第四機甲師団から詳しい話を聞くため、補給を兼ねてカレイジャスはバリアハートに寄港することになった。
 エリオットとラウラがユーシスに会うために公爵邸に行っている頃、リィンはアルフィンやクレアと一緒にクレイグ中将の元を訪ねていた。

「さすがですね。正直こんなにも早く、オーロックス砦が落ちるとは思っていませんでした」
「レグラムで御主等(おぬしら)が騒ぎを起こしてくれたお陰だ。西部の動きもあって身の危険を感じたアルバレア公が、軍の一部をバリアハートに引き上げたことが大きな勝因となった」

 バリアハートを捨てて逃げるくらいだ。愚かだとは思っていたが中将の話を聞き、リィンは呆れて言葉がでない。
 自分の身可愛さに堪えるべきところで兵を引くなど、指揮官としての判断力を問われる行動だ。

「逃げたと聞きましたが、いまアルバレア公はどこに?」
「目撃情報からノルド方面へ向かった可能性が高い。恐らくは第三機甲師団と交戦中の部隊と合流したのではないかと見ている」

 ノルド平原は帝国と共和国の間にある緩衝地帯だ。
 獅子戦役の折りにドライケルス皇子が挙兵した地と言うことで、古くから帝国との関係が強い地域ではあるが、昨今では共和国が属州化を狙って軍事行動を起こしており、領土問題を巡って帝国と長く争っている地域でもあった。
 バリアハートを失ったアルバレア公が、潜伏場所としてノルドを選んだ理由にも大凡の見当は付く。アルバレア公はこれまでの行動からも、かなりプライドの高い人物であることが窺える。他の貴族に頭を下げて助力を乞うような真似はしないはずだ。恐らくはノルド方面に展開している貴族連合の部隊と合流し、ゼンダー門を陥落させることで再起を図るつもりでいるのだろう。
 しかしあそこには、ゼクス中将率いる第三機甲師団が控えている。ゼクス中将と言えば〈隻眼〉の名で知られる帝国でも五指に入る名将だ。ミュラーの叔父にあたる人物で、指揮官としての能力だけでなく武人としても優れ、あのオーレリアにヴァンダール流を教えた帝国屈指の剣豪でもあった。
 それほどの人物が守る要塞を陥落させることは、アルバレア公が合流したところで簡単にはいかないはずだ。
 しかしクレイグ中将は、そうと考えてはいないようだった。

「そこで出来れば、〈紅き翼〉にはゼンダー門に向かって欲しい」

 深刻そうな表情で、そう話すクレイグ中将。

「あちらの状況を詳しく確認しようにも、敵の妨害にあって第三機甲師団と直接の連絡が取れない状況だ。多少の情報は入ってきているとはいえ、厳しい戦況であることに変わりはないだろう」
「……ゼンダー門が落ちると?」
「その可能性はあると考えている」

 中将の話に、眉をひそめるクレア。
 ゼンダー門が万が一にでも陥落することになれば、共和国方面の守りにも影響が出かねない。

「そこで御主等には、ここを動けない我々に代わって第三機甲師団への支援物資の輸送と、セドリック殿下の保護を頼みたい」
「てっきり戦力として期待されてるのかと思いましたが?」
「確かに猟兵(ぬし)等の力は魅力的だが、これは帝国軍の問題だ。ゼクス中将も、それを強要はしまい。彼はそういう男だ」

 リィンがどう言う返しをするかわかっていなければ、咄嗟に出ない言葉だった。
 こんな風に頼まれれば、確かにリィンとしては断り辛い。

(相変わらず食えないおっさんだな……)

 どちらにせよ、セドリックのことは気になっていた。
 ゼクス中将の元に身を寄せているという話だが、出来ればミリアムのことも含めて、彼からも話を聞いておきたいと考えていたからだ。

「アルフィンは、どう思う?」
「リィンさんがお決めになってください。〈紅き翼〉の艦長はリィンさんなのですから」

 アルフィンに尋ねはしたものの、リィンの心は決まっていた。
 この内戦を終わらせる。積極的に関わると決めた以上、足踏みをしている時間はない。

「幾つか条件があります。それを呑んで頂けるのなら」
「こちらはお願いする立場だ。出来る限りのことはしよう。それで条件とは?」

 交換条件をだされ微かに眉をひそめるも、この程度のことは予想の内だったのか、冷静に中将はリィンに条件を聞き返す。

「まずは一つ目。ユーシス・アルバレアの身柄を、こちらで預からせてください」


  ◆


「何故、あのようなことを?」

 空港までの道程を歩きながらクレアはリィンに尋ねた。勿論、先程のユーシスの件だ。
 エリオットへの対応からも、リィンが学生を内戦に関わらせることに否定的な立場なのは誰の目にも明らかだった。
 その理由はクレアにもわかる。なのにユーシスを懐に入れるような真似を敢えてしたことが気になったのだ。

「利用価値があるからだ。もうアルバレア公はダメだろ。内戦が終われば公爵家もどうなるかわからないが、それでも取り敢えずの当主代行は必要だ」

 この内戦がどう言う結果に終わるにせよ、もうアルバレア公が当主を続けることは難しい。領地を捨てて逃げたアルバレア公を領民は決して許しはしないだろう。その点はクレアも同意だった。
 そのことから言えば、リィンの言うようにユーシスは当主代行として最適の人材だ。最後まで都市に残って正規軍と交渉を行ったことで、領民の受けも悪くない。そして平民の血を引いているということも、アルバレア公の行った非道によって貴族に悪感情を持っている平民たちの理解を得る上で好材料となる。これは純血のルーファスには出来ないことだ。
 そこまで考えて、クレアは確認を取るようにリィンに尋ねた。

「ユーシス・アルバレアを、次期アルバレア公に推すということですか?」
「その可能性もあるという話だ。順当に行けば次はルーファスだが、奴はカイエン公に革新派との繋がりを疑われ、軟禁されている状態だ。だからと言って今、カイエン公を引きずり下ろすのは愚策でしかない」

 第七機甲師団の活躍で劣勢に追い込まれたとはいえ、ラマール領邦軍は健在だ。そして軍の総指揮権はカイエン公にある。彼が失脚するようなことになれば、領邦軍のなかに嘗て無い混乱が生じるだろう。
 カイエン公とアルバレア公。貴族連合の支柱とも言うべき二人を失えば、正規軍へと一気に形勢が傾く可能性が高い。
 当然、その事態を招いたルーファスは革新派との関係を疑われることになる。一度芽吹いた疑惑は消せないものだ。

「となれば、残るのはユーシスだけだ」
「彼は、それを望むでしょうか?」
「さてな。どうするかを決めるのは本人だ。ユーシスやルーファスがダメでも公爵家なら親戚だって大勢いるだろうし、ユーシスが嫌だっていうなら、どこかの名家と養子縁組をしたっていい」

 リィンの言うように決まりと言う訳ではない。そういう方法も確かにあるだろう。
 しかし、それではリィンにメリットがない。なんのためにユーシスの身柄を要求したのかわからなくなる。
 結局いろいろと理屈は付けていても、それがエリオットたちのためだということは明らかだった。

「不器用な人ですね……」
「リィンさんは素直じゃありませんので」

 どこか呆れながら話すクレアに、アルフィンは苦笑しながら答える。
 照れ臭そうに顔を背けるリィンを見て――また少しだけリィンのことが、クレアは理解できた気がした。


  ◆


「セドリック殿下の保護か……。確かに情報局に保護されたとは聞いていたけど、実際にこの目で見たわけじゃないし、どちらにせよ様子は見ておきたいよね」

 カレイジャスに戻ったリィンたちは、トワや会議室に集められた乗組員たちにゼンダー門の件を説明した。
 話を聞き終えたトワは、皆を代表してリィンに意見を求める。

「すぐに出発するの?」
「いや、当初の予定通り明後日まで停泊する。クレイグ中将から頼まれた第三機甲師団宛の支援物資の積み込み作業もあるからな。こちらも次はいつ補給できるかわからないし、食糧や弾薬など多めに確保しておきたい」
「そうだね。どのくらい用意できるかわからないけど、商人さんたちにも可能な限りお願いしてみるね」
「ああ、それなら第四機甲師団の物資を少し融通してくれるそうだ。担当官と直接交渉してくれとの話だから」
「では、そちらは私が――」

 トワとクレア、それに他のサポートメンバーと話し合い、リィンは今後の方策を決めていく。
 二時間ほど続いた会議を終え、それぞれ役割を確認し合ったところで解散となった。
 会議で使用した関連書類をまとめ、会議室を後にしようとしたリィンにトワが声を掛ける。

「リィンくん」
「トワ? まだ何かあったっけ?」
「あ、うん……そうじゃないんだけど……」

 まだ確認することがあったかと思い、リィンはトワに尋ねた。
 一方トワは、もじもじと言い難そうな様子を見せるも、意を決した様子で深々と頭を下げた。

「ユーシスくんのこと、ありがとうございました!」

 なるほど、とトワが何を言いたかったのかを察し、頬を掻きながらリィンは返事をする。

「……別にたいしたことをしたわけじゃないし気にするな」

 トワに礼を言われるようなことをしたつもりは、本当にリィンにはなかった。
 ただの親切心というだけではない。ユーシスに利用価値があるのは本当のことだし、恩を売っておくことは後々プラスになると考えてのことだ。それに勝手な真似をされるよりは手元に置いておきたいという考えもあった。
 とはいえ、そんなことを口にしたところでトワは納得しないだろう。
 そう考えたリィンは、撫でやすい位置にあるトワの頭をポンポンと軽く叩いて見せた。

「リ、リィンくん!?」

 顔を真っ赤にして狼狽えるトワに、リィンはベルトに引っ掛けていた帽子を被せる。

「これって……」
「アルゼイド子爵の置き土産だ。それでも被ってろ。ちょっとは、それっぽく見えるだろ」
「でも、これは艦長の……リィンくんが被るべきものじゃ」
「俺は前線にでることが多くなるだろうし、艦の指揮を執る人間が必要だろ? クレア大尉に任せてもいいが、彼女は帝国軍の人間だしな」

 クレアは帝国軍・鉄道憲兵隊の人間だ。しかも、あの〈鉄血の子供たち〉の一員でもある。いまは協力関係にあるとはいえ、革新派に所属する彼女を艦の指揮官に添えるわけにはいかない。そういう意味から言えば、どちらの勢力にも属さず学生という立場にあるトワは現状では最適な人材だ。
 学生ということで経験不足は否めないが、オリヴァルトだけでなくクレアが認めるほどに多方面の能力に長けている。
 何より学生たちからの信頼が厚いというのが、艦の舵を握る上で重要だとリィンは考えていた。

「さっきの会議では言わなかったが、希望者は艦を降りて正規軍の保護を受けられるように手配した。第四機甲師団が責任を持って家族の元へ送ってくれるそうだ。まあ、それでも半数は残るんじゃないかと俺は思ってる」

 クレイグ中将との話し合いで希望する学生は第四機甲師団で引き取り、家族の元へ帰すことが決まっていた。
 とはいえ、エリオットやラウラは艦を降りないだろうし、他にも様々な事情から艦に残る学生はいるだろうとリィンは踏んでいた。

「正直、俺は学生を内戦に関わらせることに反対だ。しかし現実的な話をすれば、彼等の協力がなければ艦の運用もままならないのが現状だ。それに貴族連合に囚われた友人や家族を助けたい。学院や故郷を取り戻したいと考える彼等の気持ちもわからないわけではない」

 エリオットたちのように、それぞれ事情があることはリィンも理解していた。
 それに彼等の力を借りなくては、艦の運用が出来ない状態だ。こればかりはリィンにも、どうしようもない。
 オリヴァルトの条件にもあったことだが、だからこそ彼等に自分で選ばせる方法をリィンは取った。
 しかし、それは彼等のためではない。目的のために彼等の力が必要だったからだ。

「だからと言って赤の他人の俺が学生(かれら)にしてやれることなんて高が知れている。彼等の支えとなり導いてやれるのは俺じゃない――キミだ」

 そのため、そうした学生たちの統率とサポートを、リィンはトワに期待していた。

「トワ・ハーシェル。それでも、この帽子を受け取れないか?」
「……いえ、任せてください。私が皆を支えてみせます!」
「それじゃあ、彼等のことは任せたぞ。副長」
「はい、艦長!」

 上手くいったと、ユーシスの件もどうにか誤魔化せたことに安堵し、その場を立ち去るリィン。
 リィンの言葉に感銘を受け、よしと拳を握りしめ、トワは決意に胸を膨らませる。しかし――

「ううっ……この帽子、ちょっと私には大きいかも……」

 帽子のサイズが合わず、苦慮するトワだった。



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