――IS学園生徒会室。

『ご苦労様。面倒をかけたね』
「いえ、報酬はちゃんと頂きましたし、十分に楽しめましたから」
『お兄様! また別の女性と――』
『マリア!? なんだ、またって!』

 音声だけで姿は見えないが、通信先の賑やかな様子に楯無はプッと息を吹き出す。

『楯無ちゃん。あ、後のことはよろしく頼むよ』
「はい。お勤め頑張ってください」
『お兄様!』
『ちょっ――』

 プツン、とそれを最後に通信は途切れた。

「お茶が入りました。お嬢様、先程の通信は?」
「総帥よ。それと、ここではお嬢様はやめてって言ってるでしょ?」
「失礼しました。なるほど、正木の総帥でしたか……やはり例の件ですか?」

 楯無の話に納得した様子で眼鏡の女性は頷く。布仏虚(のほとけうつほ)、一夏のクラスメイト本音(ほんね)の姉だ。
 そして生徒会役員の一人にして、更識家当主としての顔を持つ楯無の専属従者でもあった。

「ええ。でも、あの様子だと一夏くん以上にあの人も大変そうね」

 そう言って楯無は苦笑する。

「複雑な事情があるということですか?」
「まあ、魅力的な男性だと思うけどね。あの輪の中に入っていく勇気はないかな」

 秘書や桜花からも話を聞いているというのもあるが、楯無は本能的に太老の危険性を感じ取っていた。
 興味を惹かれないかといえば嘘になるが、彼女達と太老を取り合う気にはなれない。

「それで織斑くんですか?」
「それは彼に失礼よ。私は彼の将来性に期待しているの」
「将来性……」

 楯無の話す『将来性』に怪訝なものを感じつつも、虚は敢えて何も訊かなかった。
 こういう顔をして話す時の楯無に、何を言ったところで無駄なことは理解していたからだ。
 一夏には同情するが、虚にはどうしてやることも出来ない。

「あはっ♪ これからもっと楽しくなるわよ」

 心の底から嬉しそうに微笑む楯無を見て、虚はなんとも言えぬ不安を覚えた。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第55話『リボン』
作者 193






 旅館をくまなく探してみたが、箒の姿は見つけられなかった。

「どこに行ったんだ? まさか、海の方にでたのか?」

 本館から東に向かい別館から続く廊下を抜けて、俺は海に出てみることにした。
 涼みに出かけたという話だったし、あと考えられるのは浜辺の方しかない。

「おっ」

 月明かりで白く光る砂浜に佇む人影。
 ぼーっとした様子で、夜空に浮かぶ月を見上げている箒の姿を見つけた。

(あれが、箒か……?)

 声を掛けようとするが、いつもと違う箒の雰囲気に思わず呑まれてしまう。
 リボンを付けていない所為か、まるで別人のように見える。
 腰まで届く長い黒髪が潮風にあおられ、ふわりと浮き上がった。

「「…………」」

 その風に導かれるように、顔をこちらに向ける箒。
 互いの目と目が合い、突然のことに掛ける言葉を忘れた。

「一夏……」

 先に沈黙を破ったのは箒だった。
 絞り出すように、箒は俺の名前を口にする。どことなく声が震えている気がした。

「どうしたんだ? パーティーの主役が突然抜け出して」
「そ、それは……」

 挙動不審な箒の態度に訝しいものを感じつつも、俺は足を前に進める。
 近くまで寄ると、何やら覚悟を決めた様子で箒の方から話し始めた。

「姉さんを探してたんだ……」
「束さんを?」
「これのお礼を、まだ言って無かったからな……」

 そう言って箒が見せてくれたのは、左手首に巻かれた赤い紐だった。
 赤い紐に結ばれた金と銀の鈴が、潮風に揺られて軽やかな音を立てる。
 紅椿の待機形態。束さんが、箒にプレゼントしたものだ。

(そうか、それで……)

 パーティーをこっそりと抜け出した理由に、ようやく合点が行った。
 でも、驚いた。箒が自分の口から束さんにお礼を言いたいと言い出したことにだ。
 少なくとも以前の箒なら、自分から束さんと関わりを持とうとはしなかったはずだ。
 でも、良い傾向だと俺は思った。個人的には、箒と束さんには仲良くして欲しい。

「なら、俺も一緒に探してやるよ」
「いや、いいんだ」
「……箒?」
「姉さんとは私が話をつける。これは私がしなくてはいけないことなんだ。一夏にばかり甘えてはいられない」

 手を貸すのは簡単だ。
 でも、姉妹の問題――そう言われると、それ以上は何も言えなかった。

「それに、もう姉さんは……ここにいない気がする」
「そういえば、あれから見てないな」

 最後に姿を見たのは作戦会議の時だ。それ以降は全く姿を見ていない。箒の言うように、既にここにいない可能性はかなり高かった。
 ちょっと気を抜くと忘れそうになるが、現在あの人は世界中に指名手配されている。特に何か罪を犯したと言う訳ではないが、ISのコアを作れるのはあの人だけだ。その知識と技術を手に入れようと、世界中の国や企業が束さんの行方を追っている。
 福音事件の報告が上に行けば、自然と紅椿の件も目に留まる。長くここに滞在すれば、情報を入手した軍からの追っ手が掛かるかもしれない。その点から考えても、既に行方を眩ませたと考えるのが自然だった。

「神出鬼没だからな、あの人……」
「何年も掛けて、ようやく向き合うことを決めたんだ。可能な限り、自分でなんとかしたい」
「そっか。まあ、困ったことがあったら遠慮なく言えよ」

 助けを求めてきたならともかく、そうでないなら俺が口を挟むことじゃない。
 鈴の両親の件と同様、俺に出来ることといえば、相談に乗ってやるくらいのことだ。
 今は、箒が束さんと向き合うことを決めた。それだけでも大きな前進だと思った。

「ああ、そうだ」
「なんだ?」

 今日のために用意してあった包みを懐から取り出す。

「箒。誕生日おめでとう」
「……これはなんだ?」
「何って誕生日プレゼントだよ。皆の前で渡すのは照れ臭いしな」

 綺麗にラッピングされた包みを箒に手渡した。箒のために用意した誕生日プレゼントだ。
 今日は七月七日、箒の誕生日。蘭が誕生日パーティーを企画してくれたのも、元を辿れば俺がプレゼントを渡す切っ掛けを掴めず、グジグジと悩んでいたからだ。とはいえ、あの女子の群れのなかでプレゼントを渡すのは、さすがに躊躇われた。
 俺だって学習しているからな。あの場でプレゼントを渡せばどうなるかなんて想像がつく。どうやって渡そうかとタイミングを見計らっていたところ、箒がこうして一人で外にでてくれたのは幸運だった。

「リボン……?」
「色々と考えたけど、俺一人じゃこれくらいしか思いつかなくてな。ありきたりで悪いけど」
「いや……ありがとう。そうだな、早速つけてみよう」

 箒への誕生日プレゼントということで、真っ先に思いついたのがこれだった。
 以前はシャルロットに色々とアドバイスしてもらったが、今回は俺が一人で悩んで選んだものだ。
 前にプレゼントしたアクセサリーに比べるとそんなに高い物じゃないが、なんとなくこのリボンが箒に一番似合っている気がして自然と手に取っていた。

「ど、どうだ?」
「ああ、ストレートも新鮮だけど、箒にはやっぱりリボンが似合うな」

 ストレートに髪を下ろした箒も新鮮で可愛いと思うが、やはり箒にはポニーテールが一番よく似合う。素直に可愛いと思った。

「その台詞、前にも聞いたな」
「そうだったか?」
「ああ、お前は昔から変わっていないな」

 箒がこうしてリボンを付けるようになったのって、小学二年くらいだったか?
 余りよく覚えてないんだが……あの頃は、よく『おとこおんな』とか男子にからかわれてたんだよな。まあ、確かに家が剣術道場ということもあってか、腕っ節が強くて男勝りなところはあったと思うが、あの頃から箒はリボンがよく似合っていた。普通に女の子らしかったと思う。
 少なくとも、俺は箒のことを男だと思ったことは一度もない。

(そうか、あの時か)

 リボンのことをクラスメイトにからかわれて、箒が気にしてるんじゃないかと思って、そんなことを言ったような気がする。そう、あれが箒と名前で呼び合うようになった切っ掛けだった。
 もしかして箒の奴、そのことを覚えてて――

「もしかして、俺が似合ってるって言ったからなのか? その髪型にするようになったのって」
「なっ……何を言って!」
「だよな。それはさすがに自意識過剰か」
「…………」

 まあ、それはないか。俺がふと口にした言葉で、何年もずっと髪型を変えないなんてな。
 剣術をするなら、長い髪は鍛錬の邪魔になるしな。きっと、それでだろう。
 俺も何を言ってるんだか。

「え……?」

 その時だ。突然、箒に服を掴まれ――海に投げ込まれた。
 バシャンと音を立て、海に頭から突っ込む。

「ごほ……は、鼻にみ、水が! 何するんだよ! 箒」
「五月蠅い! 何故、お前はいつもいつもそうなんだ!」
「はあ!? なんのことだよ!?」

 理不尽だ。なんで怒られているのか、さっぱりわからない。
 あれ? なんかこれと同じようなことが前にもあったような。
 保健室で酢豚がどうのって……ああ、アレは鈴か。全く、女心はさっぱりわからん。

「ちょっ、箒! 何を!?」

 その時だった。
 突然、浴衣を脱ぎだす箒。俺は慌てて視線を逸らす。

「何をしている?」
「え? ああ、下に水着をきてたのか……」

 そんなことじゃないかとは思ったが、浴衣の下にはちゃんと水着を着ていた。
 ラウラの紐水着にも驚かされたが、こちらも露出の多い、箒にしては珍しい白いビキニ。
 普段なら絶対に着そうにない、目のやり場に困る刺激的な水着だった。

「どうだ……?」
「ああ、うん。よく似合ってると思うぞ」
「そうか。うん、それはよかった」

 幾ら海が目の前だからって、行き成り水着になるか?
 箒が何をしたいのかわからないが、そんな風に照れられると変に意識してしまう。

「一夏……そのだな。いいぞ」
「え、何がだ?」
「私はお前に二度救われた。怪我を負わせてしまった」
「いや、あれは俺がしたいからしただけで、別に気にしなくていいんだが……。怪我も、もう治ってるしな」
「私が気になるんだ! だから……す、すす……」
「す?」
「私を好きにしろ!」

 えっと、つまりどういうことだ?
 突然そんなことを言われても反応に困るんだが、ようは罰を与えてくれってことか?
 俺は別に怒っていなければ、特に気にしていないんだが……。

「一夏……」

 ギュッと胸の前で手を握り合わせ、目を瞑る箒。
 取り敢えず、本人が納得していないみたいだし、デコピンでもしとくか?
 ――と、箒に近付いたところで、

「おりむー、発見! あー、キスしようとしてるー」

 聞き慣れた女子の声がして振り返ると、何故かそこにのほほんさんがいた。

「キス!? いや、違う。これは――」
「なんだ? 今の声は一体……」
「うおっ!」
「一夏――!」

 波に足を取られて、箒と絡まるように砂浜に倒れ込む。

「「――ッ!?」」

 触れ合う唇と唇。そして手に伝わってくる柔らかな感触。俺の右手が箒の胸を、鷲掴みにしていた。

「箒っ! そこまでは許可してないわよ!?」
「一夏さん、どういうことか、説明を要求しますわ!」
「一夏さん! 何をして――」

 このタイミングで割って入ったのは鈴、セシリア、蘭の三人だった。

「そんな、織斑くんと篠ノ之さんが……」
「ううっ……信じてたのに」
「ずるい! 篠ノ之さんだけ!」
「私もおりむーとキスするー!」

 騒ぎを聞きつけ集まってきた女子の群れに混ざり、のほほんさんの声が夜の海に響く。
 ドドドドド、砂を巻き上げ、波のように押し寄せる女子の群れ。

「逃げるぞ、箒!」
「一夏!?」

 俺は慌てて箒を腕に抱きかかえ、その場から逃げた。

「あっ、逃げた!」
「追うのよ、って何よ、あのスピード! すぐに応援を要請して!」
「A班はこのまま追跡。B班は東から、C班は反対側から回り込んで逃げ道を塞いで!」

 ――無線機!? ってか、どこからそんなものを、幾らなんでも本気(ガチ)過ぎるだろう!
 毎回毎回、なんでこうもタイミングが悪いのか。
 これが女難と言う奴なのか? くそ、責任者出てこい!

「賑やかだね。ラウラはどうするつもりなの?」
「私も混ざる。クラリッサの言った通りになった以上、遠慮はしない」
「あはは……でも、そうだね。僕だって負けないよ」
「望むところだ。本妻の座は譲るつもりは無い」

 いつの間にか加わった専用機持ちに、クラスの女子だけでなく旅館から応援要請を受けてやってきた女子達まで加わり、一年全員を巻き込んだ大騒ぎへと発展していく。
 というか、なんで追われてるんだ、俺!?
 この規模と人数は洒落になってない。誰か、助けてくれ!

「フフッ……」
「何、笑ってるんだ!? ぐあああっ、前からも! こうなったら」

 俺は方向転換を行い、海から森へと逃げる。見通しのよい浜辺よりは、森の方が姿を隠しやすい。
 それにあの大人数なら、遮蔽物の多い森の中は追って来づらいはずだ。

「一夏。私は学園(ここ)に来られてよかったと思う」
「なんだよ。急に……」

 こっちは命懸けで逃げているというのに、箒は何故か嬉しそうだった。
 てか、なんで俺は箒を抱えて逃げてるんだ?

「くっ! 箒、しっかり掴まってろ!」

 森に銃声と爆音が響く。あいつら、ISまで持ち出してきやがった!
 おおいっ、千冬姉! 教師はどうしたんだよ!?

「ブルー・ティアーズのビット!?」

 俺は木の枝に飛び移り、素早くレーザーを回避する。
 髪がちょっと焼き切れた……しゃ、洒落になってないぞ。殺す気か。

 ――って、誰か止めてくれえ!





 ……TO BE CONTINUED



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