カレイジャスは艦の操舵や指揮を司るブリッジを始め、執務や会議を行う専用の部屋や訓練室をまとめた統合区画、仮眠室や売店・倉庫がある甲板へと通じる連絡区画、食堂やレクリエーションを目的とした遊戯施設のある多目的区画に、艦の導力設備や工房のある船倉区画と全部で五つの区画に分かれている。リィンはサラの案内で、ブリッジのすぐ下にある訓練室へとやってきていた。
 さすがに艦内ということで派手な戦闘は出来ないはずだが……サラを見ていると本当に大丈夫だろうかと不安になるリィン。
 そんな不安を抱えながら訓練室の一つにリィンが足を踏み入れると、そこには既に先客が居た。ラウラとフィーだ。
 互いに武器を手に、リィンたちに気付いた様子もなく激しい戦いを繰り広げている。ラウラの手にはオーレリアの武器に似た大剣が、フィーの手にはお馴染みの双銃剣が握られていた。
 珍しい組み合わせだと思いつつも、その勝負を観戦するリィン。順当に考えれば、フィーにラウラが敵うはずもない。幾ら〈光の剣匠〉の娘とはいえ、現役の猟兵のなかでもトップクラスの実力を持つフィーが相手では分が悪いだろう。

「まあ、フィーの勝ちだろうな」

 そう思って口から漏れた言葉だったのだが、サラの癇に障ったらしい。腰に手を当て、柳眉を逆立てながらサラはリィンに詰め寄る。

「あら? ラウラだって結構なものよ。あの〈光の剣匠〉の娘ですもの」
「いや、それでも無理だろ。相手はフィーだぞ?」
「確かにフィーは強いだろうけど、それでもパワーはラウラの方が上よ」
「大きな力も当たらなければ意味はないだろ。実際、フィーの動きを捉え切れていない」

 火花を散らせながら睨み合う二人。互いに教師として義兄として譲れないものがあった。
 そうこうしている内に勝負に動きがある。なんとかフィーの動きを捉えようと食らいつくラウラだが、スピードだけでなく経験と技量にも差があり過ぎた。
 段々とフィーのギアが上がるにつれて、動きについていけなくなるラウラ。先を読もうにも虚実を織り交ぜたフィーの動きは予想が付かず、まるで風のように掴むことが出来ない。毎日の鍛錬を欠かさず、地道に鍛え上げてきたのだろう。単純に剣の技量だけで言えば、ラウラのそれは実戦で鍛えてきたフィーをも上回っている。しかし、ラウラの剣は良くも悪くも真っ直ぐだ。それだけにフィーからすれば読みやすい。

「そこ――」
「くっ!」

 縦横無尽に繰り出される斬撃の嵐。幾つか掠らせながらも、どうにか紙一重のところで回避するラウラ。しかし、

「なっ――」

 いつの間にか、壁際まで追い込まれていたことにラウラは気付く。そして喉元には、フィーの双銃剣が突き立てられていた。
 完敗――ラウラ自身、そうと認めるしかない完全な敗北だった。

「私の勝ちだね」
「ああ……私の負けだ」

 エリオットからリィンとフィーの話を聞き、猟兵であると知った時、ラウラは嫌悪した。人を救える力を持ちながら、なぜ猟兵の身に甘んじているのかと――。
 大きな力を持つ者には責任が伴う。ラウラはアルゼイドの名を受け継ぐ者として、そのように教わり生きてきた。それだけにラウラは猟兵というものに良い感情を持っていなかった。騎士を正道とするなら猟兵は邪道。金で依頼を受け戦場を渡り歩く様は、『戦争屋』と揶揄されるのも頷ける所業だ。そんな彼等の生き方をラウラは人として、一人の武人として認めることが出来なかった。
 しかし同時に、彼等に助けられたのも事実。エリオットの話を聞き、アルフィンから事情を伺い、迷ったラウラは手合わせをしてみるのが一番だと考えた。言葉では幾らでも言い繕うことが出来る。しかし剣は――経験や修練の結果は嘘を吐かない。武器を交えれば、彼等のことを少しは理解できるのではないかと思っての行動だった。
 そうして無理を言って、フィーに模擬戦を挑んだ結果がこれだ。良い勝負をしたなどと思わない。フィーには、まだ余力があるように見えた。そのことからも手加減をされていたことは明らかだ。
 悔しいという思いと共に、どうして自分はこんなにも弱いのかと、ラウラは自らの剣に問う。
 相手が強すぎたなどという言葉は、敗者の言い訳にしか過ぎないことをラウラは知っていた。

「強いな、そなたは……」
「そんなことない。私なんかより、リィンの方がずっと強いし」
「リィン……そなたの義兄(あに)だったか」
「ん……リィンなら、そこに」

 唐突にフィーに紹介され、ラウラの視線を感じて手を振って応えるリィン。
 猟兵の世界にラウラは疎い。リィンについても詳しく知るわけではないが、それでも相当の実力者だということは見て取ることが出来た。
 隙だらけに見えて、まったく踏み込む隙がない。フィーに似て、風のように捉えどころのない人物だとラウラは思った。

「ご挨拶が遅れました。ラウラ・S・アルゼイドです。エリオットから話を伺っています。この度は助けて頂き、ありがとうございました」
「あれはエリオットが自分の意志でやったことだ。俺が学生(キミ)たちを助けたわけじゃない」

 エリオットたちの作戦が上手くいったのは、リィンやサラたちの活躍があったからだ。
 そう言う意味では、助けられたラウラがリィンに礼を言うのは当然の流れと言えた。
 しかしリィンの態度は、ラウラのイメージする猟兵と余りに懸け離れていた。
 とても金のために、戦争をするような人物には見えない。しかし、彼等は紛れもなく猟兵だ。それも超一流の――
 それはフィーと剣を交えたラウラが、よくわかっていることだった。

(これが本物≠ゥ……)

 猟兵崩れなんかとは違う、本物の猟兵。
 その強さと器の大きさを見せられては、ラウラも納得するしかなかった。
 フィーも強かった。それでもリィンは、それ以上に底知れない何かを感じる。それが、ラウラがリィンに抱いた感想だった。

「リィンはどうしてここに?」
「ああ、実はサラに誘われ……あれ? サラは?」

 フィーに尋ねられ、サラがいなくなっていることに気付き、その姿を捜すリィン。
 ここまで連れてきた張本人がどこにいったのかと姿を捜していると、訓練室の扉の前からサラの声が聞こえてきた。
 覗き込むように外を見るリィン。そこで目にしたのは、ヴィクターと楽しげに話をするサラの姿だった。

(リィン、あれって……)
(ああ、また病気が再発したらしい)

 先程、リィンに触発されたことも原因にあるのだろう。
 まさしく恋する乙女といった様子で、サラは積極的にヴィクターに迫っていた。
 クレイグ中将の次は〈光の剣匠〉とか……懲りない奴だと、リィンとフィーは呆れる。

「父上!?」
「ラウラか。ん……そなたたちも一緒だったか。稽古を付けてもらっていたのか?」
「それは……」

 まさか猟兵と知って勝負を挑んで返り討ちにあったとは父親に言えず、返答に困るラウラにフィーは助け船をだす。

「ん……対戦相手がいなかったから訓練に付き合ってもらってた」
「そなた……」

 何故フィーがそんな行動にでたのかはわからない。しかし、ラウラはその一言で決心がついたように顔を上げ、まっすぐ父親の目を見て先程の返事を口にした。

「違うのです。私が無理を言って立ち合いを……結果は完敗でした。本来、真っ先に礼を述べるべき相手を猟兵と侮り、私は負けた……。剣を語る資格は、いまの私にはありません」
「ふむ……」

 ラウラの顔には、はっきりとした後悔が浮かんでいた。
 俯きがちに話すラウラを見て、ヴィクターは逡巡する。そして、

「リィン殿。よければ私と、剣を交えてくれないかね?」
「え? いや、あの……俺はこれからサラと……」

 まさか、そんな申し出を受けると思っていなかったリィンは動揺した。
 咄嗟に言い訳を考え、どうにか断ろうとするリィン。しかし、

「あた……わたしのことはお気になさらないでください! お二人の戦いを見れば、生徒の勉強にもなると思いますわ!」

 奇妙な言葉遣いでヴィクターにアピールするサラの妨害により、リィンは断る口実を失ってしまう。
 なんてことしてくれたんだとサラを睨み付けるリィンだったが、もはやヴィクターのことしか目に入っていないサラに届くはずもなかった。


  ◆


 突然のことに驚いたが、これはラウラにとっても見逃せない戦いだった。
 父親の実力は、娘のラウラが一番よく知っている。帝国最高の剣士の名は伊達ではない。ラウラが最も尊敬する人物にして、目標とするのが父だ。
 そして、それに対峙するのがフィーの義兄リィン・クラウゼル。フィーの実力からも強いことは窺えるが、実際にリィンの戦いをラウラは見たことがない。それだけに一人の武人として、興味がそそられる対戦カードだった。

「はあ……なんで、こんな真似を?」

 大凡の見当はついているが、一応尋ねるリィン。

「娘の敵討ちと言いたいところだが、実のところ一人の剣士として、そなたの力には興味がある」

 最後の一言は余計だったが、他の話はリィンの予想を裏付けるものだった。ようするに、この戦いをラウラに見せることが狙いなのだろう。
 猟兵に対して良い感情をラウラが持っていないことはリィンも知っていた。その結果、フィーとの決闘に結びついたのであろうことも、すぐに察しがついた。一つ想定外だったのは、フィーとラウラの実力に開きがありすぎて、まともな勝負にならなかったことだ。
 いまの彼女なら猟兵というだけで、相手を疎んじたり軽んじるようなことはないだろう。しかし、これまでの価値観を否定されたことで彼女はいま迷っている。強さとはなんなのか? 自分の考えや生き方、これまで正しいと信じて振るってきた剣は、本当に正しかったと胸を張って言えるものなのかどうか?
 リィンにもわかるのだ。ヴィクターがそのことに気付いていないはずがない。だから、こんな茶番を演じて見せたのだとリィンはヴィクターの狙いを察していた。
 とはいえ、その責任の一端は自分にもあるとをリィンは考えていた。だから、こんな茶番に付き合うことにしたのだ。
 かなり気は進まないが、腹を括るしかないかとリィンは腰の武器を抜く。

「俺の剣なんてほぼ我流なんで、〈光の剣匠〉と打ち合えるほどじゃないですよ?」
「確かに剣の技量だけなら、私の方に分があるだろう。しかし戦いは、それだけで決まるものではない。違うかね?」

 そう言われては返す言葉もなかった。釈迦に説法とは、まさにこのことだ。
 ヴィクターの言うように剣が強ければ、戦いに勝てるというわけではない。ましてや猟兵にとって武器とは手段の一つでしかなく、目的を達成するためには様々な手段を講じるのが猟兵の戦い方だ。リィン自身、剣術の勝負なら勝てないが、ここが戦場で殺し合いなら誰が相手でも負ける気はしなかった。

「それじゃあ、胸を借りるつもりでやらせてもらいます」

 右手に片手銃剣(ブレードライフル)を構え、目を眇めるリィン。
 次の瞬間、身体がブレたかと思えば、一瞬でヴィクターの間合いに飛び込んでいた。

「速い!」

 ラウラは目を瞠る。武術において〈縮地〉などとも呼ばれる歩法の一つ。謂わば、武の極みにある技術の一つだ。
 達人であれば誰もが身に付けている技ではあるが、リィンのそれは無駄がなくラウラが見ても驚くほどに精練されていた。

「むっ!」

 リィンの放った高速の斬撃を難なく受け止めるヴィクター。しかし、ラウラは驚く。
 あの〈光の剣匠〉が防御の構えを取ったところなど、久しく見たことがなかったからだ。

「やるな――しかしっ!」

 大剣とは思えないほど軽やかに、そして恐るべき速度で剣を振うヴィクター。オーレリアと同等か、それ以上とも言える剛剣を前に、リィンの表情から余裕が消えた。
 片手銃剣(ブレードライフル)の刃を攻撃に合わせて斜めに逸らすことで、ヴィクターの一撃を受け流すリィン。即座にその反動を利用して半回転したかと思えば、腰へと手を当て、もう一本の片手銃剣(ブレードライフル)をヴィクターの首目掛けて抜き放った。
 しかし、これも寸前のところで姿勢を低くし回避するヴィクター。無防備となったリィンの懐に潜り込み、掌底を放つ。
 リィンもヴィクターの攻撃を予測していたかのように膝蹴りを放ち、その反動で後ろへと跳び上がった。

「見込み通り……いや、それ以上と言ったところか。その若さでたいしたものだ」
「まあ、それなりに修羅場を潜ってるんで。とはいえ、すべて紙一重で回避されましたけど……」
「いや、そなたが本気≠セったなら、最初の一撃で勝負は決していただろう」

 一連の攻防を見ていたラウラは呆気に取られる。エリオットの話やフィーの実力から強いとは思っていたが、まさか父親と五分の戦いが出来るほどとは思っていなかったからだ。
 ましてや、ヴィクターの口にした『本気だったなら』の一言は、ラウラに衝撃を与えるに十分な内容だった。
 あれほどの攻防を見せておいて、まだ本気ではないなど冗談としか思えないような話だ。

「……あれで本気ではない?」
「ん……〈光の剣匠〉も全然本気をだしてないけど、リィンもまだまだ力を温存してる」
「まあ、あの二人が全力で戦ったら、船も無事では済まないでしょうしね……」

 フィーとサラの言うように、最強クラスの実力を持つ二人が全力で戦闘をすれば、カレイジャスも無事では済まない。
 四方が壁に囲まれた二十アージュほどの訓練室では、この二人には狭すぎた。



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