マジェンタにあるブランデッリ家の大広間で、零式は正座をさせられていた。

「ドニとロリコン侯爵の件はまだよしとしよう。この街を守ったんだ、褒めてやってもいい」
「フフン、当然です。零はやる時はやる子なのです!」

 太老に褒められて気をよくする零式。

「しかし――やり過ぎだ」

 そう言って、大型液晶テレビを指さす太老。
 倒壊した建物や、半壊した港町。壊滅的な被害を受けたイタリア軍。
 ニュースではイタリア全土を襲った嵐の仕業とされているが、実際のところは違う。

「他に幾らでも方法があっただろう?」

 修復中とはいえ、超科学の結晶とも言うべき守蛇怪・零式を傷つけることは、この世界の兵器では困難だ。
 防御フィールド一枚を突破することさえ、恒星間移動技術を持たない未発達なこの世界の技術力では不可能。核兵器を使用したところで、零式に傷一つ付けることは出来ないだろう。はっきりと言えば、放って置いても問題はない。なら、相手が手をこまねいている間に修復を急ぐなり、空は無理でも海底へ逃げるくらいのことは出来たはずだった。
 なのに発見されたとはいえ、反撃して軍を壊滅させるなど幾らなんでもやり過ぎと言えた。

「お父様の偉大さを理解できない連中が悪いのです!」

 開き直る零式。当然、そんな言葉で誤魔化される太老ではなかった。

「俺は目立つ行動は控えろって言ったよな? 大人しく修理に専念しろって」
「ですから、殺してませんよ? ちゃんと兵器だけ無力化しましたし」

 確かに、あれだけの戦闘があったにも関わらず、奇跡的に死者はゼロという結果が報告されていた。
 疑似反物質装置――守蛇怪・零式に搭載されている非殺傷兵器だ。
 非生命体である物質のみを分解し光の塵とする装置で、イタリア軍が保有する戦艦や戦闘機は文字通り、この光に消滅≠ウせられた。乗員は光に呑まれると同時に近くの陸地へと転送され無事だったが、素っ裸の軍人が街中に突如として出現するといった騒ぎが起こり、ちょっとしたニュースになっていた。
 イタリアの魔術師達は、この騒ぎを『青い悪魔』の仕業と断定。そして――

「その結果がこれか!?」

 頭を抱える太老。その視線の先には、王に(ひざまづ)く魔術師達の姿があった。





異世界の伝道師外伝/新約・異界の魔王 第8話『恭順と反抗』
作者 193






 結論から言えば、『青い悪魔』と太老の関係がバレたのだ。

「まあ、こうなるよね。零式も零式だけど、お兄ちゃんも不注意だよ」

 太老の軽率さに呆れる桜花。魔術師達の目があることがわかっていて、皆の前で零式を折檻するような真似をしたのがいけなかった。
 こんな風に説教をされている『青い悪魔』を目にすれば、それを見た魔術師達が頭を下げる(命乞いをする)のも無理はない。二人のカンピオーネを無力化し、イタリア軍を壊滅させた悪魔が『お父様』と呼ぶ存在。そこから魔術師達は零式のことを、太老に仕える神獣や従属神の一種だと推測を立てた。
 なら――零式のやったことは、太老の意思と考えるのが自然だ。
 まつろわぬ神やカンピオーネに魔術は通用しない。それは近代兵器を持ってしても同じことだ。
 科学では神秘を打ち破ることは出来ない。イタリア軍の壊滅は、それを彼等に再確認させるのに十分な結果を残した。
 既にドニとヴォバンが倒された以上、太老の機嫌を少しでも損ねればイタリアは滅亡する。そう考えた魔術師達の行動は早かった。

「あ、このチョコレート美味しい」
「どれも超が付くほどの高級品よ」

 遠慮もなくパクパクと菓子を口にする桜花。山のように置かれた貢ぎ物にエリカもため息を漏らす。
 ここにある物だけでも、ちょっとした一財産が築けるほどの品々が並んでいた。
 話を聞いた魔術結社が太老の機嫌を損なうことを恐れ、恭順の証にと贈ってきた品々だ。

「こうなったら素直に魔術結社の恭順を受けるしかないわね」
「他人事だと思って……」

 太老はため息を吐く。エリカの言うように隠し通せる段階を通り過ぎていた。
 少なくとも今までのように、カンピオーネでないと否定できる状況ではなくなったと思っていい。
 ドニが倒され、三百年の歳月を生きた最古参の魔王ヴォバン侯爵が姿を消した今――
 新たな王の登場は、欧州の魔術師達にとって国や組織の命運を左右する一大事だ。ましてや『青い悪魔』の主となれば尚更だった。
 あれから僅か一日。既に恭順の意思を示す魔術師達も現れ、正木太老を中心に魔術界は大きく揺れ動いていた。

「それでヴォバン侯爵はどうなったの?」
「独力で戻って来られる可能性は低いな。永遠に出口の見えない次元の狭間を彷徨うか、運がよければどこか別の世界へ繋がることもあるけど」

 この世界に戻って来られる可能性は限りなく低いだろう――と太老はエリカに説明する。
 それというのも、零式の使った掃除機はただの掃除機ではなく、太老が以前に開発した発明品の一つだった。
 砂沙美やノイケを喜ばせようと『ごみパックいらず、お手入れも簡単』というコンセプトで太老が開発したものだが、何でも吸い込む吸引力から海賊の艦隊を呑み込む大騒動を引き起こし、お蔵入りになったものだ。今回はこの程度の被害で済んで運がよかったと言える。吸い込まれた物の行き着く先は亜空間の果て、次元の狭間だ。脱出することは勿論、生きて帰ることも難しい。永遠に彷徨う可能性の方が高い――そんな無間地獄に通じていた。
 例え灰の状態から復活できたとしても、光も届かず時間の概念すら曖昧なあの空間から無事に戻って来ることは難しいだろう。

「捜せっていうなら捜すけど……。余り気乗りしないんだよな」

 これが他の誰かなら助けもしただろうが、幼女の敵を助ける義理はない。
 ヴォバンがどうなろうと、太老からすれば知ったことではない。四年前のことを考えれば、助ける気など起こるはずもなかった。
 それに手加減をしたとはいえ、光鷹翼に耐えた実績を持つ老人だ。なんだかんだで、そう簡単に死にはしないだろう。心配するだけ無駄というものだ。

「……そうね。そこまでする義理はないと思うわ。寧ろ、侯爵から解放されたことで東欧の街はお祭り騒ぎだって言う話よ。実際のところ感謝している人達の方が多いでしょうしね」
「嫌われてたんだな。あの爺さん……」

 まあ、それも仕方なしかと太老は納得した。
 あれだけ好き勝手やっていれば敵も多いだろう。自業自得というものだ。

「問題は、これからどうするかね」
「だよな。今更この貢ぎ物を返したところで、誤魔化せるとは思えないし」
「無駄ね。サルバトーレ卿は健在だから、まだ南欧は大きな混乱は少ない。でも、既に東欧の魔術結社からは『赤銅黒十字』を通じて『正木太老の傘下に加えて欲しい』という要望が来ているわ」

 心の底からヴォバンに従っていた魔術師は少ない。寧ろ、ヴォバンの恐怖から解放されたことを喜ぶ人達が大半だった。
 実際、ヴォバンの気まぐれで滅ぼされた街や、殺された人の数は知れない。自らの闘争本能を満たすためなら、どんな犠牲も厭わないような人物だ。カンピオーネを失ったことよりも魔王の支配から逃れたことの方が、その支配に苦しむ人々にとっては大きな衝撃だった。
 しかし、喜んでばかりもいられない。ヴォバンの支配から解放されたとはいえ、他のカンピオーネは未だに健在だ。
 まつろわぬ神に対抗できるのはカンピオーネだけ。それが絶対の法則。
 今後のために、新たなカンピオーネの庇護を受けたいと東欧の魔術師達が考えるのも自然な流れと言えた。

「いいんじゃない? お兄ちゃんなら適任だと思うよ」
「桜花ちゃんまで……」
「どちらにせよ、情報を集めるために現地組織の協力は欲しかったしね。手伝ってくれるっていうなら、名前くらい貸して上げてもいいんじゃない? まあ、その分はしっかりと取り立てるけど」
「ようするに、ビジネスライクってことか?」

 嘆いたところで状況が好転するわけでもない。
 確かにそうして割り切れば、気分的にはまだマシだ。桜花の話にも一理あると太老は考えた。
 そんな話をしていると、エリカの携帯電話が突然鳴り出した。
 着信表示を見て、少し驚いた様子で電話に出るエリカ。

「お久し振りです。アンドレア卿。今日はまたどう言ったご用件でしょうか?」
『エリカ嬢。聡明な君なら既に状況を理解していると思うが――話し合いの場を設けて欲しい』
「それは我が君に話があると……そういうことですか?」
『こちらに君達と事を構えるつもりはない。寧ろ、よくやってくれたとドニのことは感謝しているくらいだ。これで懲りるとは思えないが、あの男もしばらくは大人しくなるだろう』

 アンドレア・リベラ。それは『王の執事』と呼ばれる大騎士からの電話だった。
 彼も、ドニの友人である前にイタリアの魔術師だ。カンピオーネの闘争から街を救った英雄に感謝をしているという言葉に嘘はないだろう。
 例え、それが悪魔の仕業であったとしても、街が滅びるよりはずっといい。そう考えているはずだ。
 なら、他になんの用が――

『ヴォバン侯爵の子飼いの魔術師達が姿を消した』
「まさか――」
『そのまさかだ。彼等は侯爵の復活を目論んでいる。狙いは――』


   ◆


「連中は自殺願望でもあるのか? 王にちょっかいを掛けるなんて」

 クラレンスは呆れたようにため息を漏らす。
 ヴォバンが死んだと考えていない魔術師達は、太老の発明品を神器か何かと勘違いし、ヴォバンはそこに封印されていると思い込んでいた。
 間違ってはいないが、正解とも言えない。彼等の目的は明らかだ。魔王の復活。
 しかし、さすがに『青い悪魔』やカンピオーネに敵うと考えるほど、彼等は蛮勇ではない。狙いはただ一人――

「平田桜花……王の関係者を狙い、王と交渉するつもりか」

 バカなことを考えるとクラレンスは頭を左右に振る。そんなことをしても王の怒りを買うだけだ。王の怒りを買った結果、滅びた街は数知れない。最悪、個人だけの問題では済まない。そこでクラレンス達――南欧に所属する魔術師達に、『七姉妹』から命が下った。
 ヴォバン子飼いの魔術師達がバカなことをする前に彼等を掃討する共同作戦が、イタリアに拠点を置く魔術結社に提示されたのだ。そのことに反対する者はいなかった。魔王の名の下にヴォバンの子飼いの魔術師達が行ってきた非道な行いは、魔術師達の間でも悪い意味で有名だったからだ。
 ヴォバンという後ろ盾を失った今、ここ欧州に彼等の居場所はない。恐怖によって抑えられていた憎しみや怒りは、ヴォバンという抑えを失ったことで溢れ出そうとしていた。そのことは彼等もわかっていたのだろう。このまま行けば、その怒りの捌け口とされるのはヴォバンに従っていた自分達だ。だからこそ、組織存続のためにヴォバンの復活という可能性の薄い賭けに出た。しかし、それは悪手としか言いようがない。
 魔王を復活させるために、魔王と交渉する。魔王のことをよく知る魔術師であれば、正気とは思えない策だ。

「クラレンス様。拠点の制圧は完了しました。ですが――」
「どうした?」
「本部からの連絡で、どうやら別働隊がミラノに入ったようだと」
「まさか……部下を囮にしたのか?」

 部屋に充満する血の臭い。床に倒れ伏す魔術師の死体。アンドレアからもたらされた情報をもとに東欧の魔術結社と連携して、一斉に彼等の拠点を襲撃する計画を立てたクラレンス達の作戦は一見すると上手く行ったように思えた。しかし、ここにきて事態は急変する。
 結社に忠誠を誓った千を超す魔術師達。そのすべてが本命を隠すための囮に使われたのだと気付いた時には、既に本命の部隊はミラノへと入った後だった。
 クラニチャール家の前当主。リリアナの祖父が、イタリアへと彼等を手引きしたのだ。

「手引きをしたのは、クラニチャールか」

 相手がクラニチャール家――『青銅黒十字』に通じているとなると厄介だ。
 青銅黒十字はイタリア屈指の名門。『七姉妹』の一つにも数えられている魔術結社だ。
 七姉妹の傘下にある魔術結社の動きは、相手にも伝わっていると考えた方がいい。

「また厄介なことを……だが、屋敷の警備は万全のはずだ」

 今回の作戦には、かなりの数の魔術師が動員されているとはいえ、太老達が滞在しているブランデッリ家の警備は万全だ。
 邸宅にはエリカが待機しているし、太老の仕掛けた結界もある。
 少なくとも屋敷にいる限りは、桜花が連れ去られる心配はない。そう、クラレンスは考えていた。


   ◆


「買い物に出掛けた!?」
「ああ、どうしたんだよ? そんな大声で驚くようなことか?」
「事情は話したでしょ? 侯爵子飼いの魔術師が、あなた達を狙ってるって!」
「確かに、そんな話を昨日聞いたけど……」

 エリカがどうしてそんなに慌てているのかわからず、太老は首を傾げる。
 注意を受けたが、屋敷を出るなとは特に言われなかったので、気にも留めていなかった。
 もっともエリカからすれば、この状況で屋敷の外に出るなど考えてもいなかったのだ。

「心配じゃないの? 彼女も狙われているのよ?」
「大丈夫だよ。桜花ちゃんなら」
「確かに彼女はどこか普通じゃないけど、だからって――」

 相手は一般人ではない。ヴォバンの命令で非合法なことをたくさんやって来た裏社会に名を馳せる魔術師達だ。
 エリカと同格の大騎士クラスの魔術師が、ここミラノへ大勢集まっているとの情報まで流れていた。
 そんななか街へ買い物に出掛けるなど、正気の沙汰とは思えない。

(まさか、それが狙い?)

 そうとわかっていて出掛けた桜花も不思議だが、そんな彼女を太老が止めなかったことにエリカは違和感を覚えた。

(こうなることを読んでいたの?)

 敵の誘いにわざと乗った可能性をエリカは考える。
 別働隊がクラニチャールの手引きでミラノへ入ったことをエリカが知ったのは、遂さっきのことだ。
 そのことを太老と桜花が知っているはずもない。なら、敵の動きを予測していたのだろうか?

「白兵戦なら、桜花ちゃんは俺より強いんだぞ? 剣術の腕はドニと互角くらい。体術はそれ以上だしな」
「……え?」

 まさかの返答に、エリカは思考を停止する。
 どこか普通ではないと思っていても、まだそれは常識の範囲だと考えていた。

「まさか、そんなこと――」

 よくて自分と同じくらい。大騎士程度の実力だと予想を付けていたのだ。
 それが太老だけでなく、『剣の王』より強いなど簡単に信じられる話ではなかった。
 しかし太老の落ち着きようから見て、嘘を言っているようには思えない。

(もし、それが事実なら――)

 桜花を餌に太老と交渉をするつもりで、実際には猛獣の巣に彼等の方が誘き寄せられていたと言うことだ。
 ゾッと寒気が走った。反抗の芽を残すつもりはないのだ。
 ここで太老は、歯向かう勢力をすべて叩き潰すつもりなのだとエリカは理解した。





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