室内待機を命じられ慌ただしく片付けを済ませ、旅館に帰ってきた生徒達。
 そして専用機持ちと教員達は大広間へと集められ、緊急の作戦会議が行われていた。

「桜花さん!」
「あっ、蘭も食べる?」

 旅館全体が異常に張り詰めた空気に包まれ、IS学園の生徒や教員だけでなく旅館の従業員にも動揺が走るなか、相変わらずと言った様子で桜花は大食堂の一角に腰掛け、赤いシロップのかかったイチゴ味のかき氷を堪能していた。
 スプーンを手に『頭がきーんとする』と言って、身体を震わせながらかき氷を食べる桜花を見て、蘭も若干呆れた表情を浮かべる。

「何かあったんですよね?」
「そうみたいね。でも、ハブられちゃったし」

 IS学園の上層部から、千冬達に下った命令だ。桜花と蘭は厳密にはIS学園の関係者ではない。それにこの旅館に居ること事態、イレギュラーなことだった。
 そのため作戦の内容は疎か、桜花達には一切の情報が与えられていなかった。
 桜花がここでこうして大人しくしているのもそのためだ。作戦本部として使用されることになった大広間への立ち入りは禁止。旅館から出ることは勿論、行動も制限されていた。
 部屋に閉じ込められ、監視が付けられていないだけマシなくらいだった。

「でも、情報は掴んでいるんですよね?」
「聞いてどうするの?」
「それは……」
「これは一夏達の任務。蘭には関係のないことよ」

 きつい言い方だが、それは事実。そんなことは蘭にもわかっていた。
 でも、桜花ならそういうであろうことを理解した上での質問だ。一夏のことを考えると、どうしても訊かずにはいられないことが蘭にはあった。

「楯無さんから連絡をもらいました」
「楯無お姉ちゃんから?」
「学年別トーナメントのことが発端になって、IS関係者の間で広がっているという噂を聞きました。前に太老さんが言ってたんです。私の夢もきっと叶うって。その意味が楯無さんの話でようやく理解出来ました」
「あー、お兄ちゃんも余計なことを……。あのね、蘭それは……」
「そのことはいいんです。どちらにせよ、最後は一夏さんが自分で決めることです。でもナターシャさんのことは――」
「……それも聞いちゃったんだ」
「はい。無理を言って教えてもらいました」

 蘭がその話を聞けば、絶対に黙っていないことは桜花にも予想がついていた。だから黙っていたのだ。何れにせよ、後でわかることではあったが、タイミングを見計らって説明するつもりだっただけに、太老と楯無には恨み言の一つも言いたくなる。
 もっとも知られてしまったのなら仕方がない。観念したと言った様子で桜花は食べるのをやめ、スプーンを置いた。

「今回の件、ナターシャさんが関わっていることを、一夏さんに話してませんよね?」
「そうね。一夏は変なところで甘いから」
「知っていて、止められなかったんですか?」
「ISは国家機密なのよ? 多少の状況証拠を突きつけたところで、言い逃れされるのがオチよ。アレの回収にも支障を来す可能性がある以上、私達の取るべき選択は決まっている。何が最優先かを、あなたも忘れたわけじゃないでしょう?」
「でも、一夏さんは……」
「このくらい乗り越えられないようなら、一夏はそれまでってことよ」
「そんな言い方――」
「これは一夏が自分で望んだことよ。蘭、それはあなたも同じ」
「あ……」

 そう、一夏が正木にいるのも、蘭が正木にいるのも強制されたからではない。二人が自分の意思で選んだことだ。
 一夏に関しては確かに選択肢がなかったかもしれない。でも、一夏自身が望んだことであることには変わりが無い。それに蘭に至っては『正木』の庇護を受け、平和に暮らすという選択肢もあった。そうしなかったのは蘭自身、そのことは彼女が一番よくわかっていた。

「一夏の代わりにって考えてるなら出撃は許可出来ない」
「はい……」
「自分に与えられた役目をまずは全うしなさい。義務と責任さえ果たせば、私達は何も言わないわ。それが契約、あなたが支払う対価なんだから」

 桜花にこう言って拒絶されれば、蘭にはそれ以上何も言えなかった。彼女に出来ることは作戦に参加することではない。正木との契約、その義務と責任を果たすことだ。それが結果的に一夏を助けることに繋がる。今回の件は、そのことを再確認させられただけだった。
 ただ、尋ねずにはいられなかった。それほどに一夏の立場は危うく、そして危険に晒されることがわかっていたからだ。それにナターシャの件、銀の福音の操縦者が彼女だと知れば、一夏はきっと心を痛めることが蘭にはわかっていた。

「一夏のために出来ること、それがなんなのか、わからないあなたじゃないでしょ?」
「……はい。少し頭を冷やしてきます」

 とぼとぼとした足取りで立ち去る蘭の背中を、桜花は黙って見送った。
 溶けかけたかき氷を見て、口元に持って行くとズズズと一気に流し込む。

「ぷはー」

 と息を吐く姿は見た目からは想像もつかないほど、オヤジ臭かった。

「若いっていいよね」
「フフ、年寄り臭い発言ですね」
「酷いよ。景子お姉ちゃん……」

 お代わりのかき氷を持って現れた景子に、桜花は心底嫌そうな視線を向ける。
 確かに年齢の上では景子よりも遙かに年上ではあったが、それを改めて指摘されるのは気持ちの良いものではなかった。
 それに太老に女として意識してもらうためにも成長したいという思いはあるが、それが出来るのなら苦労はない。桜花は今のまま≠ナは永遠に成長することが出来ない。それは桜花自身が一番よくわかっていることで一番の悩みでもあった。

「でも、本当に良い子達ですね」
「そこは否定しないわ。だからこそ、私達がしっかりとしないと」

 蘭に言った言葉は、桜花自身が自分に再度確認の意味も込めて口にした言葉でもあった。
 蘭にあるように、桜花にもどうしても為さなければならないことがある。義務と責任があるのは蘭や一夏だけではない。桜花も同じように目的と役割を持ってここにいた。

「それで首尾の方は?」
「お陰様で従業員の無事は確認出来ました。楯無さんから『後はお任せします』とのことです」

 景子の話に、一転して真剣な表情を浮かべる桜花。準備は整ったということだ。
 後は獲物が餌に食いつくのを待つだけだった。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第43話『作戦会議』
作者 193






「紅椿なら、すべて解決だよん! パッケージなんてなくても展開装甲を調整してやれば、ほいのほいのほいほいっと。ほら、スピードもばっちり!」

 いつの間にやら束さんに乗っ取られたディスプレイに、紅椿のスペックデータが表示される。
 確かにデータ上は解決しているように見えるが、そもそも展開装甲というのがなんのか、そこからして疑問だった。
 そんな俺達の様子に気付いたのか、待ってましたとばかりに笑みを浮かべる束さん。

「説明しましょう! さあ、いっくんも一緒に『束さんのなぜなに講座』――はじまり、はじまり〜!」

 え!? 俺もなのか?
 腕を引っ張って強引にディスプレイの前に連れ出され、皆の視線が俺と束さんに集中した。
 無茶苦茶恥ずかしい、って俺は必要ないんじゃ!?

「甘いね、いっくん。こういうシチュエーションに助手は必要不可欠なんだよ」

 そうなのか? いや、なんとなくわからんでも無い気がするが……。

「さあ、これに着替えてくれたまえ、いっくん!」
「いや、それだけは遠慮させてください」

 光の粒子と共に現れたにんじんの着ぐるみを前に、俺は謹んで遠慮させてもらった。
 不満そうに、「ええ、折角いっくんのために用意したのに」と駄々をこねる束さんを無視する。俺の意思が変わらないと知ると空気を読んでさすがに諦めたのか、束さんは「いっくんのケチンボ」と言って着ぐるみを粒子に戻した。
 ISの開発者とはいえ、量子変換をネタに使う辺りが実に束さんらしかった。

「展開装甲というのはだね。この天才の束さんが作った第四世代型ISの装備なんだよ!」

 そうしてはじまった束さんの解説。しかし第一声から、全員の表情が固まった。
 今、この人『第四』とか言ったよな。『第三』じゃなく『第四』――。
 それが何を意味するのか、この場に居る人達ならわからないはずがない。

「はーい、ここで心優しい束さんの解説開始〜。いっくんのためにね。へへん、嬉しいかい?」

 俺って助手なんじゃ……いや、もう何も言うまい。束さんはこういう人だからな。
 ちなみにその解説というのが、

 ――第一世代は、ISの完成を目標とした機体。
 ――第二世代は、後付け武装による多様化。
 ――第三世代は、操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器の実装。

 そして第四世代――パッケージ換装を必要としない万能機。それが紅椿の機体コンセプトと言う話だった。
 空間作用兵器にBT兵器など、現在各国が必死になって開発を進めているのが第三世代。イメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器の実装と言う奴だ。
 第三世代ですら未だに開発中、ようやくテストに入ったばかりだというのに第四世代。それが完成して目の前にあるというのだから、これに驚かない人は誰一人いなかった。

「ちっちっちっ、束さんはそんじょそこらの天才じゃないんだよ」

 やっぱり、この人マッドだ。それも筋金入りの……。
 あれ? ってことは同じくらい天才の太老さんが作った蘭の専用機って、何世代なんだ?
 ――深く考えるのはやめておこう。それが精神衛生上、一番いいな。真実を知ると絶対に頭を抱えることになる。世の中には知らない方がいいことって、たくさんあるしな。

「具体的には白式の雪片弐型に使用されてます! 試しに私が突っ込んだ〜」
「「「え!?」」」

 束さんの言葉に更に驚いた様子で、全員の視線が俺に集まった。
 はは、もう驚かないさ。白式は束さん製作で、太老さんが魔改造したんだぜ?
 どう考えたって、まともな機体じゃない。このくらいは全然想定範囲だ。

「それで上手くいったので、なんとなんと紅椿は全身のアーマーを展開装甲にしてありまーす。システム最大稼働時にはスペックデータは更に倍プッシュだ!」

 うん、驚かないぞ。はは、そのくらいで驚いて……って全身!? アホか、この人!
 千冬姉は予想が付いていたのか、余り驚いていない。やれやれと言った様子で、ため息すら漏らした。
 そうなんだよな。こういうもんなんだと納得しないと、天才とは付き合えない。ああ、セシリアとか鈴とか、専用機持ちは全員ショックで固まってるし。そりゃ、そうだ。巨額の資金と膨大な時間。優秀な人材を注ぎ込んで開発を競っている第三世代機が、束さんの前では無意味と言われているようなものだった。
 特にシャルロットが一番複雑な心境だと思う。実家のデュノア社が、あんな事件を引き起こしてまで必死になって開発を進めていたものが、全部無駄だったと突きつけられているようなものだ。
 こんなバカな話はない。でも、それが現実だった。

「まー、あれだね。今の話は紅椿のスペックをフルに引き出せたらって話だし、そんなに悲観的になることもないと思うよ?」

 さすがにちょっとは空気を読んだのか、一応それらしいフォローは入れる束さん。
 夕食前というのはよくわからんが、ぶっちゃけてしまった後には今更なフォローだった。

「それにしてもアレだね〜。海で暴走っていうと、十年前の白騎士事件を思い出すねー」

 束さんの言葉に、千冬姉が珍しく動揺した顔を見せる。
 白騎士事件――この事件を知らない人はいない。教科書にも載っているほど有名な事件だ。
 十年前、束さんがISを発表して一ヶ月後――日本を攻撃可能な十二カ国の軍事コンピューターが同時にハッキングされ、制御不能に陥ったミサイルが一斉に撃ち出されるといった事件が起こった。その数、実に二三四一発。誰もがパニックに陥り、ミサイルの回避は不可能だと諦めかけたその時、なんの前触れもなく現れたのが白銀のIS≠ノ身を包んだ一人の女性だった。
 顔はバイザーで覆い隠され、正体は不明。だが、その正体不明の人物はなんと――

「ぶった斬ったんだよねぇ。ミサイルの半数一二二一発を」

 そう、その女性――後に白騎士と呼ばれることになる女性は束さんの言葉通り、超音速で飛翔するミサイルを剣で撃墜し、当時試作型だった大型荷電粒子砲を召還して、遠く離れたミサイルを撃ち墜とすといった信じられないことをやって見せたのだ。

 ――超音速による格闘能力。
 ――大質量の物質を粒子から構成する能力。

 何れも現行兵器や技術では再現不可能なものばかりだった。
 これには世界が驚いた。余りに現実離れしたその光景に、誰もが自分の目を疑った。
 だが世界中の国が、人々が、それが夢ではなく現実だと理解するのにさほどの時間はかからなかった。
 突然、現れた謎の機体。その非常識ともいえる脅威に各国が取った回答は、

 目標の捕獲、無理ならば撃墜。

 という、わかりきった実にシンプルな選択だった。
 だれもが信じられなかった。信じるわけにはいかなかったのだ。
 だが、白騎士を捕獲に向かった戦闘機。あるいは破壊するために放たれたミサイル。そのすべてがことごとく撃墜されるという結果に終わった。

 そして――世界は敗北した。

 日没と共に姿を消すその一瞬まで、白騎士は一人の犠牲もだすことなく向かってくる敵をすべて撃退して見せた。それは絶対的な力の差がなければ不可能なこと。世界はその事実を前に、現実を受け止めざるをえない状況に立たされた。
 そのすぐ後のことだ。各国はISに関する技術を独占的に保有していた日本に対し、技術の開示と情報の共有を要求した。そしてIS運用制限条約が締結され、条約加盟国の監視と技術の管理を目的とした委員会が設立された。ISの開発と研究が急速に普及をはじめたのも、その時からだ。
 世界が激変する切っ掛けとなった事件。それが――白騎士事件だった。

「それにしても白騎士って誰だったんだろうねー? ねっ、ちーちゃん」
「知らん」
「うむん、私の予想ではバスト八八センチの――」

 ゴンッ、鈍い音がしたと思うと、束さんがバタリと床に倒れた。
 どうやら千冬姉が手にしている情報端末で、後頭部を強打されたようだ。
 あれは痛い……。幼馴染みが相手なのに、相変わらず千冬姉は容赦がなかった。
 まあ、俺の幼馴染みも容赦ないが……。あ、なんとなく束さんに共感がわくな。嫌な方向で。

(白騎士の正体も大体予想はつくけどな……)

 なんとなくだが、白騎士の正体は察しが付いていた。
 そもそも束さんが信頼して、心を許している人物というと限られている。しかも女性で、それだけの実力を持っている人物というと一人しかいない。――千冬姉だ。
 だとすれば、軍事コンピューターをハッキングした人物も特定が出来る。自身の研究成果であるISの性能を世界に認めさせるために、束さんが仕組んだことと考えれば、すべてに説明がつく。
 この事実に俺が気付いているということは、大半の関係者が真実に辿り着いているはずだ。
 敢えて誰も事件の真相を明らかにしようとしないのは、ISとその開発者である束さんに、それだけの価値があるということに他ならなかった。
 俺自身が稀少な人物として注目を浴びているから、その辺りのことはよくわかる。世界中が躍起になって束さんの消息を追うわけだ。稀少性や価値でいえば、束さんのそれは俺以上と言っていい。第三世代をすっ飛ばして第四世代機を作ってしまったことからも、それは明らかだった。
 こうして世界中が、束さんの行動に振り回されているんだろうな。俺もその一人なわけだが……。

「話を戻すぞ。束、紅椿の調整にはどのくらいの時間がかかる?」
「七分あれば余裕だね!」

 白騎士の話はまずいと思ったのか、話を逸らそうと本題に戻る千冬姉。これを計算の上で今の話を千冬姉に振ったのだとしたら策士だ。
 束さんなら十分に考えられそうなことだが、正直何を考えているのか、よくわからない人だからな。千冬姉をからかって楽しんでいるだけとも取れる。その方が面白いからというのが本音だろうなとは思った。

「よし。では、本作戦は織斑・篠ノ之の両名による目標の追跡及び撃墜を目的とする。教員は訓練機で空域及び海域の封鎖を、他の専用機持ちは命令があるまで待機。作戦開始は三十分後とする。各員、ただちに準備にかかれ」

 千冬姉の言葉を合図に、慌ただしく作戦の準備がはじまった。





 ……TO BE CONTINUED



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