「地下を使って来られるのは、ここまでだ」

 帝都の中心地、皇城へと続く道ドライケルス広場は、幻獣や魔煌兵の他にグノーシスを服用した人々で溢れ返っていた。
 生気を失い、死人のように彷徨う人々。市民ばかりかと思ってはいたが、そのなかには領邦軍と思しき兵士たちの姿も見受けられる。
 白と紫の軍服。恐らくは皇城の守備を担当していたラマール領邦軍の兵士たちだろう。

「で、どうするんだ?」

 領邦軍の兵士たちは可哀想だとは思うが、ある意味で自業自得だと納得することは出来る。
 しかし操られているとはいえ、さすがに民間人相手に本気をだすわけにもいかない。
 クロウとて、罪のない人々に手を掛けるような真似は出来ることならしたくなかった。
 それ故の質問だったのだが、リィンは特に慌てた様子もなく腰のブレードライフルを抜き、五人の前にでた。
 嫌な予感がしたヴィータは念のため、何をするつもりなのかリィンに尋ねる。

「ちなみに、どんな方法を取るつもりなのか、聞いても良いかしら?」
「グングニルで一掃する。運が良ければ生き残るだろ」

 ヴィータとリィンの会話を聞いて、顔を引き攣らせるクロウ。
 無理もない。つい先日、そのグングニルの的となって痛い目に遭ったばかりだ。
 あの一撃なら、確かにグノーシスを服用した彼等を殺さずに無力化することは可能だろう。
 だが物理的破壊力は低い魔を滅する破邪の槍だとは言っても、並の人間がその一撃を食らえば、精神に障害を負う恐れがある。
 アランが助かったのは、彼の意思の強さもあるが、運が良かったからという点が大きい。
 勿論そんなことはリィンもわかっていた。ただ、ここで手間取る時間のことを考えれば、最も効率の良い手段に打って出ようとしただけだ。
 リィンからすれば、優先するのは市民の命ではなくアルフィンの奪還だ。生き残る可能性を残しただけ、マシな方法を選択したつもりだった。
 それに――

「よしなさい。ここは私がやるわ」
「お、やってくれるのか? いや、あれ結構疲れるからな。助かるわ」
「……あなた、最初からそのつもりだったでしょ?」
「さてな。だが、他に手立てがなかったら、俺は躊躇せずやってたと思うぞ?」

 こう言えば、恐らくはヴィータあたりがなんとかするだろうという目算もあった。乗って来なければ、口にしたことを実行に移すだけだ。
 リィンの目を見て、この男なら迷わず実行に移しそうだと納得したヴィータは溜め息を漏らす。
 普通の人間なら躊躇するようなことも、目的を遂げるためなら迷わず実行に移す。彼は理解しているのだ。
 人一人の力ですべてを叶えること、守ることなど出来ないと言うことを――だからこそ、物事に優先順位をつける。結果、多くの犠牲を強いることになってもだ。
 猟兵らしい現実的で効率的な考え方。民間人の盾となり矛となることを信条とする遊撃士からすれば、絶対に相容れない相手とも言えるだろう。

(これじゃあ、どちらが悪役かわからないわね……)

 正義の味方と言うよりは、完全に悪役の考え方だ。どちらかと言えば、〈結社〉に近い考えの持ち主だとも彼女は思う。
 しかし、それだけにリィンとは一時的な協力関係は結べても同志にはなれないとヴィータは理解した。
 はっきり言って、厄介な人物だとヴィータは考える。
 リィン・クラウゼルの特出した戦闘力もそうだが、リーシャ・マオやシャーリィ・オルランドも一級の実力者だ。
 そしてフィー・クラウゼル。リィンのバカげた能力に埋もれて目立たないが、一対一でヴァルカンを降した彼女の実力も侮れないとヴィータは評価していた。
 これだけの人材、結社にもそうはいない。その気になれば、星杯騎士団とも渡り合えるだけの戦力だ。
 それにリィン自身の人脈の広さも厄介だ。彼がその気になれば、ギルドや教会に代わる第三の勢力を率いることも難しくないだろう。
 そういう意味でも、リィンとの繋がりは維持しておきたい。それに――

(これを最後にしたいものね……)

 クロウの横顔をチラリと覗き込むヴィータ。
 帝国解放戦線のことは彼自身が選んだ道とはいえ、彼に騎神を与え、その道を示した責任がヴィータにはあった。
 今更そのことを許してくれとは言えない。しかし出来ることなら、これ以上、クロウに重荷を背負わせるのを彼女はよしとしなかった。
 だからこそ、この戦いを最後にしたい。クロウのためにも――そして、それが自分に出来る唯一の贖罪だとヴィータは覚悟を決める。

「下がっていなさい」

 長杖を手に皆の前にでるヴィータ。
 その杖の先端が光ったかと思えば、大気が振動し、ヴィータを中心に魔力の波のようなものが広がっていく。

「凄い陰の気です。これが、魔女の秘術……」

 気を張っていなければ意識を持っていかれそうになるほどの凄まじい魔力にあてられ、リーシャは息を呑む。
 これが〈深淵〉――魔女の力。彼女もまた、人の殻を被った怪物の一人なのだと実感させられる。
 孤高の魔女の口から紡がれるは呪詛。

 ――さあ、お眠り坊やたち。母の腕に抱かれて、愛の沼へと沈みましょう。

 それは母親が子供に聴かせる子守歌のような旋律だった。
 直接的な戦闘力は低いヴィータだが、魔女が得意とする術の多くには心を惑わし、精神に干渉する術が多く含まれている。これも、そんな術の中の一つだ。
 魔術への抵抗力が高い者や、意思の強い人間には効果は薄いが、強制的に対象を眠りへと誘い、その意識を操る精神干渉魔法。
 だが、そうした魔術は本来であれば、大勢の人間に対して同時に作用できるようなものではない。
 ここまで大規模の術を行使できるのは、ヴィータが魔女のなかでも特出した力の持ち主だからだった。

「ふう……」

 数人ならまだしも何百、何千という人間に術を行使するのは、さすがにヴィータと言えど厳しいものがあったのか?
 額の汗を拭いながら息を整える。広場には、死んだように眠る人々の山が築かれていた。

「おお、こいつは凄いな。さすがは深淵の魔女」

 その光景を見て、素直に感心するリィン。
 ヴィータなら殺さずに無力化できるのでは?
 とは考えていたが、まさかこれほどとは思ってもいなかった。

「本当なら意識を操って、記憶を操作することも可能なのだけど……」

 目の前の結果に不満そうな声を漏らすヴィータ。
 本来であれば、干渉した相手の意識を自由自在に操る術だが、今回は対象が多かったために眠らせることしか出来なかったとヴィータは語る。それでもリィンからすれば、十分過ぎる成果だった。
 正直、彼女を敵に回さなくてよかったと思えるくらいには厄介な魔術だ。こんなものを街中で使われたらと思うと、ゾッとする。

(今回のことといい、こんな手段がありながら、そうしなかったっていうのは……悪い奴じゃないんだよな)

 悪の組織の女幹部と言った立場を崩さない彼女だが、根っからの悪党ではないことはわかっていた。
 そんな心情を顔に出さないように、魔力を消耗したヴィータをリィンは労う。

「お疲れさま。後は俺たちに任せてくれ」

 残されたのは、城の前で守りを固める幻獣と魔煌兵だけだ。だが、そんなものはリィンたちにとって障害にすらならない。
 リィンの言葉に応えるように真っ先に飛び出していたのは、シャーリィとリーシャのコンビだった。

「行くぞ」
「ん……」
「あ、ああ……」
「ええ」

 その二人を追って走り出すリィンの後に、フィー、クロウ、ヴィータの三人は続く。

「アハハハッ! この高揚感――やっぱりいい。戦場は楽しいね! リーシャ!」
「前に出すぎです。はしゃぎ過ぎて、こんなところで余計な体力を使わないようにしてください」

 嘗て、殺し合った仲とは思えないほど息の合った動きで、瞬く前に幻獣や魔煌兵を屠っていくシャーリィとリーシャ。
 以前ノルドでアリサたちが苦戦したような大型の幻獣も、この二人の前にはそこらの魔獣と大差がなかった。

(おいおい、なんの冗談だ。これ……)

 そこにあるのは一方的な殺戮だった。
 帝国解放戦線のリーダーを張っていたクロウにして、ここまで一方的な戦場を目にしたことはない。
 そして、相手は人間ではないとはいえ、嬉々とした表情で敵を殲滅していく二人を見て、冷たい汗が背筋に流れるのをクロウは感じた。
 ただ、苦笑することしか出来ないクロウ。騎神抜きの強さでは、明らかに彼女たちの方が格上だと理解させられたが故の反応だった。

「放って置けば、また復活しそうだしな。先を急ごう」
「了解ー。思ったより歯ごたえがなかったしね。早く強い奴と戦いたいな〜」
「でも、良い準備運動にはなりました」

 マナへと還っていく魔煌兵を見て、絶対に彼女たちを怒らせるような真似はしない、と心に誓うクロウ。
 美女に棘は付き物と言うが、この二人に限って言えば、棘なんて生易しいものではない。それに――

「クロウ――後ろ!」

 ヴィータの声に気付き、振り返るクロウ。
 視線の先には、四本の腕にそれぞれ異なる武器を持った魔煌兵の姿があった。

「くっ!」

 空間を切り裂いて姿を現した魔煌兵に気付けず、クロウは咄嗟にダブルセイバーを構え、防御の姿勢を取る。しかし、その一撃がクロウに届くことはなかった。
 クロウに攻撃が届く前に、フィーが魔煌兵の身体を双銃剣で斬り裂いたからだ。

「油断大敵」
「す、すまん。助かった」

 少なくとも、結社の執行者とタメを張れる程度の実力がクロウにはある。
 ヴィータからも上位者とまではいかないまでも、戦闘力だけならA級遊撃士に匹敵するほどの力があると認められていた。
 なのに、クロウにはフィーの動きがほとんど見えなかった。敵の接近を許したのは自身の油断が招いたことだ。シャーリィとリーシャの息の合った連携に圧倒され、敵陣のど真ん中だということも忘れ、魅入ってしまったのが原因だった。
 しかし、それを差し引いてもフィーの動きはクロウの想像を大きく超えていた。
 以前に見たリィンと同等――スピードだけなら、それ以上の動きだとクロウは息を呑む。

「……なに?」
「い、いや、なんでも……ない」

 思っていることを口にだせず、クロウは顔を背けることでフィーの追及をかわす。

(ヴァルカンをサシで倒したってのは本当だったか。たくっ、この俺が足手纏いとはな……)

 どんな経験を積めば、ここまで非常識な力を身に付けられるのか?
 祖父の敵を討つために、すべてを投げ打って復讐に心血を注いできたつもりのクロウだったが、それでも彼女たちには敵わない。
 努力だけでは届かない領域。才能も勿論あるだろうが、命のやり取りをしたことのない、戦場を知らない人間では到達できない世界だ。
 勿論その覚悟はあった。場数もそれなりに踏んできた自負がクロウにはある。だが、それでも経験の差が明確に現れていた。
 裏社会に身を置き、常に戦場で命のやり取りをしてきたプロに敵う道理はない。クロウにとってリィンや彼女たちは、初めて直面した大きな壁でもあった。
 そんな一行の前に、巨大な門が立ち塞がる。煌魔城の入り口。内部へと繋がる正面ゲートだ。

「――王者の法(アルス・マグナ)

 姿を変貌させ、全身から闘気を放ちながら門へ向かって疾走するリィン。
 次の瞬間、リィンの手元が光ったかと思うと、二本の銃剣が一つの巨大なライフルへと姿を変える。
 ――オーバーロード・集束砲形態(カノンモード)。銃口が唸り、黒白の光が放たれる。

(おいおい……)

 轟音と共に目の前で粉々に砕け散る門を見て、クロウはなんとも言えない表情を浮かべた。
 騎神の一撃でもなければ、とてもではないが破壊できそうにない巨大な門だ。それを一撃。
 それがトドメとなったのか? 何かを悟った様子で、クロウは溜め息を漏らした。

(こりゃ……張り合うだけ無駄だな)

 これまで培ってきた常識や価値観を破壊され、クロウは考えることを放棄した。
 騎神が絶対とは言わないが、それでもそれなりの自信はあったのだ。だが、それが自惚れであったことに気付かされた。
 上には上がいる。常識では計れない怪物がいることを理解させられたからだ。

「……これでもダメか」

 だが、そんなクロウの心情を知る由もなく、リィンは土煙の向こうを油断なく観察する。
 煙の晴れた先、破壊された門の向こうに光の壁のようなものが見えた。

「まさか、霊子結界?」

 光の壁の正体に気付き、驚きの声を上げるヴィータ。
 門の向こう側、城の内部へと通じる道には、外からの侵入を拒むように霊子結界が張り巡らされていた。
 一部の機甲兵に備わっている物理障壁にも似た力だ。この結界の前では、あらゆる攻撃が弾かれる。シャーリィたちが動くよりも先にリィンが飛び出したのは、これを確かめるためでもあった。
 もしやという直感が当たり、リィンは溜め息交じりに視線をヴィータへと向ける。

「わ、私じゃないわよ?」
「わかってるよ。たぶん、エマの仕業だろうな」

 慌てて否定するヴィータに、そのくらいはわかっているとリィンは答える。
 魔女の結界。そんなものを張れる人物は、リィンの知る限り二人しかいない。
 エマとヴィータの二人だ。そしてヴィータがこちら側にいる以上、この結界を張ったのはエマしか考えられなかった。
 煌魔城を復活させた歌の件といい、エマが何を考えているのかわからないが、少なくとも障害となっていることは確かだ。
 面倒なことにならなければいいが――と、リィンは頭を掻きながらヴィータに尋ねる。

「解除は出来そうか?」
「地脈から必要なマナを吸い上げるタイプの結界ね。解除には少し時間が掛かるわ」

 その答えを予想していたのか? やはりな、と溜め息を吐くリィン。
 ヴィータが寝返ったことは、アルティナから報告が行っているはずだ。
 ならば、簡単に解除できるような結界を張ったりはしないだろうとは予想していた。

(仕方ないか。まあ、今更だしな)

 ここで余り時間を掛けたくなかったリィンは覚悟を決め、結界に触れる。
 ヴィータにはそれでなくとも、いろいろと見せすぎているが、この際仕方がないと諦めた結果だった。

「……え?」

 目を丸くして、呆気に取られた表情を見せるヴィータ。
 というのもリィンが結界に触れた瞬間、障壁に亀裂が入り、砕け散ったのだ。

「は、はああっ!? お前、どうやって――」
「……普通に手で触れただけだ」
「そんなわけ……」

 リィンの答えに納得が行かず、ヴィータに説明を求めるかのように視線を向けるクロウ。
 だが、説明が欲しいのはヴィータも同じだった。だから、自分の考えを確かめるようにリィンに尋ねる。

「……あなた、もしかして術式の構造が解析できるの?」

 やはり気付かれたか、と誤魔化すように頬を掻くリィン。

「なんとなくだけどな。だからと言って、それそのものを再現できるというわけじゃないんだが」
「そう……それで精霊窟にも立ち入れたのね」

 術士にとっては天敵とも言える能力だとヴィータは呆れる。その気になれば、手で触れた術すべてをリィンは無効化できるということだ。
 恐らくは、その力を戦技に昇華したのが『オーバーロード』であり、リィンの切り札『アルス・マグナ』なのだろう。
 リィンが構造は解析できても再現は出来ないと口にしているのは、知識が追いついていないからだとヴィータは推察する。
 アーツが苦手と口にしていたが、それも余計なものまで見えてしまう弊害だと考えられる。魔法に必要なのは、正しい知識と明確なイメージだ。
 猟兵などやらず術士の道を志していれば、いまとは違った大成をしていたかもしれないとヴィータは考え、そこから一つの答えに行き着いた。

(もしかして、彼の力の根源にあるものは……)

 ヴィータのリィンを見る目が、いつになく険しさを増す。
 ずっとリィンの力の正体を探るため、ヴィータは彼の観察を続けていた。
 頭に過ぎった一つの可能性。だが、それは同時にありえないことだと彼女の魔女の知識が語りかける。
 そんなヴィータの視線に気付き、訝しげに首を傾げながらリィンは尋ねる。

「何してんだ? 置いていくぞ」
「あ……ごめんなさい。すぐに行くわ」

 もし、この想像が正しければ――
 期待と不安の入り混じった想いを胸に秘めながら、ヴィータはリィンの後を追った。



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