「七人目のカンピオーネ……いや、八人目かな?」

 中性的な顔立ちをした美少年――甘いマスクの彼≠ヘ、こう見えてれっきとした女性だ。
 名は沙耶宮(かおる)、十八歳。男装を趣味としており、男の振りをしては女性を誑かす悪癖の持ち主だ。
 しかし、これでも日本の呪術師を束ねる組織『正史編纂委員会』の東京分室長という肩書きを持つ媛巫女。古来より帝に仕えてきた『四家』の一つ、沙耶宮(さみのみや)家の次期党首だった。

「で、甘粕さん。媛巫女はなんと?」
「直接会って確かめて頂きましたが、やはり彼はカンピオーネで間違いないと」

 くたびれたスーツ姿の冴えない男、甘粕冬馬は目を細め、馨の問いに答える。
 これでも彼は正史編纂委員会に所属する凄腕のエージェントだ。穏行の術に長け、時代が時代なら忍者や隠密と呼ばれておかしくない実力者。そんな彼が集めてきた情報だ。信憑性は高い。
 カンピオーネ――神殺しの魔王が、ここ日本に誕生したと聞いた時、馨は自身の耳を疑った。
 ロンドンのグリニッジに居を構える賢人議会のレポートによれば、その日本人の青年はイタリアのサルデーニャ島で軍神ウルスラグナを倒し、神の力を簒奪したという。
 更にはウルスラグナと戦うために顕現したフェニキアの神王メルカルトを激闘の末に退け、剣の王と称される六人目のカンピオーネ、サルバトーレ・ドニとも引き分けたと賢人議会のレポートには記されていた。
 だからこそ、馨は事実関係を調査するように甘粕に命じたのだ。

 カンピオーネとは魔術師達に王と崇められる一方で、地上に住む人々に畏怖される存在だ。
 事実それを裏付けるように、カンピオーネと目される青年はミラノのスフォルツェスコ城やローマのコロッセオなど、世界的に有名な観光名所ともなっている文化遺産を躊躇なく破壊している。この日本も、その舞台となる可能性は十分にある。
 しかし、相手はカンピオーネ。どう足掻こうと人の敵う相手ではない。そんな魔王との付き合い方を誤れば、彼等に待っているのは身の破滅だ。
 それでなくても日本には今までカンピオーネが誕生した記録はなく、多くの魔王を抱える欧州のように彼等との付き合い方を熟知しているわけではない。接触に慎重になるのも無理のない話だった。

 今回、万里谷祐理に青年がカンピオーネかどうかの確認を頼んだだけでも、実はかなり危ない橋を渡っていた。
 万が一にも彼の機嫌を損ねれば、彼女の命だけでなく彼女に確認の依頼をした甘粕達も危険だったからだ。
 下手をすれば組織その物が――いや、この日本が魔王の不興を買ったために滅亡する恐れすらあった。
 だが、リスクを冒した甲斐はあった。
 ヴォバン侯爵とも面識があり、媛巫女のなかでも特に霊視に長けた祐理の証言であれば間違いはないと馨は確信した。
 あとは、その魔王との付き合い方をどうするか考えるだけだ。

「ただ、一つ問題が――」
「彼がイタリアより持ち帰ったという神具のことかい?」
「ええ、ゴルゴネイオン。北アフリカで出土した神具とのことですが、これがまた……」

 言い難そうに頭を掻く甘粕。
 ゴルゴネイオンと王の話をもとに、祐理が得た啓示。彼女の霊能により見通した神の名を聞いた時、甘粕は天を仰いだ。
 それは欧州だけでなく、ここ日本でも知る人の多いビックネームだったからだ。

「アテナが蛇を求め、ここ日本に接近しています。あるいは――」

 もう、既に。





異世界の伝道師外伝/異界の魔王 第2話『嵐の予感』
作者 193






 そこは樹雷・天樹の皇居。四大皇家の一つ『神木』が所有する不可侵領域。鬼姫直轄の経理部が仕事をする時に使っている別宅の一つだ。
 神木瀬戸樹雷――『樹雷の鬼姫』と恐れられている彼女の資産のなかには、表沙汰に出来ない秘密の資金が数多くある。
 そうした特殊な金の流れを管理することも、神木に籍を置く彼女達『経理部』の仕事となっていた。
 そのため、彼女達の仕事はどの部署よりも機密性が高く、秘密裏に行われなければならない。
 ここ天樹の上層エリアにある皇居はセキュリティも高く、そう言う意味で理に適った場所なのだ。

 ここ以外となると、後は皇家の船くらいしかない。
 実際、経理部・情報部の活動場所は、瀬戸の船『水鏡(みかがみ)』のなかであることが多い。神木に関する事柄を扱うのだから、当然と言えば当然だ。
 それに天樹は政治と経済を司る樹雷の首都であると同時に、樹雷の人々にとって『皇家の樹』が眠る神聖な場所だ。
 皇家の樹とは即ち、目に見える神であり良き隣人だ。皇家の樹と共に樹雷は、その繁栄を極めてきた。

 ――樹雷の圧倒的な軍事力を支える守り神として。
 ――大海原を共に(かけ)る良きパートーナーとして。

 彼等、樹雷の民にとって皇家の樹とは、隣人であり友人であり敬愛すべき存在なのだ。
 それだけに皇家の樹が眠る聖域とも言える場所へ、土足で踏みいるような愚か者は樹雷の民にはいない。
 余所者があれば、それとすぐにわかる。不埒なことをすれば、待っているのは身の破滅だ。
 ここは宇宙で最も安全で、侵入者(スパイ)にとっては絶対に立ち入りたくない恐ろしい場所の一つでもあった。

「リンゴ、ゲンキナイ。ダイジョウブ?」

 ハートのようなカタチをした双晶状のクリスタルが、樹雷服に身を包む女性の周りを心配そうに飛び回る。
 それは魎皇鬼と同じクリスタルコアを与えられ、明確な意思を芽生えさせた第四世代の皇家の樹『穂野火(ほのか)』の端末体だった。
 そんな穂野火が心配そうに声を掛ける彼女は、立木林檎。穂野火の契約者だ。
 ふわふわと波打つ桜色の髪、そこに居るだけで絵になる可憐で優雅な佇まいは、彼女があの『竜木』の血縁者であることを証明していた。
 分家筋の『立木』とはいえ、樹雷四大皇家における『竜木』の持つ対外的な意味は大きい。特に外交面、経済や政治の多方面に渡り『竜木』の名を持つ彼女達は、樹雷の顔として外との交渉役を担っている。大和撫子を彷彿とさせる優雅な佇まいに、誰もが振り向く気品溢れる整った容姿、更には男心をくすぐる細やかな気配りもあって『銀河連盟お嫁さんにした女性ランキング』の上位は、ほとんど彼女達『竜木』の縁戚が独占していると言われているほどだ。
 彼女、立木林檎もその例に漏れない美貌と能力を兼ね備えた女性の一人だった。

「ごめんなさい、心配をかけたわね」
「タロウイナイ、サミシイ?」
「穂野火ちゃんには隠せないか……」
「ホノカモ、タロウスキ。リンゴサミシイト、ホノカモサミシイ……」

 シュンと落ち込む穂野火を見て「大丈夫よ」と林檎は優しく微笑む。
 心配させるつもりはなかったのだが、皇家の樹は感受性が高く、ちょっとした感情の機微にも鋭い。特に林檎と穂野火は契約の指輪を通し繋がっている。考えていることがなんでも伝わると言う訳ではないが、嬉しい・寂しいと言った感情の色は互いにわかる。
 それが穂野火にも伝わってしまったのだろう。穂野火にこれ以上、心配は掛けられない。
 と、林檎が気を引き締めた――その時だった。

「気になるの?」
「え……」

 不意に掛けられた声に驚き、林檎は声の方へ振り向く。
 気配に敏感な普段の彼女なら、相手がどれほどの手練れであろうと接近される前に気付いたはずだ。
 しかし今日の彼女は気もそぞろと言った様子で注意力に欠けていた。

「本当は太老くんについて行きたかっただろうし、気持ちはわかるけど」
「水穂さん、いつの間に!?」

 さっきの穂野火との話を聞かれていたことが余程恥ずかしかったのか、水穂の急な登場に林檎は珍しく慌てふためく。
 穂野火はそんな水穂の姿を見つけ、嬉しそうに『ミナホ、ミナホ』と彼女の周囲を飛び回った。
 林檎もまた、太老の大奥(ハーレム)の一人だ。あの『ハイエナ部隊』と称される経理部の長、『鬼姫の金庫番』と恐れられる一面を持つ彼女だが、好きな人の前では恋する一人の女に過ぎない。
 気になるのも当然だ。一緒について行きたかったというのも本音だろう。
 しかし、それが出来ないことは水穂に言われるまでもなく、林檎が一番良くわかっていた。それでも気になるのだ。

「これを持ってきたのよ。手伝ってもらおうと思って」
「これは?」

 ドサドサと無造作に机の上に置かれたファイルを一冊手に取り、林檎は目を通す。
 それは太老の仕事を補佐する侍従部隊――こちらでは女官と呼ばれる女性達の顔写真付リストだった。
 太老はああ見えて重要なポストを幾つも兼任している多忙な身だ。
 そのため、各方面に能力の秀でた仕事を補佐・代行する専属侍従部隊を持っていた。

「どうして今頃? 桜花ちゃんを太老様の補佐につけたのは水穂さんですよね?」
「他の誰か一人を選ぶよりは、桜花ちゃんの方がまだ周囲も納得するでしょう?」
「確かに……彼女を相手に私も強くは出れませんし」

 平田桜花――水穂の『瀬戸の盾』と並び称される『瀬戸の剣』の二つ名を持つ第七聖衛艦隊司令官『平田兼光(かねみつ)』と、兼光を凌ぐ武術の才と知略を兼ね備えた伝説の闘士『平田夕咲(ゆうざき)』の一人娘にして、周囲からは太老の妹ポジションと認識されている少女だ。
 一見すると太老に近い位置にいて優位に思えるかもしれないが、とある事情から桜花は子供の姿から成長しないという悩みを抱えており、それが太老との関係を進める上で最大の障害となっていた。
 太老は子供を大切にするが、決して手は出さないというポリシーを持っている。それだけに見た目九歳児の桜花がどれだけ頑張っても、本気にしてもらえないのでは意味がなく、太老に好意を寄せる女性達から桜花はライバルと見なされていなかった。
 それに見た目通りの年齢ではないとはいえ、子供を相手にムキになるほど彼女達は大人気なくない。ましてや太老は本当の妹のように桜花のことを可愛がっている。それがわかっているだけに、女性達は桜花に強く出れないというのもあった。
 だから、水穂は桜花を選んだのだ。異世界に赴く太老の補佐役に。
 他の誰かを選べば角が立つが、彼女なら反発も少ないだろうと考えて。

「でも、瀬戸様が悪い癖をだして、彼女達を焚き付けちゃったのよ」
「それは……」

 容易に想像出来る事態だけに何も言えない。こうなった経緯を知り、林檎は納得する。
 ようするに太老を裏でサポートもとい監視する人間を別に送り込むと言う話だ。
 その人選を水穂が任されたのだということは、話の流れから察することが出来た。

「瀬戸様のことですから桜花ちゃんにも太老様の監視を言い含めて、その実は太老様と桜花ちゃんの隠し撮りをするつもりなのでしょうね」
「ええ、その上で他の()達の競争心を煽って、太老くんで遊ぶつもりなんだわ……」

 瀬戸のことをよく知る二人の考えは一致していた。
 半分は自分の悪癖を満たすため、もう半分は結論を先送りしている太老への嫌がらせだろう。
 結婚は人生の墓場というが、先達の苦労を知る太老が結婚に尻込みをするのもわからない話ではない。
 婚姻届にサインをしたが最後、自分も『被害者友の会』のメンバーになるであろうことを太老は自覚していた。

「それでは、水穂さんに人選を任せたのも……」
「私の手で、太老くんに引導を渡せって遠回しな催促じゃないかと……」

 なんだかんだで水穂は太老に甘い。それが今の結果を生んでいる。保護者なら、ちゃんと責任を果たせという遠回しなお節介だと水穂は受け取った。
 とはいえ、彼女達の人生は長い。地球に住む普通の人間なら一生百年と言った寿命でも、特別な延命調整を受けた彼女達の人生は何千、何万年と気が遠くなるほど長い。地球時間で数年、数十年など誤差の範囲だ。
 太老に好意を寄せ付いてきた女性は皆、この延命調整と生体強化を受けているため、寿命による時間切れを心配する必要はほとんどない。
 彼女達が納得の上で降りかかる諸問題さえ解決できるのであれば、後は当事者達の問題だ。
 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ね――という言葉にある通り、瀬戸もそのことはわかっているのだろう。
 だから、この件に関して普段は何も言わない。やり過ぎて手痛いしっぺ返しを食らうのが恐いというのもあるのだろうが……。

「それで、どうされるのですか?」
「瀬戸様の考えも一理あるのよね。あれでも以前よりはマシになったのだけど……」

 太老は鈍感の極みを行く男だ。遠回しなアプローチは逆効果でしかない。
 面と向かって告白するだけでなく、行動で示すくらいのことをしないと自覚させることは難しい。それでも決定打に欠ければ空振りに終わるのだから、太老の唐変木は病的なまでに筋金入りだ。一種の呪いとさえ思える。
 そんななか最近は自分に向けられる好意に対し、真剣に向き合えるようになっただけマシと言えた。
 結婚に関しても『ケジメはつける』と発言していることからも、本人なりに考えてはいるようだ。
 ただ、それでも足りない。あの調子では、百年経っても結論が出るか怪しいところだ。

 水穂はそれでもいいと思っていた。
 気付けば七百歳を超え、職場の仲間やアカデミーで同期だった友人は次々に結婚して家庭を持ち、行き遅れだの結婚はまだかだの散々と言われてきたのだ。今更、百年や二百年待つことくらい大した問題ではない。
 中途半端なカタチで結婚するよりは、太老の気持ちが固まるのを待つつもりでいた。
 その辺りは、太老を好きになった時点で覚悟は出来ている。家族との時間や故郷より太老と居ることを取ったという意味では、太老に好意を寄せる彼女達も気持ちは同じだろうと水穂は思う。ただ、やはり問題は太老の気持ちだ。

「切っ掛けは必要かもね」

 瀬戸の思惑に乗るのは嫌でも、切っ掛けは必要だと水穂は考えた。
 それが太老のためであり、自分達にも必要なことだと。
 結局、誰も言い出さないのは、ぬるま湯に浸かった今の甘い環境に慣れてしまっているからだ。
 居心地が良すぎるだけに、今の関係を崩したくない。そう考えている女性達も少なくないだろう。

「林檎ちゃんは反対?」
「いえ、それが太老様のためになるのであれば、ご協力します」

 林檎も水穂の考えに概ね同意だった。
 もっとも太老の気持ちが優先ではあるが、このままではズルズルいくことは目に見えている。
 だから、二人は手を結ぶ。太老と自分達の将来のために――

「でも、このまま瀬戸様の思い通りになるのは嫌よね」
「はい。私達を使ってご自分の悪癖を満たそうというのですから、それなりのリスクは知って頂かないと」

 この後、異世界で太老をサポートする人員を選出するための選考会――と言う名目のドンチャン騒ぎが一ヶ月に渡り、樹雷で催されることになる。
 その費用はすべて計画の発起人である瀬戸へと請求され、本来は味方であるはずの立木林檎率いる『ハイエナ部隊』の最凶最悪の取り立てに、彼女が涙を呑まさせたことは言うまでもなかった。





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