校舎の陰から一人飛び出したユーシスに、猟兵たちの目が一斉に向く。
 銃弾の中を無策で飛び込むなど自殺に等しい行為。当然、接近を許すまいと猟兵の導力銃が火を噴く。
 だが――ユーシスの身体を包み込む金色の膜が攻撃を弾いた。
 アダマスシールド。あらかじめエリオットが、ユーシスにかけていた支援系アーツだ。
 たったの一度ではあるが、あらゆる物理攻撃を無効化するアーツ。たった一度しか攻撃を無効化できないとはいえ、ユーシスにとってはそれで十分だった。
 猟兵が戸惑いを見せたその隙を突いて、ユーシスは体育館前で指示をだしていた隊長格と思しき男に鋭い突きを放つ。
 ガキン――ブレードライフルの刃で、ユーシスの長剣の突きを防ぐ隊長格の男。
 しかし額には汗が滲み、その表情には一切の余裕が見えない。不意を突いた最高のタイミングでの一撃。ユーシスの攻撃を防げたのは、ただの偶然。長年の経験に基づく勘のようなものだった。
 しかし、不意の一撃が通用しなかった以上、追い込まれる側に回ったのはユーシスだ。
 一斉に猟兵たちの構える銃口がユーシスの方へと向く。周囲から向けられる銃口。

「なかなかの使い手のようだが、所詮は実戦を知らぬ学生(こども)。功を焦ったな」

 目の前の男から発せられた言葉に、ユーシスの表情が歪む。
 確かにユーシスはまだ学生だ。猟兵(かれら)のように戦場を知る訳ではない。
 実戦経験という点では、圧倒的に彼等に実力は劣るだろう。しかし、彼には矜持があった。
 貴族――アルバレア家の一員であるという誇りと責任が――

 確かにユーシスは妾の子だ。それも平民の母を持つ身。ルーファスと違い、青い血は半分しか流れていない。それでも――いや、だからこそユーシスは誰よりも貴族らしくあろうと努力した。
 民を守るのは貴族の役目だ。なのに、内乱で苦しんでいる民は大勢いる。
 この戦争のどこに正義があるのか?
 圧政で民を虐げ、皇族に弓を引く、父やカイエン公の言葉に大義は本当にあるのか?
 ずっとユーシスは、そんな疑問を抱き続けていた。
 しかし、いつかは父もわかってくれる。兄ならば領民たちの言葉に耳を傾け、帝国を今よりもっと豊かにしてくれるに違いない。そんな甘い幻想を抱き、いつかは――という耳障りのよい言葉を繰り返すことで自分を納得させ、現実から目を背けてきた。
 その結果が、この内戦だ。

 戦争が起きたのは、ユーシスだけの責任ではない。
 しかし兄や父の考えを理解せず、自分にとって都合の良い一面しか見ようとはしなかった。
 心のどこかで、まだ信じたかったのだ。妾の子とはいえ認知し、アルバレア家の一員として迎え入れてくれた父の愛情。それに、そんなユーシスに分け隔てなく接してくれたルーファスの優しさを――
 貴族連合が声高々に語るように、鉄血宰相や革新派の強引なやり方には、ユーシスも思うところがないわけではなかった。
 しかしケルディックの焼き討ちは、貴族として人として許されることではない。ノルドの民にしようとしたこともそうだ。
 それでも、父と兄がユーシスにとって血を分けた家族であることに変わりはなかった。

「俺はユーシス・アルバレア。アルバレア公の息子だ」

 そのユーシスの言葉に、猟兵たちは目を剥く。
 アルバレア公の息子。ユーシスの名前は、猟兵たちも耳にしていた。確保すべき重要人物の一人として、名前が挙げられている人物だ。
 ここでユーシスを確保できれば、少なくとも面目は立つ。領邦軍を出し抜くことも出来るだろう。
 獲物が自分から網に掛かったことを理解し、男の口がニヤリと緩んだ。

「いいだろう。確かに手配書の顔とそっくりだ。お前がユーシス・アルバレアだというのなら望みはなんだ?」
「人質の解放を……平民や下級貴族を捕らえたところで、たいした金にはならないだろう。俺なら、その価値は十分にあるはずだ」

 ここで殺すのは簡単だが、生きて連れて行けば貴族連合との交渉のカードとなる。
 体育館に人質を集めて立てこもりのような真似をしていたのも、団を建て直すための資金が欲しくてだ。
 ユーシスの提案は確かに悪くない。しかし、それを鵜呑みにするほど猟兵とは甘い生き物ではない。

「却下だ。確かにお前は人質の価値があることを認める。しかし、それだけで人質を解放することは出来ない」
「俺に死なれては困るのは、そちらも同じだろう? この条件を呑めないなら、俺は最後まで抵抗する。例え、ここで命を落とすことになったとしてもな」
「む……」

 ここでアルバレアの名を告げたということは、命が惜しくなったからだと思っていただけに猟兵は戸惑いを見せる。
 男はこれまで、情けなく命乞いをする連中を山ほど見てきた。それだけに、ユーシスが嘘や冗談を言っていないことがわかる。覚悟を決めた男の顔だと、猟兵はユーシスの顔を見て察した。

(この野郎……最初から、これが狙いか)

 自分と一対一で話が出来る状況に持っていくことが、ユーシスの狙いだったのだと男は察する。
 一歩間違えば、死んでいたかもしれないというのに――
 その度胸は帝国の貴族でなければ、団にスカウトしたいと思えるほどの覚悟だった。
 ユーシスが本気で抵抗すれば、少なくない犠牲が味方にでる可能性がある。男も手傷を負うことは避けられないだろう。
 その上、ユーシスが死んでしまえば、貴族連合との交渉には使えなくなる。
 そればかりか、まだ校舎の陰に隠れていると思われる学生の戦力も侮れないと男は考えていた。
 仲間が殺されれば、彼等は死に物狂いで抵抗してくるだろう。泥沼の戦いになれば、どちらにとっても不利益にしかならない。猟兵たちとて再起を図る身だ。これ以上、仲間の数を減らしたくはなかった。

「……いいだろう。その案に乗ってやる」

 猟兵と騎士は違う。猟兵とは、忠義ではなく金で動く生き物だ。それだけに利に聡い。
 男はメリットとデメリットを比較し、ユーシスの提案に頷いた。


  ◆


(ユーシス……無茶をしてなければいいけど……)

 アガートラムの腕にしがみつき、アリサはミリアムと共に体育館の屋根へと降り立つ。
 天窓から中の様子を覗き込むと、人質と思しき生徒たちが体育館の中央に集められているのが確認できた。
 しかし、そこでアリサは違和感に気付く。

「教官たちがいない? それにパトリックたちも……」

 パトリックというのは、四大名門の一角ハイアームズ家の嫡子だ。
 ハイアームズ家が中立を宣言したことで、彼や貴族連合に属さない貴族派の子女たちは他の学生と同様に囚われているものとアリサたちは考えていた。しかし、そんな彼等の姿は見当たらない。
 それに教官の姿もなかった。

「別々の場所に監禁されてるんじゃない?」
「ありえるわね……」

 士官学院の教官ともなれば、学院長を始め、かなりの手練れが多い。
 生徒と一緒にすれば、いざというときに抵抗されるかもしれないし、別々に監禁して生徒の安全と引き替えに従わされているということは、十分にありそうだとアリサもミリアムの話から考えた。

「とはいえ、彼等を放っても置けないわよね」

 ここで人質を解放すれば、他の人質に危険が及ぶ可能性はある。しかし、それを恐れて目の前の人質を助けないという選択は取れない。
 全員、無事に助けられれば一番いいが、それが難しいことはアリサも理解していた。
 それにパトリックが例え敵に捕らえられていたとしても、ハイアームズ家の嫡子という彼の価値を考えれば、すぐに殺されるようなことはないだろう。ハイアームズ家との交渉に使われるはずだ。
 教官たちにしても、アリサたちが心配するほど柔な人物たちでないことはわかっていた。

「よし……作戦通りにやるわよ」

 アリサは気持ちを切り替え、意識を集中する。
 ユーシスが囮となり、猟兵たちの注意が外に向いたのを合図にエリオットたちも行動を開始。
 そのタイミングで天窓からアリサとミリアムは体育館のなかに突入し、人質の安全を確保しつつ内と外から猟兵を挟み撃ちにするという作戦を考えていた。
 上手く行くという保証はないが、これ以上の策は生憎といまのアリサたちにはない。
 犠牲を最小限に食い止めるための作戦。絶対に失敗は許されない、とアリサとミリアムはその時を待つ。
 そんな時だった。服のポケットに入れた〈ARCUS〉がピピと音を放ち、アリサは慌てて通信にでる。

『アリサ、大変だ!』
「いま作戦中なのよ! 何を考えて――」

 それはエリオットからの通信だった。
 作戦を台無しにしかねないエリオットの行動に、アリサは憤りを隠せず小声で抗議する。
 しかし――

『外を固めていた猟兵たちが引き上げていく!』
「え……どういうこと? だって人質はまだここに……」

 天窓から中を覗き込むアリサ。すると、人質に銃口を向けていた数人の猟兵たちも体育館の外へと姿を消し、素早く撤収を開始していた。
 予想だにしない状況に、どういうことかとエリオットに詰め寄るアリサ。

『ユーシスが代わりに人質になって……』

 エリオットの言葉にアリサは瞠目し、〈ARCUS〉を握る手に力が入る。

(ユーシス……まさか!)

 自分から囮になると言いだしたのも、最初からこうすることが狙いだったのだろう。
 猟兵たちに自分から捕まったのは、恐らく一人でルーファスに会うつもりなのだと、アリサはユーシスの考えを悟った。


  ◆


「そうですか。ユーシスさんが……」

 ブリッジからの通信でトワから報告を受けたアルフィンは、疲れた表情で執務室の椅子に背中を預けた。
 領邦軍や猟兵の激しい抵抗があったにも関わらず、幸いにも生徒のなかに死者はいなかった。これは喜ぶべきことなのだろうが、ユーシスが人質の代わりとなってさらわれたという報告付きでは素直に喜べない。
 一人も犠牲をださずに戦いを終わらせるというのは、無理な話だということはアルフィンも理解している。その証拠に、いまも戦場では多くの兵たちが命を落としていることだろう。
 今回の士官学院の奪還作戦に関しても、味方の損害は軽微ではあるが、領邦軍の兵士には大勢の死傷者がでている。その大半を引き受けてくれたのはサラたちだが、学生たちも少なからず血を流し、敵の命を奪っていた。
 彼等が自ら選んだ道とはいえ、切っ掛けを作り、送り出したのはアルフィンだ。
 その重責が、アルフィンの肩へとのし掛かる。

「覚悟を決めたつもりでも、嫌なものですわね」

 ここで躊躇えば、もっと多くの血が流れることになる。
 だからこそ、アルフィンは覚悟を決めた。戦争ともなれば、少なくない犠牲を強いることを理解していながら――
 そして、ふとアルフィンは思う。
 リィンは猟兵だ。数多の戦場を渡り歩いてきた一流と呼んでもいい戦士だ。
 その戦いの中、数え切れないほどの命を彼もまた奪ってきたはずだ。それでもリィンの口から弱音のようなものを耳にしたことはない。
 割り切っているというのとは、また違う。命を奪うことになんの抵抗も感じていないわけではないだろう。それは普段のリィンを見ていればわかる。
 なら、リィンを戦場に駆り出す想いとは何か? 金? 名声? 何れも違うと断言できる。

「少し……フィーさんが羨ましいです」

 それは微かに見せたアルフィンの弱音。心の底から感じている本音だった。
 自分ではフィーのようにリィンの家族にはなれないと、アルフィンもわかっているからだ。
 皇族の義務と責任。戦場に彼等を送り出した自分が、それを放棄することは許されない。
 そのことを誰よりもアルフィンは理解し、覚悟を決めていた。
 だからこそ、動揺を悟られるわけにはいかない。誰にも弱音を見せるわけにはいかなかった。
 そう、目の前の侵入者にも――

「アルフィン・ライゼ・アルノール。一緒にきて頂きます」

 部屋の片隅に突然、姿を現した銀髪の少女――アルティナ・オライオン。
 そして漆黒の傀儡〈クラウ=ソラス〉
 アルフィンもよく知るその少女は、出会った頃と同じ黒一色の戦闘服に身を包んでいた。

「ルーファス卿の指示ですか?」
「……肯定します。あなたには皇城まで同行して頂きます」

 皇城――バルフレイム宮殿。帝都の象徴にして、政治の中枢とも言うべき場所。
 アルフィンも嘗ては、弟や両親と共に宮殿で暮らしていた。それだけに宮殿のことはよく知っている。
 彼女の雇い主であるルーファスや、カイエン公もそこにいるのだろう。
 そしてアルフィンを求めている理由。それも大凡の見当は付く。

「〈緋の騎神〉ですか。まだカイエン公は諦めていないのですね。あなたの主、ルーファス・アルバレアは何を考えているのですか? カイエン公に協力して〈騎神〉を復活させるのが目的とは、とても思えませんが……」

 リィンから皇城の地下深くに〈騎神〉が封じられていることや、ルーファスが〈子供たち〉の筆頭であることはアルフィンも聞かされていた。
 ルーファスが鉄血宰相と繋がっていることを考えれば、この内戦が貴族派の力を削ぐために用意された茶番であったことは容易に想像が付く。しかし、既に彼等の思惑は瓦解している。革新派でも貴族派でもない皇族派という新たな派閥が組織され、貴族連合の発起人であるカイエン公には逆賊の汚名が着せられている。
 原作のようにリィンがカイエン公を追い詰めたとしても、それは革新派ではなく皇族派の功績となる。そしてルーファスが原作と同様にカイエン公を裏切ったとしても、追い詰められたが故の仲間割れと見なされるのがオチだ。
 どう足掻いたところで鉄血宰相ことギリアス・オズボーンが、政治の中枢に返り咲くことはない。生きていたのなら、なぜ姿を現さなかったという話になる。むしろ内戦の切っ掛けを作ったことで、各方面から責任を追及されるのがオチだろう。
 既にギリアスの描いた計画は破綻している。その上、彼はカイエン公に疑われ、軟禁されていたという話もある。それなのに、どうして未だにカイエン公の指示に従っているのか?
 戦争の責任を逃れることは難しいにしても、彼ほどの才覚があれば再起を図ることも不可能ではないはずだ。
 カイエン公と運命を共にする義理は、彼にはない。だからこそ、アルフィンにはルーファスの行動の真意がわからない。

「ルーファス卿の思惑は、私にはわかりません。私は人形。ただ与えられた任務を遂行するだけです」

 感情の籠もっていない声で、淡々とアルフィンの質問に答えるアルティナ。
 アルフィンを捕らえようと、クラウ=ソラスに抱えられたままアルティナはアルフィンへと近づく。
 しかし、クラウ=ソラスの手がアルフィンを捕らえることはなかった。
 アルティナとアルフィンの間に突き刺さる短剣。身も凍るような殺気にあてられ、アルティナは慌てて距離を取る。

「あなたは……」

 禍々しい大剣を構え、アルフィンを庇うように立つ女の姿が、アルティナの目に入る。
 赤い士官学院の制服をまとった一人の女性。〈(イン)〉の名を持つ伝説の凶手。
 リーシャ・マオの姿が、そこにあった。



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