「あんな話、よく信じる気になったな」
「嘘を吐いてるかどうかくらい目を見ればわかる」
「そういうことや。あんま大人を舐めんな」

 作戦を二日後に控え、カレイジャスは現在ルーレからユミルに拠点を移し、帝都攻略のための最終準備に入っていた。士官学院の学生の他に、ノルドの民からも二十人を超す戦士が作戦への参加を表明しており、今頃はユミル渓谷のキャンプ地でフィーとシャーリィの二人に扱かれているはずだ。
 そんななか、艦内に設けられたリィン専用の執務室。そこでリィンは嘗ての仲間、ゼノとレオニダスに会っていた。
 猟兵時代の思い出を語り、酒を酌み交わす三人。離れていた一年を確かめ合うように、互いのことを話していく。
 もっぱらゼノとレオニダスの気になることといえば、この一年フィーがどういう風に過ごしていたか、友達は出来たのかといった親バカとも言える質問ばかりだったが、リィンは苦笑しながらも二人の質問に答えていった。
 そして話に区切りのついた、その時。ゼノが机の上に薄汚れた赤いマフラーを置いた。
 目の前に差し出された代物を見て、リィンはゼノに尋ねる。

「これは?」
「団長からの預かり物や。ほんまはもっと早うに渡すつもりやったんやけどな。いろいろとあって渡すのが遅れてもうた」

 マフラーの端には、ゼムリア大陸で広く使われている共通語で『リィン・オズボーン』と名前が縫い付けられていた。

「団長が(ぼん)を拾った時に、坊が身に付け取ったもんや。『リィン』って名前は、そこから取ったって団長は言っとったな」
「そういうことか……団長は知ってたんだな。最初から……」

 団長はどこまで知っていたのか、そのことをリィンは以前から不思議に思っていた。
 自分の生い立ちについて、団長はもしかしたら知っているのではないか? そう考えたこともあった。
 こうして証拠となるものを見せられれば、団長は最初からすべてをわかった上で育ててくれたと考えて間違いないだろう。

「ゼノやレオも知ってたのか?」
「詳しい話は聞いとらんけどな。大凡の事情は知っとるつもりや」
「俺もだ。ずっと打ち明けるべきかどうか団長も迷っていた」

 ゼノに続き口にすると、悲しげな表情を見せるレオニダス。
 場にしんみりとした空気が張り詰め、ゼノは白い布に包まれた細長い物体を丁寧に机の上に置いた。

「あと、これも渡しとく」

 リィンは驚いた様子を見せながらも、少し緊張した様子で布を解く。そこから現れたのは蒼い輝きを放つ一本の片手銃剣だった。
 ゼムリアストーン製の刀身を持つブレードライフル。柄の部分には〈西風〉のシンボルともなっている〈風切り鳥〉の紋章が入っている。この武器にリィンは見覚えがあった。いや、忘れるはずがない。

「これは団長のブレードライフル?」
「形見分けや。団長も坊に使われるなら文句ないやろ」

 西風の団長、ルトガー・クラウゼルが愛用していた武器だ。
 最強の名を欲しいままにした伝説の猟兵。リィンにとっては恩人にして育ての親。いまでも目標とする男の中の男だ。
 リィンがフィーを大切にする理由の一つに、ルトガーの存在が大きい。血は繋がっていなくとも、家族として自分たちに愛情をくれたルトガー。そんなルトガーをリィンもフィーも本当の親のように慕っていた。だからこそ、ルトガーの忘れ形見であるフィーを、リィンは『妹』として守ると心に誓ったのだ。
 ゼノから譲り受けたブレードライフルを手に取り、リィンは気持ちを引き締める。
 ルトガーから託されたモノ。その意志が、この剣には宿っている。そんな気がした。

「このことを伝えるためだけに、俺たちの前に顔をだしたのか?」
「まあ、それもあるけどな。フィーがどの程度、成長しとるか確かめたかったというのもある」
「……相変わらずの親バカだな。で、感想は?」

 そんなリィンの問いに、答えを聞くまでもないと言った顔で、ゼノとレオニダスの二人は笑みを浮かべた。


  ◆


 ゼノとレオニダスからルトガーの想いを託されたリィンは覚悟を決めた様子で、シュバルツァー男爵の屋敷へ訪れていた。
 どうしても作戦を前に確かめておきたいことがあったからだ。

「急にお邪魔して申し訳ありません」
「いや、構わない。私に話があるということだが……」

 応接間に通されたリィンは、テオ・シュバルツァー男爵に頭を下げる。
 突然の訪問にも拘わらず、男爵は嫌な顔一つせずリィンを出迎えてくれた。
 リィンの放つ空気から大切な話だと察したのだろう。ルシア夫人と娘のエリゼには二人きりで話がしたいと部屋から追い出し、男爵はリィンに椅子に座るように勧めた。
 リィンとしてはエリゼや世話になったルシア夫人に隠しごとはしたくない。しかし、ことは自分だけでなく恐らく男爵の過去にも関わる問題だ。いずれ話すにしても、まずは確証だけでも得ておきたい。そんな男爵の配慮はありがたかった。

「こちらを、まずはご覧ください」
「これは……」

 ゼノから預かったマフラーだ。
 それを見たテオ男爵は、懐かしそうにそのマフラーを手に取る。
 そんな男爵の反応を見て、やはり――と、ここにきて正解だったと悟るリィン。

「俺が拾われた時に身に付けていた物らしいです。その顔、やはり気付いていましたか」
「もしかして……とは思っていた。若い頃の彼≠ノよく似ていたからね」

 男爵夫妻と初めて会った時、リィンは微かな違和感を覚えていた。
 幾ら娘や皇女殿下の恩人とはいえ、相手は一介の猟兵だ。そんな相手に必要以上に気を遣ったり、何より男爵や夫人がリィンに向ける目は他人に向けるものと言うよりは、よく知る友人や家族に向ける親愛に近いものだった。
 そして男爵の言葉で、それは確信に変わった。やはり彼等≠ヘ知っていたのだ。

「知っていることだけで構いません。俺の両親のことを伺っても?」
「……そうだな。私の知っていることでよければ話をしよう。こうしてキミと出会い、娘や郷が助けられたのも何かの縁だろう」

 少し逡巡するも、いつかはこういう日が来ることがわかっていた。そう言った顔で男爵は語り始める。

「彼――ギリアスと出会ったのは学生の頃だ。こう見えて、私もトールズ士官学院の卒業生でね。皇帝陛下とギリアスとは学生時代からの付き合いで、私たちは出会ってすぐに意気投合した。親友だった……と言ってもいい」

 そのことに驚きはなかった。テオ男爵とギリアスに接点があるとすれば、軍もしくは学生時代である可能性が高いとリィンも思っていたからだ。
 ユーゲント三世も二人の学友であったという話には少し驚くも、確かにそれなら皇帝がギリアスを宰相に任命したのもわからない話ではないと思い至る。

「あの頃は我々も若かったからな。よく帝国の将来について、夜通し語り合ったりしたものだ」

 そう口にしながら苦笑する男爵。彼にとっては本当に懐かしい、大切な思い出なのだろう。

「キミの母親とギリアスが出会ったのも、そんな学生の頃だ。彼女は地方の名士の生まれで、それなりに裕福な家庭で育ったそうだが……互いに引かれるものがあったのだろう。学院を卒業し、ギリアスが軍に進んだ後も交際は続いていた」

 リィンにとっては生みの親と言えるが、顔も知らない母親のことだ。自分から聞いたこととはいえ、今一つピンと来ない。しかし、それも無理のないことだった。

「そんな折り、二人から子供が出来たという報せを聞いた。まさに、あの時が幸せの絶頂期だったと言えるだろう。しかし、そんな生活にも陰りが見える」

 突然、男爵の表情が曇る。彼にとって、ここからの話は辛い記憶なのだろう。
 そして、それはリィンがここにきた理由でもあった。

「ヴァンダイク学院長を知っているかね?」
「トールズ士官学院の学院長ですよね? 確か、昔は軍にいたとか」
「ああ、ギリアスはヴァンダイク学院長の部下でね。当時、軍部の中枢にいたヴァンダイク学院長の後継者と目されるほど優秀な軍人だった。しかし、それだけに敵も多かった」

 ヴァンダイク――現在はトールズ士官学院の学院長をしている彼だが、その前は軍でも一目置かれる名将として名を馳せていた。そんな彼の片腕として活躍していたのがギリアスだ。
 帝国は貴族社会ではあるが、戦乱の歴史と共に歩んできた軍事国家だ。皇帝は、その軍を統括するトップ。平民でも力を認められれば、軍や政治の役職に就き、爵位を与えられることは少なくない。
 それに現在の皇帝ユーゲント三世は、平民だからと差別をしない公正な人物として有名だ。
 帝都知事カール・レーグニッツも元平民だし、ギリアスも貴族の血など引いていない平民の出身だった。

「ヴァンダイク学院長の派閥は主戦派とは対立状態にあってね。それでよく諍いを起こしていたのだが、そんな時――あの忌まわしい事件が起きた」

 苦しげな表情で、重い口を開く男爵。

「――百日戦役。その引き金となった事件を知っているかね?」
「ハーメルの悲劇ですか」
「知っているなら話は早い。表向き、あの事件はリベールが引き起こした事件とされているが実際には違う。当時の貴族を中心とした主戦派が、リベールの仕業を装ってハーメルを襲撃したのだ」

 そのことは原作知識でリィンも知っていた。
 リベール王国がエレボニア帝国の集落を襲い、その報復に戦争が起きたとされているが、実際には帝国の自作自演だった。
 主戦派が王国へ侵攻する口実を得るために、集落の人間を皆殺しにして焼き払ったのだ。だが、この真実は闇に葬られた。後の調査ですべてが明らかになったことで、皇帝は即座に計画に関わった主戦派の関係者を処刑。その後、王国に対し、軍を引く代わりにハーメルの真実を口外しないことを条件に付けたのだ。

「私も後になって皇帝陛下から、その話を聞いた時には驚いた。陛下も主戦派の暴走を止められなかったことを悔いておられたよ」

 恥知らずと言われようが、帝国の威信を保つためには必要な処置だった。
 関係者を処刑してもハーメルの真実が世に知れ渡れば、帝国は国際的な信用を失うことになる。計画に関わった多くの政治家、軍人が処刑され、体制の建て直しが急務とされていた帝国にとって、これ以上の混乱はどうしても避けたかった。

「まさか、俺の母親は……」
「その通りだ。キミの母親はハーメルの出身だった。そして事件のあった当日、運の悪いことにキミを連れて帰省していたらしい。後は知っての通り、村は壊滅。軍が捜索したが生き残りは一人としていなかった」

 正確には難を逃れ、生き残った子供がいるのだが、そのことを帝国は知るよしもない。
 だが、その生き残りのなかにもリィンの名前はなかった。

「でも、俺はこうして……」
「ああ、キミは死んだはずだった。だが、こうして生きている。その理由まではわからないがね。私が知っているのは、このくらいだ」

 ハーメルの悲劇に、結社やギリアスが関与していることは原作でも語られていた。
 そもそも主戦派を唆し、ハーメルの悲劇を引き起こしたのは結社の人間だ。彼等の目的が何かまではわからないが、恐らくは現在のこの状況も無関係とは言えないだろう。
 これは原作で語られていたことだが、ギリアスはハーメルの一件でも結社と水面下で取り引きをしていた。だが愛する妻を殺されたギリアスが、どうして結社と取り引きをするような真似をしたのか、そこがわからない。

(……余り考えたくはなかったが、やはり俺≠ェ関係していると考えるべきか)

 リィンは複雑な表情を見せる。
 ギリアスに対して、親子の情はない。しかし、こうして現実を突きつけられると考えざるを得ない。
 なんらかの理由で結社を利用したと考えるのが自然だろう。そして、その理由に自分が関わっている可能性をリィンは考えていた。

『願わくばこの子だけは……』

 呻き声を上げ、頭を押さえるリィン。
 リィンの頭に一瞬ノイズのようなものが走る。それは忘れたはずの過去。この身体、リィンの持つ記憶の断片だった。
 顔ははっきりとしない。しかし記憶のなかで、自分に対して優しく語りかける軍服の男がギリアスであるとリィンは確信を持つ。
 それはリィンが野に捨てられ、ルトガーに拾われる前の記憶だった。


  ◆


「兄様、お加減は如何ですか?」

 あの後、酷い頭痛に襲われたリィンは、男爵の計らいで客室のベッドで休息を取らせてもらっていた。
 濡れたタオルで背中の汗を拭いながら、エリゼが心配そうな表情でリィンに話し掛ける。

「心配をかけたみたいだな。随分と楽になった。ありがとう」
「いえ……」

 聞きたいことはたくさんある。心配でないと言えば、嘘になるだろう。
 それでもエリゼは、リィンから無理に話を聞き出そうとはしなかった。
 父親から言われたというのもあるが、こんなリィンを彼女は見たことがなかったからだ。

「……エリゼ?」

 このまま何もせず戦いに送り出してしまえば、リィンが帰って来ない。
 そんな予感すら覚え、エリゼはたまらなくリィンを背中から抱きしめた。

「……私は兄様の過去をほとんど知りません」

 無駄のない引き締まった身体。鋼のように硬い筋肉。
 いつのものとわからない細かな古傷が、エリゼの知らないリィンの過去を思わせる。

「ですが、現在(いま)の兄様は誰よりも理解しているつもりです。これだけは姫様やフィーさんにも負けません」

 強く断言する。エリゼにとって、それは譲れない想いだった。

「だからわかります。いま兄様が何を考え、これから何をなさろうとしているのか」

 ずっとリィンを見てきたのだ。だから、わからないはずがない。

「考えていました。この戦いで、私に何が出来るのだろうと……」

 アルフィンは自分の意志で決め、自分の足で立ち上がり、為すべきことを為そうとしている。
 そんななかエリゼに出来ることは少ない。このままアルフィンと一緒に戦いにでても、自分に出来ることは少ないとエリゼにはわかっていた。
 支えを必要としていた弱い皇女はもういない。もうとっくに自分の役目は終えているのだと。

「私はユミルに残ります。ここで兄様の帰りを待ちます。だから――」

 だから彼女は決めた。ユミルに残ることを。
 リィンたちが安心して前へ進めるように、後ろから支えることを彼女は選んだ。
 そして、そう彼女に決断させたのはリィンだ。

「約束してください。必ず、ユミルに帰ってくると」

 エリゼの手をリィンは優しく握り返す。
 言葉にはださない。それがリィンに出来る精一杯の答えだった。




あとがき

ハーメルの話や、リィンの過去話に関しては、考察に基づいた本作品オリジナルの設定です。
どうしても最終決戦を前にやっておく必要があったので、この話を挟みました。



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