「まさか、オリヴァルトの言っていた協力者というのが、アンタとはな。〈紫電(エクレール)〉」
「あたしもまさか、アンタと仕事をする日が来るなんて思ってもみなかったわ……〈妖精の騎士(エルフィン・ナイト)〉」

 双龍橋でリィンたちの到着を待っていたのは、〈紫電〉の異名を持つ元遊撃士のサラ・バレスタインだった。
 史上最年少で大陸全土に二十数名しかいないという『A級』資格を取得した――ギルドを代表する若きエース。
 その腕は確かなもので、何度か〈西風〉とも仕事で対立したことがあり、リィンやフィーとも邪魔をしたりされたりと見知った顔だった。
 それだけに、互いの実力は嫌と言うほど、よく知っている。今更、自己紹介など必要ないほどに――
 オリヴァルトが会えばわかると言った意味をリィンは理解した。

「仕事どころか、俺とフィーの教官になっていたかもしれないわけだが……」
「うっ……それを言われると。オリヴァルト殿下には悪いけど、正直なところ断ってくれてよかったと思ってるわ。特にアンタにはね」

 幾度となく仕事で対立し、殺し合ったこともある相手が生徒というのは笑えない話だ。
 特にリィンの場合、サラも何度か苦汁を舐めさせられたことがある相手だけに、まったく思うところがないわけではなかった。

「まあ、サラが来るのは当然か。エリオット・クレイグ――VII組の生徒なんだろ?」
「ええ……」

 サラは、エリオットが所属するVII組の教官をしていた。
 元々は帝都の遊撃士支部で働いていたのだが、二年前の遊撃士ギルド襲撃事件を切っ掛けに、ギルドが帝都から撤退をするとサラも仕事を失い、そんなサラを教官として拾い上げたのがトールズ士官学院の学院長というわけだ。
 だらしない私生活からは見えないが、サラが情に厚く、義理堅い人間であることをリィンは知っている。
 彼女の性格からして教え子が捕まっていると聞けば、大人しくしていられるはずがない。自分の手で助けようと考えるはずだ。

「それで? 作戦とかはあるのか?」
「それは……」

 オリヴァルトが協力者として寄越したということは、何か作戦があるのかと思っていたリィンだが、どうやら違うらしい。
 答えにくそうにするサラから事情を聞くと、警備が厳しすぎて途方に暮れていたという話が返ってきた。
 これにはさすがに呆れながらも、リィンも仕方無しかと頭を掻く。
 双龍橋――ガレリア要塞へと通じる唯一の道だ。ここを通ってクロスベル方面へ行く列車が本来は運行されていた。しかし、現在その鉄道は領邦軍の支配下にあり、橋の上も領邦軍の兵士がビッシリと固めている。予想できていたこととはいえ、やはり警備が厳しい。ガレリア要塞方面に残る正規軍を警戒してのことだろう。
 しかしそうなると、正攻法での侵入は不可能と考えていい。原作でフィーたちが行ったように、線路を伝って双龍橋へ侵入する作戦も、警備が厳しく死角をつくのは難しそうな状況にあった。
 恐らく人質の奪還を警戒して、見張りの兵の数を増やしたのだろう。

「ただいま――あっ、サラ。久し振り」
「ええ、久し振りね。元気そう……で、何よりだわ」

 高台から飛び降りるように現れたフィーに、若干ぎこちない様子で挨拶を返すサラ。
 さっきのリィンとの会話が、まだ少し尾を引いているのだろう。

「どうだった?」
「ダメ……どこも兵士で一杯。結構、厳しいかも……」

 偵察から戻ったフィーから話を聞き、そりゃそうだよなと頷くリィン。
 潜入工作に長けたフィーが無理というからには、リィンは勿論のことサラにも難しいと考えていい。

「もう、あとは橋を爆破して、線路沿いに一気に駆け抜ける……とか?」
「あの……フィーさん。余り過激なことは……」

 フィーの過激な案に、黙って話を聞いていたアルフィンも止めに入る。
 いまは領邦軍が占拠していることで自由に通れないとはいえ、内戦が終わりクロスベルの問題が片付けば、大勢の商人や旅行客がこの橋を利用することになるだろう。それに、このまま内戦が長引けば、共和国が帝国へ侵攻してくる恐れもある。ガレリア要塞が消滅した今、国防上、双龍橋は重要な拠点の一つだ。猟兵らしい案ではあるが、皇族の一員としてそれを許可するわけにはいかなかった。

「今回は、それなしな。てか、その作戦――どこかシャーリィに通じるものがあるぞ」
「リィン……言って良いことと悪いことがある」

 シャーリィと一緒にされて困惑した表情で、リィンを睨み付けるフィー。
 リィンとしても、フィーにあんな風になられるのは勘弁して欲しかった。
 しかし、橋を爆破するという案はともかく兵士の注意を引くという発想は悪くない。

「でも、良い手ではあるな」
「リィンさんまで……」

 この兄妹は……と若干呆れた目でリィンを見るアルフィン。
 そんなアルフィンの視線に気付いて、リィンは否定するように慌てて手を左右に振る。

「いや、別に橋を爆破するって話じゃないぞ。正規軍と連携すれば、上手く行くかも知れないって話だ」
「正規軍と連携……ですか? しかし、どうやって?」

 双龍橋を挟んで反対側にいる正規軍と連絡を取るには、カレイジャスの力を借りる必要がある。当然オリヴァルトもこちらのことを気にしてはいるだろうが、自ら出向けるのならリィンたちに話を持ってきたとは思えない。それに、あの通信を最後にオリヴァルトとは連絡が取れない状況だ。トヴァルが〈赤い星座〉に関する有力な情報を得たという話で、その調査と確認に向かうと話していたので、恐らくは通信を行えないような状況にあるのだろう。
 アルフィンの疑問に答えるため、リィンはサラに確認を取る。

「サラ。クレイグ中将は、家族を人質に取られて降伏するような人物か?」
「いえ……それはないわね。例え息子が殺されても、降伏することだけは絶対にありえないわ」
「だろうな。そして、それがオリヴァルトが俺に頭を下げ、サラが出向いた理由か。それじゃあ、時間も余り残されてないんじゃないか?」

 リィンの推測を裏付けるように、サラの表情が険しさを増す。

「すべて、お見通しと言う訳ね。その通りよ……明日の朝、第四機甲師団が双龍橋(ここ)を攻めることになっているわ」
「そんな――っ! それではエリオットさんが――」

 サラの話に驚き、先程まで黙って話を聞いていたエリゼが小さな悲鳴を上げる。アルフィンを通してではあるが、彼女もVII組のメンバーとは一通り面識があった。
 特にエリオットは案内板の前で立ち尽くしていたエリゼたちを気遣い、学院祭を案内してくれた生徒の一人だ。よく知っていると言えるほど深い付き合いではないが、そんな他人を気遣うことが出来る心優しい青年が人質となり、命の危険に晒されていると思うとエリゼは声を上げずにはいられなかった。
 とはいえ、エリオットはあの第四機甲師団のクレイグ中将の息子だ。中将はサラの言うように、軍人として私情を挟むような人物ではない。それだけに他の民間人が人質になっているならともかく、人質となっているのが自身の家族であれば、尚更――敵の要求に屈することはありえないだろう。

「方法は一つしかない。双龍橋に潜入し、明朝の攻撃に合わせて領邦軍の目が正規軍に向いてる隙に、エリオットを救出する」
「潜入? どうやって? この警備じゃ……」
「入るだけなら方法はある。そっちは任せてくれていい」

 疑問を抱きながらも、それしか方法がないのは事実なのでサラも納得する。
 例え、潜入が上手く行ったとしても、通常の警備体制では人質の元に辿り着く前に数で押し負けてしまう。なら、警備が手薄になった瞬間を狙うしかない。それが、リィンの考えた作戦だった。
 しかし、正規軍の攻撃を待つということは、それだけ人質を危険に晒すということだ。最悪、間に合わなければ、人質の命はない。

「時間との勝負ですわね……」
「ああ、それなんだが保険≠掛けておきたい」
「保険……ですか?」

 そう言って、アルフィンの横で黙って話を聞いていたアルティナへ視線を移すリィン。

「アルティナ、協力してくれるか?」
「一応、私は貴族連合に貸与されている身分なのですが……」
「でも、いまは俺の協力者だ。ルーファスからも出来るだけ力を貸すように言われてるんじゃないか?」
「……戦闘には参加できません。それでも良いのなら」
「十分だ」

 こうして、エリオットの救出作戦は開始された。


  ◆


「猟兵だと?」
「はい。ルーファス様からの指示で、この先にあるガレリア要塞の調査がしたいと」
「そのような連絡は受けていない! 追い返せ!」
「しかし、公爵家の紋章が入った通行書を持参していまして」
「む……」

 部下からの報告を聞き、双龍橋の司令官はどうしたものかと思案する。もし事実であった場合、ここで追い返せば、後々その責任を追及されることになるだろう。
 それに、アルバレア公爵が猟兵を雇い入れていることは確かだ。ルーファスやカイエン公が怪しげな連中を協力者に加えていることも、司令官の彼は知っていた。
 公爵家の紋章が入った通行書というのも簡単に手に入るものではない。とすれば、本物である可能性は高い。

「仕方ないか……。しかし、第四機甲師団の件もある。砦に入ることは許可するが、すぐに通すわけにはいかん。確認が取れるまでの間、砦の中で待つように猟兵どもには通達しておけ!」
「了解しました!」
「勿論、監視は怠るな。念のため、武器も取り上げておけ」

 まったく猟兵というものを信用していない様子で、部下に指示を飛ばす司令官。
 そんな司令官の姿に驚きながらも敬礼をすると、早足で兵士は立ち去って行く。

「くっ、忌々しい。猟兵風情が……」

 領邦軍の兵士でない者が、カイエン公やアルバレア公の特命を帯び、我が物顔で振る舞うことを司令官は快く思っていなかった。
 この内戦には大義がある。革新派という伝統を軽んじる愚か者たちから、あるべき帝国の姿を取り戻すという大義が――
 それを、猟兵や素性のよくわからない連中の力を借りてどうにかしようなど、領邦軍に身を置く者として屈辱でしかなかった。
 これは、司令官一人だけの考えではない。領邦軍のなかには、この司令官のように猟兵の力を借りることを不満に思っている者は少なくなく、そんな猟兵たちを競い合うように雇い入れているカイエン公やアルバレア公に対する不信感へと繋がっていた。
 そして今回の一件。クレイグ中将の家族を人質を取り、第四機甲師団に対して降伏勧告を行うように指示したのはアルバレア公だ。
 この卑劣な行いに関して、領邦軍の兵士からも不満の声が上がっていた。
 しかし軍人である以上、どれだけ納得が行かない命令でも上の指示に従うしかない。

 ――大義はどこへいった?
 ――領邦軍(われわれ)は一体なんなのだ?

「くっ! どうしてこうなった……」

 それは司令官の嘘偽りのない、後悔にも似た吐露だった。


  ◆


「どうにか、侵入できたな」
「武器は全部取り上げられたけどね……」
「ああ、そうか。サラは知らなかったんだな。アルティナ」
「はい」
「な……っ!」

 何もない空間から、姿を消していたアルティナと〈クラウ=ソラス〉が現れる。
 アルティナから隠し持っていた予備の武器を受け取るリィンとフィーを見て、サラは目を丸くし、金魚のように口を開けて驚く。

「え? ちょっと、どういうこと? それに……その黒い傀儡は?」
「驚くようなことか? 学院でも似たような傀儡を授業に使ってるだろうに……。それにミリアムだって」
「どうして、それをアンタが知ってるのよ……って、ミリアム? それって誰?」

 ミリアム・オライオンというのは、エリオットと同じくVII組に所属するメンバーだ。
 言ってみれば、サラの教え子になる。なのに、サラの反応はおかしかった。
 まるでミリアムのことを知らないように驚くサラに、リィンは尋ねる。

「ちょっと待て。一つ確認しておきたいんだが、ミリアム・オライオン。この名前に心当たりは?」
「ないわね。さっきから何を言っているのか、さっぱりなんだけど……」

 本気でわかっていない様子で、逆にリィンに尋ねるサラ。これが演技だったらたいしたものだが、サラがそんな器用な真似が出来る人間でないことはリィンもわかっていた。
 だとすれば、VII組にミリアム・オライオンという人物は、在籍していないということになる。

(……どういうことだ?)

 ミリアムは最初からVII組にいたメンバーではなく、クロウと同じく途中からVII組に合流した編入生だ。その正体はギリアス・オズボーン直属の部下〈鉄血の子供たち(アイアンブリード)〉の一人。帝国軍情報局に所属する工作員だ。異名(コードネーム)は〈白兎(ホワイトラビット)〉――〈アガートラム〉という名称の〈クラウ=ソラス〉と瓜二つの傀儡を操り、情報局の指示でVII組に潜入している……はずだった。
 その任務の目的は、旧校舎の調査と帝国解放戦線のリーダー〈C〉の正体を探ることだ。なのにVII組に在籍していない。それは、どういうことなのだろうか?
 確かに学院祭では、ミリアムの姿を確認できなかった。旧校舎に封じられている騎神のことやクロウの方にばかり意識が向いていたので、そちらの確認が不十分だったことをリィンは今更になって後悔する。これまでのことといい大筋のところでは原作に近いようで、重要なところが幾つか違っている。やはり本格的に調査が必要かもしれない。そんなことをリィンが考えていた、その時だった。
 建物が揺れ、空気を振動させるかのような大砲の音が響く。

「始まったみたいだな」
「ん……この音、正規軍の戦車みたい」

 その音から正規軍の主力戦車の砲音だと推測するフィー。
 音の感じからして橋まではまだ距離がある様子だが、領邦軍と第四機甲師団の戦闘が始まったと見て間違いない。
 となると、エリオットの処刑が行われるのも時間の問題だろう。一刻の猶予もならなかった。

「予定通り行くぞ……サラ、どうした?」
「……あたしだけ武器がないんだけど?」
「ああ……」

 今一つ締まらない作戦の幕開けだった。



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