「……閣下を裏切ることは出来ません。ですが、これまで通り皆さんに協力したいと思います」
「それで俺が納得すると?」

 探るような視線でクレアを睨み付けるリィン。

「こんな言葉だけで信用してもらえるとは思っていません。お疑いなら監視を付けて頂いても構いません。ですが、内戦を早く終わらせたいという気持ちは、皆さんと同じです。それに――」
「それに?」
「私にも守りたい存在(もの)はあります。せめて信頼を得るための時間を与えてはもらえませんか?」

 あごに手を当て、考える素振りを見せるリィン。
 元々クレアを仲間に引き込むことは、『出来たら』という程度の賭けでしかなかった。
 ギリアスを裏切れるとは本気で思っていないし、それでも心に楔を打ち込むことが出来ればという狙いもあったから、あんな誘いを口にしたのだ。
 見えないところで、こそこそと暗躍されることを考えれば手元に置いておいた方がいいか、とリィンは考えをまとめる。

「ミリアムはどうするんだ?」
「僕も同じかな。元々〈紅き翼〉をサポートするように言われてたしね」

 淀みのないミリアムの返答に、逡巡するリィン。
 メリットとデメリットを考え、リィンは一つの結論を導き出した。

「エリオット。お前等が、ミリアムの面倒を見ろ」
「え……えええええっ!? ど、どういうこと!?」
学生(おまえら)から得られる情報なんて知れてる。年齢近いし、実力的にもミリアムの足枷に丁度いいだろ」
「なんか、素直に喜べないんだけど……」

 何事もなく話がまとまったことに安堵しつつも、複雑な表情を浮かべるエリオット。
 力不足の自覚はあるものの、面と向かってミリアムの足枷になるだろうと言われれば素直に喜べなかった。リィンからすれば、監視対象は一纏めにしておいた方が対処しやすいと考えただけだ。
 正直なところクレアが裏切るとは考えていないが、ミリアムに関しては怪しい部分がある。確たる証拠もなしに拷問に掛けるような真似も出来ないし、しばらくは泳がせてみようという考えから、VII組と一緒に行動させることにしただけだった。

「取り敢えず、二人の処遇も決まったところで、グエン老。解析結果を報告してくれ」
「うむ。まずは、こちらを見てくれ」
「設計図か?」

 モニターに映し出された装置は巨大な鉄の柱のようなカタチをしており、全長で二アージュほどある。
 とてもではないが通信機に組み込めるような大きさではなかった。これだけの鉄の塊、重量もかなりあるはずだ。

「随分と大きいな……通信機に組み込める大きさじゃないだろ」
「見たこともない部品が幾つも使われておってな。この短時間では装置の小型化までは無理じゃった」

 そういう理由なら仕方ないか、とリィンは納得する。
 むしろ十三工房で作られた代物を、この短時間で解析できただけでもグエンの功績は大きい。
 しかも設計図を起こし、装置の複製品を作ったというのだから、さすがと言うしかなかった。
 そんなグエンの話を、ジョルジュが補足する。

「でも、使い勝手は悪くないと思うよ。これを地面に打ち込めば、一本に付き半径三百セルジュの妨害導力波を打ち消すことが可能だしね」

 確かに通信機一つずつに装置を付ける手間を考えれば、楔を打ち込むだけで一定範囲の通信障害を無効化できるのは効率が良い。
 いつ共和国軍が攻めて来るかわからないという状況では、悠長に事を構えている余裕すらない。そのことを考えれば、合理的な手段だろう。

「明日までに何本用意できる?」
「いまから急ピッチで作業すれば、七本かな?」
「ノルド全域をフォローするのは難しいか」

 それでもポイントを絞ればどうにかなるか、とリィンはしばし考えると、

「部隊をおおまかに二つに分ける」

 そう口にした。
 ノルドの問題はまず放置できないが、サラから要請があったようにルーレの問題も見過ごすことは出来ないと考えての決断だった。
 それに上手く行けば、二つの問題を同時に解決する策もある。

「人質の救出にはエリオットたちVII組とミリアム、サポート役にフィー。トワたちはカレイジャスでゼクス中将と合流次第、装置の設置を急いでくれ。そっちには念のため、シャーリィを護衛に付ける」

 エリオットは勿論、アリサも自分の家族のことだ。ルーレの作戦に加わりたいと言うに決まっている。ならサポート役にフィーをつけて手綱を握っておいた方が、いざという時の対処にも困らない。それにミリアムの監視には、アルティナの扱いに慣れているフィーが適任だろうと考えてのことだった。
 フィーも、そんなリィンの考えに頷いて応える。
 そして装置の設置に関しては運搬などの手間を考えると、カレイジャスでなければ対応できない。なら、トワたち学生に任せるのが適役だ。シャーリィを護衛につけておけば、万が一の事態にも対応できる。そのことを考えれば作戦の部隊を分けることと、メンバーの組み合わせ自体に不満はなかった。
 しかし、そうなるとリィンはどちらの作戦に参加するつもりなのか?
 主戦力であるフィーとシャーリィを敢えて二手に分けたということは、リィン自身はどうするつもりなのか気になり、皆を代表してトワが尋ねた。

「リィンくんは、どうするの?」
「俺はクレアとアルティナを連れて、ラインフォルトの本社ビルを制圧する。その後はアルフィンとセドリックの出番だ」
「ええ、ぼ、僕ですか!?」

 ラインフォルト社を制圧すると言い切るリィンに驚くも、その三人なら難しい話ではないだろうと誰もが確信する。当然セキュリティはしっかりしているだろうが、それでも民間の会社だ。軍の主要施設に比べれば、配備されている戦力も高が知れているだろう。
 仲間のなかでも圧倒的な戦闘力を誇るリィンと、隠密能力に長け、導力端末などの機械にも強いアルティナ。そして計画の立案から実行まで、あらゆる面でサポート役に適したクレア。彼等を止められるとは思えない。
 それよりも気になったのは、アルフィンとセドリックの名前がここで出たことだった。
 その表情からアルフィンは理解しているようだが、セドリックは明らかに困惑している様子が見て取れる。

「ログナー侯を交渉のテーブルに引き摺り出す」

 その一言に誰もが驚く。しかし、それこそ二つの問題を解決すると共に、計画に必要な第一歩だった。


  ◆


 作戦は翌日の正午に開始されることになった。
 共和国が軍を動かすにしても、まだ数日の猶予があるというのがリィンとクレアの見方だった。どの程度の数を揃えてくるかによるが、ゼンダー門を本気で陥落させ、ノルドを占領するつもりでくるのなら最低でも一万から二万。三から四個師団が必要だ。しかし、それだけの戦力を用意するとなると準備にもそれなりの日数が掛かる。
 逆にそれ以下の数であった場合、幾ら通信が妨害されているとは言っても、あのゼクス中将率いる第三機甲師団を降し、ゼンダー門を落とすのは難しい。精々いつもの睨み合いで終わるのがオチだ。むしろ、そうなってくれる方がありがたいのだが、タイミング的に考えて貴族連合と無関係とは思えず、両者が手を結んでいるとすれば、狙いはゼンダー門を置いて他にないとリィンたちは考えていた。
 ここまで事態が進んでしまっている以上、戦争を回避するための手段は一つしかない。
 共和国が軍を動かすまでの僅かな時間の間に、彼等が帝国への侵攻を躊躇するだけの理由を用意する必要があった。

 そのために、解決しなければならない問題は幾つかある。
 まずは地勢の問題。ゼンダー門の西には、ノルティア州を統括するログナー侯の領地がある。敵に後方を抑えられている現状では、補給は勿論のこと増援を期待できない。その上、貴族連合が共和国軍と結託していた場合、戦力差は最低でも三倍。下手をすると、それ以上の戦力差があると思っていい。
 そこに加えて妨害導力波だ。近代戦争の要とも言うべき通信を抑えられている状況では、幾ら精強で知られる第三機甲師団とはいえ、それだけの戦力差を覆して勝利できる可能性はゼロに等しい。これだけの条件が揃っていれば、共和国が軍を動かす理由もわからないではなかった。

「ログナー候の説得なんて、僕に出来るんでしょうか?」

 不安げな表情を浮かべるセドリック。彼は今、カレイジャスの艦内にあるアルフィンの執務室で、リィンからログナー候との交渉の流れについて詳しい説明を受けていた。
 リィンが考えた案とは、ログナー候を味方に引き込むこと。ノルティア領邦軍を共和国軍への牽制として使うことにあった。
 ノルティア州には、総勢二万を超える領邦軍の兵士が詰めている。それに加え、ルーレ経由で補給などの支援を受けられることになれば、いま以上にゼンダー門の守りは強固になる。そうすれば、共和国軍も易々と帝国へ侵攻することは出来なくなるはずだ。しかし、そのためには皇帝家の力。アルフィンやセドリックの協力が必要不可欠だった。
 皇帝には三人の子供がいるが、オリヴァルトは庶子のため正統な皇位継承権を持たず、アルフィンとセドリックでは男子であるセドリックの方が皇位継承権が高く、公的な場での発言力が強い。そのことから交渉のサポート役にアルフィンをつけ、セドリックを前面に押し出す方が交渉しやすいと考えての人選だった。
 次期皇帝候補の言葉となれば、ログナー候も無視は出来ないはずだ。それに貴族連合のなかでもログナー候は、特に皇帝家への忠誠が厚い人物として知られている。そのため、帝都占領の件や皇帝の幽閉に反対していて、ノルドの侵攻作戦にも参加せず、貴族連合から距離を置いている立場にあった。

「お膳立ては、こっちでしてやる。次期皇帝なら、このくらいこなしてみせろ」
「セドリック。そろそろ覚悟を決めなさい。男らしくありませんよ?」

 リィンだけでなく味方と思っていたアルフィンにまで突き放され、セドリックは肩を落とす。

「でも、僕は兄上ほど凄くないし、アルフィンみたいに……」
「わたくしみたいに?」
「図太くないって言いたかったんじゃないのか?」
「リィンさん……」

 半眼でアルフィンに睨まれ、口が過ぎたとリィンは目を逸らしながら頬を掻く。
 とはいえ、セドリックの不安がわからない訳ではないが、それは理由にならないとリィンは言い放つ。

「未熟さを言い訳にするな。そういうのは自分で何もしない奴の屁理屈だ。お前はアルノール皇家の男子、次期皇帝なんだろう? なら、義務と責任を果たせ。幽閉されている親父さんの分までな」
「義務と責任……」

 皇帝の義務とは、国を守る義務。責任とは、民の命を預かる責任だ。
 そして、民は納税の義務を負っている代わりに、国は民の生命と財産を守る責任がある。
 しかし現状を見る限りでは、その責任を国が果たしているとは到底言えない状況だ。

「内戦の件にせよ、共和国に侵攻の隙を作ったのも、皇帝が国内の勢力をまとめきれなかったのが、そもそもの原因だ」
「それは……」

 リィンの言葉に、セドリックは反論できなかった。
 革新派と貴族派の対立がそもそもの原因とはいえ、国内の勢力をまとめきれなかった皇帝の責任は重い。そのことはセドリックもよくわかっていた。

「皇帝の役割はなんだ? 上で踏ん反り返っていることか?」
「ち、違います! 父上は国のために――」
「頑張りましたって言葉は、結果を残せなかった者の言い訳だ。ましてや、お前の親父さんは皇帝だ。僅かな失敗も許される立場にない。その失敗のツケはすべて国民に跳ね返るということを忘れるな」

 ケルディックの一件に限らず、真っ先に戦争の犠牲となるのは民だ。
 犠牲となった人たちに、『努力はしました』と言ったところで慰めにもならない。
 必要なのは結果だ。そしてセドリックの父、ユーゲント三世は失敗した。

「力がすべてと言うつもりはないが、力のないトップなんてのは国を乱す害でしかない。ユーゲント三世の失敗は〈鉄血〉を信用しすぎたことだ。意志と主張が弱いから、革新派・貴族派どちらにもつけ込まれることになる。国のトップに立つなら下任せでなく、ちゃんと仕事しろってんだ」
「リィンさん、それはちょっと……」

 若干苛立ちを隠せない様子で口にするリィン。とはいえ、間違っているとも言えず、アルフィンは複雑な表情を浮かべる。
 余り父親のことを悪くは言いたくないが、それはアルフィン自身感じていたことだった。
 十二年前の百日戦役を境に、皇帝家の力は弱体の一途を辿っている。その原因はエレボニア皇帝ユーゲント三世が、百日戦役の失敗から責任を感じ、政治から一線引いた立場を取っていることにある。
 当時、軍人だったギリアスがユーゲント三世の信任を得て宰相となり、貴族派と革新派の対立が激しさを増し始めたのも、その時期だ。
 下々の考えに理解があると言えば聞こえはいいが、他者を信頼することと責任を放棄することはイコールではない。結果が伴わないのであれば、何もしていないのと同じだ。ギリアスを重用することで貴族派と革新派の対立を助長し、具体的な対策を講じて来なかった責任は皇帝にある。
 セドリックやアルフィンも、アルノールの名を継ぐ以上は無関係とは言えない。ましてやセドリックは次期皇帝の最有力候補だ。望む望まないに拘わらず、大きな選択を迫られる時が必ずやってくる。その時も『未熟だから』という理由で責任を放棄するようでは、為政者としては失格だ。
 ――為すべきことを為す。
 ただ、それだけのことなのだが、余りに唐突過ぎて、セドリックは心を決めかねていた。

「そんなに自分が信じられないか?」

 心を見透かされているような気がして、セドリックは不安と困惑の混じった目でリィンを見る。
 自信がなかった。セドリックは自分なんかが本当に、父の後を継いで皇帝になっていいのかと悩みを抱えていた。
 むしろ、兄上の方が皇帝に相応しいのではないか? そんな風に思ったことは一度や二度ではない。

「でも、僕は父上や兄上と比べれば、何も知らなくて……才能だって……」

 そんなセドリックを見て、溜め息交じりにリィンは話をする。

「才能がないって言うのは、行動を起こした奴が言える台詞だ。お前は何かをしたか? 自分で限界を作って殻に籠もっている奴が口にしていい台詞じゃない」

 セドリックの気持ちがわからない訳ではない。似たような悩みを、リィンも抱えていた時期があった。
 一つ息を吐き、その時のことを思い出しながら、リィンはおもむろに口にする。

「少しだけ昔話をしようか――」

 それは、リィンが『騎士』と呼ばれるようになる前の――過去の物語。
 皆に認められたいと強さを追い求めた結果、過ちを犯しかけた男の失敗談だった。



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