正式に正規軍との間に停戦が取り交わされ、リィンの予想通りに共和国軍の侵攻はそこで止まった。しかし平原北部は完全に共和国の支配域になったことで、帝国にとってもノルドの民にとっても厳しい状況にあることは間違いなかった。
 これを機に共和国はノルドの属州化をより積極的に進めてくるだろうし、これまでと同じようにとは行かないだろう。実際、共和国は新たな基地の建設に着手を始めていた。
 そして、帝国東部でも動きがあった。正式にアルフィンとセドリックによる臨時政府の設立が宣言され、カイエン公・アルバレア公に反逆の容疑が掛けられた。主には国家転覆を謀った内乱罪の容疑だ。
 テロリストを使って宰相の暗殺を計画したことや、帝都を不当に占拠し皇帝を幽閉している件などを痛烈に批判され、これによって国内の情勢は大きく動くことになる。貴族派・革新派を問わずアルフィンやセドリックの考えに同調する者たちが現れ、中立派ならぬ皇族派とでも言うべき第三の勢力が出来上がりつつあった。
 というのも革新派の筆頭ギリアス・オズボーンのやり方には付いていけないが、かと言って両派閥の意向を無視して中立を宣言し続けられるほどの力や度胸もなく、渋々カイエン公に従っていたという者たちも少なくなかったからだ。
 そこに加えて、バリアハートの陥落にアルバレア公の戦死。更にはログナー候が貴族連合を脱退し、アルフィンとセドリックへの忠誠を表明したことで、どうにか抑えつけてきた内部の不満が一気に爆発したのだろう。
 遂には、サザーランド州を治める四大名門貴族の一人、ハイアームズ候が中立を宣言したことで、カイエン公は孤立を余儀なくされる状況へと追い込まれていった。

「貴族派の圧力が掛かっていないラジオや新聞社は、軒並みアルフィンやセドリックの記事で占められてるな。任せて欲しいというから、こっちの手配はほとんど丸投げだったとはいえ、一体どうやったんだ?」

 最大手の新聞社『帝国時報』は貴族連合に押さえられている現状、帝国全土に情報を行き渡らせるには各地の中小マスメディアを利用するしかない。しかしそこにも当然、貴族連合の目はあるはずだ。
 こういうものは一気にやらないと効果は薄い。貴族連合の目をかいくぐり、各地のマスコミを一斉に動かすというのは口にするほど簡単な話ではない。どうやったのか気になり、リィンは感心した様子でアルフィンに尋ねた。

「そこは、オリヴァルト兄様やトヴァルさんに手伝って頂きました」
「ああ、ユミルにエリゼが残ったのは、そういうことか……」

 アルフィンがエリゼをユミルに残した理由を察するリィン。元々、オリヴァルトをどうやって味方に引き込もうかと悩んでいたのだ。
 リィンとしては外堀を埋めた上で、協力をせざるを得ない状況に持っていくつもりでいたのだ。
 そうした根回しをトヴァルを交渉の窓口にすることで、密かにエリゼを使ってアルフィンは水面下で行っていたのだろう。
 オリヴァルトは女と酒に弱い。勿論、公私を分ける程度の分別はあるが、可愛い妹の頼みだ。断れるはずがない。
 どちせによ、アルフィンの計画が達成されれば、オリヴァルトの望みも大半は叶うことになる。尚更、協力しないというのは難しい。
 肩を落とし、呆れながらも渋々協力するオリヴァルトの姿が目に浮かび、「ざまあないな」とリィンは内心呟いた。

「はい。貴族連合の統治で報道に規制が掛けられ、不満を持っている報道関係者は多いですから、皆さんとても協力的だったと」
「自業自得とはいえ、こうなると悲惨だな。カイエン公も……」

 旗色が悪くなった途端、次々に裏切られ、カイエン公からすれば「ふざけるな!」と文句を言いたい最悪な状況だろう。
 ここまでカイエン公が追い込まれているのには、アルフィンやセドリックの人気の高さも背景にある。『帝国の至宝』と呼ばれ、その愛らしさから貴族・平民を問わず支持者の多い二人だ。
 その二人が民のために立ち上がり、両親を助けだすために頑張っている姿は人々の心に勇気と希望を与える。誰もが好みそうな美談だ。
 そんな状況でカイエン公に味方する者といえば、カイエン公が失脚すると困る連中ばかりだ。とはいえ、そうした者たちのなかには四大名門には劣るものの有力な貴族が多い。優位に事が進んでいるとはいえ、帝都と皇帝を押さえられている現状に変わりはなく、油断の出来ない状況に変わりなかった。
 しかし逆に考えれば、ここでカイエン公やその取り巻きをすべて捕らえることが出来れば、内戦終結後の政策もやり易くなる。
 カイエン公を孤立させた理由には、帝国の膿をあぶりだすという目的もあった。

「問題はルーファスが何を企んでいるかだな……」

 皇帝より公爵位を叙爵したという声明をだした後、ルーファスは沈黙を守っていた。
 リィンの読みでは、アルフィンが臨時政府の設立を宣言すれば、なんらかの動きを見せると思っていたのだ。
 この流れは、ギリアスにとって好ましくないはずだ。もし、このままアルフィンとセドリック――皇族派の手によってカイエン公が捕らえられ、内戦が終結するようなことになれば、ギリアスの思惑から大きく外れることになる。
 そうなってからのこのこと顔をだしたところで、帝国政府にギリアスの居場所はない。生きているのなら、なぜ姿を見せなかったのかと追及を受けることになり、我が身可愛さに隠れていたと(そし)られることになるだろう。
 革新派も一部を除けば、以前のようにギリアスについて行く者はいなくなる。それこそリィンの望んだ結果だが、このまま終わるとは思えなかった。

「……ルーファス・アルバレア卿の動きですか」

 アルフィンもリィンから、ルーファスがクレアやミリアムと同じ〈子供たち〉の一人で、しかも彼女たちの筆頭であることを聞かされていた。
 それを聞いた時は俄には信じられなかったが、その可能性を考慮すると確かにルーファスの動きは怪しく思えてくる。貴族連合を瓦解させないために爵位を継いだと考えればしっくりと来るが、実の父親まで冷静に切り捨てたルーファスが、そこまでしてカイエン公に従っている理由がわからなかった。
 だが、そこにギリアスの思惑が絡んでいるのだとすれば、ある程度の説明は付く。問題は何を企んでいるのかだ。

「わたくしたちより先に、カイエン公を捕らえるつもりなのでは?」
「臨時政府の発足がでる前なら、それも一つの手だったろうが、いまそれをしたところで旗色の悪くなったルーファスがカイエン公を裏切っただけとしか、世間には思われないだろうな」

 そうなるように仕向けたのだ。
 例え、土壇場でルーファスがカイエン公を裏切り捕らえたところで、それがギリアスの手柄にはならないようにリィンは注意を払っていた。
 ルーファスが〈子供たち〉の筆頭だと知るのは、ルーファス本人を除けばギリアスだけなのだ。世間的には、ルーファスは貴族派の中心的人物と見られている。この状況でルーファスがカイエン公を裏切ったところで、「実はギリアスの部下で最初から革新派に所属していました」と言っても信じる人間はほとんどいないだろう。
 その程度のことがわからないルーファスではないはず。だからこそ、不気味だった。


  ◆


 情勢が忙しく動く中、エリオットたちも何もしていなかったわけではない。
 アルフィンが臨時政府の発足で忙しく動き回っていた頃、リィンに連れられてVII組のメンバーは特訓を兼ねて〈精霊窟〉巡りをしていた。
 この二日で攻略できた遺跡は三つ。一日一個半と、かなりのハイペースだ。そして回収されたゼムリアストーンはカレイジャスに運び込まれ、決戦に向けて主力メンバー用の武器に加工されていた。
 そんななか、ジョルジュやグエンに混じって作業をする一人の老人の姿があった。
 作業着を纏った坊主頭のその老人こそ、リィンやフィーの武器を拵えた人物。ルーレで小さな工房を営むジャッカスだった。

「イッヒッヒッ! まさか、お前さんと一緒に仕事をする日がまた来るとはな。しかし、作業ペースが遅い。少し鈍ったんじゃないか?」
「その不気味な笑い方、変わらんのう……。御主こそ、作業が少し雑だぞ。腕が鈍っておるのではないか?」
「それは後から調整するつもりで取っておいただけじゃ。儂はまだまだ現役じゃよ。お前さんみたいに家庭や仕事を放り出して、楽隠居など決め込んでおらんしな。イッヒッヒッ!」
「ぐっ……儂は御主のように能天気な生き方はしとらんだけじゃ! 自由人の御主と一緒にするでない!」

 どちらもどっちと言った感じの大差のない言い合いをする二人。しかしそうして口論しながらも手はちゃんと動いているのだから、さすがと言うしかなかった。
 ジョルジュでさえ、この二人の前では赤子も同然だった。長年の経験と技術に裏打ちされた正確な作業。それでいてジョルジュの倍近い速度で二人は彼と同じか、それ以上の仕上がりの部品を次々に作っていく。
 完成した武器も、性格はともかく勉強になるとジョルジュが頷くほどの出来映えだった。

「どうだ? 新しい武器は?」

 リィンに尋ねられ、ゼムリアストーン製の武器を手にしたラウラたちは驚きの顔を浮かべながら、素直な感想を口にする。

「凄くしっくりと来る。さすがというしかないな……」
「ああ……まさか、ここまで違うとはな……」

 ラウラとガイウスは武器を軽く振りながら、手に伝わる感触を確かめていた。
 正直、身の丈にあっていないのではないかと思うほどの武器の出来映えに、溜め息しかでない。

「エリオットとアリサはどうだ?」
「うん。実際にアーツを発動してみないと確かなことは言えないけど、かなり良いと思うよ」

 エリオットの武器は、エプスタイン財団の技術の粋を集めて作られた最新の魔導杖だ。さすがに剣や槍のように一から作り直すことは難しく、精々できることといえば七耀石を使った部分をゼムリアストーンに換装するくらいだが、それでも二割近い性能の向上に成功していた。
 財団がこのことを知れば、データの提供を求めてくることは確実だろう。

「アリサ、どうした? まさか、武器が気に入らないとか言うんじゃないだろうな」
「……気に入るわけがないでしょ! 何よ、このファンシーな武器は!?」

 杖の先端にハートをあしらった桃色のステッキ。エリオットのものと違って、随分と奇抜で可愛らしい作りだ。
 とても実戦的とは思えない魔法少女が使うような武器に、アリサが抗議するのは当然だった。
 ましてや、アリサが得意とする武器は魔導杖ではなく弓だ。勿論、魔導杖が使えないというわけではない。
 アーツが得意という点は嘘ではないし、エリオットに次いで魔導杖を扱う適性は高いのは確かだが、それにしたってこれ≠ヘなかった。

「魔法のステッキだ。よく出来てるだろ? あの衣装に合うようにデザインしたのは俺。で――」
「イッヒッヒッ! 儂がおおまかな設計と部品を加工をして」
「財団の魔導杖をベースに儂が改造した。孫娘のためじゃからな。気合いを入れて作ったぞ!」

 良い仕事をしたとばかりに肩を組み、親指を立てるリィン、ジャッカス、グエンの三人。
 そんな三人の達成感に満ちた笑顔を見て、アリサはこめかみに青筋を立てる。

「〈ARCUS〉駆動……」
「待って、アリサ! ここじゃまずい!」
「落ち着くんだ、アリサ!」

 魔導杖を構え、アーツの駆動に入ったアリサを必死に止めるエリオットとガイウス。
 魔力の大きさからして、大規模破壊を目的とした上位アーツを発動しようとしていることは間違いなかった。
 こんなところで、そんなアーツを発動すれば、大惨事になりかねない。それだけに、二人も身体を張ってアリサを止める。

「よかれと思ってしたんだが、何が気に入らなかったんだ……?」
「全部よ! アンタのは悪意しかないじゃない! お祖父様やジャッカスさんまで一緒になって!」
「イッヒッヒッ! こういうノリは嫌いじゃないしの」
「しかし、アリサ。御主、こういうのが好きじゃったろ? ほら、例のなんと言ったか?」
「何年前の話よ!?」

 本気でやめてくれと言った顔で抗議するアリサ。これにはエリオットたちも同情する。
 しかし毎度のことではあるが、今回は特に相手が悪すぎた。リィンだけならまだしも、幼少期からアリサのことをよく知るジャッカスやグエンが相手では、分が悪いにも程がある。
 ぐぬぬ……と涙目で唸るアリサを見て、さすがにからかい過ぎたかとリィンは頭を掻き、隠してあった導力弓をアリサに手渡した。

「何よ……ちゃんとした武器があるんじゃない」

 ゼムリアストーン製の導力弓をリィンから受け取りながら、アリサは涙目で愚痴を漏らす。
 しかし、アリサをからかうつもりだったのは確かだが、魔導杖をリィンが勧めたのはそれだけが理由ではなかった。
 アリサは後衛型だ。エリオットほどではないが、アーツを得意としていることから魔導杖を武器に選ぶのは、そう悪い選択肢ではない。それに導力弓は、魔力や闘気を圧縮して撃ち出す武器だ。構造的には導力銃と変わりなく、扱いは導力弓の方が難しい。銃と比べて連射が出来ないし、飛距離も狭い。実は、かなり使い勝手の悪い武器と言えた。それならアーツをメインに戦うのも大差はない。むしろ後衛に徹するのであれば、魔導杖の方が利便性が高い。だから、どうせ前にでないならと考え、魔導杖をリィンは一度勧めてみたのだ。
 とはいえ、いまから新しい武器に慣れるのも大変だろう。この武器は護身用にアルフィンにでも渡すか、とリィンは考える。
 アリサたちの武器まで新調したのは、三日後に帝都の奪還作戦が決行されることになったからだ。
 言ってみれば、これはリィンからVII組のメンバーへの餞別でもあった。

 セドリックを大将とした連合軍が帝都を襲撃している隙に、エリオットたちは士官学院を奪還する手はずとなっていた。
 カイエン公の命令を受けた部隊が、学院の守りを固めているという話だ。恐らくは旧校舎の地下に眠るという〈騎神〉を、正規軍に奪われないように守っているのだろう。
 そのことから作戦には、サラとシャロン。それにゼノとレオニダスが応援として参加することになっていた。

 肝心のリィンはどこで何をするつもりなのかと言うと旧校舎に忍び込み、地下に封印された〈灰の騎神〉を奪取するつもりでいた。
 何事もなくカイエン公が捕らえられるなら、それに越したことはない。ヴィータとの約束通りに、後はクロウとの決着を付けるだけで話は済む。しかし、そう単純に話が終わるとはリィンには思えなかった。そのための保険――このタイミングでの騎神の確保だ。リィンなりの考えと根拠があっての行動だった。
 余談ではあるが、フィーとシャーリィはクレアたち鉄道憲兵隊と共に、カレル離宮の制圧に向かう手はずになっていた。
 皇帝夫妻の囚われている場所が、クレアの調査からカレル離宮と確定したためだ。作戦を急いでいるもう一つの理由がそこにあった。
 別の場所に移送されたり、万が一、ユーゲント三世を皇城の地下に眠る〈緋の騎神〉の起動に使われれば厄介なことになる。
 そこでリィンはアルフィンと相談し、カイエン公の準備が整う前に攻撃を仕掛けるつもりで作戦の日程を調整していた。
 それが三日後。万全とは言えないまでも、各地の戦力を招集し、最低限の準備を整えるのにはそれだけの日数が必要だった。

「そういえば、ユーシスはどうした?」
「ユーシスなら……訓練室にいると思うけど……」

 歯切れの悪いエリオットの説明に、リィンは大凡の事情を察する。まだ、父親の死を引き摺っているのだろう。
 アルバレア公のことはユーシスとの約束を果たせなかったこともあって、リィンも少しは気に掛けていた。〈精霊窟〉巡りにVII組のメンバーを連れていったのも、ゼムリアストーンの回収と特訓以外に気分転換の意味合いもあった。
 部屋に引き籠もっていては、ぐじぐじと余計なことを考えるだけだ。なら、身体を動かしていた方が、まだ気分も晴れるだろうと考えたのだ。

(まあ、俺が干渉することでもないな)

 ユーシスの場合は幾ら身内のこととはいえ、自分のことのように罪の意識に苛まれ、責任を感じすぎていた。
 その結果、無駄に気負いすぎ、結論のでない考えに頭を悩ませている。とはいえ、これはユーシスが自分自身で解決すべき問題だ。
 なんだかんだと世話を焼いているリィンではあるが、そこまで面倒を看るつもりはなかった。

「お前等が、しっかりとフォローしてやれ。こういう時の仲間だろ?」

 リィンの意外な言葉に驚いた表情を一瞬浮かべ、神妙な顔で頷くエリオットたち。

(足を引っ張られても面倒だしな)

 若さ故とでも言うべきか、理性よりも感情を優先して勢いで行動するところが学生(かれら)にはある。
 時には思い切りも必要だが直情的に動けば、周囲の足を引っ張る可能性の方が高い。そうした問題を危惧しての忠告でもあった。
 どちらにせよ、ユーシスのことはエリオットたちに任せるしかない。この件に関しては、リィンに出来ることは何一つなかった。

 作戦の開始まで、あと三日。決戦の日は刻一刻と迫ろうとしていた。



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