亜空間に存在する太老の工房。大樹の中腹にあるデッキで太老と桜花、それにひかりと恵那の四人は並んで昼食を取っていた。

「お兄ちゃん、不注意すぎるよ……」
「桜花ちゃんだって……」

 お互いに反省すべき点は多々あった。それだけに何も言えないのだが……。
 問題は、ひかりと恵那の二人になんと説明するかだ。
 まさか『異世界からきた宇宙人です』とバカ正直に説明するわけにもいかない。
 二人が悩んでいた、その時。恵那が手を挙げて太老を呼んだ。

「王様」
「ん、なんだ……? 出来れば、その王様ってのもやめて欲しいんだけど」
「え? なんで? 王様は王様でしょ?」
「でも、それじゃあ、他のカンピオーネと区別がつかないだろう?」
「あ、それもそうか。日本にはもう一人、王様がいるもんね」

 納得した様子で逡巡する恵那。すぐに思いついたようで――

「じゃあ、ご主人様で」
「どうしてそうなる……」
「旦那様の方がいい?」

 可愛く首を傾げながら上目遣いで訊いてくる恵那を見て、もはや選択の余地はないと悟った太老は『ご主人様』で妥協した。
 それにまだ、そっちの方が呼ばれ慣れているのでマシと考えたからでもあった。

「それで訊きたいことがあるんだけど、ここってご主人様が作ったの?」
「え? なんで、そう思うんだ?」
「だって、こんなことが出来るのなんて『王様』くらいでしょ?」

 そう言えば、その手があったかと太老は心の中でポンッと手を打つ。
 確か賢人議会の公開しているレポートに、迷宮を造り出す権能を持ったカンピオーネがいたはずだ。
 勘違いしてくれているのなら、話を合わせておけば丸く収まると太老は考えた。しかし、

「少し気になったんですけど、太老兄様ってどれだけの神様を倒して来られたんですか? 思い当たる限り太老兄様の権能って、三つや四つでは済まない気がするんですが……」

 ひかりの的を射た質問に太老は焦る。どうしたものかと考えていた言い訳を忘れ、桜花に視線で助けを求めた。
 しかし、桜花は首を横に振って答える。ここで嘘を突き通すことは簡単だが本気でひかりを仲間に加えるつもりなら、いつか打ち明けなくてはいけない問題だ。それが早いか遅いかの違いしかないと桜花は考えていた。
 それにヴォバンの時のようなことが、また無いとは言い切れない。
 ひかりの身の安全を本当に考えるなら、今のうちに事情を説明して仲間に引き入れるのが得策だ。ただ、そうすると一つ問題があった。
 清秋院恵那――彼女の目的が気に掛かる。

「恵那お姉ちゃん。ここにきた目的は何?」

 こういうのは遠回しに訊いても意味がない。だから少し威圧するカタチで桜花は恵那に質問した。
 答えられないような目的なら、それはそれで対応すればいいだけだ。
 最悪、記憶を操作することも考慮にいれ、桜花は恵那の反応を窺う。

「あっ、そう言えば自己紹介以外はまだだった……。こんなのを最初に見たから驚いちゃって、ごめんなさい」

 本当に申し訳なさそうに丁寧に頭を下げる恵那。先程から感じていたことだが一見すると粗野に見える振る舞いも、恵那の場合は所作の一つ一つが綺麗に様になっていた。
 余程、幼い頃から礼儀作法を学んでいなければ、ここまで自然な動作は身につかない。清秋院――その名が桜花の頭を過ぎった。
 確か、日本の呪術界を統べる名家の一つだったかと桜花は記憶を辿る。清秋院といえば、日本の武力と政治を司る呪術界の名家。正史編纂委員会とも繋がりが深いはずだ。そして、ひかりや祐理と同じ媛巫女の一人と考えれば、恵那の立ち位置も自ずと察しがつく。

(組織の命令で、お兄ちゃんのことを探りにきた? もし、そうなら……)

 回答次第では太老がなんと言おうと恵那の記憶を改竄し、ここから放り出す覚悟を桜花は決めた。
 現地組織の協力は確かにあった方がいい。しかし、まだその時ではない。あちらの出方がわからない以上、安易に信用するのは危険過ぎると考えたからだ。
 それに草薙護堂の件もある。万里谷祐理を通じて正史編纂委員会が、護堂との関係をより強固な物にしようと画策していることは間違いない。
 そこに自分達が入っていけば、護堂派と太老派の二つに組織が割れ、内部抗争を引き起こす可能性もあると桜花は考えていた。
 どんな大義名分を掲げようが人の作った組織だ。相手が接触に慎重なのも、そうした組織上の理由があるからと桜花は推察した。
 それだけに恵那がこのタイミングで接触してきたことに桜花は疑問を持っていた。

「もう今更だし、敬語とかはいいよね。恵那、そう言うのは苦手で」

 お嬢様とは懸け離れた恵那の態度に、太老だけでなく桜花も呆気に取られる。
 状況を理解してやっているなら大物だが、そうでないならただのバカか天然だ。
 掴み所のない恵那の性格を、桜花は正確に把握しきれないでいた。

「ご主人様のところへお嫁入りにきました。不束者ですが、よろしくお願いします」

 少し恥ずかしそうに、そう口にして淑やかに頭を下げる恵那。
 その場にいた恵那以外の口から「え?」と言った声が漏れた。





異世界の伝道師外伝/異界の魔王 第23話『異世界の宇宙人』
作者 193






 恵那の話を要約すると、実家に太老の妾になるように言われてきたそうだ。
 そして彼女にはもう一つ確かめたい目的があったのだが、これだけのモノを見せられた後では太老が王様だとかそうじゃないとか、そんなのはどうでもよくなっていた。
 まつろわぬ神や魔王に匹敵する実力を持ち、これだけの能力を所持しているのなら、どちらにせよ人間にどうこう出来る存在ではない。
 絶対的な強者であることに変わりはなく、恵那からすれば結果はどうあれ大差はないというのが結論だった。

 少し迷った恵那だったが、遠回しな駆け引きは得意とすることではない。やるなら当たって砕けろの方が、どちらかというと迷いがなく好きだ。
 だから、恵那はすべてを正直に打ち明けることにした。その上で、太老が納得してくれるなら一番だと考えたからだ。
 そして、それは桜花にとって意外な行動でもあった。
 太老に搦め手は通用しない。しかし、それを理解するまでに大抵の者は苦労を強いられるというのに、恵那は直感でそのことを理解し大胆にも真正面からストレートに接してきたからだ。
 どんな変化球でも打ち取る太老だが、実は悪意のない直球勝負は苦手としていた。

「嫁入り云々はこの際おいといて、仲間に引き入れてもいいんじゃないか?」
「ううん……まあ、仕方ないか。どうせ、お兄ちゃんのことだから記憶を操作する気はないんでしょ?」
「今回は俺にも非があるしな。大体、あれは余り気が進まない」

 ここが異世界とはいえ、恒星間技術を持たない文明との過度の接触が禁じられていることは太老も理解している。
 真実を知るということは、こちら側に足を踏み入れるということだ。知ることで余計な危険と責任を背負うこともある。
 普通に暮らしたいなら、知らない方が幸せだろう。とはいえ、さすがに知り合いに記憶操作を使うのは太老も抵抗感があった。するにしても本人に選ばせたい。
 ひかりは頭の良い子だ。そして恵那も鋭い勘の持ち主だ。なら甘い考えかもしれないが、釘さえ刺しておけば問題ないだろうと太老は判断した。
 問題は彼女達、媛巫女が所属する組織の方だ。協力を求めるにしても、そちらはもう少し動向を警戒する必要がある。
 個人の思惑と組織の思惑では、まったく対応が変わってくるからだ。

「ひかりちゃん、それに恵那でいいか?」
「あ、うん……な、名前で呼んでくれるんだ」

 名前で呼ばれて照れ臭そうにする恵那を見て、太老は妙な違和感を覚える。

「さっきは俺の前で普通に裸になろうとしてなかったか?」
「あ、あれはお風呂だったから! それに恥ずかしくなかったわけじゃないんだよ? でも、自分から脱ぐのと不意を突かれるのは違うっていうか……」
「ようするに俺の反応を試したと?」
「うっ……ごめんなさい。でも、ご主人様がどんな人なのか知りたかったから……」

 やっていることは無茶苦茶だが、意外と抜け目のない子だなと太老は思った。
 計算高いエリカとは違い、直感や感性だけで踏み込んでくるタイプだ。なんとなく『さん』付けや『ちゃん』付けをする気にならなかったのは、恵那のそうした性格にあるのだろうと太老は考えた。
 遠慮がいらないというか、太老からすれば友達感覚で話しやすいタイプの女性だった。

 ――まあ、悪い子じゃないよな。

 というのが太老が恵那に抱いた感想だ。ひかりと仲が良いというのも頷ける。
 好奇心旺盛な子供が、そのまま大人になったような印象を太老は恵那に抱く。良くも悪くも本能に忠実な性格をしているのだろう。
 こうしたタイプは常識や理屈よりも直感を優先する。奸計を用いたり、無為に策を弄したりはしない。
 その点でいえば、小細工を講じる相手よりはずっと信用が出来る。それに関しては桜花も太老の考えと同じだった。

「二人に約束して欲しいのは、ここで見聞きしたことは誰にも話さないってことだ」
「それって家の人間にも?」
「恵那の家って委員会とも繋がりのある清秋院だろう? 寧ろ、そこに一番漏らして欲しくないんだけどな」
「ううん、媛巫女としてはダメなんだろうけど……わかった。家や委員会の人に何か言われても誰にも話さないよ。『王様』の命令なら仕方ないよね」

 快活な笑顔で応える恵那。飄々とした抜け目のないところはあるが、約束を違えるようなことはしないだろうと太老は恵那を信じることにした。

「わ、私も誰にも話しません! お姉ちゃんにだって!」

 一生懸命なひかりを見て、太老は苦笑を漏らす。そもそも、ひかりに関しては心配していなかった。
 この一週間で、ひかりが簡単に他人の秘密を漏らすような子ではないとわかっていたからだ。
 問題は呪術や魔術を使って記憶を盗み見られることだが、外的な攻撃に対する対策を立てておけば問題はない。それに仮にもカンピオーネの関係者に、そんな真似をする魔術関係者は少ないだろう。居るとすれば力を過信している二流・三流の魔術師の暴走だが、それに関しても現地組織が眼を光らせているだろうし、密かに護衛を付ける案を太老は検討していた。
 そんなこんなで、より円滑に話を進めるために太老はある場所に二人を招待することを決めた。

「習うより慣れろって言うしな」
「お兄ちゃん、まさか……」

 まず納得させ理解させるには、実際に証拠を見せた方が早い。
 太老が右手を挙げ、指をさした先。そこは――


   ◆


「二人とも大丈夫?」

 桜花の声が耳に届いていないのか? 窓の外の景色を眺め、呆然とする二人の少女。恵那とひかり、二人の目には青く輝く地球の姿が映っていた。
 あの天衣無縫な恵那ですら、こんな風に驚いたことはない。夢か幻か、疑うような景色。
 そう、ここは守蛇怪・零式。宇宙に待機させてある太老の宇宙船に二人は招かれていた。

「どこか行きたいところがあればリクエストしてくれていいよ」
「えっと……じゃあ、土星とか?」

 恐る恐る緊張した様子で行き先を指定するひかりのリクエストに応じ、太老は船を動かす。
 一瞬のことだった。何か光のような物に包まれたかと思えば、あっと言う間にひかりと恵那の目に土星が飛び込んできた。
 地球から土星までの距離は最短で十二億キロ以上あると言われている。そんな距離を近所に遊びに行くみたいな感覚で移動されたら、ただ驚くしかない。

「太老兄様……これって」
「守蛇怪・零式。俺の宇宙船(あいぼう)だ」

 まだ、カンピオーネとか神様とか言われた方がマシな回答だった。
 宇宙人なんて荒唐無稽すぎる。でも、現実として証拠が目の前にあるわけで……。
 さっきは誰にも話さないと約束したが、そもそもこんな話をしたところで誰にも信じてはもらえないだろうと、ひかりは思う。頭がおかしくなったかと心配されるのがオチだ。

「凄い凄い! ご主人様! これって、あれだよね?」
「ああ、宇宙船だな」
「ということは……」

 理解してくれたかと太老はウンウンと頷くが、

「ご主人様って宇宙人を倒したの?」

 全然、理解していない恵那に太老は頭を抱えた。


   ◆


「なるほど、ご主人様が宇宙人だったんだね」

 こうなったら理解するまで説明してやると始まった太老のなぜなに講座。大先史文明から現在の文明が誕生するまでに至った歴史。そして樹雷の建国から銀河連盟の成り立ちを図式で分かり易く、体験談を用いながら懇切丁寧に太老は説明した。
 ひかりはすぐに理解したのだが、恵那をここまで理解させるのに三時間。物覚えもよくバカと言う訳ではないのだが、恵那の場合は山籠もりや修行ばかりしていた所為か、前提とする常識に欠けていた。
 どこで覚えてきたのか知識も偏っていて、理解をさせるのに太老は酷い苦労をさせられたのだった。

「あの……それで太老兄様。お話はわかったのですが、太老兄様の目的って」
「ああ、それは――」

 それがまだだったなと、太老が恵那とひかりに説明しようとしたところで、

「お父様――っ!」
『お父様!?』

 突然の乱入者。どこからともなく現れた少女に、恵那とひかりは驚きの声を上げる。
 それを見て、『やっぱりこうなったか』と言った様子で桜花は嘆息した。
 毎度のパターンに慣れた様子でフライングアタックを仕掛けてきた青い髪の少女を、太老はハリセンで叩き落とす。

「ううっ、お父様の愛が痛いです……」
「お前は毎回、なんでそういう登場の仕方しか出来ないんだ?」
「フフン、それが私のお父様への愛情表現なのですよ!」

 洗濯板のように薄い胸を張って自慢気に語る少女に、太老は呆れた様子で嘆息する。
 桜花と大差のない控え目な胸と小さな身体。蒼穹のように青い瞳に、ぴょこんと伸びたアホ毛。膝下まで届く青いロングヘアー。
 彼女は人間ではない。守蛇怪・零式――その生体ユニットが、彼女『零式』の正体だった。謂わば、この船のメインコンピューターだ。

「ご主人様……その子は?」
「ああ、こいつは……」
「私はお父様の信奉者(あいぼう)にして一番の理解者。そして、お父様に尽くす愛の奴隷――」
「お前は少し黙ってろ!」

 さっきよりも遥かに強力な太老の渾身の一撃が、零式の後頭部に直撃した。
 ハリセンとはいえ、全力で放てば宇宙怪獣を沈黙させる破壊力を秘めた一撃だ。ピクピクと痙攣して動かなくなった零式を見て、ひかりと恵那は冷や汗を流す。
 とはいえ『大丈夫かな?』と零式のことを心配する辺り、やはりひかりは良い子だった。
 そんなひかりの横で、零式の口にした『お父様』や『愛の奴隷』という言葉を反芻し、意味を真剣に考える恵那。

「……ご主人様って小さい子が好きなの?」

 恵那の偏った知識はなんとしても修正しなくては、そう固く心に誓う太老だった。





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