『――すみません。これから出国手続きをしないといけませんので、詳しいことは日本へ帰ってからと言うことで』
「甘粕さん!? まだ話は――」

 甘粕の方から一方的に電話を切られ、直ぐ様かけなおすも電源を切っているのか繋がらない電話に、馨は溜め息を溢す。
 正木太老を日本へ招くことに成功したと聞かされ、どんな手品を使ったのかと話を聞いてみると――恵那がエリカと決闘をして天叢雲剣に取り込まれ、更には太老に命を助けて貰ったと聞かされたのだ。
 それだけでも頭が痛いと言うのに、天叢雲剣が太老を新たな主と認め、恵那も媛巫女を辞めると言っていると甘粕から報告を受けたのだから馨が頭を抱えるのも当然であった。
 更に言えば、恵那に神刀を授けた神≠ェいることがバレていて、太老の怒りを買った可能性が相当に高い(甘粕視点)という爆弾付きだった。
 甘粕からは「辞表を提出しても良いですか?」とまで言われたのだ。それだけで事態の深刻さが伝わって来る。

「さすがに……このままだと、まずいよね」

 甘粕の報告を聞く限りでは、太老の目的が恵那に神刀を与えた神であることは疑いようがない。
 正史編纂委員会では、その嘗てまつろわぬ神≠ナあった神霊のことを『古老』と呼称していた。
 特に恵那に神刀を与えた神霊は『御老公』と呼ばれ、近年では正史編纂委員会の相談役を務めてもらっていた。
 しかし、

「どうするべきか……」

 このままでは古老と運命を共にすることになりかねない。魔王の目的が御老公であった場合、正史編纂委員会も敵≠ニ見なされる可能性が高いからだ。
 しかも相手は二柱の神と、あの〈青い悪魔〉を従える最強最悪の魔王だ。幾ら日本の呪術界を千年以上に渡って裏から支配してきた神霊とはいえ、今回ばかりは分が悪いのではないかと言うのが馨の見立てであった。
 古老とは距離を置くべきかもしれないとも考えるが、それを清秋院家を始めとした四家が容認するかは別の問題だ。
 確実に反対意見がでる。いや、それだけであればまだいいが、日本の呪術界を二つに割る可能性があった。
 だが、それでも日本が魔王の脅威に晒されるよりはマシだ。時間を掛けて説得すれば、ある程度は意見を調整することが出来るはずだと馨は前向きに考える。しかし、イタリアから日本まで飛行機で凡そ半日。もう、それだけしか時間が残されていないことを考えると、かなり厳しい条件と言えた。

「とにかく、やるしかない。そうしないと日本が滅びる」

 だが、それでもやるしかないと馨は腹を括る。
 まずは出迎えの準備を整える必要があるだろう。そうして少しでも時間を稼いでいる間に組織内の意見を調整し、四家の当主を説得する。
 最低でも魔王を敵に回すことだけは避けなくてはならない。そうしなければ、日本は終わる。
 沙耶宮家の次期当主。そして正史編纂委員会の東京分室室長として、嘗て無い国難に対処すべく馨は行動を開始するのだった。





異世界の伝道師外伝/新約・異界の魔王 第36話『メイド喫茶』
作者 193






 沙耶宮馨は体術や呪術でも恵那に次ぐ実力を備えた媛巫女にして、政治や経済にも長けた才人だ。
 十八歳という若さで正史編纂委員会の分室長を任されているのは、その類い稀な才覚を認められてのことだった。
 しかし、実力・家柄共に申し分ないのだが、その性格には少々の難があった。
 女でありながら見目麗しい女性が好きという困った女たらし≠ナ、男装を好む変わった趣向の持ち主でもあるからだ。
 しかも、その類い稀な才能を遺憾なく発揮して、伊達や酔狂を仕事に持ち込む悪癖が彼女にはあった。
 そんな彼女が今回ばかりは真面目≠ノ、いつもの悪い癖を完全に封印して仕事に取り組んだのだ。
 だと言うのに――

「ただいま戻りました――って、どうかしましたか?」

 まだ組織内の意見調整どころか歓待の準備すら整っていないと言うのに、甘粕が目の前に現れたのだ。
 馨が唖然とした表情で固まるのも無理はなかった。
 というのも、

「どうかしたも何も、半日どころか連絡を寄越してから三時間ほどしか経ってないよね?」

 イタリアから日本まで最低でも飛行機で半日は掛かるのだ。
 だと言うのに連絡をしてきてから三時間余りで帰ってくるなど、完全に想定外と言って良かった。
 どんな手段を使ったのかと疑問を持つが、すぐに馨の頭に一つの可能性が過ぎる。

「まさか、神の船で?」
「ええ、まあ……実はその通りでして……」

 イタリア艦隊を軽々と一蹴する戦闘能力と、レーダーで捉えられないステルス性能。
 明らかにオーバーテクノロジーと言える性能から、なんらかの権能で造られたものだと噂されている神の船≠フことを馨は完全に失念していたのだ。
 その可能性に至らなかった自分の失態に気付き、頭を抱える馨。
 いつもなら、その可能性に気付けていたはずだが、それだけ彼女も動揺していたと言うことなのだろう。

「ちょっと待て! キミがここにいると言うことは、もしかして……」
「はい。今頃は東京観光を楽しんでいらっしゃる頃かと」
「なんで、すぐに連絡をくれないんだ!?」
「あの船の中だと、携帯の電波が入らないんですよね。それにこちらへは転移の術≠フようなもので送って頂いたので……」

 電話をするよりは直接出向いた方が早いと考え、こうして報告に上がったと話す甘粕に、馨は頭を抱える。
 人間を転移させる術など、名のある高位の魔女や大魔術師にしか使えないような高等魔術だ。そんなもので甘粕を直接この支部へ送ったと言うことは、太老にとってはなんてことのない気軽に使える魔術なのだろうと察せられる。
 さすがはカンピオーネ。魔王と呼ばれるだけのことはあると考えるが、なんの慰めにもなっていなかった。
 ここまで常識が通用しない相手だと、さすがの馨も打てる手は限られているからだ。

(これが本物のカンピオーネか。まさしく型破り、こちらの常識が一切通用しない。僕がこんなにも振り回されるなんてね。神の船というのは気になるけど、それよりも今は……)

 神の船のことも気になるが、レーダーで捉えられないような船を探すのは無駄な労力だ。
 見つけたところで上手く監視できるとも思えない。それに魔王の怒りを買うような真似は避けるべきだろう。
 なら、先に目の前の問題に対処すべきだと、馨は思考を切り替える。

「例の魔王様の傍には、いま恵那が?」
「ええ、とは言っても彼女に何かを期待するのは無理かと。媛巫女を辞めると言っているくらいですから」
「……そう言えば、そんな報告もあったね」

 恵那が太老の傍に居ると言うのなら、それをどうこう言うつもりは馨にはない。そもそも恵那には、そうした役割も期待されていたからだ。
 しかし、媛巫女を辞められては困る。恵那は筆頭媛巫女だ。馨とて体術や呪術では恵那に及ばないのだ。しかも稀有な降臨術の使い手でもある。彼女の抜けた穴を埋めるのは容易ではない。そもそも恵那の代わりが出来る人材など、いまの正史編纂委員会にはいなかった。
 正木太老を日本へ招くために恵那を差し出すという清秋院家の考えに、委員会としては反対したかったくらいなのだ。
 しかし、どう言う訳か古老が口を挟んできたため、どうしても恵那をイタリアへ派遣せざるを得なくなってしまった。
 せめてもの抵抗にと甘粕を一緒に行かせたのだが、

「率直な意見を聞かせて欲しい。古老や清秋院家の思惑通りに行くと思うかい?」
「無理でしょうね。どちらかと言うと、誑かされたのは恵那さんの方ですから……」

 古老や清秋院家の思惑通りに進んでいるように見えて、実際にはその逆に進んでいると聞いて、やっぱりかと馨は溜め息を溢す。
 基本的に恵那は破天荒な行動が目立つが、決して無責任ではない。
 媛巫女としての使命や家のためであれば、割り切ることの出来る性格をしていた。
 その恵那が媛巫女を辞めると言いだすなど、余程の心境の変化があったと思うしかない。
 恐らく天叢雲剣の所有権が太老に移り、自身も命を救われたことが理由の一つにあるのだろうと馨は考えていた。

「甘粕さん。いまから僕の代わりに室長をやる気はないかい?」
「冗談でもやめてください。むしろ、辞表を提出したいくらいなんですから……」

 この上、甘粕にまで辞められては堪らないと、大人しく馨は引き下がる。
 しかし、どう考えても暗い未来しか思い浮かばず、主従揃って深い溜め息を溢すのであった。


  ◆


「アキバよ! 私は帰ってきた!」

 道の真ん中で両手を空高く広げ、意味不明なことを叫ぶ日本人と思しき黒髪の男がいた。
 生死不明となっているヴォバン侯爵を含めると、世界に七人いるとされるカンピオーネ。
 その一人にして『魔王の中の魔王』と畏怖される最強最悪の魔王――正木太老だ。
 周囲の目などまったく気にしていない様子で久し振りの電気街を堪能すべく、最寄りの店から順に物色を始める太老。
 哲学士としての性(さが)が刺激されるのか? これだと思ったジャンクパーツや怪しげな品を次々と買い求めていく。

「桜花ちゃんたちには悪いけど、こういう買い物は一人でゆっくりと楽しみたいからな」

 うんうんとしきりに頷きながら、自身の行動を正当化する太老。
 その言葉からも察せられるように実は彼、一人で秋葉原へ来ていた。
 桜花たちが何処へ行こうかとネットを検索しながら目的地を決めている間に、こっそりと船を抜け出してきたのだ。

「ここ最近いろいろとあったからな……たまには息抜きしないと」

 そう言って、買い物に戻る太老。本人も言うようにストレスが溜まっていたのだろう。
 こちらの世界へきてからというもの魔王などと崇められ、魔術師たちに畏怖され、まるで鬼姫≠フような評価を受けている現状に少なからず不満を抱いていた。
 太老が最も嫌うこと。それはマッドや鬼姫と一緒にされることだ。
 普通にしているだけなのに、あの二人と同じような扱いを受けるのは納得が行かない。
 何を言っても無駄と最近は諦めつつあるが、それも我慢をしているだけで完全に受け入れた訳ではなかった。

「ん?」

 ふと目に入った看板の前で太老は足を止める。
 雑居ビルの一階に置かれた小さな看板には、メイド飲茶房『国士無双』と書かれていた。
 その店名に妙に惹かれるものを感じた太老は、ここで昼食を取ることにする。

「ちょっと早いけど、ここで昼飯にするか」

 案内板で階を確認して、エレベーターでお目当ての店へと向かう。
 エレベーターを降り、目的のフロアに辿り着くと食欲をそそる良い香りが漂ってくる。
 ひくひくと鼻を動かしながら、これは期待が持てそうだと目的の店へと足を向ける太老。
 そして、

『お帰りなさいませ、ご主人様』

 チャイナ服をアレンジした給仕服に身を包んだメイドの案内で、奥のテーブルへと案内される。
 思ったよりも本格的な店内の雰囲気に更なる期待を膨らませながらメニューを広げた、その時だった。

「ん?」

 店の奥から出て来た少年と目が合ったのだ。
 黒の上着にズボンと、飾り気のないシンプルな衣装に身を包んだ細身の少年だった。
 恐らく中学生くらいだろうか? 頭一つ分くらい小さな少年と目を合わせながら太老は首を傾げる。
 明らかに少年の様子がおかしかったからだ。

「正木太老……」

 初対面のはずの少年に名前を呼ばれ、どうして知っているのかと太老は尋ねようとするが――
 ハッと我に返った少年は思いもしなかった行動にでる。
 両膝を床についたと思うと、まるで許しを請うように土下座をしたのだ。
 その様子に太老だけでなくメイドたちも驚きに目を瞠り、固まるのであった。


  ◆


 ――どうして、どうして、どうして!
 香港出身の十四歳の少年は混乱の極みにあった。
 中国江西省・廬山の山深くで、仙人のような暮らしを送っている最古参の魔王の一人。その齢は二百歳を超え、己が鍛え上げた武芸と術のみで神殺しとなった女傑――羅翠蓮。その直弟子が彼、陸鷹化だった。
 その師匠の命令で、彼は『正木太老』について調べていた。
 しかし彼が求めているのは、賢人議会が公開しているレポートを見れば分かるような誰でも知っている情報ではない。
 これまで何をしていたのか? どんな神を殺してきたのか? そうした太老の来歴に繋がる情報を彼は欲していた。
 正木太老について調べるようにと言われたのに中途半端な情報を持ち帰れば、師匠からどんな目に遭わされるか分からないからだ。
 最悪、殺される。そんな恐怖に駆られながら陸家の情報網を駆使し、辿り着いた唯一の手掛かりが日本≠ノあったのだ。
 太老について調べていることを悟らせないために密入国し、可能な限り慎重に事を進めていたと言うのに――

(なんで、ここに件の王が……)

 まさか、こんな場所で偶然¢セ老と遭遇するとは思ってもいなかったのだろう。
 顔を青ざめながら必死にどうするべきかと考えを巡らせ、『本当に偶然なのだろうか?』と鷹化は疑問を持つ。
 ここは秋葉原だ。アニメやゲーム、漫画と言った日本のサブカルチャーの最先端が集まるオタクの聖地とも言える場所だ。
 魔王の中の魔王と畏怖される最強最悪の魔王が態々――それも一人で足を運ぶような場所とは思えない。
 しかも、この雑居ビルは陸家が根城とする日本の拠点の一つだ。偶然と考えるのは、余りに都合の良すぎる考えだと鷹化は考える。
 だとすれば――

(ここに僕がいることに気付いてて訪ねてきた?)

 その考えに至った瞬間、ひやりと冷たい汗が鷹化の頬を伝う。
 即ちそれは、慎重に慎重を期してきた鷹化の行動が筒抜けになっているということに他ならないからだ。
 どうやって――と思うが、それは無駄な考えだということに鷹化は思い至る。
 相手は非常識が服を着て歩いているとも言える――あのカンピオーネの一人だ。
 常人が思いつくような方法であるはずもない。仮にただの勘≠ニ言われても信じてしまえる自信が鷹化にはあった。

「十四歳か。その歳で、経営者なんて凄いな。でも、なんでメイド喫茶をやろうと?」
「再開発が盛んな秋葉原にも拠点を設けることになって、日本常駐の舎弟たちに任せてみたのですが……」

 このようなことになってしまった、と説明する鷹化に「なるほど」と太老は頷く。
 メイドの衣装や内装の拘り方から言って、素人の監修とは思えなかったからだ。
 かなり日本の文化に慣れ親しんだオタクの仕業だと考えていただけに合点が行ったのだろう。
 鷹化の趣味と言われるよりは、しっくりと来る。

「秋葉原にもってことは、他にも店を?」
「ええ、まあ……新宿と池袋に拠点を持っています」

 そいつは凄いなと感心する太老を見て、やはりと鷹化は確信する。
 明らかに探りを入れられていると感じたからだ。
 いや、そんな生易しいものではない。これは一切の拒否権がない尋問のようなものだと鷹化は身震いする。

(無理だ。これ以上、調査を続けるのなんて……師父に助けを求めるしか)

 その結果、師匠から折檻を受けることになるだろうが、太老に殺されるよりはマシだと鷹化は考える。

「料理もメイド喫茶で出て来るような点心じゃないな。これなら繁盛するのも頷ける」
「……お口に合ったようで、よかったです。――おい! こっちの卓に食い物をジャンジャン持ってきてくれ!」
「え? いや、そこまでしてもらう訳には……」
「お代のことならお気になさらず。これはお近づき≠フ印ですから」

 とにかく太老の機嫌を損ねたら、そこでお終いだ。
 生き残るためにも、どうにしかしてこの場を乗りきるしかないと精一杯の持て成しをする鷹化。
 一方で『若いのに気前の良い奴だな』と密かに感心し、卓に並べられた色とりどりの料理に太老は舌鼓を打つのであった。


  ◆


「あ、そういや、なんで俺の名前を知ってたんだ?」

 遠回しに、なんで俺のことを調べてたんだ?
 と脅されていると感じて、鷹化が小さく悲鳴を漏らしたのは言うまでもなかった。





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