――ノルド高原、ゼンダー門。
 妨害導力波の無効化装置の設置作業を無事に終え、リィンたちに連絡を取ろうと準備をしていたトワたちの元へ一つの通信が入った。

『よかった。やっと繋がったか』

 それは第七機甲師団のミュラーと別れ、現在は第四機甲師団に身を寄せているはずのナイトハルトからの通信だった。
 通信状況がまだ悪いらしく、ザザと画面が何度も乱れる。
 それでも、まったく通信が出来なかったことを思えば、遥かに状況は改善されていた。

『そちらは大変なことになっているみたいだな』

 現在、ナイトハルトの部隊はノルドから南西百キロほどの地点を移動していた。
 鉄道憲兵隊を通してクレアからノルド方面の共和国軍が部隊を展開しているとの報告を受けたクレイグ中将は状況を確かめるため、ナイトハルト少佐率いる空挺部隊を先遣隊としてノルド方面へ派遣していたのだ。
 そこで、どうにか〈紅き翼〉と連絡が取れないかと考え、通信を何度も試みていた。
 そして先程、どうにか繋がったというわけだ。

「はい。もしかしてクレア大尉から、そのことを?」
『ああ、その通りだ。あちらの作戦も、どうやら上手く行ったらしい。現在、セドリック殿下とアルフィン殿下に説得されたログナー候の部隊が、そちらに向かっているはずだ。イリーナ会長も無事救出されたとの報告を受けている』

 カレイジャスのブリッジに安堵の声が漏れる。
 リィンたちなら心配はいらないと思っていても、やはり話を聞くまでは心配だった。
 それにリィンの目論見通りログナー候の説得が上手く行ったのなら、このまま共和国との戦争も回避できるかもしれない。そんな希望がトワたちの胸に宿る。

『我々もノルドの状況を確かめるために、こうして派遣されたという次第だ』

 ナイトハルトがノルドに程近い場所にいる事情を察し、トワは理解の色を示す。
 恐らくは、クレイグ中将の計らいだろうと察することが出来た。

『それと、もう一つ……キミたちに伝えておくことがある』

 何やら先程とは打って変わって、険しい表情でナイトハルトは語る。
 その空気を察してトワたちも息を呑み、ブリッジが静まり返る。

『クロスベルで何やら動きがあったようだ。結界が消失したことはキミたちも知っていると思うが、今日の昼過ぎ――クロスベル方面に正体不明の巨大な大樹が出現した』
「……正体不明の大樹?」

 現実的とは思えないナイトハルトの話に、ブリッジの乗組員たちは呆気に取られる。
 クロスベルの話は俄には信じがたいような話が多く、トワたちも話半分で聞いている部分が大きかった。
 しかし、ナイトハルトがそのような嘘を吐くとは思えず困惑の表情を浮かべる。

「ああ、もうそこまで計画が進んでたんだ」

 そんななか一人だけ、ナイトハルトの言葉の意味を理解している人物がいた。
 頭の後ろで両手を組み、一人納得した表情を浮かべる赤毛の少女。シャーリィ・オルランドだ。

「シャルちゃん、何か知ってるの?」
「詳しいことは知らないけどね。たぶんそれ〈碧の大樹〉とかいう奴じゃないかな?」
「碧の大樹……」

 シャーリィの口からでた『碧の大樹』という言葉に、何か嫌な予感を覚えるトワ。
 少しでも、いまは情報が欲しい。他に何か知っていないかと、トワがシャーリィに尋ねようとした、その時だった。
 端末に向かっていた通信担当の少女の元に、第三機甲師団からの電文が入る。それを見た少女――肩の位置で髪を三つ編みに束ね、緑の制服を纏った士官学院の一年生リンデは驚きの表情を浮かべ、慌ててトワの名を叫んだ。

「た、大変です! トワ会長!」

 すぐに通信の内容をトワの手元の端末に転送するリンデ。それを目にしたトワの顔が驚きに染まる。
 その異常な事態を察知したナイトハルトは通信越しにトワに尋ねた。

『何かあったのか?』
「第三機甲師団の監視艇から報告がありました。監視塔方面に展開していた貴族連合が背後から共和国軍の奇襲を受け、アルバレア公の乗った旗艦が撃墜されたと……」

 驚愕に目を剥くナイトハルト。状況は予測を超えた事態へと向かおうとしていた。


  ◆


 第三機甲師団が共和国軍に問い合せ、返ってきた言葉を要約すると、
 ――帝国軍の脅威から祖国を守るため、我々は軍事行動を起こしたに過ぎない。むしろ休戦協定を無視し、我が国を挑発するかの如くノルドに軍を展開した貴国を非難すると共に、説明と賠償を求めるものである。
 ようは、仕掛けてきたのは帝国の方が先だ。我々は国を守るために戦ったに過ぎない、というのが共和国の主張だった。

「どっちが挑発してるのやら、分からない返答だな」
『うん……でも、こちらの立場からすると否定することも難しいんだよね』

 カレイジャスからの通信を受け、トワの説明になんとも言えない表情で答えるリィン。
 しかしトワの言うように、そう言われてしまえば真っ向から否定することも難しい内容だった。
 帝国以外の国から見れば、正規軍も貴族連合も帝国の一部に違いない。アルバレア公がノルド高原に軍を展開していたことは事実で、客観的に見て共和国の言い分を否定することは難しかった。

『すみません……私が皆さんに早くお伝えしていれば……』
「その顔からすると、こうなることを知っていたのか?」
『私に与えられた任務は貴族派の監視と、アルバレア公が正規軍に捕らえられる前に暗殺することでした。恐らくは、私との連絡が付かなくなったため、こうした強硬手段にでたのではないかと……』

 貴族連合と共和国の繋がりの証拠を残さないために、アルバレア公を旗艦ごと葬り去った。
 リーシャの言うように、ありえない話ではなかった。
 最初から共和国はアルバレア公を利用するだけ利用して、切り捨てるつもりだったということだ。

「父上……」

 話を聞き、ユーシスは拳をギュッと握りしめ、苦い表情を浮かべる。
 アルバレア公の件は自業自得とはいえ、こんな風に父親を亡くして複雑な想いがあるのだろう。
 ノルドに展開していた貴族連合の軍は、背後からの奇襲を受けて壊滅状態。結果、北部との境、平原中央にある監視塔も共和国に奪われてしまっていた。これも共和国の狙いだったのだろう。
 最初から帝国まで攻め込む気はなく、ノルドの支配地域を広げることと帝国の方から不戦条約を破ったという大義名分が欲しかっただけなのだ。アルバレア公はそんな共和国の思惑にまんまと乗せられただけということだ。

「だが、これで合点が行った」
『……どういうこと?』
「さっき入った情報だけどな。帝国西部でも動きがあったんだよ」

 不思議そうに首を傾げるトワに、リィンは肩をすくめながら答える。
 帝都にある最大手の新聞社『帝国時報』などを通じて、ルーファス・アルバレアが逃亡したヘルムート・アルバレアに代わって公爵位を叙勲したと発表したのだ。ご丁寧に一部≠フ貴族派の暴走を非難する声明付きで――
 通常、当主変更による叙勲には皇帝の許しが必要だ。しかしカイエン公に皇帝が幽閉されている以上、皇帝の許しを得たと言ってしまえば、幾らでも言い分はまかり通る。
 バリアハートが第四機甲師団の手に落ち、ログナー候が貴族連合からの脱退を宣言し、この上アルバレア公が死んだとなれば、貴族派の結束に綻びが生じかねない。恐らくはそうした事態を恐れ、アルバレア公を切り捨てることで、その権限のすべてをルーファスが受け継いだのだろう。
 タイミングから見て、偶然とは思えない。恐らくはアルバレア公がノルドで戦死することを知っていたのだろう。あらかじめ、共和国とそういう話が出来上がっていたという可能性もある。
 大人しくしていたかと思えば、この動き。本当にカイエン公に捕まっていたのか、そこさえも怪しくなってきた。

「アルティナも昨夜から姿が見えないしな……」
『それって……』
「まあ、ルーファスから新しい指示があったんだろうな」

 リィンの言葉に、困惑した様子を見せるトワ。
 昨夜からアルティナの姿が見えなくなっていた。恐らくはルーファスから連絡があり、別の命令が与えられたのだろう。
 しかし、リィンは特に驚く様子もなく、平静を保っていた。いつか、こういう日がくることはわかっていたからだ。

『……リィンくん、いいの?』
「敵に回るなら戦うだけだ。アルティナも覚悟はしているだろう」

 クレアと同じく考える機会は幾らでもあった。しかし、ルーファスの元に戻ることを決めたのはアルティナ自身だ。敵として立ち塞がるのなら戦うだけだ。リィンはその覚悟を決めていた。
 トワには分からないだろうが、昨日の味方が明日には敵になっていることなど、猟兵の世界では珍しくない話だ。そしてそうした覚悟は、アルティナと仲の良かったフィーも当然持っている。アルティナが敵として立ち塞がるのなら、フィーも容赦なくアルティナを倒しに行くだろう。その結果、彼女を殺すことになってもだ。

「取り敢えず、ルーレで合流しよう。今後のことについて詳しく協議もしたいしな」
『うん。夕方には、そっちに着くと思う。あ、そうだ。その前にクロスベルのことなんだけど――』
「……クロスベル?」

 トワの話に嫌な予感を覚えて、眉をひそめるリィン。その予感は当たっていた。


  ◆


 ログナー家の邸宅にあてがわれた客室のベッドに、ドッと腰を下ろしたリィンは疲れきった表情で呟く。

「碧の大樹か……」

 そう口にしながら、深い溜め息を吐くリィン。
 碧の大樹――その名をリィンはよく覚えていた。リィンの知る原作でも重要な鍵となるものだったからだ。
 碧い輝きを放ち、雲にまで届く巨大な大樹。その力は世界を組み替え、現代・過去・未来さえにも影響し、世界の根幹を為す因果に干渉することが出来ると原作では説明されていた。嘗て、この世界に存在したとされる〈始まりの地〉のように――
 常識では考えられないような話ではあるが、現実に大樹の核ともなっているキーアという少女は、その力を使って過去を改変したことがあった。
 ロイド・バニングス。そしてクロスベル警察・特務支援課の皆。その大切な家族を救うために――彼女は力を使い、過去を改変した。
 教団の生き残り、ヨアヒム・ギュンターによって殺されるはずだったロイドたちの歴史をなかったことにして、世界を再構築したのだ。
 その力の源となったのが、〈七の至宝(セプト・テリオン)〉と呼ばれる女神(エイドス)の遺産だ。

「零の至宝か……」

 かなり曖昧になりつつある原作の知識を辿りながら、思考に耽るリィン。
 因果と認識に干渉する〈幻〉の力に加え、時空間に干渉する〈時〉と〈空〉の力を合わせ、過去から未来にかけて世界が持つ因果を操作できる力をキーアは覚醒させ――
 碧の大樹を計画したマリアベル・クロイスは、そんなキーアの力を『零の至宝』と呼んでいた。

「そういえば、あの力も過去と未来を見通す力があるんだったな……」

 ずっと引っ掛かっていた。この世界に転生した理由、そして未来を知る何者かがいること。
 最初は自分と同じ転生者がいるのではないかと考えていたが、それにしては余りに相手の姿が見えてこない。その前提がそもそも間違っていたのだとしたら? そんな考えが、リィンの頭を過ぎるが――
 頭を振るリィン。碧の大樹が出現したということは、クロスベルの方も大詰めを迎えているということだ。そしてそれは、帝国とクロスベルで〈結社〉が進めていた計画も、次の段階を迎えようとしているということだ。そんな状況で他のことに意識を割いている余裕は、いまのリィンにはなかった。
 それにクロスベルだけでなく貴族連合、ルーファスにも動きがあったということは、カイエン公の計画も最終段階に入っていると考えていいだろう。近いうちに大きな動きがあると見て間違いない。
 ――決戦は近い。リィンは嘗て無い戦いの前触れを、静かに感じ取っていた。



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