アルティナを連れてユミルへ戻ったリィンは、事の一部始終を皆に話し、今後の方針を話し合うことになった。
 その結果、〈西風の旅団〉のメンバーを捜すという当初の目的に変更はないが、〈赤い星座〉のことも放ってはおけないという結論が下り、セドリックの救出が当面の目標に加わることとなった。
 とはいえ、問題は他にもある。このままいけば、セドリックの救出をするしないに関係なく、カイエン公率いる貴族連合との対決は避けられない。いまはルーファスがカイエン公の動きを抑えてくれているが、それも互いの利害が一致している間の話だ。この協力関係がいつまで続くかも分からない上、この程度のことでカイエン公が諦めるとは思えない。確実に何か仕掛けてくるだろう。
 やはり、協力者が必要だ。〈西風〉のメンバーを捜しつつ、可能であれば戦力の増強も考えなくてはならない。一番、簡単な方法は貴族連合と対立している正規軍の協力を得ることだろう。
 とはいえ、リィンの考えとしては、正規軍に頼るのは最後にしたかった。

(アルフィンたちには打ち明けたとはいえ、普通はこんな話……信じてもらえないだろうしな)

 ルーファスが黒幕だとか〈緋の騎神〉の話を説明したところで、それをどこで知ったのかなど説明が出来ない。
 そうなると前世のことや未来の知識について説明しなければならないわけで、その話自体、相当に胡散臭いものだという自覚はリィンにもあった。

「リィン」
「フィーか。どうしたんだ?」
「それは、こっちの台詞。もうすぐ昼食の時間。エリゼが捜してた」

 時刻は十二時を回ろうかとしていた。
 太陽は中天に差し掛かっている。防寒着を着込んでいるとはいえ、もう十二月――山間ということもあって、かなり肌寒い。
 思ったより長い時間、外に出ていたためか、リィンの頭や肩には雪が降り積もっていた。

「ああ、もうそんな時間か……悪いな。呼びに来てくれたのか?」
「ん……魚を捕ってたの?」
「ああ、アナベルさんに釣り竿をもらったから気晴らしな」
「お魚の人か」
「なんだそりゃ……」
「よく魚をくれる人。食卓に並んでる魚なんかも半分くらいは、あの人からの支援物資」
「そんなことしてたのか、あの人……今度、礼を言っておかないとな」

 アナベルというのは、郷の宿に長期滞在している釣り好きの女性客だ。
 この内戦で戦火を避けて逃げてきたらしく、いろいろと話を聞かせてもらっている間に釣りを勧められ、いつの間にかリィンは仲間に引き込まれていた。
 そのため、こうして釣り竿を朝から垂らしているのだが――バケツの中身を見て、フィーは感想を口にする。

「釣れてないね」
「ぐっ……」

 フィーの言うように、リィンに釣りの才能はなかった。


  ◆


「皇女殿下から大体の話は聞かせてもらった。今後のこともある。当分は俺も、こっちに専念させてもらうつもりだ」

 昼食を終え、居間でリィンが武器の手入れをしていると、そんなことを口にしながらトヴァルが現れた。
 アルフィンからユミル襲撃の件や〈赤い星座〉の話を聞いたらしく、しばらくの間はカレイジャスを離れ、こちらに協力してくれるという話だった。
 セドリックのことも考えると、恐らくオリヴァルトも一枚噛んでいるのだろう。

「カレイジャスの方はいいのか?」
「あっちには〈光の剣匠〉もいるしな。こっちはこっちで調査を続けつつ、〈紅き翼〉には貴族連合の動きを牽制してもらうつもりだ」

 貴族連合が帝都を占領したことで始まった内戦だが、いまはほぼ膠着状態と言った状況だ。
 最初は押されていた正規軍も、現在では第三、第四機甲師団の目覚ましい活躍もあって、領邦軍の侵攻をどうにか食い止めているという話だ。
 それに、トヴァルの言うように〈紅き翼〉もいる。貴族連合の目がそちらに向いているのなら、リィンたちにとっては都合がよかった。

「貴族連合の目が他に向いている今が、チャンスってことか」

 ルーファスがカイエン公の動きを抑えてくれているとは言っても、それをどの程度、信用できるか分からない。
 貴族連合の総参謀という話だが、実際にユミル襲撃の一件に関してはアルバレア公の暴走を止められていなかった。
 敢えて、リィンたちの力を推し量るために、アルバレア公の動きを見過ごしたという側面はあるだろうが、貴族連合が一枚岩でないことは明らかだ。

「そういうことだ。それで目星はついているのか?」

 何かあるんだろ? と言った表情でリィンに尋ねるトヴァル。
 ルーファスとの会談から二日。何もしていなかったわけではない。
 この二日、リィンは〈赤い星座〉の足取りを追うために、いろいろと準備を進めていた。
 そう言う意味では、トヴァルの登場はグットタイミングだったと言える。

「連中の拠点については、幾つか心当たりみたいなものはある。その一つがこれだ」
「……こいつは?」
「〈赤い星座〉の表の顔――〈クリムゾン商会〉と取り引きのある店なんかをまとめたメモだ」
「こんなものをどこで手に入れたんだ? 簡単に手に入るものじゃないと思うんだが……」
「あいつらとは仕事でやり合うことも多かったからな。以前、必要に迫られて調べたものだ。まあ、あっちも俺たちの動きを掴んでいるみたいだったが……」

 大きな猟兵団になるほど重要となるのが、武器や食糧の調達だ。一人や二人ならまだしも十人や二十人、更には百人という規模になると物資の調達だけでも一苦労だ。そのための資金や調達ルートを確保するために、裏の顔とは別に表の顔を用意している猟兵団は少なくない。彼等――〈赤い星座〉の運営する〈クリムゾン商会〉も、その顔の一つだ。
 リィンの古巣〈西風の旅団〉も、そうした表の付き合いに必要な店や拠点を幾つか所持していた。
 いまはそのほとんどの場所が閉店するか休業状態にあり、〈西風〉のメンバーの足取りも掴めない状態だ。
 しかし、クロスベルの一件からも分かる通り、〈闘神〉亡き後も精力的に活動している〈赤い星座〉なら、金の流れや物の動きを調べることで足取りを追うことはそう難しくないはずだ。

「こいつがあれば随分と候補を絞れそうだ。助かる」
「実際に調べるとなると、俺一人じゃ大変だったからな。どのみち協力してもらうつもりだったから気にしないでくれ」
「ああ、ここまでお膳立てしてもらったからには、調査は任せてくれていい。しかし、連中の拠点(アジト)を突き止めても……問題は戦力だな。俺たちだけで、どうにかなるのか?」
「相手の数次第と言ったところだが、ちょい厳しいかもな。シャーリィの相手くらいなら、俺一人でどうにかなるんだが……他にも部隊長クラスがでてくると厳しい」

 あの〈血染めのシャーリィ〉を相手に、どうにかなると話すリィンを見て、トヴァルは乾いた笑みを溢す。
 凄腕のアーツ使いとして有名な彼ではあるが、それでも最強と噂される猟兵団の隊長クラスに勝てると言い切れるほど腕に自信はない。
 そういう言葉が簡単にでるあたり、〈猟兵王〉に迫ると噂されるリィンの実力を、トヴァルは思い知った気がした。

「〈紅い翼〉に応援を頼んでみるか? 〈光の剣匠〉の協力が得られれば……」
「〈光の剣匠〉か……いや、やめておこう。出来れば〈紅い翼〉や〈光の剣匠〉には、貴族連合の動きを牽制してもらった方が、こっちは動きやすくて助かる」
「それじゃあ、どうする気だ?」
「それに関しては、ちょっと考えがある。任せてくれ」


  ◆


「……これは?」

 目の前に置かれた紙袋を見て、アルティナは首を傾げる。
 紙袋の中をそっと覗き込むと、そこには女性物と思しき服が綺麗に畳まれて入っていた。

「着替えだ。まさか、その格好で町へ出るつもりじゃないだろうな?」
「その質問の意図は不明です。何も問題はないかと思いますが?」
「問題大ありだ! 明らかに変だろ!? 大体、寒くないのか?」

 アルティナのマイペースな回答に、断固として抗議の声を張り上げるリィン。
 彼女の格好は、スクール水着の上にフード付きのコートを羽織っただけという、某秘密結社の仮面紳士(へんたい)も驚きのコーディネートだ。その上ご丁寧に、大きな鈴付きの首輪までつけている。〈黒の工房〉か何か知らないが、幼い少女にこんな格好をさせて――変態としか言いようがない。

「『寒くはないのか?』という問いなら問題はありません。このスーツは耐熱、耐寒性に優れた素材で出て来ていますので。あらゆる環境に適用できるように作られています」
「だとしてもだ。恥ずかしいだろ? 太股なんて丸見えだし、ほとんど水着や下着と変わらないじゃないか……」

 アルティナを気遣いながら、どうにか間違いを正そうとするリィン。
 しかし、そのリィンの懸命な願いはアルティナに届くことはなかった。

「……この姿に欲情するなんて、やはり不埒な人だったのですね」
「おいいいっ!」

 リィン・クラウゼル=不埒な人――という法則が、アルティナのなかでは、ほぼ確立されつつあった。
 しかし、それでも諦めないリィン。義妹を持つ身として、こんな格好で外を出歩かせるわけにはいかなかった。

「とにかく、それに着替えろ。俺の言うことには従ってもらう。そういう約束のはずだ」
「……仕方ありませんね」
「おい、待て。なんで、いま脱ぎ始める」
「脱げと言ったのは、あなたでは?」
「俺が部屋を出てから着替えてくれ!」

 アルティナという少女のことが、益々分からなくなるリィンだった。


  ◆


「とても、お似合いです。エリゼも、そう思うでしょ?」
「はい。可愛らしくて素敵だと思います」

 縞模様のニーソにチェック柄のスカート。そして白いシャツにベージュのセータを合わせ、その上にはフード付きの防寒着(ジャンパー)を羽織ったアルティナの姿があった。フィーのように機能性を重視した格好だ。フィーも、ローライズのショートパンツに伸縮性の高いシャツ。その上にコートとマフラーという動きやすさを重視した服を好んで着ていた。
 とはいえ、アルティナの服の方がアルフィンやエリゼの好みが入って、可愛いらしさが強調されている。

「やはり、この服はあなた方の見立てでしたか。でも、それなら何故、リィン・クラウゼルが私に服を?」
「その方が、おもしろそうだったので」
「おい、ちょっと待て。そこの色ぼけ皇女」

 皇女様とはいえ、聞き逃せない言葉を耳にして語尾を強めるリィン。
 こういうところは、やはりあの『放蕩皇子』の妹だと思わずにはいられなかった。

「まさか、アルフィンとエリゼもついてくるつもりか?」
「当然です。兄様」
「お二人だけでデートなんてずるいですわ」
「いや、遊びに行くわけじゃないんだが……。大体、アルフィンは狙われている自覚はあるのか?」

 いまのところアルフィンの護衛やユミルの守りには、リィンとフィーが交互についていた。
 というのも、非常用の通信設備なども用意してはいるが、ほぼ援軍には期待できない状況だ。
 防衛の観点からも、猟兵との戦いに慣れた二人の内のどちらかが残るというのは現状取れる最善の方法だった。

「いいんじゃないか? (さと)の守りには俺が残るから、皇女殿下とお嬢さんを連れて行ってやれ」
「おい、トヴァル」
「ずっと屋敷に閉じ込めておくわけにもいかないだろ? それに……良い機会だと思うがね」

 トヴァルに言われて、視線を横に移動するリィン。
 いつもとは違い真剣な表情で、リィンを見詰めるアルフィンの姿がそこにはあった。

「無理を言っていることは承知しています。ですが、この目で一度見ておきたいのです。いま、帝国で何が起ころうとしているのか。そして、内戦によって人々の暮らしがどうなっているのかを……」

 そんな風に言われては、反対など出来るはずもなかった。
 アルフィンの気持ちが分からないわけではない。いま一番不安に感じているのは彼女のはずだ。
 両親のこと、そして〈赤い星座〉に誘拐された弟のこと。自身もカイエン公に狙われていると知り、明るく振る舞ってはいても実際には不安と恐怖で一杯のはずだ。それでも皇族の一員として自分に出来ることを、アルフィンはずっと考え続けていた。
 リィンはアルフィンと契約を交した。アルフィンがリィンとフィーの目的を助け、二人の自由を保障する代りに――
 アルフィンがこの内戦で何を為すか、決断したその時に――可能な限り、彼女の力になるというものだ。

「これも契約≠フ内か……」

 なら、その決断をしようとしているアルフィンの手助けをするのも、契約の内だとリィンは考える。
 どちらにせよ、このままアルフィンを屋敷へ閉じ込めておくわけにはいかないのは事実だ。ここにアルフィンがいることは貴族連合に知られている。本気で捕らえる気で来られたら、いまのユミルの戦力では分が悪い。それならまだ、敵の目から遠ざけるためにもアルフィンをユミルから連れだし、一緒にいた方が守りやすいのは確かだ。
 ただそうすると、ユミルの守りをどうするかといった問題が残る。アルフィンとエリゼを連れて行く以上、リィンだけでは二人を守り切れない。フィーの協力が必要だ。しかし何かあった場合、トヴァル一人で郷を守り切ることは不可能と言っていい。自分たちが避難してきたことでユミルを巻き込んでしまったという考えがあるだけに、リィンとしては郷が危険に晒されるとわかっていて無責任に放り出すような真似はしたくなかった。
 そろそろユミルから離れた方がいいと思いつつも、なかなか踏み出すことが出来なかった理由がそれだ。
 いつの間にやら郷での生活が、リィンは自分が思っている以上に気に入っていたらしかった。

「郷のことを気に掛けているのなら、心配しなくていい」

 背後から掛けられた声に振り返るリィン。扉の陰から一人の男性が現れる。
 その声の主は、この屋敷の主にしてユミルの領主――テオ・シュバルツァー男爵だった。

「元々、ユミルは我が領地だ。領地を守るのは、皇帝陛下よりこの地を賜ったシュバルツァー家の役目。キミが気に掛けることではない」
「シュバルツァー男爵……」
「皇女殿下を……エリゼを頼む。その子は母親に似て頑固なところがあるからな。恐らく止めても聞かないだろう。この一ヶ月、キミの実力や人柄は十分に見させてもらったつもりだ。危険を顧みず(さと)を守ってくれたキミになら、安心して殿下や娘を任せられる」

 皇帝に忠誠を誓う貴族の一員として、そして一人の娘を持つ親として、リィンに頭を下げる男爵。
 そんな男爵の行動に驚いたのは、リィンだけではなかった。
 口元を手で覆い「父様……」と涙を滲ませるエリゼ。そんなエリゼをアルフィンは優しく抱きしめる。

「……わかりました。後のことは、よろしくお願いします。殿下とエリゼのことは任せてください。絶対に守ってみせます」

 こんな風に男爵に頭を下げられては、何も言えるはずがなかった。いまは男爵の言葉を信じるしかない。
 そう考え、アルフィンとエリゼを守ることを男爵に約束するリィン。
 しかし――

「だがっ! 娘との仲を認めたとはいえ、子供はまだ早い! いいか、くれぐれも先走った行動は――」

 少しだけ男爵との距離が縮まった気がしたリィンだったが、その親バカ振りは健在だった。



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