翌朝、リィンの予想通り領邦軍に動きがあった。
 オーレリアはラマール州より連れてきた一個中隊――総勢二百名余りを伴い、帝国西部で猛威を振った白亜の旗艦を中心に編成した八隻の船を率いて、ローエングリン城に進軍を開始した。
 湖のほとりにそびえ立つローエングリン城は、断崖の上に造られた天然の要塞だ。巨大な飛行艦を着陸させる場所などあるはずもなく、周囲を岩と水に囲まれているため徒歩での侵入も難しい。そこでオーレリアはエベル湖周辺の港町から船を徴発し、主力部隊による小細工抜きの正面作戦を採った。

「正面から攻めるみたいだな」
「凄い自信だね」

 自身の力に絶対の自信を持つ〈黄金の羅刹〉らしい戦い方だ。
 旗艦を中心に添え、小隊規模に分けた船を前後に散開させて配置していることからも、数の利を生かした波状攻撃で敵の消耗を待ち、上陸作戦で一気に畳み掛けるつもりなのだろう。
 貴族派の英雄と言われるだけあって、まったく考えなしというわけではないらしい。しかし、相手は大陸最強と噂される高ランクの猟兵団だ。

「どう思う?」
「猟兵との戦い方がわかってない。ましてや相手は〈赤い星座〉――あんな正攻法が通用するとは思えない」

 フィーと同じ感想を、リィンも抱いていた。
 良くも悪くも正々堂々を重んじる騎士らしい戦い方だ。しかし、相手は騎士ではなく猟兵。目的のためには、どんなことでもやってのける連中だ。そのことを理解していなければ、大きな痛手を被ることになる。数で勝っているとは言っても苦戦は免れないだろう。

「さてと、そろそろ俺たちも行くか。デュバリィ……何してるんだ?」
「見て分かりませんか? (いくさ)の準備ですわ」

 鉄機隊の隊旗だろうか?
 潜入用に用意したボートの目立つ位置に、それを括り付ける作業をデュバリィはしていた。
 その不可解な行動を訝しみ、嫌な予感がしながらも確認を取るようにリィンはデュバリィに尋ねる。

「お前、まさか……正面から乗り込む気か?」
「当然です」

 そう、はっきりと言い切るデュバリィに、リィンとフィーは溜め息を吐く。
 考えてみれば、デュバリィも騎士だ。〈結社〉の一員とは思えないほど正義感が強く、騎士道を体現したかのように根が真っ直ぐな少女だ。
 彼女のマスターを悪く言うつもりはないが、価値観が中世で止まっているかのような古い考え方をしている。マスターを崇拝し、騎士道を重んじる彼女に、こそこそと敵の背後を突くような真似が出来るはずもなかった。

(リィン、どうするの?)
(まずいな……デュバリィの性格を考慮にいれてなかった)
(……置いていく?)
(いや、これでも貴重な戦力だしな。それに転位が使えるのは彼女だけだ)

 デュバリィに聞こえないように、ヒソヒソと話をするリィンとフィー。
 ヴィータがデュバリィに持たせた転位用のアーティファクトは、元々はクロスベルとの行き来で多忙な彼女のために特別な調整を施したものらしく、デュバリィの魔力以外に反応しない仕組みとなっていた。
 その点から言っても、今回の作戦に彼女の協力は必要不可欠だ。どうにかして納得させて連れて行くしかなかった。

「デュバリィ、よく考えてみてくれ。今回は人質がいるんだぞ。もし正面から乗り込んで、人質の身に何かあったらどうする気だ?」
「む……それは……」

 普通に作戦の必要性を説いたところで、この手のタイプは意固地になるだけだと考えたリィンは、敢えて彼女の騎士道精神を揺さぶる作戦にでた。

「どんな相手とでも正々堂々と戦おうとするその姿勢は、まさに騎士の鏡だと言える。しかし、だ。お前の騎士道とは――その剣は誰のためにある? お前のマスターは無抵抗な人質が傷つくことをよしとする人物なのか?」
「そんなことはありません! マスターは力無き民が傷つくことを憂いておられる――心優しき御方です!」

 掛かった――とリィンは心の内で笑みを浮かべる。

「なら、お前がそのマスターの名を汚すような真似をしていいのか?」
「そ、それは……」
「騎士の誇りも分かる。しかし、ここは一時の感情に流されるのではなく、ぐっと耐えて人質の安全を優先するべきじゃないのか?」
「……確かに、あなたの言うことにも一理ありますわね」
「なら、どうするのが一番かわかるよな? これもマスターから与えられた崇高な使命を果たすためだ」
「マスターのため……」

 デュバリィが単純(バカ)で助かった。本気でそう思うリィンだった。


  ◆


 リィンたちが霧に姿を隠してローエングリン城へ向かっている頃、サラたちも屋敷に監禁された人質を解放するため行動を開始しようとしていた。
 レグラムの小高い丘の上にある領主の屋敷の周囲には、数人の武装した兵士の姿が確認できる。ほとんどがローエングリン城に向かったため、町に残っている部隊は極少数ではあるが、それでも一個小隊――十人ほどの兵士が町に残っていた。
 銃声と爆発音を聞き、岩陰から姿を見せる二つの影。エリオットとアルティナの二人だ。
 バタバタと音のする方へと兵士たちが向かっていく姿を確認して、二人は見張りの兵士に見つからないように屋敷の裏手へと回り込む。作戦ではサラが正面で騒ぎを起こし、兵士の注意を引きつけている隙にエリオットたちが裏口から屋敷へ侵入。監禁されている人々を解放するという手はずになっていた。

「教官が上手くやってくれたみたいだね」
「待ってください」

 裏口の扉に手を掛けようとしたエリオットを制止するアルティナ。〈クラウ=ソラス〉を呼び出し、何かを探るように扉の向こうへと意識を向ける。

「人質の周囲に見張りと思しき兵士の姿を確認。人質は一階のロビーに集められているようです」

 兵士がまだ屋敷の中にもいると聞いて、エリオットは険しい表情を浮かべる。しかし、言われてみれば当然だった。
 どうしたものかと考えるエリオット。魔導杖を持ってきているとはいえ、トヴァルほどアーツに長けているわけでも、サラほど武器の扱いや戦闘に長けているわけでもない。あくまで彼の能力は後方支援に特化したものだ。
 リィンが指摘したように、エリオット自身に戦う力はほとんどない。彼自身そのことは理解していた。

「兵士の数はわかる?」
「二人ですね」
「二人……それなら、どうにか……」

 あごに手を当て、逡巡した素振りを見せるエリオット。
 兵士を無力化することもそうだが、何より大切なのは人質となっている人たちの安全だ。領邦軍の兵士が人質を盾に取らないとも限らない。つい最近、実際に人質となったことのあるエリオットには他人事ではなかった。

「えっと、アルティナ……さん」
「アルティナで結構です。私の方が年下のようなので」
「じゃあ、アルティナ。僕が囮になって兵士の注意を引くから、その間に――」

 アルティナに作戦の概要を説明するエリオット。
 エリオットの話を聞いて理解の色を見せるも、アルティナは微かな疑問を抱く。

「作戦の内容はわかりました。しかし、それではあなたの方が危険なのでは?」
「ハハ……確かに危険だけど、これでも多少は実戦を経験してるからね。少しくらいなら持ち堪えられると思う。それにキミは姿を消せるでしょ? なら、僕がやるより敵に見つかる可能性は低い。だから、お願いしたいんだ」

 不安と恐怖を隠しきれない様子で、強がっているのが手に取るように分かるくらい魔導杖を強く握りしめるエリオットを見て、アルティナは理解不能な反応を示す。
 アルティナの目から見ても、エリオットはお世辞にも実戦慣れしているとは言えない。そこそこアーツは使えるのだろうが、ただそれだけだ。所詮は学生の域を超えない。本来であれば、この作戦に参加することさえ、彼の手には余るとアルティナは考えていた。
 不安と恐怖を押し殺し、他人のために危険と分かっていてリスクを冒す。とても合理的とは言えない考え方。以前のアルティナであれば、ほんの少しでも理解することは難しかったはずだ。しかし今は、真っ直ぐと意志の籠もった目を向けてくるエリオットに、アルティナはどこか心が動かされるのを感じていた。


  ◆


「はあああっ!」

 右手に愛用の片手剣、左手に導力銃を持ち、全身から雷を迸らせながら銃剣を手にした領邦軍の兵士に斬り込むサラ。
 卓越した技術と、桁違いのスピードとパワー。まさにA級遊撃士の名に相応しい力を前に、兵士たちは為す術なく倒されていく。

「くっ! なんて強さだ!」

 目の前の信じられない光景に目を瞠り、悪態を吐く兵士。彼等が弱いわけではない。ただ、相手が強すぎた。
 最年少でA級遊撃士となった若手きってのエース。〈紫電〉の異名を持つサラの実力は、現役の遊撃士のなかでもトップクラスと言っていい。あのトヴァルですら、本気になったサラは『化け物』と称するほどの実力者だ。領邦軍のなかでも精兵で知られるオーレリア将軍配下の部隊とはいえ、僅か十人足らずで止められる相手ではなかった。
 そんなサラの猛攻に部隊の半数以上が倒され、兵士たちの表情に限界が見え始めた、その時だった。

「そこまでにしてもらおうか――」
「くっ!」

 死角からとてつもない速さで繰り出された長槍の一撃を、サラは紙一重で飛び退くように回避する。
 サラ自身は完全に回避したつもりだったが、それでも僅かに掠めていた様子で頬からは真っ赤な血がしたたり落ちていた。

「さすがは〈紫電のバレスタイン〉と言ったところか。あの一撃を、ああまで完璧に回避されるとは思っていなかった」
「掠めておいて嫌味にしか聞こえないんですけど……領邦軍の英雄さん。いえ、〈黒旋風〉と呼んだ方がいいかしら?」

 オーレリア将軍の片腕とも言われる領邦軍の英雄、ウォレス・バルディアス准将。別名〈黒旋風〉の名で知られる槍術の達人だ。その実力の高さは、槍を受けたサラが一番よく理解していた。
 あと少し反応が遅れていれば、今頃サラの首は胴と分かたれていただろう。厄介な相手が現れたと、サラはげんなりとした表情を浮かべる。

「アンタ、オーレリア将軍と一緒にローエングリン城へ向かったんじゃなかったの?」
「ふむ……その予定だったのだが、胸騒ぎがしてな。それに、あの方の狩り≠邪魔しても悪いだろう?」
「狩り≠ヒ。あの連中相手に余裕かましてると、逆に痛い目に遭うわよ」
「かの〈紫電〉殿の言葉だ。肝に銘じておくとしよう。ここにいる目的は……なるほど、そういえば今は士官学院の教官をしているという情報があったな。大方、人質を解放するための囮役≠ニ言ったところか」
「そこまで分かっているなら、こんなところでのんびりしてていいのかしら?」
「なに構わんさ。元々、そちらの方は余り乗り気ではなかったからな。カイエン公も何を焦っているのか知らんが、学生を人質に取るなど無粋極まりない。そのようなことで名を汚すことを伯爵閣下も望むまい」

 乗り気ではないというのは本心からの言葉なのだろう。ウォレスの言葉からは呆れとやる気のなさが感じ取れた。
 それにあのオーレリアの気性から言って、人質を取るなんて真似を喜んでするとは思えない。一応、カイエン公に義理立てして命令には従っているものの――奪われれば仕方ない。その程度の認識なのだと、サラはウォレスの言葉から察する。

「なら、大人しく引いて欲しいんだけど? 名を汚したくないんでしょ?」
「そうしても構わんが、領邦軍(うち)の兵士たちが世話になったようなのでな。少しはお返ししておかないとバランスが悪いだろう?」
「そういう気遣いはいらないんですけど……」

 やっぱりそっち系か――と溜め息を漏らすサラ。
 出来れば戦闘を回避したいと考えていたが、それは難しいということがウォレスの言葉や態度からもはっきりしていた。

「そう言うな。これでも楽しみにしているのだ。帝国にその人ありと言われた遊撃士協会の若きエース。その実力の一端を見られるのだから――なっ!」
「く――っ!」

 ウォレスの放った鋭い突きがサラを襲う。さすがのスピードとパワーではあるが、サラの方も負けてはいない。一度見た攻撃を何度も喰らうほど彼女も甘くはなかった。
 サラの足下に電気が迸ったかと思えば身体がぶれ、一瞬にしてウォレスの視界から姿を決す。次の瞬間、ウォレスの攻撃にカウンターを合わせるように、サラは回避と同時に死角から剣を振り下ろす。それをまるで後ろに目が付いているかのような反応で槍を器用に回転させ、柄で受け止めるウォレス。

「さすがにやるな――だが、これならどうだ!」
「いい加減にしなさい! この戦闘バカ!」

 穂先を回転させ、薙ぎ払うように胴目掛けて攻撃を放ってくるウォレスの一撃を剣の腹で受け止め、その反動で後ろに飛び退きながら左手に持った銃をサラは連射する。これを槍をくるくると回転させて弾くことで防御するウォレス。槍の風圧と、サラの放った弾丸により岩壁が崩れ、地面に亀裂が走る。

「うわああっ!」
「巻き込まれるぞ、距離を取れ!」

 これには兵士たちも驚き、逃げるように港へ向かって走り去っていった。



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