ラインフォルト・グループ。通称『RFグループ』や『ラインフォルト社』の名で知られる帝国最大の工業メーカー。
 総資産は大貴族さえも優に凌ぎ、その名は帝国だけでなく世界的な企業として知られている。
 都市の中央にそびえ立つルーレの象徴ともなっているラインフォルトの本社ビル。
 周辺の建物と比べても抜きんでて高く、街のどの位置からでも見上げることが出来る高層ビルの最上階で爆発が起こった。

「きゃああああっ!」
「ラインフォルトのビルが!」
「建物から離れろ! 瓦礫が落下してくるぞ!」

 もくもくと上がる黒い煙を見て、悲鳴を上げる人々。何があったのかと困惑と不安の入り混じった悲鳴や叫び声が喧騒のなかに響く。
 そんなビルの最上階、ラインフォルト家の私邸がある場所で二つの影が激しい衝突を繰り返していた。
 爆発のあった場所から外に飛び出し、壁を蹴って屋上に駆け上がるバンダナの男。帝国解放戦線のリーダー、クロウ・アームブラストは余裕のない表情で武器を構え、追跡者が上がってくるのを待ち構える。
 その時。太陽に影が差したかと思えば、一筋の閃光がクロウの頭上目掛けて迫った。
 ダブルセイバーを上段に構え、追跡者――リィン・クラウゼルの攻撃を受け止めるクロウ。

「ぐうっ!」

 激震が走った。文字通り建物全体が揺れるかのような衝撃。
 コンクリート製の地面に亀裂が走り、粉塵を巻き上げながらクロウは階下へと弾き飛ばされる。
 ラインフォルト家の私邸をぶち抜き、更に下の階層まで落とされたクロウは瓦礫に埋もれながら肺の中の息を吐き出した。

「カハッ……」

 瓦礫を払い除け、ダブルセイバーを杖にして、クロウはよろよろと立ち上がる。
 そんなクロウの前に、〈鬼の力〉を身に宿した白髪の青年が余裕の笑みで降り立つ。
 伝承に登場する吸血鬼のような真紅の瞳で睨まれ、その迫力に気圧され、クロウは息を呑んだ。

「アンゼリカを大人しく行かせるとはな。ハイデルの護衛が目的じゃなかったのか?」

 トントンと右手に持った銃剣で自分の肩を叩きながら、リィンはクロウに尋ねた。
 いまハイデルに失脚されて困るのは貴族連合だ。アルバレア公があんなことになり、この上ハイデルが失脚してログナー侯爵家の協力まで得られなくなったら、貴族連合の戦力は半減し崩壊の危機を招きかねない。
 当然そうした事態を静観できるはずもなく、誰かを差し向けてくる可能性はリィンも考慮していた。それがまさか、クロウとは思わなかったが――
 しかし、クロウにはどうもハイデルを守ろうという意志が見られない。そのことから何か他の目的があるのではないか、と思っての質問だった。

「よく言うぜ。行かせる気なんてなかったくせによ……」

 しかし、そんなリィンの考えとは少し違い、クロウは動かなかったのではなく動けなかった。
 元よりアンゼリカを傷つける気はなかったが、アンゼリカを追うような真似をした時点で、後ろからバッサリと斬られるイメージしか湧かなかったからだ。

「それにハイデルの護衛はついでだ。用があるのは、お前だからな。リィン・クラウゼル」
「用ね……俺のことは、ヴィータから聞いたのか?」
「聞くまでもないさ。有名人だからな。お前さんは……」

 レグラムの一件にせよ、貴族連合を通じてクロウの元に寄せられた情報のほとんどは、冗談としか思えないような話ばかりではあるが、リィンが化け物クラスの実力者であることは見当が付いていた。
 結社の連中と五分か、それ以上の実力を持っていることは――
 しかし強いことは知っていたが、ここまで一方的にやられるとは思ってもいなかっただけに、クロウは軽くショックを隠せない様子で話す。

「それで? 実際に会ってみた感想は?」
「噂以上の化け物だ。正直、生身では勝てる気がしないな……」

 実際に会ってみて、噂以上の怪物だとクロウは賞賛する。これまで見てきたどんな実力者よりも、リィンは底が知れない。数多の修羅場を潜り抜けてきたクロウの眼力を持ってしても、リィンの実力の底はまったく読み切れなかった。あの〈黄金の羅刹〉に手傷を負わせるはずだ、とクロウは嫌な汗を流す。
 レグラムの一件で傷を負ったオーレリアは現在、領邦軍を離れ、領地で静養をしていた。詳しい話を聞こうと伯爵家の屋敷を訪れた際、「目標とする男が出来た」と憑物が落ちたかのように愉しげに語ったオーレリアの顔がクロウは忘れられない。そういう意味でも、リィンには興味があったのだ。

「いや、結構やると思うぞ? まあ、シャーリィほどじゃないが、サラと互角くらいか? その年齢で、それだけ出来ればたいしたもんだ」

 まったく褒められている気がせず、クロウは溜め息を漏らす。
 サラの実力はよく知っている。負けるとは思わないが、本気のサラが相手ではギリギリの戦いになるだろうというのがクロウの予想だった。
 そんな強者を引き合いにだして「サラと互角くらい」と言い切れる時点で、常識が通用しない相手であることがわかる。
 それだけの実力者を相手にしても、まだ余裕があるということだ。とてもではないが、今のままでは勝てる気はしなかった。

「で? 騎神は呼ばなくていいのか?」
「……呼んでもいいのか? 幾らお前さんが強くても生身じゃ勝てないだろう?」
「どうかな? やりようは幾らでもあるからな。少なくとも負ける気はしない」

 嘘だとは思えず、リィンに対する警戒を更に強めるクロウ。
 騎神に対抗できるだけの奥の手が、リィンにはあるのだとクロウは察する。恐らくはレグラムやノルドで使ったという力のことだと思い至った。
 ローエングリン城を吹き飛ばし、山の一部を消失させたほどの力だ。確かにその力を使えば騎神に対抗できるかもしれないとクロウは思う。
 その上で、クロウは探るような視線でリィンに尋ねた。

「なるほどな……それが騎神を必要としない理由か?」
「ああ、気付いてたのか」

 予想はしていたこととはいえ、クロウがここにきた目的をリィンは察した。
 旧校舎の地下に封じられた騎神。その起動者とならない理由を、クロウは尋ねていた。
 例の力に関してもデュバリィに見られている以上、ヴィータの耳に入っていても不思議ではない。それに使命を帯びた魔女には不思議な力がある。試練の導き手として、起動者となり得る存在を見抜く力が――
 もしかしたらとは思ってはいたが、とっくに気付かれていたのだろうとリィンは思った。
 恐らくクロウはそれを確かめにきたのだろう。蒼の起動者として、自分が戦う相手を見定めるために――

「結社の計画を邪魔するつもりもなければ協力するつもりもない。それは以前、ヴィータにも言ったことだ」

 だが、それは〈結社〉の事情だ。俺には関係ないとリィンは突っぱねる。
 確かに一時的に手を結んだが、デュバリィの件も未来の知識、情報の対価だと考えれば真っ当な取り引きだ。
 結社の計画に協力すると約束したつもりも、仲間になった覚えもなかった。

「結社の計画に協力する気がないのはわかった。だが、力はあって困るものじゃない。猟兵なら尚更、そうした力を必要とするはずだ。どうして、そこまで拒む?」

 それでも腑に落ちない点を感じたクロウは何か理由があるのだと察し、リィンに尋ねる。
 しかし、クロウが疑問を持ち、そうした質問をしてくることはリィンも予想していた。

「ギリアスの狙いの一つが騎神にあるからだ」
「なっ……鉄血の野郎は死んだはずだ。何故ここで奴の名前がでてくる!?」

 自分が殺したはずの人物の名前がでてきたことで、クロウは動揺を見せる。

「生きてるとしたら?」
「それはないはずだ! 俺は、俺はこの手で確かに鉄血を――」
「はずだろ? ちゃんと死体を確かめたのか?」
「それは……」

 そんな風に言われれば、確かに殺したと言い切る自信はクロウにはなかった。
 リィンの言うように、ギリアスの死体を確認したわけではなかったからだ。それに違和感を抱いていたのは確かだ。
 もしかして――そういう可能性は考えなかったわけではないが、それを口にするということは仲間の死を無駄にする気がして、敢えて思考から遠ざけていた。

「影武者だったのか、死人が蘇ったのかはわからないがな。状況から見て、生きていると考えるのが自然だ。なんなら根拠も示せるが、どうする?」

 苦々しげな表情を浮かべ、クロウは首を横に振って応える。そこまでする必要はなかった。
 ギリアスが生きていると仮定すれば、これまでのことにも合点の行くことが幾つかある。

「もし……鉄血が生きているとして、奴の狙いが騎神というのはどういうことだ?」
「ああ、俺ってギリアスの血を引いてるらしくてな。父親ぶって利用されるのも癪だろ?」
「……はあ!?」

 ギリアスが生きていたという以上に、今日一番の驚きを見せるクロウ。確かにそう言われてみれば、鼻筋や顔立ちとか似ている気がしなくもない。だが、俄には信じられないような話だった。
 しかしリィンの話が事実なら、確かに面倒なことになりかねない。ああ見えて、ギリアスは爵位を持っている。貴族の家の子供には自身の人生を決める選択権などないに等しい。そして子供を認知するかどうかは、当主の一方的な通告のみで可能だ。通常、認知された側の子供が断ることは出来ない。というのも貴族が子を認知するということは、家を存続させるための必要処置として認められているし、貴族社会において徳として見られているからだ。
 貴族の一員に迎えられることは名誉なことであり、それを断るなどとんでもないと言った考え方だ。
 そして子供や、その子供の持ち物をどうしようと親の自由ということになる。
 理不尽に思えるかもしれないが、ここは日本ではない。法的には、親が子供をどう扱おうと周りが口を挟む権利はなかった。

「まあ、昔のことなんて覚えてないから、奴が親なんて言われても実感は湧かないけど」
「そんなことは一言も、ヴィータから聞いていないんだが……」
「言ってなかったからな。だから、いま言った」

 悪びれた様子もなく、さも当然とばかりに重要な告白するリィンに、ああこういう奴なのか、とクロウはげんなりした表情で納得する。
 確かに嫌味なところはギリアスに似ていると納得しつつ、クロウはこれまでのリィンの話が真実と仮定して質問をした。

「狙いは騎神にあると言ったな。それは騎神の力を必要としているということか?」
「正確には騎神の力も≠セな。奴の真の狙いは幻焔計画を乗っ取り、クロスベルをも支配することだ。そうして力を蓄え、激動の時代に備えるつもりでいるんじゃないかと俺は見ている。目的を叶えるためにな」
「……目的? なんだ、それは?」
「さてな。詳しいことは奴に聞いてみないとわからないが、クロスベルだけでなく帝国さえも奴にとっては、その目的を達成するための駒でしかないんだろう。奴の提唱する領土拡張政策の犠牲となった国や地域さえもな」

 故郷のことも言われているのだと察し、クロウはギリッと歯を食いしばる。

「俺のことを知ってたのか……」
「まあな。ジュライにも何度か行ったことがある。メシも美味いし良いところだよな」
「へ……まさか、敵に故郷のことを褒められるとはな……」

 ジュライ特区――そこがクロウの生まれ育った故郷だ。帝国に併呑される前は、ジュライ市国と呼ばれる小さな都市国家だった。
 人口は十五万人ほど。小さいながらも周辺諸国との海上交易で繁栄してきた都市国家で、幸いなことに土地や資源にも恵まれ飢えに苦しむ者もなく、近隣諸国との交易によって経済的にも安定しており、人々の笑顔が絶えない――そんな国だった。
 その穏やかな日々が、いつまでも続くものと思っていた。二十六年前、隣国のノーザンブリアで異変が起きるまでは――
 後に〈ノーザンブリア異変〉や〈塩の杭事件〉と呼ばれる大災害。海上交易で隣国と深い付き合いにあったジュライもまた、その影響を避けることは出来ず、北西沿岸の交易が大幅に縮小されたことで経済は急激に冷え込み、ノーザンブリア同様にジュライも衰退を余儀なくされてしまう。
 それでも国土の半分が塩となったノーザンブリアに比べればマシな方で、歴史ある建造物や七耀石の取れる鉱山、北海の豊富な漁業資源を活用して、どうにか落ち込んだ経済を建て直そうと様々な試みがなされた。
 その陣頭指揮を取っていたのが、クロウの育ての親。当時、ジュライ市長をやっていた彼の祖父だ。

 そうした努力の甲斐もあって少しずつ経済は上向きになり、街にも活気が戻り始めた、そんな時だ。帝国政府が近づいてきたのは――
 帝国政府から持ち掛けられた提案。それは帝都からジュライ市国にまで鉄道を通す計画だった。
 元々は海運中心の都市ではあったが、陸路での交易に活路が見出せれば、沈んだ経済を一気に上向きへ転じることが可能かもしれない。
 そう考えた市議会の声に押し切られるカタチで議会は採決し、鉄道が敷かれることになった。それが十年前のことだ。
 市議会の予想通り、鉄道を使った交易が開始されてからというもの、帝国から大量の金や物が流れてくることで市国は僅か一年で息を吹き返し、以前を超えるほどの賑わいを見せるようになっていった。しかし、それが帝国の用意した罠だと気付いた時には、すべてが遅かった。
 鉄道が敷かれる前から危険性を訴えていた市長だったが、その声は人々の耳に届くことなく遂にその時がきてしまう。
 ある日、市国へと通じる鉄道路線が何者かによって爆破され、その復興が急がれるなか帝国政府が待ったを掛けたのだ。

 ――市国の安全保障体制は脆弱。そんなところに帝国の資産を預けておくことは出来ない。

 というもっともらしい理由を付けて、国内の帝国資産をすべて引き上げると言ってきたのだ。それは余りに唐突で一方的な通告だった。
 クロスベルには共和国という対抗勢力がいたことで、歪ではあるものの絶妙なバランスを保つことが出来ていた。
 しかし市国には、帝国という巨大な国家に対抗できる勢力は存在しなかった。
 帝国が資本を引き上げたことで関連株は暴落。ジュライは最大の取り引き相手を失い、嘗て無いほどの混乱と経済危機に見舞われることになった。犯人も判らないまま市民の不満は政府へと向かう中、当時エレボニア宰相に就任して三年目のギリアス・オズボーンが市国へと乗り込んできて、帝国への帰属を求めてきた。
 鉄道の復旧と警備は今後、帝国正規軍が請け負う。代わりにジュライは帝国の一員となるように、と提案してきたのだ。
 余りにタイミングが良すぎる話。すべて帝国政府――ギリアスがジュライを取り込むために企てた謀略だということは、誰の目にも明らかだった。そんななか帝国から持ち掛けられた提案に、唯一慎重な意見を述べていた市長に爆破の容疑がかけられ、市民や市議会からはその罪や責任を問う声が叫ばれた。
 結局、人は一度味わった繁栄という果実の味を忘れることが出来ない。市民の声や、関税撤廃・経済特区という好条件もあり、議会は帝国の提案を受け入れることで採決し、市国はその長い歴史に幕を閉じることになった。

 クロウの祖父はその後、証拠不十分ということで罪に問われることはなかったものの、市長を辞任して半年後にあっさりと息を引き取ってしまった。それが八年前のこと。幼くして両親を亡くし、他に身寄りのないクロウにとって祖父は唯一の肉親であり、様々なことを教えてくれた師匠でもあった。死んだ祖父の墓の前に立ち尽くし、ギリアスへの復讐を誓ったのは、その時だ。
 ギリアスが悪だと論じるつもりはない。ただ、祖父がしてやられた借りをギリアスへ返すことが、クロウの目標となった。
 その後、ジュライを離れたクロウは旅先でカイエン公と知り合い、彼にスポンサーとなってもらうことで同じような過去を持つ同志を集め、彼等と共に帝国解放戦線を作った。それが、いまから三年前、十六の時のことだ。
 そしてカイエン公のところに出入りしていたヴィータと出会い、彼女の導きで海都オルディスの地下に眠る騎神と邂逅した。
 本当にいろいろなことがあった。そんな過去を振り返りながら、クロウは複雑な心境を口にする。

「その話が本当なら、俺たちはまんまと奴の思惑に乗せられたということか……」

 失ったものは返って来ない。それでも一泡吹かせてやりたい。
 鉄血に一矢報いてやるつもりで練った計画。それが奴の思惑に踊らされていただけなど、出来ることなら信じたくない話だった。
 しかし、そんな嘘を吐いたところで、リィンにメリットがないことくらいクロウにもわかっていた。
 現実から目を背けたところで、死んでいった仲間たちが生き返るわけでも、犯した罪がなかったことになるわけでもない。

「で、いいように踊らされて諦めるのか?」
「まさか……」

 もし、鉄血が本当にまだ生きているのなら、やることは決まっている。
 そんな意志をクロウは見せる。そして、何故そんな話をリィンがしたのか、クロウは気になった。

「どうして、そんな話を俺にした?」
「まあ、そろそろ誰かが来る頃だと思っていたしな。それに子供のお使いじゃないんだ。手ぶらで帰るわけにはいかないだろう?」

 食えない奴だ、とクロウはリィンの評価を更に改める。
 嘘ではないのだろうが、恐らくまだ本当のことは言ってないとクロウは察した。

「とはいえ、それだけじゃ納得は行かないだろう。だから、取り引きをしないか?」

 そんなクロウの疑問に答えるかのように、リィンはある提案を持ち掛けた。



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