「さすがはリィンさんですね……」
「まあ、兄様はそういう方ですから……」

 溜め息交じりに感想を漏らすアルフィンとエリゼ。リーシャを紹介された二人の反応は、そんな感じだった。
 自分を殺そうとした暗殺者をあっさり受け入れたこともそうだが、リーシャの気持ちにもまったく気付いていないあたりがリィンらしい。
 恋心というほどのものではないが、リーシャがリィンに対して特別な感情を抱いていることは誰の目にも明らかだった。
 恐らくは、シャーリィとの一件が切っ掛けになっているのだろう。
 シャーリィはああ言う性格だ。リーシャの方から歩み寄れば過去に何があろうと、それが仕事上のことなら引き摺るタイプではない。
 リーシャに限らず、リィンとも昔は殺し合った仲だ。戦場の話を日常に持ち込むほど、シャーリィは野暮な性格をしていなかった。
 元々シャーリィがリーシャを襲ったのも、〈(イン)〉が〈黒月(ヘイユエ)〉と契約を結んでいたからだ。
 リーシャと戦いたかったというのも理由にあるが、リーシャがただ強いだけの一般人なら自重していただろう。

「ですが、あのリーシャ・マオが〈黒月〉と繋がっていて、暗殺者だったなんて……」

 黒月とは、表向き健全な貿易商社を装いながら、裏では非合法な犯罪行為に手を染める――共和国を中心に活動する犯罪組織だ。
 その拠点はカルバート共和国・東方人街にあり、実は数年前にも〈赤い星座〉と揉め事を起こし、対立関係にあった。
 その点から言えば、リーシャにも襲われるだけの理由があり、シャーリィだけの責任とは言えない。それが一つの切っ掛けとなったことは確かだが、クロスベルを去ることを決めたのはリーシャ自身だ。シャーリィに問題がない以上、後はリーシャの心の問題だった。とはいえ、簡単に割り切れれば苦労はない。
 十五の時に父が病死し〈銀〉の名を継ぐまで、リーシャにとって〈銀〉になることが人生のすべてだった。
 母親の顔は知らない。修行の邪魔になるからと、恐らくは父が遠ざけたのだろうということは理解していた。しかし、母に会いたいとか、修行が辛い、苦しいと思ったことは一度としてない。いつ〈銀〉を継ぐことになってもいいようにと技術を学び、知識を授けられ、修行に明け暮れる毎日。物心ついた時には既にそんな生活をしていた彼女にとって、それは唯一の日常だった。
 そのためリーシャは〈銀〉の名を継いでからも父の教えに忠実に従い、周囲が望む伝説の凶手を演じ続けた。
 いつからだろうか? そんな生き方に疑問を持つようになっていったのは――

「姫様、リーシャさんのことをご存じだったのですか?」
「あら? エリゼは聞いたことがない? リーシャ・マオと言えば、イリア・プラティエと並ぶ劇団アルカンシェルの二大スターよ」
「あっ!」

 アルフィンに言われて、いま思い出したかのように、驚きの声を上げるエリゼ。
 余り流行ごとに詳しくないエリゼではあるが、リーシャ・マオの名はそんな彼女でも耳にしたことがあるくらい有名な名前だった。

「凄い方だったんですね。リーシャさんって……」
「いえ、全然……イリアさんと比べれば私なんて……」

 胸の前で手を左右に振って、感心するエリゼの言葉を否定するリーシャ。その表情はどこか寂しげに見えた。
 クロスベルで過ごした半年余りの時間は、リーシャにとって忘れられない思い出だ。
 イリアに「一緒に舞台をやらない?」としつこく誘われた時も、最初は仕事の隠れ蓑に丁度良いと思って誘いを受けただけで、ここまで自分のなかでアルカンシェルが大きな存在になるとは、その時のリーシャは思ってもいなかった。
 居心地がよかったのだと思う。〈銀〉ではなくリーシャ・マオを必要としてくれる場所。
 暖かな人たちに囲まれ、裏の世界とは違う華やかな世界に魅せられ、いつしかリーシャはそこに自分の居場所を求めるようになっていた。
 だからだろう。いまなら分かる。シャーリィを遠ざけようとしていたのは、彼女に自分を重ね、認めたくなかったからだと――

(私は羨ましかったのかもしれない。自分を偽ることを知らない彼女のことが……)

 生まれながらに〈銀〉となることを定められ生きてきたリーシャは、シャーリィのように戦いに喜びを見出したことは一度としてない。いや、そうした考えを抱くことすらなかった。
 そのことから多少歪んではいても、自分を偽ることなく生きてきたシャーリィが、リーシャは少し羨ましかった。
 借り物の名と、与えられた生き方しか知らないリーシャでは、持ち得なかった感情だったからだ。

「なるほど、シャーリィさんと顔見知りなのは、そういうことですか」

 クロスベルでの一件をリーシャの口から聞き、納得の表情を見せるアルフィン。
 リーシャがこんな話をアルフィンたちにしたのは、シャーリィとの関係を説明する上で必要だったからというのもあるが、これまでずっと溜め込んでいたものを話して楽になりたかったから、という思いもあった。以前のリーシャなら、訊かれたところで言葉を濁していただろう。心に整理を付け、少し吹っ切れた証拠だ。
 シャーリィとの出会いから病室での話に流れ、エリゼがいよいよ本題とばかりに、核心に迫る質問をリーシャにする。

「それで、兄様はなんて?」
「えっと……『なら、ここにいろ』と……」

 シャーリィと和解する切っ掛けをくれたのは、リィンの一言だった。
 殺そうとした相手に「帰る場所がない」と弱音を吐いたこともそうだが、「ここにいろ」と言われるとは思ってもいなかった。

「あんなことを言われたのは、イリアさんに続いて二人目です……」

 どこか嬉しそうに話すリーシャを見て、アルフィンとエリゼは溜め息を吐く。
 それだけを聞けば、プロポーズに捉えられても不思議ではない会話だ。
 なのに、リーシャもリィンの言葉を額面通りに受け取っているようで、それが余計に周囲を呆れさせる要因となっていた。

「この責任を、どう取るおつもりですか?」
「まったくです。兄様は少し見境がなさ過ぎます」
「……なんで俺が悪者みたいになってるんだ?」

 アルフィンとエリゼに責められ、納得行かないといった表情を見せるリィン。
 リィンが本人すら自覚していないリーシャの気持ちに気付かないのは仕方のないことと言えるのかもしれないが、少なからずリィンに好意を寄せているアルフィンやエリゼからすれば、思わぬライバル出現と言ったところだった。
 しかも暗殺が本業と言う話だが、あのアルカンシェルの二枚看板を背負っていた女性だ。同じ女性の目から見ても羨むほどにプロポーションがいい。

「強敵、出現……だね」

 若干、羨ましそうにリーシャの胸を見るフィー。自分の胸と見比べて、一つ溜め息を吐く。
 しかしフィーには、まだ義妹というアドバンテージがある。エリゼとアルフィンの方が危機感は大きかった。
 その所為か、半眼で二人に睨まれ、リィンはどう反応していいかわからず溜め息を吐く。

「取り敢えず、その話は置いておくとしてだ。……この状況を説明してくれるか?」

 周囲を見渡しながら、呆れた口調でリィンは説明を求める。リィンたちは今、鳳翼館の露天風呂にきていた。
 ここの温泉は怪我や打ち身によく効くと評判で、遠くから湯治に訪れる客も多いと聞く。
 そのことからリーシャを誘うのは別にいいとしても、なぜ俺まで一緒に……という疑問をリィンが抱くのは当然だった。

「お医者様の許可も頂きましたし、何も問題はないと思いますが?」

 エリゼの的外れな答えに、リィンは「いやいや」と手を左右に振って反論する。
 最初に処置をしたエリオットの回復アーツの腕が良かったこともあるが、リーシャが内功の達人だったことも幸いしていた。多少の痛みは残っているという話だが、傷などは完全に塞がり見た目からは怪我人とわからないほどだ。銃弾も急所を外れていたという話ではあるし、そう言う意味では運も良かったのだろう。
 しかし、それとこれは話が別だ。リィンも一緒でなければならない説明になっていない。
 エリゼでは話にならないと判断して、リィンは当事者に話を振る。

「リーシャもなんで素直に言うことに従ってるんだ? というか、恥ずかしくないのか?」
「別に恥ずかしくないわけでは……ですが、折角のご厚意を無碍にするのも……」
「……お前、本当に暗殺者か? 本気で言ってるのなら、性格的に向いてないから職を変えることをお勧めする」
「え、ええ!?」

 暗殺稼業を辞めて他の職に就けと言われて、困惑の表情を見せるリーシャ。冗談などでなく、本気でリィンは転職すべきだと考えていた。
 優しすぎるのもあれだが、あれこれと無駄に考えすぎるタイプは暗殺者に向いていない。これまではどうにかやってこられたみたいだが、遠くないうちに取り返しの付かないミスをすることは目に見えている。助けたのに死なれるのは寝覚めが悪い、と思ったからこそのアドバイスだった。

「なら、一緒に猟兵やろうよ! リィンの団に入ればいいよね!」

 ザバっと水飛沫を上げ、湯船の中から姿を見せるシャーリィ。
 いつから、そこにいたのか? リーシャも気付かなかった様子で驚きの声を上げる。
 しかし、リィンが気になったのは、そこではなかった。問題はシャーリィの格好だ。

「お前、服は!?」
「え? お風呂って裸で入るものでしょ? ほら、リーシャもそんなの着てないで!」
「え……きゃあっ! ちょっ、やめてください。そこは――」

 真っ裸のシャーリィに湯着を引っ張られ、必死の抵抗を試みるリーシャ。
 シャーリィの手が胸に触れた瞬間、リーシャの口からと艶やかな声が漏れ、

「きゃっ!」
「危ない!」

 バランスを崩し、倒れかけたリーシャをリィンは咄嗟に助けに入った。
 しかし、場所と体勢がまずかった。
 つるりと足を滑らす二人。リィンは身体を張ってリーシャを支えようとするも、二人揃って転倒する。
 お約束と言えば、お約束だろう。リーシャが上で、リィンが下と言った感じで、もつれ合うように二人は倒れていた。

「あんっ!」

 甘い声を漏らすリーシャ。柔らかな感触が手に伝わり、リィンは「ごめん!」と離れようとするも、もがくほどに変なところに当たっていく。

「ダメ……動かないでくだ……ああっ!」
「そんなこと言われてもっ!?」

 甘い吐息を漏らしながら、何かに耐えるようにピクピクと身体を震わせるリーシャ。
 助けに入るどころか顔を真っ赤にして、アルフィンとエリゼは思わず魅入ってしまう。
 このままではまずい、とリィンがどうにか手足を解き、立ち上がろうとした瞬間――
 リーシャの手が目の前の布を掴み、リィンの下半身を隠していた湯着をずり下ろした。

「ユミルの温泉って怪我に効能があるのよね」
「うむ。しっかりと傷を癒すといい。ところでアルティナ。湯着は着なくて良いのか?」
「温泉は裸で入るものとデータにあります。違うのですか?」

 和気藹々とした様子で引き戸を開け、露天風呂に姿を見せるアリサ、ラウラ、アルティナの三名。珍しい組み合わせだと普段なら驚くところだろうが、いまは驚くところが違っていた。
 露天風呂に足を踏み入れた瞬間、無表情で固まる三人。傍から見れば、リィンが裸でリーシャに襲いかかろうとしているようにも見えなくもない光景。まだリーシャが否定してすぐに離れれば、誤解で済ませることも出来たかもしれないが、リィンのアレ≠目の前で直視して固まっており、アルフィンたちも同様に動けないでいた。

「あ、アンタなにやってるのよ!?」
「見損なったぞ! 兄上!」
「相も変わらず、不埒な人ですね……」
「ちょっ、誤解だ! それに相も変わらずってなんだ!?」

 慌てて否定するリィンの元に、無数の木桶が飛んでくる。必死に回避するリィン。
 しかし、それがよくなかった。激しく動いた所為で、ハラリと床に落ちる二枚の湯着。アリサとラウラのものだ。

「な、ななななな……」
「ああああ……」

 自爆だった。顔を真っ赤にして固まるアリサとラウラ。
 その後の展開を予想して、「ああ……」とリィンは額に手を当てる。
 ユミル全体に響くかのような悲鳴と轟音が上がったのは、それから数秒後のことだった。



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