――とある施設。
 歳は二十代後半。豊満なバストにくびれた腰、端整な顔立ちをした白い肌の女性。
 赤いパンツスーツを身に纏い、あざやかな金色の髪をなびかせ、灰色の廊下をカツカツと音を立てて歩く一人の女がいた。

「エム、もう腕はいいの?」
「問題ない」

 廊下の突き当たりの部屋から出て来た黒髪の少女、エムに声を掛ける金髪の女。
 淡々とした様で答えるエムに、女は苦笑を浮かべる。

「そう……ああ、あなたの機体だけど、当分は使えないそうよ」
「では、作戦はしばらく無しか?」
「代わりの機体にあてがあるわ。あなたなら、どんな機体でもそれなり≠ノ使えるでしょ?」
「……わかった。それでいい」

 特に気にした様子もなく去っていくエムの後ろ姿を見送り、ふうとため息を漏らす女性。
 やれやれといった様子で、先程エムが出て来た部屋に足を踏み入れた。

「お邪魔するわ」
「ん、スコールか。どうしたんだ?」
「エムの腕を再生してくれたのね。お礼を言うわ、 瑜免(ゆめ)
「ついでだよ。あの子は、あたしの計画に必要だからな」

 金髪のツインテールをした獣耳の少女『瑜免』は、スコールの言葉にそう呟いた。

「やはり、それが狙いだったのね」
「お陰で貴重なデータを取る事が出来た。この子を、より完璧に近付けることが出来る」

 研究室の中央に鎮座する黒いISに視線を移し、瑜免はニヤリと笑う。
 ――黒騎士。福音事件で突如姿を現し、世界中にその存在を騒がれることになった謎のIS。

「白式がだした光の正体もわかっているの?」
「光鷹翼。もっとも説明したところで、理解出来るようなものではないさ」
「対抗策は?」
「無理だね。あれをだされた時点で勝ち目なんてない」

 瑜免の言葉に、スコールは考える。
 黒騎士の腕を切り落とした光は、ISのシールドを無効化したというよりは、文字通り圧倒的なエネルギーで切り裂いたといった感じだった。
 黒騎士の腕が操縦者ごと軽々と切り落とされたことからも、絶対防御すらあの攻撃の前では意味がないということになる。

「光鷹翼に打ち勝てるのは光鷹翼だけだ」
「なら、あなたにはそれが再現できると?」
「誰に言ってる? あたしの名は瑜免。宇宙一の大天才科学者だ」





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第57話『はじまりの場所』
作者 193






「なんで、福音のパイロットがここに!?」

 朝、いつものように寮の食堂で朝食を取っていると、俺の隣にいるサーシャを見て、鈴がそんな風に大声を上げた。
 鈴の隣には同じように朝食のトレーを持ち、ぼっーっと佇むシャルロットの姿があった。

「えっと、二学期からIS学園で先生をすることになった……らしい」
「はあ!? どういうことよ、それ!」

 鈴が困惑するのも無理はない。俺だって驚いたくらいだ。
 でも、それを俺にどうこう言われても困る。ここに来たのはサーシャの意思であり、決定したのは政府や軍のお偉いさん達だ。
 どうしたものかと悩んでいると、手に持ったパンを皿の上に置きサーシャが口を開いた。

「はじめまして、ナターシャ・ファイルスです」

 そう言って、鈴とシャルロットに頭を下げるサーシャ。

「凰鈴音さんね。隣の彼女はシャルロット・デュノアさん」
「え? なんで……」
「どうして、僕達の名前を……」
「恩人の名前を知っていても不思議ではないでしょ?」

 恩人と言うのは、福音事件のことを言っているのだと、俺にもすぐわかった。
 突っかかった相手に『恩人』などと呼ばれ、鈴とシャルロットも困った表情を浮かべる。

「本当はもっと早くに挨拶に伺うべきだったのだけど、査問委員会に召喚されたり色々とあって……遅くなってごめんなさい。あらためて、あの時の礼を言わせてもらうわ。助けてくれてありがとう」
「うっ……礼を言われるようなことじゃ……」
「僕達は大したことをしてませんし……」

 サーシャにお礼を言われるとは思ってもいなかったみたいで、さっきまでの勢いはどこかに消え、少しバツが悪そうだった。
 鈴だけでなくシャルロットも、サーシャの雰囲気に呑まれている様子が窺える。
 これが大人の貫禄という奴か、千冬姉とはまた違った余裕がサーシャにはあった。

「そう言えば、他の子達は一緒じゃないの? いつも一緒に食事をしてるのよね?」
「サーシャ。なんで、それを……」
「事前に情報を入手するのは基本でしょ」

 なんの基本だ。なんの。
 多分、情報源は千冬姉か合法幼女だと思うが、色々と詳しすぎて怖い。
 なんか、余計なことまで吹き込まれてそうだ。裸エプロンの一件もあるしな。

「セシリアとラウラは帰省中。箒は夏祭りの準備で神社に――」

 セシリアは溜まっている仕事を片付けるために、イギリスに帰省していた。
 オルコット家といえば、政界・財界に名を連ねる由緒正しい貴族の家系らしく、国家代表候補生としての仕事以外にも、バイオリンのコンサートや旧友との親交、社交界への出席など色々と無視できない職務があるそうだ。それを聞かされて、金持ちっていうのも色々と大変だと思った。
 ラウラは軍務があるらしく、専用機の再調整や報告などで一時ドイツに帰国している。『シュヴァルツェア・ハーゼ』とかいうIS専門の特殊部隊の隊長をしているとかで、夏休みとはいえ色々とやることがあって多忙なようだ。
 まあ、大体ここの生徒は皆そうして各々事情を抱えている。代表候補生ともなれば尚更、休みとはいえ、のんびりは出来ない。寮に残っている生徒が少ないのも、そのためだ。夏休みの課題がないのも、そうした事情に配慮してのことだった。

「祭り! 神社!?」
「えっと、サーシャ?」
「一夏、それって日本のお祭りのことよね!」
「ああ、うん。そうだけど……」

 眼をキラキラと輝かせて迫ってくるサーシャに圧倒され、俺はたじろぐ。
 外国人のサーシャには、確かに日本のお祭りは珍しいのかもしれないと思った。

(これは連れていけってことか?)

 篠ノ之神社はその名からも分かる通り、箒が前に暮らしていた生家だ。俺が通っていた剣術道場もそこにある。歴史のある古い神社で毎年、正月と盆に神楽舞の奉納が行われていた。
 現世に帰った霊魂とそれを送る神様に捧げる舞で、元々は古武術であった『篠ノ之流』が剣術へと変わった理由とも言われている伝統的な行事だ。こちらに帰ってきたことで神社から声が掛かり、今年は箒がその神楽舞を踊ることになったそうだ。
 この話、実は箒から直接聞いたわけではない。雪子さんという篠ノ之神社の管理をしている箒の叔母さんから連絡を貰って知った。どうも箒は、舞を踊ることを俺に知られたくないらしく、ずっと黙っていたようだ。
 まあ、気持ちはわからないでもないが……知り合いに見られるのって恥ずかしいしな。
 雪子さんからは見に来るようにって言われていたのだが、正直どうしようか悩んでいた。

「行く……?」
「勿論!」

 まあ、サーシャが行きたいというのなら、別にいいかと思った。
 実際、何も言われなかっただけで『来るな』とは言われていない。雪子さんは見に来て欲しいと言っていたし、行くくらいは問題ないだろう。それに本音を言えば、箒の舞を見るのを楽しみにしていた。

「一夏、あ、あたしも行くわよ!」
「僕も! 日本のお祭りに興味があるしね!」
「ああ、それじゃあ、皆で行くか」

 そんなに、お祭りに行きたかったのか?
 身を乗り出して迫ってくる二人を見て、そう思った。


   ◆


 職員室の一角に山積みにされたダンボール。箱の中に入っているのは、すべて書類の山だ。
 授業に必要な物だけでなく、委員会への報告のまとめや意見調整と、必要な関係書類の片付けを終え、真耶は一息ついた。これで全部終わったわけではないが、ようやく一学期の区切りがついたと言ったところだ。
 何しろ、今年はイレギュラーが多すぎた。副担任に就任し、はじめて担当したクラスがIS学園はじまって以来の問題クラス。専用機持ちが一クラスに五人と言うだけでも異常なのに、度重なるアクシデントに伴う、学園行事の中止と変更。こればっかりは真耶でなくても、頭を抱えたくなる。

「はあ……」

 更には、箒の専用機『紅椿』。篠ノ之束自身が製作し、第四世代機と公言したその機体の登録国籍と操縦者である箒の所属を巡って委員会は紛糾していた。一夏の問題がなんとか片付いたかと思ったら、次はこれだ。
 紅椿は現在、どの国や企業にも登録されていない機体だ。ISは例え一機であっても軍事力に大きな影響を及ぼす。しかも第四世代相当の技術が使われているとなると、研究目的で欲しがる国は山のようにある。
 委員会からの説明要求と篠ノ之箒の身柄引き渡し命令。更には強引に箒から紅椿を奪おうとする動きも当然あったが、IS学園が治外法権であることを理由になんとか周囲の声を抑え込んでいた。
 箒が束の妹であるということも、各国が余り強く出られない理由としてプラスに働いているといえるが、それらを考慮しても箒が現状置かれている立場は非常に厳しいものと言える。
 それでも生徒を守るのが教師の役目。桜花や千冬と誓いを立て、協力者になったこともあり、ここで弱音を吐くなんて真似は真耶には許されなかった。そのために書類の山に埋もれることになってもだ。

「どうして私のクラスばかり、こう色々と集中するんですかね?」
「諦めた方がいい。言っただろ? そういうクラスだと」
「うっ、織斑先生」
「まあ、これでも飲んで落ち着け。元気がでるぞ」

 トポトポと水筒からコップに注いでもらった飲み物に、恐る恐る口を近付ける真耶。
 鼻を通る芳醇な香り、口当たりのよいさわやかな味に驚き、一気に飲み干してしまう。
 今まで真耶が飲んだことのない味わいのジュースだった。

「あ、あの……これは?」
「前に一度会っただろう? 太老からの差し入れだ」
「太老って、正木太老!? 正木グループの総帥ですか!」
「声が大きい。それよりもどうだ? 疲れが取れただろう?」
「え……あ、そう言えば……」

 前よりも調子が良いくらいの体調に、真耶は驚きを隠せない。
 さっきまでずっと感じていた疲労や怠慢感が、不思議と無くなっていた。

「織斑先生、これは一体……?」
「身体に良く効く栄養ドリンクくらいに思っておけばいい。わかっていると思うが、くれぐれも口外するなよ?」
「あ、はい。それは勿論!」

 ただのジュースや栄養ドリンクには思えなかったが、真耶は千冬の言葉に素直に従った。
 恐らくは『正木』絡みの秘密だろうと察しがついたからだ。

「面倒な仕事を押しつけてしまって済まない」
「いえ、これは私が自分で望んだことですし……織斑先生こそ大丈夫ですか?」
「まあ、なんとかな……」

 そう言って苦笑する千冬。体力的には問題無いが、精神的な疲労は相当蓄積していた。
 ストレスの原因は言うまでも無い。少しでも楽になればいいが、心労は溜まる一方だ。

「前から気になってたんですが……」
「なんだ?」
「織斑先生と正木総帥って付き合ってるんですか?」
「ぶふっ!」

 宇宙一高価なジュースを口から噴き出し、げほげほとむせる千冬。

「な、なんだ、それは!? アイツと私はただの……」
「ただの?」
「……協力者だ。行動を共にしているのは、利害が一致しているからに過ぎない」

 自分にそう言い聞かせるように、千冬は呟く。

「大体、何故そう思った?」
「前に見た時も、凄く仲が良さそうに見えたので。まるで旧知の間柄のように」
「それは……」
「織斑先生があんな風に親しげに話すところをはじめてみました」
「あれは、アイツがバカなことを吹き込むから……」
「でも、そういうバカなことを言い合える間柄ってことですよね? 凄く素敵だと思います」

 真耶には全く悪気はなかった。
 寧ろ、千冬にも心が許せる相手がいると知って心から喜んでいた。
 それがわかるだけに、目の前でにこにこと笑う真耶に千冬も強くは反論出来なかった。

「その話は絶対に誰にもするな。特に太老や桜花には絶対に、だ!」
「え……」
「いいな!」
「あっ、はい!」

 千冬の迫力に気圧され、ビクリと身体を震わせ、反射的に返事をする真耶だった。


   ◆


 部屋に戻るなり、ベッドに倒れ込む。外はもう真っ暗になっていた。

「疲れた……」

 サーシャの訓練は想像していた以上に厳しかった。
 午前中は座学に始まり、午後からは操縦訓練。更には実戦を想定した戦技訓練と、勉強や射撃が苦手なんて言っていられる余裕がないほど大変だった。
 夏休みの間、これを毎日十時間以上続けるというのだから、かなりハードな内容だ。
 夏祭りの日と日曜日は午後から休みになったのはお情けと見るべきか、サーシャが単に遊びたかっただけか、正直判断に悩むところではあるが……。

「でも、頑張らないとな」

 そう、事情はどうあれ、これは強くなるチャンスだ。
 大切な人を、仲間を守るためにも、俺は今よりもっと強くならないといけない。
 そして、俺は今度こそアイツに勝ちたい。あの――黒騎士に。

「強くなる。誰よりも……」

 このくらいで満足なんてしていられない。俺の目標は高く険しい。

 ――守るって言葉は、守れる強さのある奴が言う台詞だよ。

 そのために必要なパートナーを俺は手に入れた。
 だから今度は俺が証明する番だ。あの時の言葉を、約束を、覚悟を。

「一緒に頑張ろうな、白式」

 右腕の白い腕輪が、優しい光を放った気がした。


   ◆


 シャン――腕を振る度に、金と銀の鈴が音色を奏でる。
 刀を右手に、扇を左手に持ち、円を描くような動作で舞う巫女装束の少女。
 月明かりに照らされた黒髪がキラキラと透明な光を放ち、夜風に揺られてふわりと広がる。

「ふう……」

 踊りを終え、黒髪の少女は舞台の中央で息を吐く。
 ――篠ノ之箒。普段の彼女を知っていれば、誰もが驚くであろう幻想的な雰囲気がそこにはあった。
 練習を終えて刀を鞘に戻し、境内にでるとスッと空を見上げる箒。白い月が浮かんでいた。

「一夏……」

 海での出来事が、箒の頭に過ぎる。自然と唇に指が這い、箒の胸を刺激した。


   ◆


 境内の一角にある社務所。
 四十代後半、年相応の落ち着いた物腰の女性。そして二十代前半の黒髪の男。
 一見、親子ほど歳の離れた男女が、お茶を手に向かい合っていた。

「青春してますね」
「太老くん。その言葉は少しジジ臭いわよ?」
「うっ……雪子さん、それはあんまりじゃ……」

 社務所から見える境内に箒の姿を見つけ、なんとなく口にした言葉だったが、雪子にそう指摘されて太老は心底嫌そうな顔を浮かべる。
 もっとも実年齢から考えれば、雪子の言っていることは的を外れた言葉でもなかった。

「それに他人事じゃないでしょ? 太老くんも、今度お見合いするって聞いたわよ」
「それ、誰から聞きました?」
「千冬ちゃん」
「はあ……」

 千冬の相談ということで、会って話だけでも聞いてみることにした太老だったが、それが気付けば千冬の同僚とお見合いをすると言う話になっていた。
 なんでこうなったのか、太老にもわからない。正木の血が為せる業か、普段の素行が招いた種か、何れにせよ面倒な展開しか想像が出来ず、太老にとって頭の痛い問題となっていた。
 かといって、今更なかったことにしてくれとは言えない。その方がややこしいことになるのは目に見えて明らかだったからだ。

「今更、一人や二人増えたところで変わらないでしょ?」
「……身も蓋もないことを、さらりと言わないでください」
「そろそろ覚悟を決めて、千冬ちゃんのことも貰ってあげてくれない?」
「うっ、その話はまた今度……」

 話の雲行きが怪しくなってきたことを察知した太老は、逃げるように話題を逸らす。
 不服そうな表情を浮かべながらも、雪子は『しょうがない子ね』とため息を漏らした。

「何があったか、訊かないんですか?」
「必要? 今の箒ちゃんを見れば、それで十分よ」
「そうですか」

 篠ノ之姉妹のこと、そして織斑姉弟のこと――。
 気に掛けていたであろう雪子に自ら説明にきた太老だったが、余計な気遣いは必要なかった。
 雪子にとって一番の報告は言葉などではなく、箒が元気な顔を見せてくれることだった。

「大丈夫。近いうちにきっと、家族が揃って過ごせる――そんな日がやってきますよ」

 出会いとはじまり――思い出は、ここにある。
 少なくとも帰る家が残っていて、帰りを待ってくれている人がいる。

「ええ、待っているわ。束ちゃんと千冬ちゃんは、太老くんが連れてきてくれるんでしょ?」
「はは……善処します」

 それが一番幸せなことなのかもしれない――太老の口元に自然と笑みが溢れていた。





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