旅館の一角。作戦室に続く廊下で、二人は顔を見合わせた。

「お久し振りです。ブリュンヒルデ」
「……それは嫌味か?」
「それでは、『お義姉(ねえ)様』とお呼びしても?」
「やめてくれ……お前がいうと冗談に聞こえない」

 心底嫌そうに答える千冬。ナターシャとこうして話をするのは、これが二年振り。相変わらず食えない女だと、千冬はナターシャのことを評価した。
 別に仲が悪いということではない。余り他人と積極的に関係を築こうとしない千冬にしてみれば、ナターシャはそれなりに見知った間柄の数少ない知人の一人だ。
 ただ一夏のことを考えると、千冬は素直にナターシャのことを認めるわけにはいかなかった。

「相変わらずのブラコンですね」
「年下に熱を上げてるお前に言われたくない。ましてや二年前といえば、一夏は中学生だ。それを……」
「恋に歳の差は関係ないと思います。それに素敵な男性なら尚更――」

 クスッと妖艶な笑みを浮かべるナターシャ。それは千冬すら寒気を覚える笑みだった。
 全く、なんでこんな厄介な女ばかりに好かれるのか、と千冬は自分の弟のことを考え、ため息を漏らす。

「やれやれ……。それよりも、もう動いて大丈夫なのか?」
「ええ、それは問題無く。私は、あの子に守られていましたから」

 あの子――福音のことを愛しそうに、そう呼ぶナターシャを見て、千冬は顔を引き攣らせる。

「やはり、そうなのか?」
「ええ、あの子は私を守るために望まぬ戦いに身を投じた。強引なセカンド・シフトにコアネットワークの切断……あの子は私のために、自分の世界を捨てた」

 ナターシャの言葉には静かな怒りが宿っていた。その鋭い気配から、千冬の表情も自然と硬くなる。

「話は聞いているのだろう?」
「ええ、桜花ちゃんから事のあらましは……だから――」

 正木が間に入り、学園と関係国の間で秘密の交渉が行われ、今回のことは事故ということで処理されることになったが、ナターシャには査問委員会による事情聴取が待っていた。
 福音はコアこそ無事だったが、暴走事故を招いたことから先程凍結処理≠ェ決定されたところだ。

「私は許さない。あの子の判断能力を奪い、すべてのISを敵に見せかけた元凶を――必ず追って、報いを受けさせる」

 それが今回の事件で、ナターシャが心に決めたことだった。
 亡国機業(ファントム・タスク)――第二次世界大戦中に生まれ、歴史の闇に隠れた裏の組織。組織の目的や存在理由、その規模など一切の詳細がベールに包まれた謎の多い組織だが、その活動がここにきて活発になってきていた。
 軍に籍を置くそれなりに地位のある者であれば、名前くらいは耳にしたことのある有名な組織だ。今回の事件にその組織が絡んでいた。
 事件の裏に潜んでいる人物、そして福音のコアを奪おうとした組織を彼女は許す事はない。何よりも飛ぶことが好きだった福音が翼を奪われた。その事実だけでも、ナターシャが戦う理由としては十分だった。

「余り無茶なことはするなよ。査問委員会もあるんだろ? しばらくは大人しくしておいた方がいい」
「それは忠告ですか?」

 鋭い視線を向け、問いかけてくるナターシャに、平静を装って千冬は答える。

「アドバイスさ。ただのな」
「そうですか。それでは、大人しくしていましょう。……しばらくは、ね」

 その言葉を最後に去っていくナターシャの背中を見送り、千冬は頭を掻いた。

(厄介な奴を怒らせてしまったみたいだな……)

 今回の事件の裏で暗躍していたのは亡国機業で間違い無い。ただ、切っ掛けを作った人物が他にいると千冬は気付いていた。
 第四世代機の登場に、タイミングを見計らったかのように起きたISの暴走事件。性格のねじ曲がった天才科学者が、大切な妹の晴れ舞台を用意してやりたいと考えたとすれば、誰の仕業かは察しがつく。
 もっとも、その後のことまで予想していたかどうかはわからないが、あの天才『篠ノ之束』の行動を予測し、利用した人物がいたということだ。
 そして更に『正木』も、こうなることを知っていて見逃した節がある。自分達の目的のために――。

(後が大変だぞ。束……)

 桜花達の狙いは、『篠ノ之束』と『亡国機業』に目を向けさせることで、『正木』への注目を逸らす狙いがあったのだと千冬は考えた。束は上手く利用されたのだ。亡国機業の陰に潜む何者かと『正木』に。
 天才の上を行く策士がいる。だが、それが『正木』の関係者だとすれば、千冬も納得の行く話だった。
 問題はナターシャを怒らせてしまったこと。大人しく眠っていた獅子を起こすような真似をしてしまったことだ。
 その怒りの矛先が亡国機業だけに向けばいいが、千冬はそうはならないと確信していた。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第53話『誕生日会』
作者 193






「「「誕生日おめでとー!」」」

 時刻は九時過ぎ。旅館の一室に設けられた宴会席。いつもの専用機持ちメンバーにクラスの女子達。更には合法幼女と蘭も加わり、盛大な箒の誕生日会が行われていた。

「箒さん、おめでとうございます」
「あ、うむ。ありがとう……」
「篠ノ之さんが照れてる!」
「カメラ、カメラ! この貴重な光景を記録しないと」
「ああああっ! や、やめろ!」

 蘭や皆に祝福(?)されて、顔を真っ赤にして狼狽える箒。
 パシャパシャと、デジカメや携帯電話のカメラが箒に向けられていた。
 皆、悪気はないんだよな。トラウマにならなければいいが……。

「蘭、ありがとうな」
「一夏さん……はい」

 後から知ったことだが、料理の準備から飾り付けまで、蘭が全部手配してくれたそうだ。
 マッサージの件もあやふやなままだったし、蘭には足を向けて寝られない。
 今度、真面目にお礼を考えておかないとダメだなと考えさせられた。

「ね、ね、結局なんだったの? 教えてよ〜」
「……ダメ。機密だから」

 シャルロットなら訊きやすいと思ったのか、女子が群がって事件の詳細を教えてもらおうと、あれやこれやと質問していた。とはいえ、シャルロットは取っつきやすく見えるが、ああ見えて専用機持ちの中で一番責任感が強い。彼女が口を割ることは絶対にないと言い切れる。

「その辺りにしておくんだな。知れば制約がつくが、それでもいいのか?」
「うっ……ラウラさん。――って制約?」
「機密≠セからな。その意味がわからぬほど無能ではあるまい」
「ううっ……それじゃあ、仕方無いか」

 ラウラがシャルロットに助け船をだすなんて思わなかっただけに少し驚かされた。
 あの二人が同室になったのは知っていたが、一体いつの間にあんなに仲良くなったんだ?
 しかし相変わらず、ラウラは同年代の女子にも厳しい。言ってることは間違っていないんだがな。

(まあ、知らない方が彼女達のためでもあるしな)

 今回の事件に関しては、学園上層部から箝口令が敷かれている。迂闊に情報を漏らせば、査問委員会にかけられ、もれなく二年間の監視生活を余儀なくされる。任務に関わった教師は勿論、専用機持ちは全員それを自覚しているので、誰かに話すなんてことは絶対にありえなかった。

「ね、ね、桜花ちゃんって、どこからきたの?」
「えっと、あっち……?」
「ううん、照れちゃって可愛い! お持ち帰りしたい!」
「でも、部外者だよね? なんで、ここに? もしかして誰かの子供?」
「えっと……うん。一夏お兄ちゃんがいるってきいて、ママ≠ノ連れてきてもらったの」
「一夏お兄ちゃん……まさか」
「「「千冬様の子供!?」」」

 いや、それはないからと心のなかでツッコミを入れた。
 第一、千冬姉は俺の姉であって母親じゃないぞ。千冬姉の耳に入ったら、どうなることか。
 合法幼女は合法幼女で、本性を知っていると寒気の走るぶりっ子で子供になりきり、お目当てのアイスやお菓子を上手く女子達に貢がせていた。
 なんという外道、後ろに悪魔の羽が見えるくらいだ。

(全部わかっててやってるんだろうな……。性格が悪い)

 さっきの話に戻るが、事件の詳細を学園の関係者以外で把握しているのは、『正木』の人達くらいのものだろう。それも独自の情報網を使って、俺達以上に精度の高い情報を入手していることは間違い無い。もっと深い部分、裏の事情なんかも知っているはずだ。
 サーシャの件もある以上、合法幼女が知らなかったなんてことは絶対にありえない。

(いつかは訊かないといけないことだが、今はそれどころじゃないしな……)

 結局、銀の福音の暴走事件は、幾つかの謎は残したものの無事に解決を見せた。
 黒騎士を取り逃したものの操縦者は無事、一度は奪われかけた福音の奪還にも成功したので、作戦自体は大成功だったと言える。
 ただ一回目の任務失敗に続き、今度は待機命令を無視しての出撃。これには千冬姉からの厳しい指導が待っていた。

(はあ……帰ったらレポートと千冬姉の特訓か。まあ、自業自得なわけだが……)

 山田先生の口添えもあって一先ず難を逃れたが、学園に帰ったら地獄のレポートと千冬姉の特別訓練が待っている。それを考えると少し憂鬱だ。
 でも、千冬姉の言いたいこともわかる。確かに結果は良かったかもしれないが、やってしまったことは学園の規律を乱す重大な命令違反だ。これが軍とかなら、軍法会議にかけられてもおかしくない命令違反だけに文句は言えなかった。
 俺達に特にお咎めがないのはIS学園の生徒だというのもあるだろうが、俺達に降りかかってくるはずの問題を千冬姉や大人達が責任を持って対処してくれているからに他ならない。そこには深く感謝していた。

(どちらにせよ、特訓のことも本気で考えないとダメだな。黒騎士……なんとか追い返すことが出来たけど、想像以上の強敵だった。もっと強くならないと……。せめて白式の性能を引き出せれるくらいにはならないと、あいつには勝てない)

 黒騎士の力は本物だった。
 白式と同じような装備を持ち、それをアイツは俺以上に上手く使いこなしていた。
 射撃が苦手とか、そう言って勝てるレベルの相手じゃない。――本物の強者だ。
 白式が悪いんじゃない。俺の操縦技術と経験が、黒騎士よりも劣っているんだ。
 今回は皆を守れた。でも、次も同じように守れるとは限らない。だから――

(もっと強くなる。俺は……アイツに負けないくらい)

 それが俺の決意だった。
 奴にだけは負けたくない。名前も顔も知らない相手。でも黒騎士にだけは負けたくなかった。
 何故かはわからない。でも、心の奥底から勝ちたいと思った相手。それは黒騎士がはじめてだった。

「一夏」

 ふと名前を呼ばれて振り返ると、そこには鈴がいた。
 福音との戦いで受けた傷がまだ癒えていないのか、浴衣から覗く両腕の包帯が痛々しい。
 だが、ジュースを持っているところをみると、全く動かせないほど重傷と言う訳でもなさそうだ。

「鈴、傷はもういいのか?」
「あ、うん。桜花さんに治療してもらったから大丈夫。まだ少し痛むけど、傷もほとんど塞がってるし、火傷の痕も残らないだろうって……」
「そっか。よかったな」
「うん……」

 傷は男の勲章なんていうが、鈴は女の子だしな。火傷の痕なんて残ったら可哀想だ。
 そこを一番心配してたんだが、正木の医療技術は飛び抜けている。特にナノマシン治療や再生医療に関しては、世界の常識を塗り替えたとさえ言われている最先端技術を有していた。
 即死するような大怪我でも無い限りは、大抵の怪我は治すことが可能という話だ。俺も幾度となくお世話になっているので、そこは信頼していい。ISの登場以来、劇的に進化を遂げていったのが、この医療分野だ。

 軍事目的の技術利用など、きな臭い話が目立つISではあるが、世界にもたらした影響はそれだけではない。ISにはそもそも操縦者の生体機能を保護する機能が搭載されており、これには常に操縦者の肉体を安定した状態へと保つ効果がある。心拍数、脈拍、呼吸量、発汗量、脳内エンドルフィン等々、これらの技術が用いられることで再生医療をはじめナノマシン治療技術の確立など、多くの分野にISの技術は貢献することになった。
 勿論、利用が可能な範囲での技術転用に止まってはいるが、ISの登場で得られたデータは医療・科学技術の発展に大きく役立ったということだ。

 その点からすれば、束さんがISを発表したことが、すべて間違いだったとは俺は思わない。
 束さんが本当のところ何を考えているかまではわからないし、白騎士事件のやり方は少し強引だったかもしれないが、結果的にISの登場によって救われた多くの命や、助けられた人達が大勢いることは確かだ。
 何が良くて悪いかなんていうのは、立場によって人それぞれだ。箒がどう思っているかはしらないが、俺は束さんのことが苦手であって嫌いじゃない。それに束さんが箒を見る目は、家族を捨てた人が向ける目じゃない。何か事情があると考える方が自然だった。

「一夏は? 箒を庇って、また怪我をしたって聞いたけど……」
「ああ、あれな。なんか、自然と治ってた」
「は? 治療を受けたんじゃないの?」
「ううん、よくわからないんだが、いつの間にか治っててな」
「何よ、それ……」

 じーっと訝しげな視線を送ってくる鈴。気持ちはわかるが、変な生き物を見るような目で見ないで欲しい。正直、俺にもよくわからないんだ。
 荷電粒子砲を身体に受けて、確かに怪我を負った……と思うんだが、気付いたら治っていた。
 思い当たるのは、紅椿との接触で白式が光を放ったあの不思議な現象だが、ISに操縦者の傷を癒す能力があるだなんて聞いたこともない。黒騎士の正体といい、あの光の件といい、わからないことだらけだった。
 唯一わかっていることは、『亡国機業』と呼ばれる謎の組織が、今回の事件に関係しているということだ。

「一夏さん、ジュースのお代わり如何ですか?」
「蘭、それって……」
「大丈夫。ただのジュースですよ」
「なら、いいわ」

 鈴と蘭の会話の意味がわからないまま、蘭にジュースを()いでもらう。
 ただのジュースじゃないジュースってなんだ? 例の樹の実のジュースとか?
 まあ、確かにあれは美味しいが、なんでそれで大丈夫って話になるのか不思議だった。

「あれ? そういえば、箒は?」
「先程、部屋を出て行きましたわよ」
「出て行った?」
「はい。少し外の風に当たってくると言って」

 セシリアの話に、俺は首を傾げる。
 箒の誕生日会なのに、主賓がいないってどうなんだ?
 このタイミングで外に出るって……。全く、しょうがない奴だな。

「それで一夏さん。き、昨日のことなのですが……」
「セシリア。一夏ならいないわよ」
「え、は? 鈴さん、一夏さんは一体どこに!?」
「今日くらいは、パーティーの主役に譲ってあげなさい」

 後ろで俺の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、今はそれよりも箒だ。
 箒の姿を探して、俺は宴会場を後にした。





 ……TO BE CONTINUED



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