのよ』と自分を納得させ諦めていった。
 しかし、ここ最近は一夏の周りにメロンやらスイカやら胸の大きな女子が多いこともあってか、再び胸のことが気になり始めていたのだ。
 そこを他人に指摘されれば腹が立って当然。何度も言うが、鈴の前で胸の話は禁句だった。

「上等じゃない! このあたしに喧嘩を売るなんて!?」
「この間、ボコボコにやられてたところを助けてあげたの、もう忘れたんですか?」
「あれは……アンタの助けなんかなくたって、あのままやってたら勝ってたわよ!」
「強がりですね。どうみても、アレは負けてました」

 一触即発といったふたり。すぐにでもISを展開して野外バトルに突入しそうな険悪な雰囲気で、火花を散らす。
 お互い譲れないものがある以上、戦いは避けられない宿命にあった。
 戦闘がはじまるか、と思われた瞬間――ふたりの耳にワイワイと大勢の女子の賑やかな声が聞こえてくる。

「何? なんの騒ぎよ?」
「あそこ、人集りが出来てますね」

 人集りというか、浜辺の一角に長い行列が出来上がっていた。
 部外者立ち入り禁止なのだから当然ではあるが、並んでいるのは全員IS学園の一年生達だ。
 嫌な予感がした鈴と蘭は争うのをやめ、その行列を辿り、原因に向かって走った。
 すると案の定――

「何、やってんの一夏……」
「何をやってるんですか、一夏さん……」
「え? 何って、サンオイル……」

 怒りと呆れの混じった複雑な声で、一夏に事情を尋ねる鈴と蘭。
 そこにはビーチパラソルの下、黙々と女子の背中にサンオイルを塗る一夏の姿があった。





 ……TO BE CONTINUED



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