「えっと、ひかりちゃんだっけ?」
「はい、王様」
「小さい子に『王様』って呼ばれるのはちょっと……普通に名前でいいから」
「では、太老兄様(にいさま)と。すみません……『お兄様』だと、お姉ちゃんの旦那様と被るので」

 旦那様とは誰か、何が被るのか太老は気になったが、藪蛇になりそうなので尋ねなかった。
 まあ、大体のところ予想はついていたので訊く必要もなかったと言える。護堂も大変だなと若干の同情を込めつつ太老は護堂の方を見る。護堂は護堂でかれこれ三十分近く正座をさせられ、今も祐理の説教を受けていた。実はカンピオーネより祐理の方が強いんじゃ……と失礼なことを太老は考える。
 もう既に尻に敷かれている護堂を見て、『やっぱり』と太老は嘆息した。
 そんな太老とひかりのやり取りを近くで見ていた桜花は、ブスッと頬を膨らませる。

「お兄ちゃんが、また幼女を拾ってきた」
「頼むから誤解を招く発言をやめてくれ」

 そもそも拾ったのではなく、ひかりから『お礼が言いたい』と話し掛けてきたのだが、そんなことは桜花からすれば関係なかった。
 ようするに、太老がひかりを誑かしたという事実が問題なのだ。当然、太老にひかりを誑かしたという自覚はないが……。
 そんな二人の様子を見て、ひかりは「ああ」と納得した様子で頷き、

「私は万里谷ひかりって言います。えっと……」
「平田桜花よ」
「桜花さんって、お呼びしてもいいですか?」
「好きに呼んでくれていいけど……」

 まずは上下関係をはっきりさせようと胸を張る桜花だったが、『なんだか、やり難い子ね』というのがひかりへの第一印象だった。
 憎めないのだ。純真な笑顔を向けられるとヤキモチを焼いている自分の方が醜く思え、罪悪感で胸が締め付けられる。例えるなら無垢な子犬のような印象を桜花はひかりに抱いた。
 桜花は甘えることは得意だが、甘えられることに慣れていない。それだけに、ひかりに苦手意識を感じたのだろう。

(そうか、ラウラにちょっと似てるのか……)

 故郷に残してきた義妹の姿が、桜花の頭を過ぎった。

「太老兄様。ありがとうございました」
「いや、礼を言われるようなことじゃ……寧ろ、巻き込んでしまったのはこっちだしな」
「うっ……」

 それに自分の身代わりに、ひかりが連れ去られたと思うと桜花も強くは出られない。
 桜花なりに気にはしていたのだ。だから人の目に触れるリスクを冒して『龍皇』を呼び出し、被害を出来る限り食い止めるように努力もした。こんな風にお礼を言われると、余計に何も言えなくなる。

「いえ、四年前にも太老兄様にはお姉ちゃんを助けて頂きました。ですから、ちゃんとお礼が言いたかったんです。私達姉妹を二度も救って頂き感謝します。ありがとうございました」

 そう言って、ひかりは深々と頭を下げる。
 でも、礼を言われるようなことをしていないというのは太老の本心からの言葉だ。
 礼儀正しい子だとは思うが、子供に頭を下げて欲しいと太老は思っていなかった。
 それだけに太老はため息を漏らすと、ポンとひかりの頭に手を置き、

「はあ……子供がそんなことを気にするな」

 嘆息した。
 子供に頭を下げさせるほど体面の悪いものはない。大体さっきから気になっていたが、どうにもひかりは子供らしからぬところがあって、太老はそこが気になっていた。
 本当はヴォバンに連れ去られて恐かったはずだ。四年前のことだって、こうして話をすることだって辛いはずだ。

「もっと素直に甘えればいい。そのために大人がいるんだ」
「ですが……」

 まさか、そんな風に心配されるとは思ってなく、ひかりは戸惑いを見せる。でも、不思議と嫌な気はしなかった。
 媛巫女であれば幼い頃から親元を離れ、厳しい修行を積むのは珍しいことではない。甘えなど許されない。ひかり自身それは納得していることで、姉のように少しでも早く一人前になろうと努力をしてきた。
 四年前のこともあるが、それが万里谷の家に生まれてきた以上、当然のことだと思っていたからだ。
 それでも、まだ十二歳だ。太老に指摘されたように寂しくないと言えば嘘になる。

「俺じゃあ頼りないかもしれないけどさ」
「そんな――っ! 太老兄様はとても頼りになります!」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどな。まあ、桜花ちゃんもいるし、いつでも気軽に遊びにおいで。困ったことがあったら相談にも乗るから」
「え、私!? うっ……まあ、そのくらいは別にいいけど」

 太老に急に話を振られ戸惑うが、この話の流れで断れるほど桜花は鬼ではなかった。
 見た感じ、まだ恋愛感情にまでは発展していないようだが、太老に懐いていることは間違いない。今は憧れの気持ちが勝っていると言ったところか?
 しかし、憧れの気持ちが恋愛感情に発展しないとは限らないだけに、諸手を挙げて桜花は賛成する気になれなかった。
 いや、既にかなり怪しいとさえ桜花は思う。

「あの……太老兄様。どうして、そんなに優しくしてくれるんですか?」
「どうしてって……可愛い子がいたら助ける。至極当然の流れだろう?」

 どう考えても口説き文句だが、太老の場合は本心でこれを言っているから質が悪い。
 太老を見詰めるひかりの眼差しを見て、これはダメだ――桜花は心の底から、そう思った。





異世界の伝道師外伝/異界の魔王 第21話『嵐が去ってまた一難』
作者 193






 ヴォバンとの戦いから三日。
 護堂達は事情を説明するからと太老に招かれ、彼のマンションを訪れていた。
 初めて見た太老の部屋の広さと豪華さに護堂が驚く間もなく、

「権能のプロセスをちょこっと書き換えたんだ」

 あっさりとそう説明する太老に桜花は嘆息し、護堂達は何がなんだかわからず、太老の非常識さに頭を抱えた。
 ぬいぐるみの件は半ば不可抗力だったのだが、以前にも同じようなことがあったことを太老が明かすと、護堂達の頭は更に混乱した。
 太老の秘密が解明されるどころか、護堂達にとっては更に大きな謎が増えただけだった。

「取り敢えず、ぬいぐるみに姿を変える力と考えていいのか? 一体どんな神様を殺せば、そんな権能が身につくんだよ……」
「深く考えちゃダメよ、護堂。私は悟ったわ。そう、理屈じゃないのよ。理屈じゃ……」

 取り敢えず『人間をぬいぐるみに変える』権能を持つということで周囲には誤解されたようだ。
 ヴォバンの持つ『ソドムの瞳』にようなものと考えたようで、魔術の効かないカンピオーネにでも権能なら――と都合良く解釈されたらしい。
 というか、エリカは考えることを放棄し、祐理の霊視でも何もわからないとなると、そうしておく他なかった。それより問題はヴォバンの方だ。
 太老によって『ソドムの瞳』を始めとする権能の多くは封印もしくは弱体化され、ぬいぐるみとなっても中身はカンピオーネだ。見た目はキュートでも魔術師達に『王』と崇められる存在だ。例え弱体化しても油断は出来ない。そこでヴォバンの処遇を巡って、どうするべきかと関係者の間で議論が交されたのだが、そこに太老が爆弾を投下した。

「小包で送った!?」

 と、周囲が唖然とするなか真っ先に声を上げたのは護堂だった。
 S級エスパーの能力すら封じる特殊なダンボールに箱詰めして、宅配便に出したと言うのだ。
 勿論、それをやったのは太老だ。しかも、

「私の実家宛に!? 何故、そんな真似を!」
「いや、あの爺さん友達や家族とかいなさそうだから受取人がいないと困るだろう?」

 と言って太老はリリアナの実家、ミラノのクラニチャール家にヴォバンの入った荷物を送ってしまったのだ。
 その話を聞いたリリアナは、慌ててイタリアへと帰国した。
 これには『紅い悪魔』の称号を持つ少女も同情を禁じ得なかったらしく、『しばらくはそっとしておいてあげましょう』と気遣いを見せたくらいだ。
 余談ではあるが、

「お兄ちゃん、ヴォバンにしたみたいに権能を書き換えたり肉体を弄って、カンピオーネを元の人間に戻せないの?」
「不可能じゃないと思うけど、そのためにはアストラル体を弄って、それに合わせて肉体も作り替えないと無理だぞ? 人体改造か……ふむ」

 マッドの血が騒いだのか真剣に考え込む太老を見て、桜花は護堂に、

「だって、やってみる?」

 と尋ねるが、首を激しく左右に振って護堂は拒んだ。
 その誘いには絶対に乗ってはダメだと、カンピオーネの超感覚に頼らずともわかるくらい危険な臭いに満ちていたからだ。
 ヴォバンの権能を封じた太老に頼めば、普通の人間に戻って平穏な生活を享受できるんじゃ?
 と考えた護堂だったが、すぐにその考えは否定された。
 幾ら護堂でも、ヴォバンのように灰から復活する自信はない。そこまでしたら普通は死ぬ。ほっとしたような残念なような護堂からすれば複雑な心境だった。


   ◆


「やっと解放された……」

 いつもの元気はどこにいったのか? フラフラとした足取りで沙耶宮邸を後にする恵那。
 目が覚めてすぐ甘粕に同行を求められ、今まで正史編纂委員会――いや、正確には沙耶宮馨に拘束されていたのだ。
 メモ用紙が切っ掛けになったのは確かだが、そうでなくてもヴォバンと太老の戦いは避けられなかっただろうというのが委員会の見解だ。
 ひかりにも責任はあり不可抗力であることや、事件の解決に尽力したことなどを理由に厳重注意ということで無事に恵那は解放された。
 それに今回の件は自分に非があると太老が認めている以上、ひかりや恵那に責任を求めるのは王を疑うことになる――というのが、沙耶宮馨の談だった。

 こう見えて、恵那は媛巫女の筆頭だ。体面的に媛巫女の筆頭自らが大災害を引き起こす原因を作ったというのは体裁が悪いし、そうなれば清秋院の家――ひいては四家が黙ってはいないだろう。政治的な事情を考慮すれば、恵那に責任を押しつけることは出来ない。それに恵那の名前を出すことで、ひかりに責任が及ぶのは避けたい事情があった。
 万里谷家は京都の公家を出とする旧家だが、四家に比べれば家格は劣る。恵那の責任を追及した場合、ひかりに対する風当たりは当然強くなるだろう。
 最悪、体面を守るために万里谷を切り捨てると言った暴挙に出かねないと馨は考える。そうなって困るのは自分達なのにだ。

 ひかりは万里谷祐理の妹だ。彼女に何かあれば今回のように草薙護堂が黙っていないだろう。
 それに、ひかりは太老とも良好な関係を築いているという報告が、馨のもとへ届いていた。
 メールアドレスや電話番号を交換し、太老本人から『いつでも遊びにきていい』とマンションの出入りを認められた唯一の媛巫女だ。
 これから太老との付き合い方を考えて行く上で、ひかりの存在は欠かせない。
 更に言えば、二人の魔王と問題を起こすのは自殺行為だ。そんなリスクは委員会としても背負いたくないという政治的な判断からでもあった。

「あ、おじいちゃまに連絡しないと……結局、王様の力を確認できなかったし」

 気絶していて太老の戦いを見れなかったことは、恵那にとって痛恨の極みだった。
 彼女が太老に近付こうとしたのは太老の人となりや、本当にカンピオーネかどうか力を推し量るという目的があったからだ。
 他にも理由はあるのだが、それを果たせなかったのは痛かった。
 まあ、ヴォバンと互角以上に戦ったのならそれで十分とも言えるが、『おじいちゃま』が太老のことを気にしていたのが恵那は気に掛かる。

「あれ? おかしいな……」

 いつものように携帯電話で何度呼び出しても応答がない。
 恵那は首を傾げる。そもそも『おじいちゃま』が呼びかけに応じない≠アとはあっても、呼びかけに応じられない≠ネんてことはないのだ。
 そして今回の件は、その『おじいちゃま』から言いだしたことだ。居留守を決め込む理由はない。
 何かあったのか? と恵那は考えるが、『おじいちゃまに限ってそれはないよね』とすぐにその考えを放棄した。

「どうしようか?」

 これからどうすべきか一度『おじいちゃま』に相談してから決めるつもりだったので、恵那はどうしたものかと腕を組んで考え込む。
 しかし、それも数秒のこと。すぐに答えは出た。

「やっぱり王様に会ってみるのが一番早いよね」

 どちらにせよ、会うと決めていたのだ。それに実家からの指示もある。なら、太老に会ってから考えればいい。
 どうせ、何もわからないのだ。本人に訊くのが一番だと恵那は即断した。
 それに委員会も清秋院の家と『おじいちゃま』が相手では分が悪い。
 事件から一週間――恵那を拘束したのも、時間稼ぎを兼ねた悪足掻きだと恵那は気付いていた。

「馨さんの考えそうなことだよね。まあ、恵那がこう言う行動に出ることも、あの人なら予想してるんだろうけど」

 だから、気兼ねなく太老に会いに行ける。それだけの時間があれば、既に調査と検討は終わっているはずだ。
 それで何も言って来ないということは、事実上、恵那の行動を黙認するということ。あちらも太老への対応を見極めている最中なのだろうと恵那は察した。
 まあ、止められても会いに行くつもりなので、やるべきことは変わらないと恵那は歩みを進める。
 目指すは七人目の王――正木太老のマンションだった。


   ◆


「それで被害者は大丈夫なのかい?」
「ええ、至って健康体そのもの。全員、後遺症も見られないとのことです」

 恵那が去った沙耶宮邸で、馨は甘粕から被害の最終報告を受けていた。
 覚悟をしていたというのに蓋を開けてみれば、あれだけの被害を出しておきながら『死者はゼロ』という奇跡的な結果に終わった。
 行方がわからなくなっていた旅館の客や従業員も、翌日には病院の前で倒れているところを発見された。
 記憶に混乱は見られるというものの外傷もなく、『腰痛が治った』『持病が快復した』など以前よりも健康体になっていたそうだ。

「人間の仕業とは思えないね。正直、神様の仕業と言われても驚かない自信があるよ」
「まつろわぬ神がですか? 腰痛や病気を治してくれる神様がいるなら会ってみたいですね」
「大丈夫。甘粕さん、若いから」

 遠回しに休みをくださいとアピールしたつもりの甘粕だったが、華麗にスルーされた。
 若いと言っても、もうすぐ三十だ。甘粕としては、まだ十代の馨には言われたくなかった。
 まあ、そんなことはおくびにも出さないが。

「やはり、例の魔王様ですかね」
「魔王様だろうね。街に現れた謎の生物も一匹一匹が神獣並の強さだったって言うじゃないか」

 甘粕の話に同意しつつも話を補足し、呆れた様子で肩をすくめる馨。
 まつろわぬ神やカンピオーネに劣るとはいえ、神獣は人間にとって十分な脅威だ。
 上級の魔術師を何十人と集めて、どうにか対抗できるかどうかと言った怪物が街に数十匹、下手をすれば百に届く数が現れたと言うのだ。
 草薙護堂にそんな権能はない。そして灰色狼を狩っていたことからヴォバンも除外される。なら、そんな非常識なことが可能な人物は一人しかいない。

「それで恵那さんを黙って行かせたわけですか……」
「止めて止まる子なら苦労はしないさ。それに清秋院だけならともかく、この件には御老公が関与しているらしいしね」

 御老公――恵那が『おじいちゃま』と呼ぶ、上からの指示だ。四家と言えど、その決定を覆せない。
 ようするに手が出せない。見ていることしか出来ないということだ。
 だから、馨は恵那を黙って行かせた。どうせ止められないのなら、この件を利用して見極めようと考えたのだ。
 七人目のカンピオーネ――正木太老を。

「上手く行きますかね?」
「まあ、失敗したなら失敗したで、その時さ。一応、覚悟はしておいた方がいいと思うよ」
「そういう馨さんも、他人事じゃないんですけどね……」

 馨の話は、魔王の怒りを買って委員会が潰されることも覚悟した方がいいと言っているに等しかった。
 そうなって困るのは馨も同じはずだが、どこかこの状況を楽しんでいる姿を見て、甘粕はため息を漏らす。
 以前に話した藪蛇の話を思い出しながら、そんな事態にならないことを甘粕は天に祈った。





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