「――ッ!? 何故、それを!」

 裏の名前だけでなく、仮面の下に隠された本名まで言い当てられたことに襲撃者は驚く。
 クロスベルを代表する劇団〈アルカンシェル〉の看板アーティスト、イリア・プラティエの相方として衝撃的なデビューを遂げ、IBCの本社ビルが爆破された後、突如クロスベルから姿を消した女性アーティスト。それが彼女、リーシャ・マオだった。
 その正体は〈銀〉の名で裏社会に古くから名を馳せる伝説の凶手。その継承者だ。

(危なかった……念のため、闘気を纏わせておいて正解だった)

 リーシャの放った一撃。それはリィンの不意を突くことに成功していた。あと少し反応が遅ければ、致命傷は避けられなかった。
 念のため武器に闘気を纏わせ、いつでも迎撃が可能な状態で待機させておいたのが命運を分けたと言った感じだ。

(リーシャ・マオか……)

 ここに彼女が現れたことに驚きながらも、どこか納得が行った様子でリィンは口火を切った。

「クロスベルを去った理由は(それ)≠ゥ」

 リーシャがアルカンシェルから姿を消した理由に、リィンは薄々気付いていた。以前クロスベルのことについて調べたこともそうだが、シャーリィから大筋の話は聞いていたからだ。そこから、ある程度の推論を導き出していた。
 本来、イリアは〈赤い星座〉がクロスベルを襲撃した際、シャーリィによってアーティスト生命に関わる大怪我を負わされたはずだった。しかし、この世界のイリアは怪我一つ負ってはいない。その原因を作ったのはリィンだ。
 原作ほど狂気に染まっていないシャーリィは、リィンに嫌われたくないという理由で一般人を傷つけるような真似は控えていた。
 そんな考えを持ったシャーリィが本気のリーシャと戦いたいからと言って、一般人を襲うような真似をするはずもない。普通に考えれば誰も傷つかず大団円となり、リーシャがクロスベルを去る理由にはならないはずだった。
 しかし、良くも悪くもアルカンシェルの襲撃事件は、リーシャに過去と向き合う契機を与えてくれた事件でもあった。

「どうして……」

 戸惑いの表情を浮かべ、リーシャは後ずさる。リィンの言葉は、リーシャの心を惑わす。リーシャ・マオのことを知る者が帝国(ここ)≠ノいるはずがない。自ら〈銀〉であることを選択したリーシャにとって、リィンが口にした表の名はあの都市(まち)≠ノ置いてきたはずの過去だった。
 炎に包まれるクロスベルの光景が、リーシャの頭を過ぎる。リーシャはクロスベルから離れることを決めた理由。それは一歩間違えば、倒壊したIBCの本社ビルのようにアルカンシェルがそうなっていた可能性に気付いてしまったからだ。
 逃げ遅れた子供を助けるため、街へと飛び出していったイリアを追い、向かった先で、リーシャは――
 紅い焔のなかで巨大なブレードライフルを手に佇む赤毛の少女。シャーリィ・オルランドと出会った。

 イリアの前でリーシャは銀≠フ力を使い、シャーリィと戦った。
 人を殺すために会得した力で、大切な存在を守る。そんなことは銀≠フ名を継いでから初めてのことだった。
 確かにイリアは無事だった。しかし同時に、シャーリィと戦っている内にリーシャは悟ってしまった。
 もう一人の自分――〈(イン)〉である自分が留まり続ければ、大切な人たちを傷つけてしまうかもしれない。
 表の世界を知ってしまったリーシャには、その日常を自分が壊してしまうかもしれない可能性に耐えられなかった。
 元々は〈黒月〉との契約が終われば、クロスベルを去るつもりだった。それが、ほんの少し早まっただけの話……どちらにせよ潮時だった。
 リーシャがクロスベルを去ったのは、それが理由だ。

「まあ、話したくないなら、それでもいい。そちらの事情≠ヘ、俺には関係のない話だしな」

 初対面のはずなのに、すべてを見透かされているかのような錯覚を受け、リーシャは動揺する。
 目の前の青年が、クロスベルでのことを知っているはずがない。なのに、はっきりとリーシャはその可能性を否定できなかった。
 声を変え、演技をすることも忘れ、リーシャは尋ねる。

「……どこまで知っているんですか?」
「なんでもと言いたいところだが、俺の知っていることなんて断片的な情報に過ぎない。ある程度の想像は出来るがな」

 リーシャの気持ちが、リィンにはわからないでもなかった。
 リーシャが〈銀〉という暗殺者の顔を持つように、リィンもまた猟兵という戦場の死神としての顔を合わせ持つ。それは否定することの出来ない現実であり、無かったことに出来ない過去でもある。リーシャがクロスベルを去ったのは、リーシャ・マオであることを捨て〈銀〉として生きる道を選んだということだ。その選択自体を否定するつもりはないが、リィンは肯定する気にもなれなかった。
 リィンは猟兵という仕事に、自分なりの折り合いを既に見つけていた。仕事に誇りを持っているし、これまでの生き方を否定したことはない。猟兵である自分もまた、己の一部であることをリィンは認めていた。
 しかしリーシャが取った行動は逃げ≠セ。アルカンシェルを理由にしてはいるが、闇を抱えたまま表の世界で生きることに彼女は戸惑いを抱き続けていた。そんななかイリア・プラティエと出会い、暖かな日常を享受していくなかで、過去の自分が少しずつ薄れていくことを彼女は恐れたのだ。
 リーシャの反応を見て、自分の想像が大凡間違っていなかったことをリィンは確信する。
 その上で、リィンはリーシャに尋ねた。

「まだやるなら相手になってやってもいいが、どうする?」
「……やめておきます。最初の一撃で決められなかった時点で、私に勝算はありませんから」

 猟兵と暗殺者の戦い方は異なるが、それでも正面から戦って勝てる相手ではない、と一度の攻防でリィンの実力をリーシャは見抜いていた。
 リーシャが共和国政府から受けた依頼は二つある。一つが取り引き相手でもある貴族連合のサポートと監視だ。そのサポートの一環としてリーシャに今回与えられた任務は〈騎士〉〈妖精〉〈血染め〉いずれかの暗殺だった。
 戦場のどこにも〈妖精〉の姿は見つけられず〈血染め〉の実力を良く知るリーシャは、あの状態の彼女に近づくことの危険性をよく理解していた。
 そこで〈騎士〉――リィンに目標を絞ったのだが、リィンの実力が彼女の予想を大きく上回っていた。

(まさか、あの〈血染めの(ブラッディ)シャーリィ〉より強い人がいるなんて……)

 会話を続けながらも、攻撃を仕掛ける機会を窺っていたリーシャだったが、まったく隙が見つからない。
 最初の一撃。あれすら完全に不意をついた一撃だったはずだ。それを、どうやったのかはわからないが、反撃の素振りすら見せずに弾き返されるとは思ってもいなかった。
 猟兵団の軍用艇を落とした一撃といい、数多の要人や実力者を手に掛けてきたリーシャの目から見ても、リィンは余りに規格外過ぎる存在だった。
 〈銀〉が伝説の凶手と恐れられるようになったのは、その名が語り継がれるようになった長い歴史に秘密がある。一子相伝によって百年以上もの間、代々受け継がれてきた技。武術・暗器・符術と言った東方の戦闘術に精通し、直接的な戦闘力はシャーリィに劣るものの暗殺や破壊工作など、搦め手を用いた戦法や手札の多さでは誰にも負けない自信がリーシャにはあった。
 不意を突けば、どんな相手でも致命傷を負わせられる。そう確信していたはずなのに、リィンを殺せるイメージがまったく頭に浮かんで来ない。こんなことは〈鋼の聖女〉の異名を持つ〈結社〉の使徒と対峙したとき以来だった。
 リィンが本気をだせば、自分程度は容易く殺せるはず。そう考えたリーシャは質問を返す。

「……殺さないのですか?」
「それは、俺の役割じゃないからな」

 リィンの言葉に、眉をひそめるリーシャ。
 その言葉の真意はわからない。しかし戦わずに済むのであれば、それに越したことはない。
 どちらにせよ、勝てないとわかっている戦いをするほど、リーシャは愚かではなかった。
 戦意がないことを示すために武器を収め、リーシャはリィンに背中を向ける。
 無言で立ち去ろうとするリーシャを引き留めるかのように、リィンは尋ねた。

「シャーリィには会っていかないのか?」

 微かに反応を見せるも、何も言わずに立ち去るリーシャをリィンは黙って見送った。
 リーシャの気配が遠ざかっていくのを確認して、リィンは息を吐きながら呟く。

「甘いな。俺も……」

 共和国の狙いは恐らくノルドだ。貴族連合と手を組んでいるのも、ノルドを属州化する足掛かりとするためだろう。
 そのことからリーシャを生きて帰したことが正解だったと、胸を張ってリィンは言えなかった。
 とはいえ、彼女と決着をつけるのは自分の役目ではない。ここはシャーリィに譲るべきだろうと考えての行動だった。それに、リーシャに時間を掛けられなかったのも事実だ。
 もう襲ってくることはないだろうが、最大限の警戒をしながらリィンは準備に入る。
 両手にブレードライフルを構え、精神を集中するリィン。

王者の法(アルス・マグナ)――」

 髪が灰色へと変わり、背中に紋様が浮かび上がる。左右に持った武器からは異なる二色の光が放たれていた。
 オーバーロード・集束砲形態(カノン・モード)により巨大な砲と化した武器を両手で構え、リィンは狙いを定める。
 風が渦を巻き、大気を震わせるかのような闘気が集束を始め、黒と白が混じった灰色の輝きが溢れ出す。

解き放て(ショット)――」

 リィンが引き金を弾いた瞬間、天を貫くかのような轟音が高原に響いた。


  ◆


 集落を捨て西へ逃げたと思われるノルドの民を追って、〈ニーズヘッグ〉を中心に組織された別働隊が険しい山道を進んでいる時のことだった。
 二本の足で立っていられないほどの揺れと轟音に見舞われた猟兵たちは、バランスを崩して倒れる。

「な、何事だ!?」
「山崩れです! 湖の方角で何かが光ったかと思うと、山が――」

 部下の報告に一点を見詰める男。そして夢でも見ているかのように、男は目を瞠る。
 この世のものと思えない景色。それは、クロスベルの秘密兵器により消滅させられたガレリア要塞の傷痕を彷彿とさせる光景だった。
 まるでスプーンでくり貫いたように、山頂の一部が削り取られ、消失していたのだ。

「い、一体どんな兵器を用いれば、こんなことが可能だというのだ!」

 想像を超えた事態に、悲鳴にも似た叫び声を上げる男。
 最高ランクの猟兵が敵とは聞いていたが、山を吹き飛ばせるほどの兵器を所持しているなど事前の情報にはなかった。
 常識で考えれば、これを一人の人間が行ったとは想像も出来ないだろう。それだけに彼等が困惑するのも無理はなかった。
 頭を掻きむしりながら状況を整理し、どうにか落ち着きを取り戻したリーダーは部下に尋ねる。

「何人動ける?」
「我々を含めて八人がやっとです。後続の部隊との連絡は付きません……」

 その部下の言葉は、半数以上の仲間がやられたことを示唆していた。
 以前やられた仲間を含めれば、〈ニーズヘッグ〉の猟兵はここにいる八人以外は残っていない計算になる。事実上、壊滅と言ってもいいほどの被害だった。
 猟兵団として活動をしようにも、以前と同じように仕事をこなすことは困難だろう。
 こんな依頼を受けたことに対する後悔と共に、その原因を作ったリィンたちやノルドの民へと男の怒りは向いていく。

「……このまま先行する。どちらにせよ、これでは連中も追っては来られまい」

 依頼を降りるという選択肢は、もう彼等に残されていなかった。
 最低でも再起を図れるだけの報酬を手にしなければ割に合わない。そう考えた男は部下に檄を飛ばし山道を急ぐ。

「隊長、足跡です!」

 そこには無数の真新しい足跡があった。数から考えても、ノルドの民の者と考えて間違いない。
 運が向いてきた――そう男が笑みを浮かべた、その時だった。

「なんだ。この機械音は……」
「隊長、あれを!」

 空を見上げる猟兵たちの目に、巨大な影が映り込む。太陽はすっかりと姿を隠し、闇夜に沈んだ空には白い月が薄らと見えた。
 そんな月を背景に空を駆ける一隻の船。
 月明かりに照らし出された緋色の船体を目にした男は記憶を辿り、ようやくリィンたちの狙いに気付く。

「紅き翼――奴等の狙いはこれか! 先を急ぐぞ! 絶対にノルドの民を逃がすな!」

 ――このまま逃がすわけにはいかない。
 なんとしても依頼を達成する。その思いから鬼気迫る表情で〈紅き翼〉を追う猟兵たち。
 引き返せない以上、歩みを進める以外に彼等に道は残されていなかった。



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