「い、一体なんの音ですか!?」

 そびえ立つ双龍橋の砦。その屋上の扉を勢いよく開け放ち、黒髪の少女が飛び出してきた。エリゼだ。
 部屋で朝食を取っていたら突然、地鳴りと爆音が響き渡り、状況を確認するために外の様子を見に来たのだ。
 そんなエリゼを出迎えたのは、麦酒のジョッキを手にしたサラだった。隣にはエリオットの姿が見える。他にも第四機甲師団の兵士と思しき人たちの姿が確認できた。何やら盛り上がっている様子で、酒やおつまみの販売まで行われている。まったく状況を呑み込めないエリゼは、「えっと……」と呆気に取られる。
 困惑するエリゼに肩をすくめ、質問に答えるようにサラは双眼鏡を差し出す。

「あれよ、あれ」

 サラに言われるがまま、双眼鏡を覗き込むエリゼ。
 距離にして三十セルジュほどあるだろうか? 第四機甲師団の演習にも使われている荒野にチカチカと光る何かが確認できる。それが、この揺れと爆音の発生源であることは間違いなかった。
 ポカンとした表情で双眼鏡を持ったまま固まるエリゼ。「ああ、やっぱりこうなったか」といった顔で、サラは両手で耳を押さえる。

「ど、どうして兄様とフィーさんが!?」

 随分と狼狽えた様子で大声を上げるエリゼ。荒野で光っている何か――それはリィンとフィーの戦闘の光だった。
 凄まじいの一言に尽きる。素人では、とても目で追い切れないほどの速度で、技の応酬が繰り返される。しかも一撃一撃が、地形が変わるほどの破壊力を秘めていた。あんな戦いに巻き込まれれば、常人であれば一溜まりもないだろう。これほどの距離を取って観戦している理由にも納得が行く。
 サラの隣では双眼鏡を手に、エリオットも食い入るように、その戦いを見詰めていた。

調整(リハビリ)らしいわよ。今朝早く、クレイグ中将に相談して場所を確保したらしいわ」
「リハビリ……ですか?」
「〈赤い星座〉とやり合うなら、可能な限りブランクは潰しておきたいでしょうしね」
「サラさん、その話……」
「ああ、あたしも〈紅き翼〉の関係者≠セから安心して。ペラペラと他に漏らす気はないわよ」
「は、はい……」

 麦酒を片手に観戦をしているその姿を見ると、今一つ不安になるエリゼ。
 また一つ、戦場に光が点る。もはや常人では、どちらが勝っているのかすらわからない――そんな高次元の戦闘だ。
 これでリハビリというのだから、〈西風〉にいた頃の二人はどれほど凄かったのだろうと、ただ驚くことしかエリゼには出来なかった。
 エリオットも、これほどとは思っていなかったのだろう。真剣に戦いを見守る表情には、驚愕と恐れのようなものが見える。しかし、リィンとフィーは確かに高位の実力者だが、最強というわけではない。この世界には、あの程度のことは難なくこなす実力者が大勢いる。エリオットの隣にいるサラもそうだ。
 そして〈赤い星座〉には、それに近い化け物がごろごろとしている。リィンが何故あんな風に断ったのか、エリオットはその理由が少しだけ理解できた気がした。
 これなら足手纏いだと思われても仕方ない。そう落ち込むエリオットに、サラは声を掛ける。

「まあ、あの二人は……ああいう戦場(せかい)で生きてきたからね。VII組(あなたたち)とは、根本的なところが大きく違うわ」
「僕は、考えが甘かったんでしょうか?」
「さあ、それはわからないわね。ただ一つ言えることは、結局はどうしたいのか――それだけじゃないかしら?」
「……どうしたいのか?」
「アンタはどうしたいの? セドリック殿下を助けたい? 彼等と一緒に戦いたい? それとも――」
「僕がしたいこと……」
「大切なのは、優先順位を間違えない、目的を見失わないこと。あなたたちは、とっくにそのことを学んでいるはずよ」

 サラが励ましてくれているのだとエリオットは気付く。そして、それはサラなりのアドバイスでもあった。
 道に迷い、故郷を捨て、生き方を変えたサラだからわかる。現実は一つじゃない。大切なものや考え方なんて人それぞれだ。
 少なくともエリオットはVII組の実習を通して、それを見てきているはずだった。

「教官も、たまには教官らしいことするんですね」

 少し迷いが吹っ切れた様子で、サラにそう話すエリオット。

「生意気よ。これでもあたしはあなたたち、VII組の教官なんですから」

 不機嫌そうに、サラはそう答えた。


 ◆


 まるで何人もに分身したかのように見える驚異的なスピードで、フィーはリィンへ絶え間なく攻撃を仕掛ける。
 しかし、どこから攻撃が来るのかわかっているかのように、そんなフィーの攻撃にリィンは武器を合わせていく。

「相変わらず、とんでもないスピードだな」
「そう言いながら、カウンターを合わせてくるリィンに言われたくない」

 リィンの言葉に、フィーは若干悔しそうに反論する。
 スピードではフィーの方が上回っているが、パワーやスタミナではリィンの方が上。それにリィンの方が僅か二歳とはいえ、年上というのが大きい。その分、フィーよりも実戦を多く積んでいるということだからだ。その上〈鬼の力〉を加味すれば、フィーに勝ち目は万が一つにもない。しかし、そんなフィーにも、リィンより勝っている武器が一つあった。それは攻撃の多彩さだ。

「うおっ――次から次へと」

 素早い動きでリィンを翻弄しつつ、フィーは攻撃を仕掛けるタイミングを図る。
 リィンは確かに強い。しかし、弱点もある。それは戦技(クラフト)導力魔法(アーツ)を不得手としていることだ。
 まったく使えないというわけではないが、アーツは制御が苦手で基本的なものしか使えないし、戦技に至っては〈鬼の力〉を除き二つしか習得していない。そのため、初見の相手ならともかく対策を練られると劣勢に追い込まれる。これが格下相手なら押し切ることも可能だろう。しかし、実力が近くなるほどに、そうした力押しは通用しなくなる。

「そこ――」

 縦横の連続攻撃から時間をおかずに、フィーは戦技へと攻撃を繋げる。
 弾を放ちながらリィンの動きを封じて、一足で距離を詰めるフィー。牽制用のクリアランスから、スピードと突破力に優れたスカッドウイングへと繋げる。
 迫る二つの刃。寸前のところで身体を捻ることで、フィーの突きをリィンは回避する。しかしフィーは、そんなリィンの動きも予測していた。
 姿勢を低く構え、目を眇めるフィー。溜めた力を解き放つかのように、更なる戦技を繰り出す。

「――シャドウブリゲイド」

 フィーが持つ戦技のなかでも、最大級の威力と手数を誇る奥義。
 一瞬、姿が消えたかと思えば、無数の残像と共にリィンへ迫るフィー。
 フェイントを織り交ぜた斬撃が、ほぼ同時に見えるほどの速度で四方からリィンに襲いかかる。

「くっ!」

 驚異的な反応速度で幾つか攻撃を弾くも、すべての攻撃を捌ききれず、リィンは斬撃を避けて跳び上がった。
 しかし、それこそフィーの狙いだった。

「その瞬間を待ってた」

 すぐさま銃口をリィンへと向け、フィーは追撃を仕掛ける。
 連続で弾を七発、空中のリィンに放ちつつ、自身は大きく跳躍する。

「これで――」

 ――決める! そう確信を持って、リィンに渾身の一撃を放つフィー。
 銃弾と斬撃の波状攻撃。急な方向転換の出来ない空中で、これを回避する方法はない。しかし、必中であるはずの攻撃を、リィンは予想だにしない動きで弾いて見せた。
 トドメを刺しにいったフィーが、何故か逆に弾き飛ばされる。その原因となったものが、リィンの右腕に握られていた。
 無数の刃が連結し、鞭のようにしなる。それは先程までリィンが手にしていた片手銃剣(ブレードライフル)の形状が変化した姿だった。
 それを見て、リィンが咄嗟に使用した戦技の名を、フィーは悔しそうに口にする。

「オーバーロード……」

 リィンが使える二つの戦技の内の一つ、得意としている技がそれだった。
 内容は単純、闘気による武器強化だ。しかし、その汎用性と威力はその名の通り、戦技(クラフト)の常識を超越(オーバーロード)する。武器の破壊力を向上させるばかりか、属性を付与したり、状況に応じて形状さえ変化させる。戦技やアーツが不得手なのを、リィンはこの技と特殊な武器によって補っていた。
 リィン愛用の片手銃剣(ブレードライフル)――その素材には〈ゼムリアストーン〉と呼ばれる特殊な鉱石が使われている。鉄などとは比較にならない高い強度を持ち、それでいて不思議な力を秘めた鉱石で、七耀脈に関連した場所で極稀に発見されることがある。そのゼムリアストーン製の片手銃剣(ブレードライフル)を合計で二本、リィンは所持していた。
 そうした特殊な武器を用いなければ使えない条件付きの戦技。それが、リィンの〈オーバーロード〉だ。

「リィン……それ反則」

 フィーが反則と言うのも無理はない。条件付きとはいえ、ほぼなんでもありと言える戦技だ。
 というか、戦技なのかも怪しい。リィンでなければ使えない技とはいえ、原理自体よくわからない謎の多い戦技だった。

「でも、右手はもう大丈夫そうだね」
「ああ、お陰でいいリハビリになった。サンキュな」

 〈赤い星座〉との戦いの前に右手の調子を確かめておきたかったリィンは、その結果に満足そうにフィーに御礼を言う。
 しかし、ここまでは準備運動。余力を十分に残していた二人は、武器を構え――

「もう一戦やっとくか」
「ん……今度こそ一撃いれて見せる」

 再び、激突した。


  ◆


「凄まじいな。彼等は……」

 驚きながらも感心した様子で、リィンとフィーの戦いを評価するクレイグ中将。

「我が団で、彼等と戦える者はいるかね?」
「いえ、残念ながら……。正直、驚きを隠せないほどです」

 手拭いで汗を拭いながら、そう答える副官。中将も彼と同意見だった。
 歳はエリオットとそう変わらないはずだ。その若さで、これほどの力を持つに至った二人の人生に中将は関心を持ちながらも、どこか寂しげな表情を浮かべる。
 だが、嬉しくもあった。これから未来を作っていくのは、彼等のような若者なのだろうと中将は考える。
 若者たちに未来を繋ぐためにも、貴族連合の思うようにさせるわけにはいかないと、中将が決意を再確認した、その時だ。

「ほ、報告します!」

 一人の兵士が息を切らせ、慌てた様子で飛び込んできた。
 ただならぬ気配を感じ取ったのだろう。そんな兵士を見て、中将の表情が険しさを増す。

「ケルディック方面へ偵察に向かっていた部隊から報告が入りました。領邦軍はバリアハート方面へ部隊を撤退させ、ケルディックは――」

 それは領邦軍の動きと、ケルディックの様子を伝える一報だった。
 本人も動揺を隠せないのだろう。震えながら報告する兵士に中将は目を瞠り、拳を小刻みに震わせる。

「閣下、このことを皇女殿下には……」
「お伝えせねばなるまい……だが、このままではすまさんぞ。アルバレア公!」

 留守を狙われたとはいえ、皇族の方々を守れなかったばかりか、今度は何の罪もない民まで――
 帝国軍人として、一人の人間として中将は怒りを隠せない。
 怒りの矛先は、非道を行った領邦軍――その背後にいるアルバレア公へと向いていた。


  ◆


「お願いします。僕をレグラムまで連れていってください!」
「お前……バカだろ?」

 昨日の今日で同じことを頼みにやってきたエリオットに、リィンは呆れながらタオルで汗を拭う。
 あれだけ言われて、まだ懲りてないのかとリィンは手を止め、エリオットを睨み付けるが、昨日と違ってエリオットは臆すことなく真剣な表情でリィンを睨み返した。
 これにはリィンも驚く。まるで昨日とは別人のようだと思いながら――

「作戦に参加させてくれなんて言いません。絶対に邪魔はしないと約束します。お金が必要なら払います。手持ちのお金だけじゃ足りないかもしれないけど……それでも働いて必ず支払います。だから――」

 よくわからないことを必死にまくし立てるエリオット。
 レグラムには行きたい。それも、お金を払ってまで。なのに作戦には参加しなくていいと言う。
 猟兵への頼み方を理解している分、昨日よりはマシと言えるが、それでも不十分だった。

「なんで、そこまでしてレグラムに行きたいんだ? 昨日も言っただろう。どれだけ危険かわかってるのか?」
「……だからです。正直、自分に何が出来るかなんてわからない。リィンさんの言うように死ぬかもしれない。それでも……友達が、あそこにいるかもしれない。僕は皆に会いたい。会って話したいことが、伝えたいことがたくさんある。だから――」

 レグラムには、VII組の生徒の実家があった。エリオットが言っているのは、そのことだろう。
 リィンがエリオットやサラから聞いた話では、帝都での騒ぎに呼応するかのように領邦軍の機甲兵部隊がトールズを襲撃したらしい。トールズ士官学院は貴族派だけでなく革新派の子女も数多く通う名門校だ。学生を捕らえることが出来れば、人質としての価値は非常に大きい。それを狙っての作戦だろう。
 しかし、そうした領邦軍の動きを察知したサラたちは、どうにか戦闘に長けた教職員で時間を稼ぎ、人質として利用される恐れのある生徒を中心に逃がしたという話だった。サラがエリオットの情報を掴んだのも、散り散りになった生徒の行方を追っている最中のことだ。ずっと逃亡生活を続けるというわけにもいかない以上、エリオットの言うように実家に身を寄せている可能性は高いだろう。
 それにレグラムは、中立派で知られる〈光の剣匠〉ことヴィクター・S・アルゼイドの統治する町。逃亡者が身を寄せるには最適な場所だ。エリオットの友人以外にも、士官学院の生徒が身を寄せている可能性は高い。エリオットがレグラムに拘る理由にも納得が行く。目的も話さず、ただ協力させて欲しいと叫んでいた昨日よりは、ずっとマシな理由だ。
 どうしたものかとリィンが思案していると、フィーが会話に割って入った。

「リィンが受けないなら、私がこの依頼を受ける……ダメ?」

 まさか、フィーがそんなことを言い出すと思っていなかったリィンは驚く。
 むう……と、腕を組んで唸るリィン。実際のところ、そこまで反対しているわけではなかった。
 あくまでリィンにとって優先するのは、フィーやアルフィンたちであってエリオットではない。
 前回のは釘を刺しただけの話。その上でエリオットが自分で決めて行動するなら、それは自己責任だ。

(勝手について来られても面倒か……)

 そう考えたリィンは条件付きで、エリオットの同行を許可することにした。

「こっちの言うことには従ってもらう。勝手な真似をしないことが絶対条件だ。ああ、それと中将にはちゃんと許しを得ておけよ。お前に何かあったら、第四機甲師団と本気でやり合うことになるかもしれんし……」
「はは……父さんも、そこまではしないと思うけど……」

 冗談とは言い切れないエリオットは苦笑いを浮かべる。
 戦場では何があるかわからないのが常だ。エリオットが何をするのも勝手だが、後悔を残さないためにも、家族と話し合っておくべきだろうと思っての条件だった。
 後悔先に立たずというが、気付いた時には親がいないなんていうのはよくある話だ。実際、リィンもそのことで後悔した経験がある。

「ありがとう、リィンさん。それにフィーさんも」
「依頼を受ける以上は仕事だ。礼を言われるようなことじゃない。あと、リィンでいい。たいして歳も変わらないだろ」
「あ、うん……リィン」
「私もフィーでいい」
「よろしく、フィー」
「ん……」

 わだかまりがなくなれば、歳の近い三人だ。仲良くなることは、そう難しいことではない。
 そんな時だった。エリゼが息を切らせ、随分と慌てた様子で三人のいる部屋へ駆け込んできた。

「た、大変です! 兄様! ケルディックが――」



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