「俺はなんで男爵閣下に睨まれているんだ?」
「……さあ? リィン、何かしたの?」

 突然、宿に一家総出で押し掛けてきたかと思えば、リィンは男爵に睨まれていた。
 そんなリィンの隣にはフィーが座り、男爵の隣にはエリゼと彼女の母――ルシア夫人の姿が見える。

「リィンくん、キミには感謝している。しかし、しかしだ!」
「はあ……」
「娘はまだ十五歳だ。嫁にだすには早すぎる!」

 男爵が何を言いたいのか、リィンはさっぱり事情が呑み込めずにいた。
 まるで、お見合いの席みたいだと思いながらも、それを口にはしない。
 口にしたが最後、死闘に発展しそうな危ない気配をリィンは敏感に感じ取っていた。
 この親バカ振りは、懐かしくも〈西風〉の団員たちに共通するところがある。

「いいかね。くれぐれも節度ある付き合いを――」
「あなた、お邪魔でしょうから屋敷に戻ってエリゼの帰りを待ちましょう」
「いや、しかし――年頃の男女が部屋で二人きりというのもだなっ!」
「フィーちゃんもいますから。エリゼ、お父さんのことは任せなさい。積もる話もあるでしょうし、ゆっくりしてらっしゃい」
「あ、はい……」
「待て、まだ話は終わって――」
「行きますよ」

 夫人に引き摺られて部屋を後にする男爵。
 何が言いたかったのか最後までわからず、リィンは首を傾げる。
 娘のエリゼですら、父親の暴走に呆気に取られていた。

「あの……すみません。父がご迷惑を……」
「いや、まあ……それは別に構わないんだけど」

 何とも言えない微妙な空気が流れる。会話が続かない。
 父親のあんな姿を見せられた後では、エリゼも話がし辛いだろう。
 それに、同じような親バカ連中のことを知るだけに、エリゼの気持ちが痛いほどにリィンはわかってしまっていた。

「……席を外した方がいい?」
「いえ、フィーさんにも出来たら……私の話を聞いて頂きたいと思います」

 気を利かせて席を外そうとするフィーを慌てて呼び止めるエリゼ。
 こんな微妙な空気のなかで、リィンと二人きりで話をする自信がエリゼにはなかった。
 それに当初の目的から考えれば、フィーにもいてもらった方がいい。
 男爵によって話が脱線したものの、エリゼがここにきた理由は別にあった。

「リィンさん、あなたのことを教えてもらいにきました」
「……俺のことを? それは、さっきの話に関連してのことか? だったら――」
「いえ、貴族の娘としてではなく――友人として、リィンさんの話を聞きに来ました」
「俺の話を? ……なんで急に?」
「急な話ではありません。私はずっとリィンさんのことを疑っていました」
「疑ってた?」

 自分のことを教えて欲しいと言われたばかりか、ずっと疑っていたとエリゼに言われて、困惑の表情を浮かべるリィン。

「リィンさん。私がユミル出身であることを、いつ知ったのですか?」
「それは皇女殿下から聞いて……」
「嘘……ですよね? 姫様は他人の素性を無闇に他人(ひと)に話すような方ではありません。それに姫様には、そのことを確かめました。どこで……いえ、いつから私のことを知っていたのですか?」

 それは核心に迫る質問だった。
 リィンは返答に迷いながら、どう答えるべきかと考える。
 しかし、真剣な表情で黙って答えを待つエリゼを見て、これ以上の誤魔化しは無駄と理解した。
 そんなリィンを心配そうに見詰め、気に掛けるフィー。

「……リィン?」
「まいったな……。ここまで鋭いとは思わなかった。いつから気付いてたんだ?」

 エリゼの洞察力の高さに驚き、観念した様子で溜め息を吐きながら逆に質問を返すリィン。
 
「姫様に案内されて帝都の店を訪れた最初のあの日から、リィンさんの私を見る目はどこか他の方々と違っていました。思えばあれが、リィンさんに興味を持つようになった最初の理由なのかもしれません」
「ほとんど最初からか……これでも顔にださないようにしてたつもりなんだがな」

 アルフィンがエリゼを初めて店につれてきた日のことだ。
 紹介されるまでもなく、すぐにアルフィンの隣にいる黒髪の少女がエリゼだとリィンにはわかった。
 珍しく動揺したのを覚えている。原作知識で知っていたとはいえ、シュバルツァー家。特にエリゼに対しては罪悪感にも似た何かを感じていた。それは自身≠ェリィンに転生したことで、彼等――彼女から大切な家族を奪ってしまったのではないか? そんな負い目が彼のなかに少なからずあったからだ。

「でも、そこまでわかっていて、どうしてそんな話を俺にしたんだ? 逆に警戒されるとは思わなかったのか? その気になれば、口封じをすることだって考えられる」
「ずっとリィンさんを見てきましたから、そんなことをされる方でないことはわかっていました。私を害するつもりなら、最初から助ける必要がない。姫様はともかく、私には政治的な価値はないに等しい。放って置いても問題はなかったはずです。なのに、そんな怪我を負ってまで、リィンさんは助けてくれた」
「あれは成り行き上、仕方なく……」
「嘘、ですよね。トヴァルさんとの話の最中、リィンさんが見せた横顔を目にした時……確信しました。この人は本当に優しい$lなんだって。そして不器用な人……。全部、フィーさんのためにしたことなんですよね?」

 恥ずかしげもなく、そんなことを言われてはリィンも反論の言葉を失う。
 どのみちリィンにエリゼを害するような真似は出来ない。そんなことが出来るのならエリゼの言うように、あの時に見捨てていればよかっただけの話だ。
 フィーが望んだこととはいえ、アルフィンとエリゼを助けると最後に決めたのはリィン自身だった。
 大きく息を吐き、僅かな逡巡の後にリィンは口を開く。
 これも自分を騙し、周囲を欺いてきた報いなのだろうと覚悟を決めながら――

「いまから話すことは荒唐無稽な――きっと誰もが信じられないような話だと思う。〈西風〉の皆にも、フィーにも話したことがない俺の秘密だ。それでも――」
「聞かせてください。どんな話であれ、受け止める覚悟は出来ています」
「私も知りたい。リィンが何を抱え、家族(わたしたち)に何を隠していたのかを……」


  ◆


「……未来の知識ですか? そこで、私はリィンさんの妹だった?」
「まあ、信じられないのは無理もないけどな。俺も自分で何を言ってるんだと思うし……」

 原作知識――いや、未来の知識の一部をエリゼとフィーに語って聞かせたリィン。
 彼が語ったのは、もう一つの可能性の未来。リィン・シュバルツァーの人生の軌跡だった。
 最初は二人も驚いた顔をしていたが、すべてを聞き終えた後、納得の表情を浮かべる。
 あらかじめ知っていたと仮定すれば、リィンの不可思議な行動にも説明が付く点が多かったからだ。

「いえ、信じます。この期に及んで、こんな分かり易い嘘をいう方でないことは、わかっていますから。……このことを姫様には?」
「当然、話してない。まあ、話してくれたところで構わないとは思ってる。なんか、いろいろと吹っ切れさせてもらったしな」

 十年以上もの間、隠し続けてきた秘密を口にしたことで、リィンは肩の荷が下りた気がしていた。
 それに、既にリィンの知る歴史とは大きく異なっている。それでは良く当たる占いと同じだ。もっと的中率は低いかもしれない。
 今更、秘密を知る者が一人増えたところで何かが変わるとも思えない。それにエリゼと同じくらいには、リィンもアルフィンのことを信頼していた。そうでなければ、怪我を負ってまで助けたりしない。
 問題はフィーだ。エリゼの隣で俯き、先程から一言も喋らないフィーを見て、リィンはバツが悪そうな顔で頭を掻く。

「えっと……なんだ」
「リィンは全部知ってたの? 皆がいなくなった理由も、団長が……死ぬことも?」
「なんでも、お見通しってわけじゃない。ただ、黙っていたのは事実だ。そのことを否定するつもりはない」
「そっか……言い訳はしないんだね」

 真実を話せば、フィーがこういう反応をすることはリィンもわかっていた。
 結局のところ秘密を今まで打ち明けられなかったのは、フィーに嫌われたくなかったからだ。
 だから、この結果は自分自身が撒いた種。フィーに嫌われても仕方がないとリィンは思う。

「やっぱり怒ってる……よな?」
「……うん」
「一年前のこととか……」
「そのことは別にいい。あれは団長が自分で決めて、〈西風(わたしたち)〉も納得した結果だから――それにリィンが何を言ったって、あの決闘は止められなかったと思う」

 それは考えなかったわけじゃない。
 フィーの言うように、団長が死ぬ未来は恐らく変えられなかっただろう。しかし、それは行動した人間が言えることだ。
 リィンは未来のことを知っていながら何もしなかった。いや、何も出来なかった。
 それがルトガーが死んで、この一年。彼のなかで団の皆やフィーに対しての罪悪感として残っていた。
 しかし、フィーはそのことでリィンを責めるつもりはなかった。

「私が怒っているのは、リィンが一言も相談をしてくれなかったこと」
「それは……」
「わかるよ。誰にも話せない秘密を抱えて、リィンが苦しんでたってことくらい……。でも、悩んでいるのなら相談して欲しかった。心配をかけて欲しかった。リィンや団長がそうしてくれたように――私は家族(リィン)の力になりたかった」

 ポロポロと涙を溢しながら、フィーは心の内を叫ぶ。
 団長に拾われ、たくさんの愛情と優しさをもらいながら、フィーは〈西風〉という家族に見守られて育った。
 風邪を引いた時、皆が心配して様子を見に来てくれたことを思い出す。
 戦場で足が竦んだ時、優しく肩を叩き、失敗した時も『生きててよかったな』と励ましてくれた皆の姿が頭を過ぎる。
 そんな風にフィーは家族に愛され、ずっと守られてきた。でも、それだけでは嫌だった。
 十歳の誕生日。団長の反対を押し切って猟兵としてデビューしたのも、守られるばかりじゃなく皆を助けられるようになりたいと考えたからだ。
 だから、フィーはリィンのことを恨んでなどいない。むしろ、もっと頼って欲しいとさえ思っていた。
 リィンがフィーを大切に想っているように、フィーもリィンや〈西風〉の皆のことが大好きなのだから――

「フィー……」

 そんなフィーの涙を見て、リィンは言葉を失っていた。
 守っているつもりでいて、フィーがそんな風に思い悩んでいたなんて今まで考えもしなかったからだ。

「リィンは……どうしたいの? 私や皆のことはいい。リィンがこの先どうしたいのか、リィンの口からはっきり聞かせて欲しい」
「俺がどうしたいか……」

 リィンは黙っていたことに罪悪感を覚えている。皆を騙していたと思っている。
 でも、それは違う。いまのリィンは、シュバルツァーではなくクラウゼル。エリゼの義兄ではなく、フィーの義兄のリィン・クラウゼルだ。
 前世に縛られ、未来の知識に振り回されているのは他の誰でもない。――彼自身だ。
 そんなフィーの言葉は、戸惑いに満ちたリィンの心を揺れ動かした。


  ◆


「悪かった!」

 腰を九十度に曲げ、深々と頭を下げて謝罪の言葉を叫ぶトヴァル。
 その先には、どこか吹っ切れた顔をしたリィンの姿があった。

「いや、俺の方も八つ当たりみたいな真似をして……すまなかった」

 リィンもまた頭を下げる。
 フィーのこともあるが、前世の記憶で決めつけ、トヴァルを敵視していたことは変えようのない事実だ。
 いま思えば、子供じみた対応だったと昨夜の自分を恥じていた。
 しかし、それはそれ。これはこれ、とリィンは昨日に続いて、はっきりとトヴァルに自分の意志を告げる。

「昨日も言ったが、俺たちはオリヴァルト≠ノ雇われるつもりはない」
「はあ……まあ、そうだよな……」

 昨晩の件もある。和解したとはいえ、リィンが話を受けてくれるとはトヴァルも思ってはいなかった。
 オリヴァルトは残念がるだろうが、結果として受け止めるしかない。そう、意気消沈するトヴァルにリィンは言葉を付け足す。

「はっきり言えば、オリヴァルトのことは信用できない。だが彼女≠通してならアドバイスや情報交換程度なら受けてもいい」
「彼女……?」

 リィンの言葉に疑問を持ちながら、顔を上げるトヴァル。
 その視線の先には、スカートの裾を摘まみ上げた状態で頭を下げるアルフィンの姿があった。

「リィンさんと契約を結ばせて頂きました。アルフィン・ライゼ・アルノールです」
「……は?」

 一瞬、アルフィンが何を言っているのかわからず、呆けた顔を見せるトヴァル。
 すぐに冷静さを取り戻すも、一晩の間で何があったのかと、この急展開についていけないでいた。
 そんなトヴァルに対して、こういうことで納得してくれ、と肩をすくめてみせるリィン。

「なるほど……まさか、こんなところに伏兵がいるとは……」

 さすがはオリヴァルト殿下の妹だ、と納得の表情を見せるトヴァル。
 どういう経緯があったかまではわからないが、彼女がなんらかの方法でリィンの信用を得て、契約を結んだということまでは理解した。

「最初にリィンさんに目を付けたのはお兄様かもしれませんが、秘密を打ち明けてもらえるほどには、心を開いてはもらえなかったみたいですね」

 得意げな表情でトヴァルに、そう話すアルフィン。
 元々はオリヴァルトが帝都を留守にしがちなこともあって、リィンとフィーの様子を時々見に行って気に掛けてやって欲しいと頼まれていただけなのだが、こんな結果に落ち着くとはアルフィンも思いはしなかった。
 しかし、エリゼほどではないにしても、アルフィンもリィンのことを――そしてフィーのことを大切に想い、気に掛けていた。
 その上、エリゼに頼まれ、リィンやフィーに頭を下げられてしまってはアルノール≠フ名に懸けて、その期待に応えないわけにはいかない。
 大きな理想を掲げるよりも、まずは友人のために出来ることをしたい。それが、アルフィンの導き出した最初の答えだった。

「……まあ、ほとんどエリゼの手柄ですけど。それにあの子、自分の本当の気持ちには気付いていないみたいですし……」
「本当の気持ち?」
「なんでもありません。エリゼのプライバシーに関わる問題ですから、わたくしの口からはお答えしかねます」

 軽くアルフィンに嗜められ、それ以上は何も訊けなくなってしまうリィン。
 そんな二人の会話に毒気を抜かれた様子でポリポリと頭を掻き、トヴァルはこれからのことをアルフィンに尋ねた。

「それで皇女殿下はどうされるおつもりですか? オリヴァルト殿下と合流なさるのであれば、しばらく待って頂ければ手配をさせてもらいますが……」

 それはトヴァルなりの気遣いと提案だった。
 ここに留まり続ければ、そう遠くないうちに貴族連合の手が及ぶだろう。
 アルフィンの身の安全を考えるなら、どこかの勢力に身を委ねるのが恐らく最善だ。
 それに打算もあった。アルフィンとオリヴァルト――兄妹が手を取り合えば、結果的にリィンを引き入れることにも繋がる。

「お兄様は、いまどちらに?」
「恐らくは帝国西部を中心に、情報収集を兼ねて各地を飛び回っておられるはずです」
「〈紅い翼〉ですか。では、アルゼイドの小父様もご一緒なのでしょ?」

 紅い翼――正式名は高速巡洋艦〈カレイジャス〉。
 オリヴァルトが各方面に働きかけ、エレボニア帝国とリベール王国の友好の証として、帝国の〈ラインフォルト社〉と王国の〈ツァイス中央工房〉の共同開発で建造された高速巡洋艦だ。
 世界最速と名高いリベールの高速巡洋艦〈アルセイユ〉の二番艦でもあり、現在はオリヴァルトが第七機甲師団から一時的に人員を借り受けることで、民間からの出向者と協力して艦を運用している。トヴァルも、そんな民間の協力者の一人だ。
 そしてカレイジャスの艦長には、ヴィクター・S・アルゼイド――〈光の剣匠〉の異名を持つ帝国最強の剣士が任に就いていた。

「ええ、確かにその通りですが……」
「では、お兄様の方は心配するだけ無駄かと。かの〈光の剣匠〉が一緒なら万が一もないでしょうし、私は私で独自に動かせて頂きます」
「……どうされるおつもりか、伺っても?」

 このアルフィンの答えは、なんとなく予想の出来たものだった。
 態々、リィンと契約を交したとアルフィンは言ったのだ。
 最初からオリヴァルトに保護を求めるつもりなら、そこまでのことをする必要はない。
 だからトヴァルは尋ねる。この先、アルフィンは何をするつもりなのか、と。

「まずは――リィンさんとフィーさんのご家族に挨拶をするのが、先でしょうか?」

 クスリと笑いながら、アルフィンはそう言った。



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