右手には雪片弐型を構え、雪羅の出力を上げ、左手には盾を構えたまま突撃する。
 どれだけ強力な攻撃であろうとエネルギー系統の攻撃である限りは、この光の盾を突破することは出来ない。
 雪片弐型を展開して、俺は一気に加速した。
 連続して放たれる荷電粒子砲を、雪羅で無効化しながら距離を詰める。

「――っ!」

 これには黒騎士も驚いた様子で後退の姿勢を取る。後ろ向きに加速を行いながら、一撃必殺の荷電粒子砲から手数の多いエネルギーショットに切り替え、俺の進路を妨害するように狙い撃ちしてきた。

(くっ! なんて正確な射撃だ)

 高速ロールでかわし、回避しきれない弾は雪羅と雪片弐型を駆使して消滅させるが、一向に距離が縮まらない。速度に絶対的な差がない以上、追いつこうとすれば、どうしてもそのルートは直線になりがちだ。そのため進路が読まれやすい。
 更には、こちらの嫌なところをついて的確に弾が撃ち込まれるため、思うようにスピードを上げることが出来ない。
 俺にはない才能、羨ましいくらい正確な射撃だった。

(さすがに少し厳しいが、やるしかないか)

 エネルギー残量が少し心許ないが、このままだとじわじわ削られてお終いだ。
 だが黒騎士の実力から考えて、距離を取った戦いでは勝てる気がしない。確実に俺よりも射撃の腕は上だ。
 なら一か八か、得意の接近戦に持ち込んで一撃の勝負にかけるしかない。
 同じ多機能武装腕(アームド・アーム)を持っていようと、接近戦なら零落白夜のある俺の方が有利なはずだ。

「――行くぞ!」

 それに、ここで退くわけにはいかない。あいつが福音のコアを持っている以上、ここで逃がすわけにはいかなかった。
 俺はエネルギーが尽きることを覚悟の上で、雪羅を最大出力で前方に展開。巨大な光の盾が展開され、白式を守るように覆い隠す。
 一撃で決める。瞬時加速を使い、俺は一気に距離を詰めた。

「そのコア、返してもらうぞ!」

 俺の動きに反応して、右手に粒子を集め、漆黒の刀を構える黒騎士。
 雪片弐型のように左右に割れ、展開されたブレードの先から真紅の光が伸びる。
 交差する光と光。色は違うがそれは紛れもなく、雪片弐型と同じ零落白夜の輝きだった。

「な……何故、それを!?」
「自分の専売特許とでも思っていたのか? 織斑一夏」
「なっ――ぐあっ!」

 雪羅だけでなく、雪片まで同じ。ありえない光景に俺は驚愕する。攻撃の刹那、名前を呼ばれ、動揺した一瞬の隙を突かれた。
 刀が弾かれ、そのまま一回転するように振るわれた横凪の一撃が、白式のシールドを切り裂く。
 その衝撃で、俺は大きく後ろに弾き飛ばされた。

「ぐっ……雪片が……」

 雪片弐型の展開装甲が閉じ、零落白夜の輝きが消え、ただの物理刀に戻る。
 さっきの一撃で発動に必要なシールドエネルギーが不足したためだ。
 雪羅の方も、既にさっきのような盾を張れるほどのエネルギーは残されていなかった。

「くっ、まだだ!」
「何故、それほど必死になる。お前には関係のないことだ」
「関係ならある! サーシャが悲しむ。サーシャが守ろうとしているものは、俺にとっても大切なものだ!」

 サーシャが悲しむ。それだけで理由は十分だった。
 任務だからとか、アメリカやイスラエルのためなんかじゃない。サーシャが大切にしているものを守ってやりたい。そう思っただけだ。
 だから、ここで逃がすわけにはいかない。俺は輝きを失った雪片弐型を構える。

「ならば、ここで死ね」

 無情な言葉と共に、左腕に展開される荷電粒子砲。高熱を帯びた光が、俺に狙いを定めた。
 ――その時だ。

「一夏はやらせん!」

 紅い一筋の光が、戦闘空域に割って入るように現れた。――紅椿だ。
 どこかに避難させてきたのか、箒の腕にはサーシャの姿はない。黄金の粒子を巻き上げ、紅椿が展開装甲の出力を最大に、黒騎士に向かって加速する。
 その動きに反応するように、俺に向けられていた荷電粒子の光が狙いを変え、箒へと向けられた。

「箒っ!」

 箒に当たる。そう思った瞬間、考えるよりも先に身体が動いていた。
 最後のエネルギーを使い、瞬時加速を発動させる。
 多段加速を行い一気に音速の壁を越え、最高速度に到達した白式は一筋の光となって空を駆ける。

(間に合え――)

 荷電粒子の光。
 紅椿の加速に合わせカウンターで放たれた一撃は、真っ直ぐに箒へと向かっていた。

「……っ!」

 ――間に合った。箒の前に飛び出した直後、白式の右側面を高熱と衝撃が襲う。
 シールドを貫通し、絶対防御越しに肉を焼くような熱さと、骨を砕くような衝撃が伝わってくる。合法幼女との鍛錬で痛みには慣れているとは言っても、俺はMではない。余り体験したくない痛みだ。
 だが、意識を失うわけにはいかない。ここで弾き飛ばされれば、後ろにいる箒も巻き込まれる。
 ギュッと唇を噛み、痛みに耐えながら俺はその場に踏み止まった。

「一夏!」
「ぐっ……来るな、箒!」

 俺の言葉を聞かず、箒は速度を上げた。
 箒の手が白式に触れる。紅と白、二つの光が交わった瞬間、それは起こった。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第52話『光鷹翼』
作者 193






「これは……!?」

 紅椿と接触した瞬間、白式から眩い光が溢れた。
 白式のエネルギー残量を示す値が振り切れ、次々に見た事も無い文字がディスプレイに表示される。
 何が書かれているのかわからない、なのに理解できる。
 不思議な感覚に身を任せるまま、俺は刀を握る手にギュッと力を込め、内側から溢れでる力を――解放した。

「なんだ……それは!?」

 先程までの余裕ある態度から一転し、黒騎士が激しい動揺をみせた。
 その原因は俺の左腕、『雪羅』から伸びた白銀の光にあった。
 零落白夜の輝きではない。一言でいうなら白――白い輝きを放つ光の翼。
 それが何かはわからない。ステータスにも武器の名前は一切表示されていなかった。

 ――ただ感じるままに振ればいい。

 そう誰かに言われたような気がして、俺は縦にその光の刃を振り下ろした。

「なっ――ぐあっ!」

 刹那、嘗て無い衝撃が走ったかと思うと、一筋の光が海を割り、空を切り裂いた。
 同時に悲鳴が聞こえ、何かがクルクルと宙を舞い、海へと墜ちていく。
 ――福音のコアが握られていた黒騎士の左腕だ。

「よくも私の腕を……」

 切り落とされた腕を押さえながら、俺を睨み付ける黒騎士。
 ポタポタと流れ落ちる血の雫。左腕の肘から先がなくなっていた。

「――スコールか? ……わかった。帰投する」

 プライベート・チャネルか?
 誰かと通信を取り、もう一度こちらに視線を向ける黒騎士。
 黒いバイザー越しにも伝わって来る敵意。それは憎悪と言ってもいい、激しい怒りだった。

「……この決着は必ずつける」

 空間が歪み、蜃気楼のように姿を消す黒騎士。現れた時のように、唐突に姿を消した。

「終わったのか……?」

 コアを奪うために襲撃してきた割には、あっさりとしすぎている。
 腑に落ちないものを感じつつも身体は正直で、終わったかと思うと急に力が抜けた。

「ああ、ダメだ。箒……悪いけど、後は頼む……」
「一夏!? おい、一夏!」

 箒の声が聞こえるが、こればかりはどうすることも出来ない。
 白式が具現維持限界(リミット・ダウン)を迎え、光の粒子となって消え、俺はそのまま海へと墜ちていく。
 毎度のことながら、格好のつかない終幕だった。


   ◆


 花月荘の名物温泉、大浴場の脱衣所にバスタオル姿の少女がいた。――平田桜花だ。
 桜花は脱衣所の隅に備え付けられた自販機にチャリンと硬貨を入れると、慣れた手つきで番号を入力して、お気に入りのフルーツ牛乳を取り出す。風呂上がりといえば、これ。桜花にとって絶対の拘り。忘れてはならないものだった。

『一枚ですが、光鷹翼(こうおうよく)の発現を観測しました』
「うん、ここからでも感じたからわかるよ。正直、予想以上の結果だったね」

 秘書からの報告に、風呂上がりのフルーツ牛乳を片手に答える桜花。
 腰に手を当て、グビグビと一気に口に流し込むと「ぷはー」とオヤジ臭い仕草で息を吐く。

「やっぱり風呂上がりはフルーツ牛乳よね」
『太老様はコーヒー牛乳派ですが?』
「ううん。そこは、お兄ちゃんと意見が合わないんだよね」

 一見どうでもいいことに思えるが、当事者にしてみれば、かなり重要な拘りだった。
 とある異世界では、正式なマナーと共に伝統文化として語り継がれているくらいだ。
 太老のことがどれだけ好きでも、これだけは桜花も譲るつもりはなかった。

「白式の覚醒、光鷹翼の発現。そして黒騎士(イレギュラー)の出現。イベントが目白押しね」
『イレギュラーは、やはり亡国機業の手の者でしょうか?』
「でしょうね。でもその裏に、私達の世界の知識に精通した何者かが潜んでいることだけは間違いないわ。それも哲学士ね。お兄ちゃんの作ったオリジナルの解析が可能なほど、とびきり優秀な」

 太老の保有する知識と技術は、伝説の哲学士から受け継いだものだ。そして哲学士の作った物の中には、世界の崩壊を招く物、宇宙のバランスを崩しかねないほど危険な代物もあり、そうした技術の流出を防ぐため、すべて特殊なプロテクトが施されていた。
 完全に模倣とまではいかないまでも、伝説とまで呼ばれている哲学士の知識で作られた発明品を解析するほどの技術を持った人物など、アカデミーに在籍する哲学士のなかでも限られると桜花は考えた。
 それこそ太老のように歴史に語り継がれるほどの知識と技術≠持った限られた有能な哲学士≠ュらいのものだ。
 動機まではわからないが、協力者に関しては既に桜花も目星はつけていた。

『太老様はお気づきなのでしょうか?』
「さあ? でも、鷲羽お姉ちゃんは何か知ってると思う」
『鷲羽様ですか?』
「今回に限って、鷲羽お姉ちゃんが直接介入を行ったのよ? 変でしょ」

 太老と同じで鷲羽は身内には甘いところはあるが、基本的には気分屋だ。
 その鷲羽が自ら異世界に足を運び、一夏の前に姿を現し、直接の交渉を行った。
 これがどれだけ稀なことか、鷲羽という人物をよく知る者なら理解出来ないはずがない。

「鷲羽お姉ちゃんが、一夏に興味を持った理由があるのよ」
『ISのことではないのですか?』
「それだけじゃ、理由としては弱いのよね」
『何か別の動機があると?』
「そういうこと。話してくれる気はないみたいだけどね」

 一夏は、あの伝説の哲学士『白眉鷲羽』が興味を持った数少ない人間のひとり。
 とはいえ、一夏は男でISを動かせるというだけで、それ以外はごく普通の人間だ。
 鷲羽が何故、一夏に興味を持っているのか? そこまでは桜花も知らされていなかった。

『桜花様が知らされていないということは、余程重要なことなのでしょうか?』
「意外と単純なことかもしれないけどね。凄く個人的な事情とか」
『個人的な事情ですか?』
「そういうこと。真実っていうのは、得てしてそういうものよ」

 色々と深く考えたところで、意外と答えは単純だったり近くにあるものだ。
 それに天才ほど考えていることは、シンプルであることが多い。太老が良い例だ。
 深く考えれば考えるほど深みに嵌る可能性は高い。それに鷲羽だけでなく、太老も何かを隠していると桜花は気付いていた。

「だから、さっきの話は全部忘れなさい。特に哲学士の秘密は、無理に知ろうとしない方がいいわ。好奇心は猫をも殺す――怖いもの知らずは不幸を招くだけ。我が身が可愛ければ尚更、黙っておくことね」

 故に桜花は、このことを深く考えようとも、自分から知りたいとも思わなかった。
 秘書に忠告したように、秘密の持つ意味の重さを彼女はよく理解していたからだ。

(お兄ちゃんと鷲羽お姉ちゃんが隠してるってことは、絶対に碌な事じゃないしね。君子危うきに近寄らずだわ)

 最悪、伝説とまで呼ばれる哲学士と、その後継者の恨みを買うことになりかねない。
 どんな権力者だろうと、どんな犯罪者だろうと、あの二人のことを知っていれば喧嘩を売ろうなんてバカはいない。リスクと好奇心を天秤にかければ、どちらが勝つかなどわかりきっていた。

「これからが大変よ。一夏」

 伝説級の哲学士に魅入られた憐れな青年のことを思い、同情を口にする桜花だった。





 ……TO BE CONTINUED



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