七耀歴一二〇四年・十二月三十一日。帝都の奪還作戦が開始されようとしていた。
 ログナー候率いるノルティア領邦軍と、オーラフ・クレイグ率いる第四機甲師団を迎え撃つため、ルーファス・アルバレアの指揮の下、貴族連合軍は帝都ヘイムダルの東側に三個師団からなる主力部隊を展開。それに対し、エレボニア帝国臨時政府及び皇族派の大将でもあるセドリック・ライゼ・アルノールは、ゼクス・ヴァンダールの第三機甲師団に守られるカタチで後方のケルディック方面に部隊を配置していた。

「いよいよだな」
「はい……セドリックは大丈夫でしょうか?」

 リィンの言葉に頷き、不安げにモニターを見上げるアルフィン。
 カレイジャスのブリッジからは、帝都へと続く街道で睨み合う両軍の姿が映し出されていた。
 この戦いに負ければ、後が無いのはどちらも同じだ。貴族連合も死に物狂いで抵抗してくるだろう。
 正規軍を始め、中立を宣言していた貴族の大半はセドリック側についたため、カイエン公は帝都を守るだけでなく背中にも注意を払う必要に迫られている。
 その上、ログナー候が貴族派に合流し、更にはハイアームズ候が中立を表明したことで、実質カイエン公に味方する四大名門貴族はアルバレア家を除いていなくなってしまった。いまも貴族連合に残っているのはカイエン公に失脚されると困る貴族派の貴族たちだけだ。
 それでも数の上では五分と五分と言ったところだが、領邦軍と正規軍の練度の差や、オーレリアが怪我を理由に領地に引き籠もっている現状を考えれば、カイエン公の方が不利と言っていいだろう。
 普通に戦えば、セドリック率いる皇族派が勝利する。しかし不安要素があるのも事実だった。
 気に掛かるのは、未だ姿を現さないギリアス・オズボーン並びに〈結社〉の動きだ。
 ヴィータやクロウは味方とも言えないが、障害になるとリィンは考えていない。
 問題はヴィータ以外の〈結社〉の人間。カイエン公――いや、ルーファスの協力者たちの方だった。
 原作の通りなら、ヴィータ以外に貴族連合に協力している〈結社〉の人間は三人。
 鉄機隊の筆頭騎士〈神速〉のデュバリィ。そしてデュバリィのマスター〈鋼の聖女〉に匹敵する力を持つとさえ噂される執行者最強の魔人〈劫炎〉のマクバーン。最後に〈怪盗紳士〉の異名を持つ執行者ブルブラン。
 大人しくヴィータの言うことを聞くような連中じゃない。その上、アルティナは恐らくルーファスの指示で行方を眩ませた。その背後にはあの男、ギリアス・オズボーンの影があることは間違いない。
 一連のルーファスの行動といい、このまま黙って見ているとは思えない。確実に何かを仕掛けてくることはわかっていた。それだけにリィンもいつも以上に警戒を強めていた。
 その緊張がアルフィンにも伝わったのだろう。だから、リィンは震えるアルフィンの手に優しく手を重ねる。

「ゼクス中将たちが一緒なんだ。万が一もないさ」

 ゼクス中将率いる第三機甲師団が、セドリックの守りについている限り、ほぼセドリックの安全は確保されていると言っていい。それにクレイグ中将やログナー候が、ルーファスが指揮を執っているとは言っても領邦軍に後れを取るとは思えなかった。だから、リィンの言葉に嘘はない。不安があるとすれば、やはりギリアスたちイレギュラーの動きだ。
 しかし、そのためにカレイジャスがいると言って良い。現在カレイジャスはトールズ士官学院奪還のため、高度三十セルジュ(三千メートル)の雲海に身を隠しながら、ユミルから南へと進路を取っていた。
 フィーとシャーリィの二人はクレアたち鉄道憲兵隊と共にカレル離宮の制圧に向かっているため別行動を取っているが、それでもシャーリィやリィンに鍛えられた学生たちの他に、二十人を超すノルドの戦士たち、更にはサラやシャロン。ゼノにレオニダスと言った一級の戦士も乗船しており、戦力的には並の猟兵団を遥かに凌ぐ、過剰とも言える戦力が揃っている。
 というのも、カレイジャスに求められている働きは、何もトールズ士官学院の奪還だけではない。
 リィンが感じる不安。予期せぬ事態に備える意味もあった。

「リィンくん。そろそろ……」

 トワの声に、リィンは手元の時計を覗き込む。
 時刻は十一時五二分。作戦開始まで十分を切っていた。


  ◆


 七耀歴一二〇四年・十二月三十一日・正午。
 臨時政府軍の帝都侵攻と同時に、各地で貴族連合に対する反攻作戦が開始された。
 同時期、帝都の西――ラマール州でも第七機甲師団を中核とした解放軍がカイエン公の本拠地『海都オルディス』を襲撃しており、トールズでも学生たち主導による士官学院の奪還作戦が開始されていた。
 街の上空につけたカレイジャスから飛び降り、士官学院へと続く坂道を駆け抜ける学生やノルドの戦士たち。
 その前に領邦軍の兵士や機甲兵が立ち塞がるが、その間に一人のメイドが割って入る。

「アリサお嬢様は皆様と一緒に先へ――」
「シャロン……お願い。ここは任せたわ」

 学生たちを行かせまいと兵士たちは銃口を向けようとするが、身体が動かない。
 それはアリサたちの前に立ち塞がった機甲兵も同じだった。

『くっ! 行かせるか!』
「申し訳ありませんが、ここを通す訳にはまいりません」
『腕が動かない……こ、鋼糸だと!?』

 機甲兵(ドラッケン)の腕に纏わり付く銀色の糸。シャロン・クルーガーが得意とする鋼糸が装甲の合間を縫い、ギシギシと機械仕掛けの骨格を締め上げる。鋼糸を解こうと強引に腕を振り上げようとした、その瞬間。
 シャロンは地面を蹴り上げ、機甲兵の頭上に跳び上がった。

『なに――』
「もう、逃げられませんわ」

 いつの間にか、無数の鋼糸が四方に張り巡らされ、動きを封じていることに機甲兵の操縦者は気付く。しかし、時は既に遅かった。
 死縛葬送――シャロンの奥の手にして最大の秘技。禍々しい気配を放つ短剣を手に、シャロンは張り巡らされた鋼糸の上を高速で駆け抜ける。あらゆる角度から数十、数百という剣閃を放ち、軽やかに地面に着地するシャロン。
 スカートの裾を翻し、糸を解いた次の瞬間。機甲兵は四肢を失い、地面へと崩れ落ちた。

「相変わらず、えげつないわね。アンタのその攻撃……」
「サラ様も他人(ひと)のことは言えないと思いますが……」

 サラの背後でブスブスと黒煙を上げる機甲兵を見ながら、シャロンは呆れた声で反論する。
 生身の人間が機甲兵を圧倒するという信じがたい光景。相対する兵士たちからすれば、悪夢としか言えないだろう。
 そんな兵士たちの絶望を誘うように派手な爆発音が響く。すぐにシャロンとサラの二人には誰の仕業か察しが付いた。
 風切り鳥の紋章が入った黒いジャケットを羽織り、巨大なブレードライフルを手に戦場を縦横無尽に駆け巡る長身の男。〈西風〉の連隊長にして〈罠使い〉の異名を持つゼノだ。
 それに対し、右手に装備した巨大なマシンガントレットで、機甲兵と正面から力比べをし、圧倒してみせているドレッドヘアーの大男。ゼノと同じく〈西風〉のメンバーにして〈破壊獣〉の異名を持つレオニダス。
 サラ、シャロン、ゼノ、レオニダス。戦闘開始から僅か三十分。士官学院の外で守りを固めていたカイエン公の部隊は、この四人によって半壊状態に追い込まれていた。

「クッ……化け物どもが……」

 苦々しげな表情を見せる領邦軍の指揮官。負傷者は三桁に上り、破壊された機甲兵の数は二桁に達する。
 相手が学生だけならば、これほどの被害をだすことはなかっただろう。しかし相手が悪すぎた。
 最年少でA級遊撃士の資格を得た若手のエースに、そんな遊撃士のエースと互角以上の力を有する〈結社〉の執行者。更には、西ゼムリア大陸において『最強』の一角をなす猟兵団の連隊長クラスが二人。
 本来であれば大隊規模の戦力を用意しなければ太刀打ちの出来ない相手だ。
 しかし、そうとは知らない指揮官は、この予想だにしない事態に歯軋りをする。

「残りの機甲兵をだせ! ゴライアスもだ!」
「ゴ、ゴライアスですか!? ですが、あれはまだ試験段階で――」
「かまわん! 奴等を皆殺しに出来れば、それでいい!」

 なんの成果もなく、このまま士官学院を奪われることになれば処罰は免れない。
 領邦軍の指揮官の多くは貴族が占める。そのような恥辱に耐えられるはずがなかった。


  ◆


「サラ教官だけでなく〈死線〉に〈西風〉のお二人ですか。さすがに分が悪そうですね」

 本校舎の屋上から地上の戦闘を見下ろす人影があった。
 丸い眼鏡を掛けた気の優しそうな男。しかし、その眼鏡の奥底には得たいの知れぬ輝きを秘めていた。

「トマス教官……いえ、ライサンダー卿」

 屋上から地上の戦闘を観察する男に、士官学院の制服をまとった女生徒が声を掛ける。
 金色のショートヘアーの少女。七耀教会のシスターで、トールズ士官学院に通うロジーヌという名の女生徒だ。
 トマスと呼ばれた男は振り返り、少女に笑顔で応えた。

「これは、ロジーヌくん。おや? それにあなたは……」
「初めまして――と言うべきかな? トマス・ライサンダー。いや、守護騎士第二位の〈匣使い〉殿」

 ロジーヌと一緒にいる青年――リィンに一瞬驚いた顔を見せるトマス。
 初対面の相手に名前ばかりか、知るはずのない所属と異名を言い当てられたことでトマスの表情から笑顔が消える。

「……トマスで結構ですよ。どうやら、こちらのこともご存じのようですね」
「ああ、七耀教会(あんたら)がコソコソと裏で嗅ぎ回っていたことなんかもな」

 鋭い視線をリィンへと向けるトマス。リィンが彼の名を知っているように、トマスもリィンのことをよく知っていた。それもそのはずだ。ロジーヌに命じてリィンの監視をさせていたのは彼なのだから――
 しかし、そんなことをまったくおくびにださずトマスはリィンに質問を投げる。

「それでなんの用でしょうか? まさか、そちらから出向いて頂けるとは思ってもいませんでしたが、もしかして教会に興味がおありですか?」
「よく言う。ロジーヌの正体が見破られることも、予想してたんだろう? そうすれば、餌に引っ掛かった俺の方から顔をだすとでも考えてたんじゃないか?」

 これにはトマスも目を丸くして驚く。
 監視が気付かれていることには予想が付いていたが、そこまで見破られているとは思っていなかったからだ。
 それだけにトマスはリィンへの警戒を強めた。

「なるほど……では、そこまでわかっているのなら、どうしてここに?」

 わかっていて、ここに顔を見せたということは他の目的があるということだ。
 トマスはリィンの目的と実力を正確には計りかねていた。かなりの実力者であることはわかるが、その力がどの程度のものかわからない。光の剣匠に迫る実力という報告もあるが、それが事実ならトマスでも五分か、少し分が悪い相手かもしれない。戦って勝てないとは言わないまでも、出来ることなら敵対したい相手ではなかった。
 だからこそ、監視に留めていたのだ。可能なら味方に引き込むために――

「その話をする前に……ヴィータ」

 リィンが名を呼ぶと、空間が歪み、そこから群青のドレスをまとった長髪の女性が姿を見せる。
 ヴィータ・クロチルダ。〈蒼の深淵〉の名を持つ結社の魔女。結社のなかでも重要な役目を担う使徒の一人である彼女のことを、星杯騎士団に所属するトマスが知らないはずがなかった。
 彼女たち結社の人間とは、幾度となく対峙してきたのだ。言ってみれば宿縁の間柄とも言える。

「〈深淵〉殿ですか。まさか〈結社〉の人間と手を結んだのですか? だから、我々に手を引けと……」
「勘違いするな。ヴィータとは、一時的に手を結んでるだけだ。敵の敵は味方っていうだろ?」
「……なんの話かわかりかねますね」
「じゃあ、はっきり言ってやろうか? ギリアス・オズボーン。奴が生きていることは、そちらも察しているはずだ。だから、こんな面倒臭い方法を取ったんだろう? 俺を監視することでギリアスの動きを掴むために」

 リィンの言葉に顔をしかめるトマス。
 鋭いとは思っていたが、そこまで気付かれているとなると誤魔化すことは不可能だと観念する。

「我々にどうしろと?」
「何もするな。教会に介入されると面倒なことになりそうだしな」
「それは手を引くことと、どう違うのでしょうか?」
「メリットならある。次の皇帝にはセドリックがなる。すべてが片付く頃には、ギリアスは国を追われる身だ。教会もその方が動きやすいだろ?」

 ここで手を引けば、星杯騎士団に課せられた使命を果たせなくなる。
 そう考えたトマスだったが、確かにリィンの言うようにメリットがないわけではなかった。
 ギリアスの妨害により遊撃士だけでなく、星杯騎士団も帝国内では表立って動けずにいる。トマスがこうして士官学院の教官として潜入していたのも、政府の眼を欺くためだ。セドリックが次の皇帝となり、ギリアスが排除されるのであれば、確かに教会にとっても悪い話ではなかった。
 しかし――

「我々の調査対象には、あなたも入っているのですがね。十三番目」
「好きにすればいいさ。この件が片付いた後にでもな。ま、俺は教会に入るつもりなんてないけど」

 好きにしろと言いながらも、はっきりと自分の意志を告げるリィン。
 今回はたまたま利害が一致しているだけで、結社にも教会にも肩入れする気はなかった。
 この先、猟兵として共闘する機会はあるかもしれないが、あくまで仕事の上での話だ。
 少なくとも率先して彼等の目的に協力する気にはなれない。

「……いいでしょう。ただし、この件が終わったら一度、話し合いの席を設けてください。あなたには尋ねたいことが山ほどありますので」
「まあ、別にいいけど。俺もアンタらには聞きたいことが一杯あるしな」

 タダで情報をやるつもりはないと釘を刺しながらもリィンは了承の意を示す。
 リィンがどういう性格の人間か、トマスも一連のやり取りで概ね理解したのだろう。
 それならそれでやりようは幾らでもあると言った感じで、一先ず納得の表情を見せた。

「話はまとまったみたいね。それじゃあ――」

 リィンとトマスの話がまとまるのを待って、ヴィータは待ち兼ねたとばかりに声を掛ける。
 この場に顔を見せたのは、彼女にとっても教会の介入は避けたかったからだ。
 既にかなりの遅れが出てしまっているが、それでも幻焔計画は必ず実行しなくてはならない。
 思い描いた展開とは異なるが、彼女にとっても贅沢を言っていられる状況ではなかった。
 早速、リィンを〈灰の騎神〉の元に導こうとするヴィータ。しかし、そのタイミングを見計らっていたかのように何か≠ェ校舎に直撃した。
 三階部分から屋上にかけて粉々に崩れ散る石造りの校舎。リィンたちが先程までいた場所は、跡形もなく見るも無惨な姿へと変貌していた。

「おおっ――凄い威力だな。なんだ、あれ?」
「何を呑気なことを――あれはゴライアスよ。拠点防衛用の重装甲機甲兵。バリアハートが早くに落とされた影響で開発が遅れているって話だったけど、まさかこのタイミングで実戦投入してくるなんて……」
「あれが、ゴライアスか。てか、動きのトロそうな機甲兵だな」

 寸前のところで回避したリィンたちは、地上を見下ろしながら隣の建物に飛び移る。
 ゴライアス。銀色の光を放つ巨大な機甲兵の姿が、彼等の視線の先にはあった。
 巨大な砲のようなものを肩に背負い、そこから煙のようなものがでているところを見るに、あそこから放った一撃が校舎をかすめたとみて間違いないだろう。

「あ、あの……」
「ああ、悪い。怪我はないか?」
「は、はい。ありがとうございました」

 頬を赤らめ、頭を下げて礼を言いながらリィンから離れるロジーヌ。彼女が顔を赤くするのも無理はない。
 七耀教会のシスターという立場上、同年代の男に対する免疫が薄い上に、助けるためとはいえ、あんな風に強く抱きしめられたのはロジーヌにとって初めての体験だったからだ。
 それを見て、何やら呆れた視線をリィンへと向けるヴィータ。
 トマスもニヤニヤと笑顔を浮かべており、リィンは何がなんだかわからないと言った様子で首を傾げた。



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