ルーレ郊外の街道でサラと合流したエリオット、アリサ、ラウラ、ガイウス、ユーシスのVII組メンバーとフィー、ミリアムの計八名は、ルーレ北東に位置するザクセン鉄鉱山に向かっていた。
 鉄鉱石の採掘量では帝国でも一、二を争う規模の鉱山として知られている。鉱山内には鉄道が敷かれており、ラインフォルトの本社ビルの地下に直結していてルーレに直接、鉱石を運べるようになっているのだが、その鉄道の車両内にイリーナと士官学院の生徒が軟禁されていることがわかっていた。情報源はアンゼリカだ。
 元々はアンゼリカの考えに同意する一部の兵士からもたらされた内部情報で、ノルティア州の領邦軍のなかでも貴族連合の行いに関して意見は分かれていて、一枚岩とは言えない状況にあることが情報漏洩の背景にあった。
 ザクセン鉄鉱山に向かう山道の途中、エリオットは囚われの人質に関してサラに尋ねた。

「サラ教官。囚われている生徒の数とか、名前はわかっているんですか?」
「名前までは残念ながらわかってないのよね。ただ、人数は二人という話よ」
「母様を入れて、三人か……無事だといいけど」

 不安の混じった声で、心配そうに呟くアリサ。人質として捕らえられているということは、利用価値があるということだ。殺されるということはないだろうが不安は残る。特にアリサの場合、学生は勿論のことだが母親が囚われていることに心配と焦りを感じていた。
 親子の仲は良かったとは決して言えない。原因は、母が変わってしまったこと。最愛の夫を亡くしてからというもの仕事にばかり没頭するようになり、イリーナは家族を省みない性格へと変わっていった。更には、裏で工作をしてグエンを会長職から引きずり下ろしてからというもの、益々イリーナは仕事にのめり込むようになり、段々と壊れていく家族の絆にアリサは耐えられなくなっていった。
 そうしたことから学生寮のあるトールズ士官学院を選んだのも、早く家を出て自立がしたかったから――母への反発の意味が強かった。
 それでも、イリーナが母親であることに変わりはない。血を分けた家族だ。当然、心配もする。
 アリサはイリーナの自分や他人を省みないやり方に反感を抱いていただけで、イリーナのことを本気で嫌っているわけではなかった。
 むしろ、いまは心配の方が大きい。嘗てのグエンと同じように強引なやり口で会長職を追われ、囚われの身となったイリーナのことを、アリサは心の底から心配していた。

「辛気くさい顔しないの。きっと大丈夫よ。それに……あの女≠ェ、このまま黙っているとは思えないしね」

 アリサを元気づけようと、腰に手を当て軽い口調で説教をするサラ。
 あの女とは、イリーナのことを言っているのではないということは、アリサにもすぐわかった。
 思い当たる人物は一人しかいない。イリーナの秘書兼ラインフォルト家のメイドをしていた女性だ。そしてサラにとっては宿敵――いや、天敵と言える相手だった。
 サラの言うように、確かに彼女がイリーナの危機を知って静観しているとは思えない。神出鬼没なメイドのことをよく知るアリサは、「十分に有り得る」とサラの話を素直に受け入れて嘆息した。
 そんなアリサを見ながら、よしよしと満足げに頷くサラを見て、フィーは驚愕した様子で声を漏らす。

「サラが……教師らしいことをしてる」
「ちょっと待ちなさい。アンタ、あたしのことをどういうイメージで見てるのよ?」
「仕事をさぼって年中男を漁ってるけど、男の趣味と酒癖が悪すぎて婚期を逃してばかりいる……ってリィンが言ってた」

 サラの殺意の籠もった睨みに気圧され、途中からリィンに責任を転換するフィー。
 リィンに敵意を燃やすサラを見て、フィーは「リィン、ごめん」と内心で謝罪していた。
 そうこうしているうちに、ザクセン鉄鉱山が見えてきた。
 すっぽりと覆い隠すように、切り立った崖に囲まれた地形。その北寄りの位置に、鉱山の入り口と思しき岩肌をくり貫いたかのような巨大な大穴が見える。穴からは鉄道の線路が伸びていて、アリサたちがきた方角、ルーレに向かって伸びていることが確認できた。

「さすがに警備が厳しいな……」

 フィーに続いて目の良いガイウスは、身を伏せながら警備の人数を確認する。
 見える範囲だけでも十人以上。なかには、もっと大勢の戦力がいると考えていいだろう。

「領邦軍じゃないわね。あいつらは……」
「帝国解放戦線じゃない? まだ、あんなに生き残りのメンバーがいたんだ」

 頭の後ろに手を回しながら、会話に割って入るようにサラの疑問に答えるミリアム。
 帝国解放戦線――その名を聞き、エリオットたちの表情も険しさを増す。
 一時期、帝国全土を賑わしたテロリスト集団の名だ。「帝国をあるべき姿へ」というスローガンを掲げ、ドライケルス広場にて演説中のギリアス・オズボーンを狙撃した実行犯たちでもあった。
 目的のためには命も厭わない。ある意味で猟兵以上に危険な連中だ。

「ん……じゃあ、連中の相手は私がする。サラはアリサたちを連れて人質の救出に向かって」

 迷いなく自分が囮になることを提案するフィー。
 自己犠牲によるものではなく、テロリスト相手の命の奪い合いなら猟兵の領分だと考えただけだった。
 しかし、ラウラは逡巡すると、そのフィーの提案に追従するかのように声を上げた。

「いや、私も残る。囮は多い方がいいだろう」
「……ラウラ?」

 ラクリマ湖の戦いで、あんなことがあった後だ。その言葉がどういう意味を持つか、わからないほど愚かではないはず。
 あの一件でラウラに嫌われたと思っていたフィーは驚いた様子で、訝しげな視線をラウラへと向けた。

「ノルドの一件から、ずっと考えていた。しかし、戦場だからと人殺しを割り切れるほど非情にはなりきれそうにない」
「ん……それが普通だと思う。だから、無理はしなくても……」
「いや、違う。だからこそだ」

 フィーの言葉に、ラウラは首を横に振って応える。

「私にも守りたい存在(もの)がある。しかしそれは他人に委ねていいことではない。友人に手を汚させ、自分は綺麗なままでいようなどと……そんな真似は出来そうにない」
「……友達? 私が?」
「少なくとも私は、そう思っている。……ダメだろうか?」
「……そんなことはない」

 面と向かって『友人』と言われて少し驚きながらも、ラウラの気持ちにフィーは首を横に振りながら答える。
 嫌なはずがなかった。でも、ラウラとでは決定的に考えや価値観が合わない。そのことから嫌われていると思っていたのだ。
 友達と言ってもらえて嬉しかった。しかし、そんな真っ直ぐな想いを持った彼女だからこそ、フィーはもう一度尋ねる。

「……でも、本当にいいの? 殺すことになるよ」
「私は貴族だからな。いつかは父上の後を継ぐ身だ。手を汚すことを恐れていては、領主は務まらない。それにここで逃げ出しては、なんのために剣を学んできたのかわからなくなる。アルゼイドの名に泥を塗るような真似はしたくない」

 貴族とは、民を守るために存在する。いざという時に自分の手を汚すことを恐れ、逃げ出すようでは貴族を名乗る資格はない。
 それが民に寄り添いながら、アルゼイド家がずっと守ってきた流儀。貴族の矜持だ。少なくとも、ラウラはそう思っていた。

「そういうことなら俺も行こう。この程度のことが贖罪になるとは思えないが、公爵家の一員として貴族の義務は果たす」

 ラウラに続いてユーシスが名乗りを挙げる。
 まさかユーシスまで残ると言いだしたことに、フィーは溜め息を交えながらサラに助けを求めた。

「サラ……」
「諦めなさい。こうなったら言うことを聞くような子たちじゃないわ」

 頼みの綱のサラに突き放され、どうしたものかとフィーは悩む。
 中途半端な気持ちで言っているのではないことは目を見れば分かる。十分とは言えないが、戦場に立つ覚悟は示したということだ。

「はあ……」

 肩を落としながら、フィーは盛大に溜め息を吐く。
 これが平民のアリサやエリオット、ノルド出身のガイウスなら話は別だが、ラウラとユーシスは本人たちも口にしているように帝国の貴族だ。
 それは同時に、国や民の命を守るためなら、敵の命を奪う覚悟を持つということでもあった。
 貴族としての誇りと矜持。それを持ち出されたら、フィーも反論は難しい。
 こんな時、リィンならどうするだろうと考え、フィーは無言で頷いた。


  ◆


 無数の銃声と爆音が岩肌に反響する。それは戦闘が始まった合図だった。
 銃声を合図に、サラたちも移動を開始した。ミリアムが〈アガートラム〉の光学迷彩で姿を消しながら先導し、敵がいないことを確認するとサラたちがその後に続く。

「やっぱり便利だね。あの人形兵器」
「ううん……どう考えても既存の技術体系からはありえないのだけど……」

 エリオットが感心している横で、アリサは今一つ納得の行かない表情を浮かべていた。
 アルティナの〈クラウ=ソラス〉もそうだが、ミリアムの白い傀儡〈アガートラム〉もアリサの知る既存の技術体系からは大きく外れたものだった。
 少なくともラインフォルト社に同じような物は作れない。それだけにアリサは一技術者として、その出所が気になっていた。

「皆、隠れて」

 ミリアムの指示に従い、物陰に身を隠すアリサたち。バタバタと足音を立て、帝国解放戦線のメンバーが鉱山の中から姿を見せる。手には導力ライフルと思しき武器を手にしているのが確認できた。
 一瞬、フィーたちの姿がアリサたちの頭を過ぎるが頭を振り、このチャンスを逃すまいと鉱山へ足を踏み入れる。まず最初に目に入ったのは、百アージュはあろうかという高い天井。二百年の歴史を誇る帝国最大規模の鉄鉱山とあって小さな街であれば、すっぽりと収まってしまいそうな広大な空間が広がっていた。

「なんとか見つからずに入れたね」
「油断は禁物よ。まだ敵は残っているでしょうしね」

 油断するな、とエリオットたちに注意を促すサラ。
 大多数はフィーたちが引き付けてくれているお陰で外の防衛に回っているだろうが、何人かは人質の守りに回っているはずだ。
 ここまではどうにかミリアムのお陰で見つかることなく来られたが、この先はそうも行かないだろう。
 自然とエリオットたちの表情も引き締まる。ガイウスが皆を代表してサラに尋ねた。

「人質の囚われている場所はわかっているのか?」
「ええ。列車に監禁されているということだったけど……」
「なら貨物ホームかしら?」

 列車に監禁されているというのは、アンゼリカからもたらされた情報だ。
 この警備の状況から考えて、ここに人質がいることは間違いないが、まだそこにいるかどうかはわからない。
 しかし当てもなく捜し回るよりは遥かにマシだ。一先ず、アリサの言うように貨物ホームに向かってみるか、とサラたちが行き先を決めた、その時だった。

「だ、誰だ!?」

 予期せぬ方角から声を掛けられ、思わず身構えるサラたち。
 言っている傍から――と銃を抜くサラだったが、アリサの声がそんなサラの動きを静止した。

「鉱山長!」
「その声……アリサ嬢ちゃんか!?」

 作業服に身を包んだ恰幅の良い白髪の老人。ここザクセン鉄鉱山の責任者を任されているルドルフという名の熟練の鉱員だった。
 ザクセン鉄鉱山はアルノール皇家の直轄地だが、実質的にノルティア州とラインフォルト社が共同管理している。
 鉱山で働く鉱員の多くは、ラインフォルト社に雇用された人々だ。その関係から、ルドルフはアリサを幼い頃からよく知っていた。

「随分と騒がしいから様子を見に来たんだが、まさかアリサ嬢ちゃんたちとは……。ここにきたということは、やはり……」
「はい。ここに人質≠ェ集められていると聞いて助けにきました」

 敢えて人質と言うところを強調して説明するアリサだったが、ルドルフにはお見通しだった。
 アリサの目的がイリーナだと察したルドルフは、一人納得した様子で頷きながら返事をした。

「会長は貨物ホームに停泊している赤い列車に監禁されているはずだ。恐らく他の人質も一緒だろう」
「赤い列車……アイゼングラーフ号ね」

 ルドルフの説明に、あごに手を当て納得した様子で頷くサラ。
 アイゼングラーフ号とは、〈鋼鉄の伯爵〉の異名を持つ帝国政府の専用列車だ。
 ギリアスは宰相に就任した際、エレボニア皇帝より伯爵位を賜っており、赤い色の列車はその宰相の『鉄血』の名にちなんで付けられていた。
 政府の専用列車とあって内装も豪華で、寝台から食堂までホテル並みの設備が整っていることを考えれば、人質を監禁しておくのに困らないだろう。

「アリサ嬢ちゃん……気を付けてな」

 ルドルフの言葉に無言で頷くと、アリサはサラたちの後を追って貨物ホームへと向かう。
 ここまで戦闘を覚悟していたというのに、予想していた敵の姿は見えない。もっと警備が厳しいと思っていただけに、アリサたちは罠を警戒して訝しげな表情を浮かべる。
 貨物ホームに足を踏み入れた、その時だった。

「この音は……まさかっ!」

 音に反応し、連絡橋の上からホームを見下ろすアリサ。汽笛を鳴らし、赤い列車が動き始めようとしていた。
 そう、目標のアイゼングラーフ号だ。

「そういうこと――急ぐわよ!」
「行かせん!」

 列車を追い掛けようとするサラたちの前に、武装した帝国解放戦線のメンバーが立ち塞がる。
 そうしている間にも列車は速度を増し、ホームから離れつつあった。
 迷ったのは一瞬。決断すると、すぐにサラは行動にでる。雷光のような速さでテロリストたちへと距離を詰めるサラ。

「はあああっ!」

 剣を振り下ろした瞬間、雷が迸り、閃光が場を包み込んだ。

「ここはあたしに任せて行きなさい!」

 サラの声にハッとした様子で目を剥き、顔を見合わせて頷くと、アリサたちは橋の上から飛び降りる。

「なにっ!?」

 突然のアリサたちの行動に驚き、橋の上からホームを覗き込むテロリストたち。
 ギリギリではあったが、アリサたちが無事、列車に飛び乗ったことを確認したサラは口元を緩めた。

「くっ! 撃て! 奴等を逃がすな――」
「残念――アンタたちの相手は、あたしよ」

 追撃を仕掛けようとするテロリストたちに、サラは銃を放った。

「〈紫電〉のバレスタイン!? 我等の邪魔をするか!」
「当然でしょ。あたしの生徒を、アンタたちなんかに殺らせるもんですか!」

 どうにか攻撃を凌ぐも邪魔をされ、忌々しげな表情でテロリストたちはサラを睨み付ける。
 ここにイリーナたちの救出作戦が開始された。



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