朝から災難だった。
 千冬姉、手加減なしで思いっきり頭を殴るんだもんな。本当に容赦が無い。あの一撃で、朝から脳細胞が一万個ほど死滅したぞ。
 なんか、この臨海学校にきてから碌な目に遭ってない気がする。まあ、普段からこんな感じのような気もしなくはないが、その頻度や規模から考えても明らかに酷くなっている。
 臨海学校だけに水難……いや、女難の相でも出てるんだろうか? いやだな、それ……。

「あ、セシリア。昨日は悪かったな。俺、先に寝ちゃったみたいで……」
「い、一夏さん……!? い、いえ、わたくしも昨日は早くに休んでしまったようなので、も、問題ありませんわ!」
「そうなのか? まあ、そう言ってもらえると助かるけど、今度必ず埋め合わせはするから」
「え、ええ……た、楽しみに待っていますわ」

 何やら挙動不審なセシリア。まあ、怒ってないみたいだし、そこは助かったが。
 トイレに行きたいのか、ずっともじもじとしているし顔も少し赤い。何かを我慢している姿が妙に色っぽいというか、そんな感じだ。

「トイレなら我慢しないで行った方がいいぞ」
「ち、違います! と、とにかく今は放って置いてください。お願いですから……」
「いや、でも……あっ、危ない」

 心配して言ったのだが、怒らせてしまったようだ。
 まあ、確かに女子に『トイレ』はなかったな。ちょっとデリカシーがなさ過ぎた。
 怒って足を逆に向けるセシリア。慌てていた所為か身体のバランスを崩し、フラッと横に倒れようとしたところを、俺は咄嗟にセシリアの腕を掴んだ。

「あああぁっ!」
「ええ!?」

 ただ腕を掴んだだけなのに変な喘ぎ声をあげて、へろへろと砂の上に膝をつくセシリア。
 な、なんだ? 俺が悪いのか? はあはあと甘い息を吐くセシリアの姿は、妙に艶めかしい。

「何をやってるか! この馬鹿者!」
「ぐは!」

 ガンッ、後ろから思いっきり頭を叩かれた。しかも、鉄製の小型端末の角で。無茶苦茶痛い。
 千冬姉だ。鬼の形相を浮かべた千冬姉が後ろにいた。
 朝から機嫌が悪いのは知っていたが、ここまで容赦がないとは……。今はとにかく逆らわない方がよさそうだ。

「オルコット。気分が優れないのなら、少し休んでいろ」
「は、はい……そうさせて頂きます」

 そう言ってフラフラとした足取りで、木陰に移動するセシリア。
 本当に大丈夫だろうか? 昨日早くに休んだとか言ってたしな。少し心配だった。

(なんか、おかしいんだよな)

 今朝はなんか、皆の様子がおかしかった。
 セシリアだけじゃない。隣のクラスの鈴や、他の女子まで。ラウラやシャルロット、のほほんさんとかはいつもの通りなんだが、一部の女子が明らかに俺と顔を合わすなり顔を真っ赤にして、そそくさと逃げてしまう。
 避けられてるんだろうか?
 嫌われるようなことをした記憶がないだけに、さっぱり理由がわからなかった。
 そういえば、なんか箒も様子がおかしいんだよな。他の女子とは少し様子が違うんだが。

「全く面倒なことに……。やはり昨日よりも酷くなっているな……」
「アレの後って大変なんだよね。副作用で肌の感度があがって敏感になってるだけだから効果的な治療方法もないし、寧ろ身体には良いことだから尚更……。少なくとも昼過ぎまでは、ずっとあんな感じだと思うよ?」
「専用パーツの一部テストは午後に回すしかないか」

 何やら、千冬姉と合法幼女がひそひそと話を行っていた。
 打ち合わせでもやっているのだろうか? あのふたりが一緒だと不安も一際大きい。
 今日は丸一日、朝から夜まで各種装備の試験運用とデータ取りに追われることになる。白式は後付け装備がないから比較的楽だが、他の専用機持ちは全員、所属する国や企業から送られてきた装備の野外テストが待っているので大変だ。
 セシリアはあの調子では厳しそうだが……。ああ、鈴もそうか。何があったかはしらんが、大変だな。
 今はそっとしておいてやろうと、俺は心に決めた。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第39話『装備試験』
作者 193






 元々露出度の高いISスーツは水着でいるのと変わりが無いほど海にいても違和感がなく、その場によく馴染んでいた。
 これから、ここでテストがある。テストと言っても期末試験と言う訳ではなく、ISで使用する各種装備の試験運用だ。
 ようは実証試験とデータ取り。関係者以外立ち入り禁止のプライベートビーチに、学園から持ち込まれた貴重なISが数機、機材や装備を詰めた中小様々な軍用コンテナが運び込まれていた。

「それでは、各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」

 千冬姉の言葉に従い、慌ただしくテストの準備をはじめる生徒達。普段はノリの良いIS学園の女子達だが、訓練やテストとなるとすぐに気持ちを切り替え、迅速に行動に移せる辺り目的意識の高いエリートなのだと感じさせられる部分があった。
 現在ではもっぱらスポーツ種目として浸透しているISだが、その本質が兵器であることに変わりはない。ちょっとした油断が大きな事故に繋がりかねない危険な代物だ。最低限、公私の区別はちゃんとつけ、頭を切り替えられるように危機意識を持つことが、IS学園の生徒には求められていた。
 IS学園は操縦者になるための訓練校、普通の高校とは違う。操縦以外にも銃の組み立てや爆弾の解体、戦略シミュレーションなど、軍事カリキュラムが授業に組み込まれているのが、その証拠だ。
 国家代表になってIS世界大会『モンド・グロッソ』に出場するということは、ほとんどの場合、その国の軍に所属するということと同じ意味を持つ。ISが軍事力の要であることなどから、訓練生時代に軍事知識を学ぶことは必要不可欠とされていた。

 俺はかなり特殊なケースではあるが、セシリアや鈴、それにシャルロットやラウラのような代表候補生は、一般生徒よりも尚更そうした側面が強く影響しているはずだ。
 特にラウラは、既に軍に所属し部隊長まで任せられているほどだ。鈴も中国では、軍でテストパイロットをやっていたと話を聞いたことがある。機密も多いので余り詳しい話は聞かせてもらってないが、ISの操縦者になるということは、そういう覚悟と理解が必要ということでもあった。

 その覚悟が俺にあるのかと訊かれると微妙なところだが、はっきりと言ってしまえば、国を守るとか名誉がどうとかいうのは正直よくわからん。ただ、叶えたい夢があって、守りたい人達がいて、俺にはISを動かせる才能があった。ただそれだけのことだ。
 目的に一番近い手段が目の前にあるから俺はISに乗るだけで、大きな志なんてものは一つもない。結果的にこの国を守ることが、自分の大切な人達を守ることに繋がるのなら俺は戦うと思うが、それは国や名誉のためなんかじゃない、自分のためだ。
 皆がどうかはしらない。ただ俺は、自分がそうしたいからISに乗っていた。

 まあ俺の場合は、選択肢が他になかったからとも言えるが……。世界で唯一ISを操縦できる男というのは、これで結構重い肩書きなんだ。
 だから余計にそんな風に考えるようになったのかもしれない。周りに守られて、皆に頼ってばかりじゃなく、自分の力で何かをしてみたい。誰かを守ってみたかった。
 守られてばかりというのは、それはそれで考えさせられることが多い。我が儘な悩みなのかもしれないが、俺は守られてばかりの関係が嫌で足掻いたと言う感じだ。そして今も足掻き続けている。ちっぽけな抵抗ではあるが、そうしないと何も変えられないと思ったんだ。

「あ、シャルロットお姉ちゃん、ちょっといい? ついでに一夏も」

 一分か、二分か、わからない。ぼーっと考え事をしていた――その時だ。
 俺とシャルロットを呼ぶ、幼女の声が聞こえた。ついでって言うのが引っ掛かるが、『はい』と返事をしてそちらに足を向ける。チラッと千冬姉の方に視線を向けるが、何も言わないところをみると、これも予定に含まれているのだろう。
 そういえば、今朝から蘭の姿も見てないな。幼女と一緒じゃないところをみると、旅館にひとりでいるんだろうか?

「蘭なら旅館で待機よ。一応ここは関係者以外は立ち入り禁止になってるしね」
「えっと……」
「私はいいのよ。許可を貰ってるし、それにISの説明もあるしね」

 口にする前に考えを読まれ、先手とばかりに先に言われてしまった。
 まあ、ISの説明は受けておきたい。特に白式は太老さんが調整をしたと言う話だ。
 修復は済んだと言う話だったが、不安になるようなことを言われた後だけに気になっていた。

「とは言っても、白式に関しては特に説明することってないんだけどね。後付け装備(イコライザ)がないところとか全く変わってないし」
「ええ〜」

 期待していた話と随分と違い、俺は酷く落胆する。
 もっと、ここを気をつけろとか、注意点を教えてもらえるとばかりに思っていたからだ。
 でも、面倒臭そうに話す幼女。ちゃんと仕事をしろよと文句を言いたくなる態度だった。

「何か言いたそうな顔ね?」
「いえ、何も……ありません」

 ううっ……我ながら情けない。文句の一つも言えないとは……。

「まあ、いいわ。それに悲観的になることもないわよ。大きな仕様変更は確かにないけど、基本スペックはそこそこ向上してるしね。マイナーバージョンアップってところね。でも一つだけ注意点があるけど」
「注意点?」
「機体を構成する素材が大きく変わってるから、そこに多少の違和感があるかもしれない」

 ようは今までと違う材質のパーツで組み直したから、機体に違和感があるってことか?

「まあ、一次移行(ファースト・シフト)の時と違って大きな変化はないから、すぐに慣れると思うけど。一夏次第ね」

 なんでも新品の道具は違和感があるもんだからな。そんな感じかと納得した。
 幼女に言われてスペック表を確認してみるが、確かに基本スペックは向上しているようだが、機体自体に大きな変更はない。相変わらず装備は雪片弐型だけの近接特化型仕様。射撃武器なんて気の利いた装備は一切無い。ここまで極端だと、清々しいくらいだ。

「シャルロットお姉ちゃんの方は、基本的なスペックはリヴァイヴと余り変わらないけど、基本装備を外すことで拡張領域(バス・スロット)が原型機の二倍以上になってるから」
「それってラファール・レーヌと同じ仕様ということですか?」
書庫機能(アーカイバ・システム)は搭載してないけどね。違いは本体より、後付け装備の方にあるわ」

 ラファール・リヴァイヴ・カスタムVに搭載されている装備の数は凡そ二十。百近い装備のあったラファール・レーヌと比べると少ないが、それでもかなりの数の装備がシャルロットのリヴァイヴには搭載されていた。
 ううん、やはり少し羨ましい。一個くらい分けて欲しいくらいだ。

「一度、起動した時にも思ったんですけど、見たことのない装備が色々とありますよね」
「量産型装備の実装テストも兼ねているからね。ほとんどは『正木』で開発された試作型の装備よ……って、もう起動確認をしたの?」
「ええ、まあ……」
「さすがはシャルロットお姉ちゃんね。一夏も見習いなさいよ」

 シャルロットと幼女の言葉に、俺は素直に頷けなかった。
 昨日ビーチバレーの後、その起動確認の的になったのが俺だったからだ。
 あれは冗談抜きで死ぬかと思った。

「あの……このドリルアームって」
「お兄ちゃんの趣味。ドリルは男のロマンだって聞いてくれなくて……」

 リヴァイヴの腕に装着して使うドリルが、空間投影ディスプレイに映し出されていた。
 他にもガンランスとか、なんとなくネタ臭い武器が色々と装備リストには載っている。さすがのシャルロットも、その見たこともない装備を前に難しい表情を浮かべていた。
 どんな場面でどんな風に使えばいいのかイメージが出来ず、戦術が上手く組み立てられないといった様子だ。昨日、シャルロットの動きにキレがなかったのも、恐らくはそれが原因だろうと考えた。
 まあ、シャルロットならすぐに慣れるとは思うけど。特技と言っていいほどに器用だからな。逆を言えば、この装備も器用なシャルロットだからこそ、テストを兼ねて用意されたと考えられる。実際に使用したデータがあれば、マニュアルを作るのも楽になるしな。

「慣れるのが大変そうですね……」
「まあ、そこは同情するけど慣れてとしか言えないからね。わからないことがあったら色々と質問してもらってもいいから」
「それじゃあ、遠慮無く――」

 そして、シャルロットと幼女ふたりだけの話がはじまった。
 武器の使い方や、どういう場面で使用する装備なのかの説明など、データからは伝わってこない細かい注意点をシャルロットは幼女に訊いていく。技術的なことは勿論、かなり高度な戦術の話も含まれていて、改めてシャルロットの知識の深さを思い知らされた。
 知識面でいえば、確実に俺よりも上だ。いや、俺がバカって意味じゃないからな。シャルロットや蘭の頭が良すぎるんだ。
 これでも、鈴とはどっこいくらいだと思う。三年も学んでいて一年しか勉強してない鈴と一緒というのも、それはそれで考えさせられる悩みではあるが……。

「えっと、俺は?」
「一夏はもういいわよ。適当に白式でも弄って慣れておきなさい」

 あっという間に話が終わってしまった。しかも、かなり扱いがぞんざいだった。
 今朝の千冬姉といい、なんか機嫌が悪そうに見えるのは気の所為か?
 まあ、起動して機体に慣れておけってのはわかるが……仕方無い、言われた通りにするか。
 そう思って、ISを起動させようとしたところで、

 ――ズドオオオォン!

 浜辺に轟音が響いた。空から降ってきた何かが、近くの砂浜に落ちたようだ。
 その落下地点と思しき場所から、ズドドドドと物凄い速度で砂煙を上げ、何かが真っ直ぐこっちに向かって来る。
 な、なんだ、一体!?

「やあやあ! 会いたかったよ、ちーちゃん! さあ、ハグハグしよう! 愛を確かめ――ぶへっ!」

 一直線に飛びかかってきた人物を、なんの躊躇もなく片手で掴む千冬姉。――見事なアイアンクローだった。
 思いっきり指が顔に食い込んでいる。うわっ、痛そう。

「いたたたっ、ちょっ、本気で決まってる! ちーちゃん、ギブギブ!」

 メキメキと音が聞こえてきそうな握力で頭を締めつけられ、悲鳴を上げる人物。
 彼女こそ、箒の姉にして指名手配中の天才科学者――篠ノ之束、その人だった。





 ……TO BE CONTINUED



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