フィーとシャーリィをカレイジャスで回収したリィンは、調査のため離宮に残ったクレアと別れ、セドリックたちと合流するため、帝都郊外の前線基地へと向かっていた。
 カイエン公にとって〈煌魔城〉そして〈緋の騎神〉は切り札と言ってもいい。そのことからアルフィンとユーゲント三世が殺される可能性は低いと考えていい。パトリックや学院長たちに関してはなんとも言えないが、最初から殺すつもりなら連れ去ったりしないだろう。人質とした以上、なんらかの目的があるはずだ。
 失敗が許されないからこそ、やるからには万全の準備を整えてから作戦を行う必要があった。

 帝都に向かう船の中、リィンは最後の戦いに向けて作戦を考えていた。
 はっきり言って、今回ばかりは足手纏いとなりそうな人間を連れて行くわけにはいかない。
 特に煌魔城での戦いでは、有象無象がいても無駄に命を落とすだけだという確証がリィンにはあった。
 アルティナやブルブランも強敵であることは間違いないが、一番厄介なのは〈劫炎〉の名を持つ男――マクバーンの相手を誰が務めるかだ。
 デュバリィのマスターにしてヴィータと同じ使徒の一柱――〈鋼の聖女〉に匹敵する力を持つと噂される男。執行者最強の炎使い。それがマクバーンだ。
 結社最強の男が相手では、フィーやシャーリィでも荷が重い。かと言って複数で戦えばどうにかなるという相手でもなかった。
 理屈ではない。予想が正しければ、マクバーンを倒すには文字通り人外≠フ力が必要となるはずだ。

(マクバーンを倒せる可能性があるとすれば、俺だけか……)

 この内戦を通してリィンも成長していた。
 自分の力の根幹にあるもの――その正体にも薄々ではあるが、リィンは気付き始めていた。
 だからこそわかる。マクバーンを倒せるのは、同じ人外≠フ力を持つ自分しかいないと。
 しかし〈緋の騎神〉を止められるのもまた、同じ騎神に乗る起動者だけだ。クロウの力を信用していないわけではないが、彼と〈蒼の騎神〉だけの力では〈魔王〉の名を持つ騎神には勝てないだろう。

(こんな時、光の剣匠がいてくれればな……)

 ラウラの父親にして帝国最強の剣士、ヴィクター・S・アルゼイド。その剣の腕は大陸でも十指に入るほどだ。そんな彼でも人の身である以上、マクバーンには勝てない。その確信がリィンにはある。
 しかし勝てないまでも足止めは可能なはずだ。あの経験に裏付けされた卓越した剣技は目を瞠るものがある。人の身では、まさに最高峰の力の持ち主と言えるだろう。リィンでもまともにやってヴィクターに勝てる自信はなかった。
 少なくとも経験と剣の技量においては、ヴィクターより実力が劣っているという自覚があったからだ。
 そのヴィクターは、オリヴァルトやミュラーと共に帝国西部に行ったままだ。
 帝国西部にはカイエン公の本拠地がある。オーレリアとウォレスの策略で、帝都の守りについていた領邦軍との間に停戦が実現したとはいえ、状況が長引けば再び彼等が敵に回る可能性はゼロではない。その時間を少しでも稼ぐ意味でも、敵の増援――西部の戦力を抑えるという意味で、オリヴァルトたちの存在はよい抑止力になっていた。
 だが、同じように全戦力を投入できないのは、セドリックたちも同じだ。ノルド方面の共和国軍にも目を配らなければいけないし、クロスベル方面の問題もまだ片付いてはいない。国境に意識を向けつつ、帝都での戦いに力を割かなければいけない現状は、兵たちにも大きな負担を強いていた。

「リィン、作戦は決まった?」

 最後の一押しを決めかねていたところ、フィーが艦の到着を報せにやってきた。
 帝都から三十セルジュほどのところに設けられた正規軍の前線基地にカレイジャスは降り立った。辛うじて飛行は可能なものの、マクバーンたちの襲撃で船体の至るところに生々しい傷痕が残っており、とても戦闘に耐えられるような状況にはなかった。即座に帝都に強襲を仕掛けなかったのも、それが理由の一つとしてある。
 そして、もう一つの事情。それが、ウォレスが話したレジスタンスとの共同作戦だ。
 ここで、その説明をセドリックから受けることになっていた。

「一応な。ただ、かなり面倒臭いことになりそうだ」

 リィンからすれば、帝都の民の命など知ったことではない。そんなものに貴重な戦力を割くくらいなら、多少の犠牲を払っても煌魔城の攻略に力を割くべきだろう。しかし、セドリックの方針が異なる以上、リィンは周囲との軋轢を招いてまで、それを主張するつもりはなかった。
 何より雇い主のアルフィンが、それを望んではいないということはわかっていたからだ。
 市民の犠牲を無視して、自分の救出を優先したと知らされれば、アルフィンはきっと悲しむだろう。いや、怒るかもしれない。雇い主の意向には極力従うのが、リィンのやり方だ。後でクライアントからクレームが付きそうなことを率先して行う気はなかった。
 それにフィーやシャーリィにはともかく、他のメンバーに作戦を強制するような権限はリィンにはない。メイドのシャロンや、ゼノとレオニダスの雇い主はアリサの母、イリーナ・ラインフォルトだ。
 クレアは帝国正規軍の人間。サラに至っては士官学院の教官にして元遊撃士だ。
 民間人の安全を何より尊ぶ遊撃士の信念から考えて、市民の命を無視したやり方には賛同できないだろう。

「フィー。準備の方は任せていいか?」
「ん……」

 作戦の概要を書いた紙をフィーに渡し、リィンは準備を一任する。
 その後、扉の前で待っていた兵士の案内で、リィンは前線基地の中に設けられた一際大きな天幕に案内された。
 天幕では学生を代表してトワが、他にもアリサとラウラが招かれていた。恐らくアリサとラウラが招かれたのは、二人の立場も関係しているのだろう。
 アリサは本社で指揮を執っているイリーナ・ラインフォルトの名代として、この場に出席していた。
 ラウラもまたレグラムの領主、ヴィクター・S・アルゼイドの娘という立場がある。一方、エリオットはクレイグ中将の息子とは言っても平民でしかなく、ガイウスは帝国の臣民ですらない。皇族や軍の将校が出席する場に相応しい身分の生徒となると、ユーシスが囚われの現状では学生代表のトワを除けば、この二人しかいなかったというのが大きかった。

「よく来てくれました。リィンさん。それに皆さんも」

 まずは挨拶から入るセドリック。
 その隣にはゼクス中将が控え、正規軍・領邦軍の将校たちが綺麗に左右に分かれ、参列していた。

(少しは肝が据わってきたみたいだな)

 以前のオドオドした少年はなりを潜め、覚悟を決めた大将の顔がそこにはあった。
 この戦争が、良くも悪くもセドリックの成長を促したと言ったところだろう。アルフィンがさらわれたと聞いた時も冷静さを失わなかったことといい、いまのセドリックなら優秀な補佐が付きさえすれば、皇帝としてもやっていけるのではないかと思える程度には成長を見ることが出来た。
 リベール王国の王女クローディア・フォン・アウスレーゼも、リベールの異変に関わった時期はそうセドリックと大差のない歳だった。そんな彼女もいまでは次期女王として、外交や政務に励む日々を送っている。それは彼女の努力が実を結んだ結果ではあるが、セドリックにも同様の才が眠っていたと考えていいだろう。この姿を見れば、アルフィンも驚き、そして喜ぶに違いないとリィンは思った。
 しかし、それとこれは話が別だ。セドリックの説明を聞きながら、リィンは考える。

(市民の安全を最優先か……。言っていることはわかるが、そんな甘い考えが通用する相手とは思えない)

 ただ唯々諾々と、セドリックや軍のやり方に従うつもりもなかった。
 別に彼等の下についたつもりはない。あくまでリィンの雇い主はアルフィン一人だ。
 ウォレスの話を聞き、ここまで足を運んだのはそれを伝えるためでもあった。

「――それで、リィンさんには突入部隊の指揮をお願いしたいのです」

 まあ、大方そんなところだろうと、リィンの半ば予想通りの提案をしてくるセドリック。
 断られるはずがないと思っていたのだろう。しかしリィンは首を左右に振ってセドリックに答えた。

「悪いが断る。お前たちに付き合うのは、ここまでだ」

 その言葉に驚き、ギョッとした顔を浮かべたのはセドリックだけではない。
 参列していた将校たちも、そしてアリサやラウラまでもが驚き、目を瞠っていた。
 そんななか、トワとゼクスはリィンの回答を予想していたようで余り驚きを見せていなかった。

「ちょっとリィン! 断るってどういうつもり!?」
「そうです、兄上! どうして――」

 リィンに詰め寄るアリサとラウラ。こうなることはリィンも予想していた。
 はあ、と溜め息を吐きながら、二人の質問に答えるリィン。

「はっきり言ってやろうか? 足手纏いなんだよ。ここにいる全員な」

 これには将校たちも黙っていられず、リィンを罵倒する声が議場に響く。
 しかし、どこ吹く風といった様子でリィンはまったく意に介さず、言葉を続けた。

「帝都の市民を助けたいなら勝手にやれ。アリサ、ラウラ。お前たちの行動を止めるつもりはない。セドリックの作戦に参加したいならすればいい。ここについてきたのはどうせ、仲間と再会できるかもと思ったからだろう?」

 リィンの的を射た指摘に、何も言い返せなくなるアリサとラウラ。
 勿論それだけが理由ではないが、ウォレスから情報を得たトワよりレジスタンスにマキアスが参加していると聞いて、彼に会いたかったという考えは確かにあった。
 それに連れ去られたユーシスや、エマの件もある。あの歌声がエマのものであることはアリサたちもすぐに気付いた。
 だからこそ、この作戦に参加することで、エマがどうしてあんなことをしたのか、それを確かめたいと考えていた。

「言っておくが、俺はお前たちを連れていくつもりは微塵もない。どうしても作戦に参加したいというのなら、そこのセドリックにでも頼め。俺は俺の方で勝手にやらせてもらう」

 リィンの意志が固いことを悟るアリサとラウラ。それはセドリックも同じだった。
 これまでなし崩し的に力を貸してくれていたリィンではあるが、それは単に利害が一致していたに過ぎない。仲間だから――というそんな理由でアリサたちに協力していたわけではなかった。
 そして、これまでにもリィンは彼女たちに忠告を幾度となくしてきた。彼女たちが軍人であったなら、ここまでのことをリィンも口にはしなかっただろう。
 だが、彼女たちは学生だ。士官学院の生徒ということで、真っ当な学生とは少し異なっているかもしれないが、それでも戦いのプロではない。保護されるべき立場の人間だ。
 これまでは、偶々上手くいっていたかもしれない。しかし、そう何度も偶然は続かない。この先も同じようなことを繰り返せば、確実に彼女たちのなかに命を落とすものが現れる。覚悟は出来ている、と口にすることは簡単だが、はたして仲間の死に彼女たちは耐えられるかと言うと、リィンにはそこまでの覚悟があるように思えなかった。

「……リィンさん、どうしても手伝ってはもらえませんか?」
「正直、お前に関しては、俺たちの計画に巻き込んでおいて悪いと思ってはいるが……これも皇族の義務だと思って諦めてくれ」

 セドリックに関しては、若干の負い目がリィンにはあった。
 アルフィンとの計画に必要なこととはいえ、強引に彼を巻き込んだことだ。
 だからこそ、可能な限りセドリックには力を貸してやりたいとは思う。しかし今回ばかりは無理だった。
 帝都の民の命とアルフィン。どちらを取るかといえば、リィンは迷いなく後者を選ぶ。
 こればかりは分かり合えるとは思っていない。だが、この件に関してリィンは一切譲るつもりはなかった。


  ◆


 結局、アリサたちはセドリックの提案した作戦に参加することになった。
 彼女たちの目的を考えれば、わからない話ではない。リィンもそれを止めるつもりはなかった。
 これまでも関係は上手く行っていたとは言い難いが、これで彼女たちとの間には埋めようもない溝が出来たとリィンは考える。
 だが、彼女たちのような人間は嫌いではなかった。
 少し性根が真っ直ぐすぎる部分はあるが、それだけに信用の置ける少年少女たちだと思う。

「彼女たちのことは任せてください。大丈夫です。無茶はさせませんから」

 しかし、一つ誤算があったとすれば、彼女――トワの存在だ。
 リィンの考えを、あのなかで彼女一人が見抜いていた。いや、ゼクスも察してはいたのだろう。だからこそ、あの場で何も発言しなかった。
 この戦い、残念ながらアリサたちでは付いていくことは不可能だ。最低でもサラ並の実力がなければ、煌魔城から生きて帰ることは出来ないだろう。だからこそ、リィンは限られたメンバーで向かうことを考えていた。
 街の方はセドリックたちに任せておけば間違いはない。今日の会議でそれを確信できただけでも得るものはあった。
 リィンがこの場に足を運んだ一番の理由は、後顧の憂いをなくすためだ。
 これだから猟兵は――と愚痴を溢す将校もいたが、リィンはそれでいいと考えていた。
 賞賛されたければ猟兵ではなく遊撃士をやればいい。権力や勲章が欲しければ、軍人になればいい。そうしないのは、リィンが生粋の猟兵だからだ。
 猟兵が感謝され、もてはやされる世界はどこか狂っている。彼等が呼ばれ、求められるということは、そこには戦場があるということだ。
 リィンの育ての親、ルトガーもよく口にしていた言葉がある。

 ――俺たちは嫌われものでいい

 平和な世界に猟兵など必要ない。だからこそ、リィンは嫌われることに慣れていた。
 皮肉なものだ。平穏とは程遠い猟兵が、誰よりも平和の大切さを知っているのだから――
 リィンは賞賛を求めない。彼が契約と金に拘るのは、そうした理由からだ。
 普通であれば理解されない考え。しかし、そんなリィンの考えに彼女は気付いていた。

「リィンくん。必ず、生きて帰ってきてね」

 トワの真っ直ぐな願いに、敵わないなと苦笑するリィン。
 嫌われようとしても「そうはいかないよ」とばかりに、好意を向けてくる相手が稀にいる。
 アルフィンやエリゼもそうだが、トワもそんな例外のなかの一人だった。
 そんな彼女だからこそ、学生たちも彼女の言葉に耳を傾けるのだろう。彼女が学生の代表に選ばれたのも頷ける話だ。
 そして自分には無理でも、トワならアリサたちに無理をしないように言い聞かせることも出来るだろうとリィンは思った。

「ああ、約束する」

 そう口にして、リィンはトワに背を向けて歩き始める。
 目指すは帝都の中心にそびえ立つ煌魔城。その双眸には、紅く染まる帝都の空が映っていた。



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