パンタグリュエルの貴賓室にヴァンダイク学院長他、士官学院の教官たちは閉じ込められていた。
 扉の外では貴族連合の雇った猟兵たちが見張りをしており、幾ら歴戦の経験を持つ学院長たちと言えど、武器もなしに武装した猟兵たちと一戦を交えるのは厳しい。それに、例えここから逃げ出せたとしても外は空の上だ。逃げられるような場所など、どこにもない。この不利な状況下では、大人しくしておくほか取れる手段がなかった。

「さっさと入れ!」

 武装した猟兵に拘束されたユーシスが、学院長たちのいる部屋へと連れて来られた。
 手枷を嵌められた状態で背中を押され、バランスを崩して床へと叩き付けられるユーシス。
 そんなユーシスを見て興味を無くしたのか、さっさと猟兵は扉を閉めて持ち場へと戻ってしまう。
 残されたユーシスは呆然とした表情で、学院長たちにも気付いた様子はなく床に転がっていた。

「ユーシスくん、大丈夫ですか?」

 そんなユーシスに声を掛ける一人の女性がいた。
 艶やかな長い金髪に、透き通るような白い肌。グリーンの鮮やかなドレスを纏い、ユーシスを優しく抱き起こし、心配そうな表情を浮かべる貴族と思しき女性。その顔にユーシスは見覚えがあった。
 サザーランド州の名門、アルトハイム伯爵家の令嬢にして、士官学院で音楽や芸術の授業を担当しているメアリー教官だ。
 学院以外でも貴族主催の夜会などで、何度か彼女の顔を見かけたことがユーシスにはあった。
 メアリーに声を掛けられ、ようやく学院長や他の教官たちの姿にも気付くユーシス。よく見知った顔ぶれが、そこには揃っていた。
 ヴァンダイク学院長、そしてベアトリクス教官。更に――ハインリッヒ教頭だ。

「メアリー教官、それに学院長やベアトリクス教官……ハインリッヒ教頭まで」

 どうして、ここに彼等がいるのかと尋ねそうになるユーシス。しかし、すぐにそれが兄の仕業だと思い至る。
 正確には、兄にそう指示したのはカイエン公なのかもしれない。しかし、それは言っても仕方のないことだ。現実として彼等はここに捕らえられている。

「ユーシスくん。どうにかならないのかね? キミはあのルーファス・アルバレアの弟なのだろう? アルバレア家の人間のキミなら、我々をここから――」

 だから、そんな風に責められたとしても、それは当然だとユーシスは考えていた。
 普段から口うるさく生徒から煙たがられている人物ではあるが、ハインリッヒ教頭は決して悪い人物ではなかった。
 生徒の自主性に委ねると言った一見すると放任主義とも取れるサラの教育方針とは相性が悪かったようだが、彼は彼なりに学院や生徒のことを考え、嫌われるようなことも敢えて口にするような責任感の強い先生だった。
 そんな彼がここまで取り乱す姿を見るのは、ユーシスも初めてのことだ。

「……すみません」

 言葉を絞り出すように、詰め寄るハインリッヒに頭を下げるユーシス。
 これにはハインリッヒも複雑な表情を浮かべる。彼とて、誰が悪いわけでないことは理解しているのだ。だが、軍属上がりの学院長やベアトリクスと違い、彼はこうした状況に慣れていなかった。
 むしろ、同じような立場のメアリーが落ち着いていられるのは、彼女の性格によるところが大きかった。
 決して怖くないわけではないが、自分が取り乱すことで周囲に不安を与えることの方が、彼女には辛いことだった。
 ハインリッヒが不安を顔にだすことで、逆に冷静でいられたという点も大きかっただろう。

「ハインリッヒ教頭、そのくらいに……。ユーシスくんにもいろいろと事情はあるでしょうし、彼がここに連れて来られた背景を考えれば、彼に責任がないことはあなたにもわかっているのでしょう?」
「……ベアトリクス教官」

 ベアトリクス教官に諫められ、ハインリッヒも矛を収める。
 歳は学院長と変わらないと言った様子のご老人だが、真っ直ぐに伸びた背中は年齢以上の力強さを感じさせる。
 彼女も嘗ては学院長同様、軍に所属し、現在でもその活躍は軍で語り継がれているという噂はユーシスも耳にしていた。謂わば、歴戦の兵士だ。
 実際それを裏付けるように、トールズ士官学院の名目上のナンバー2はハインリッヒではあるが、学院内の力関係で言えば、ベアトリクスが学院長に次ぐ発言力を持っていると言っても過言ではなかった。
 普段、威張り散らかしているハインリッヒでも彼女には頭が上がらないのか、ユーシスに向き直り申し訳なさそうに頭を下げた。

「すまなかった。ユーシスくん」
「いえ……そもそもが父や兄のしたことが原因ですし、俺にも責任はあります」

 そんな二人を見て、優しげな笑みを浮かべるベアトリクス。メアリーも、ほっとした様子で胸をなで下ろす。
 二人が和解したのを確認して、学院長――ヴァンダイクはユーシスの前へとでた。

「では、少し話を聞きたいのだが、よいかね?」

 探るような視線でユーシスを見下ろし、ヴァンダイクは質問をする。
 ヴァンダイクの放つ雰囲気に呑まれ、喉を鳴らすユーシス。
 その視線はユーシスの心を見透かすかのように、鋭く輝いていた。


  ◆


 カレイジャスは現在、全速力でパンタグリュエルを追跡していた。
 幸い、セドリックに連絡を取り、救出した避難民は預かってもらうことが出来た。この船に残っているのは作戦に志願した学生たちと、領邦軍・正規軍どちらにも身の寄せどころがないカール・レーグニッツと、彼の護衛として付いてきたレジスタンスの隊員たちだけだ。
 戦闘になっても関係のない民間人を巻き込む心配はないが、だからと言って学生たちの命を預かる以上、トワは少しも気を抜くつもりはなかった。

「この船では、パンタグリュエルと直接対決を行うのは不可能に等しい。それに人質が乗っている船を落とすわけにはいかないだろうしね。だから僕たちに出来る作戦と言えば、これしかない」
「……白兵戦か。どちらにせよ、戦闘は避けられそうにないね」

 ジョルジュの説明を聞いたトワは、ブリッジの椅子に腰掛けたまま難しい表情であごに手をあて、そう呟く。
 トワの視線の先、ブリッジの大型モニターには、ウォレス准将より提供されたパンタグリュエルの情報を元に、ジョルジュが考案した作戦の概要が映し出されていた。
 このままいけば、三十分ほどでパンタグリュエルに追いつくことが予想される。しかし問題は、どうやって人質を救出するかという点にあった。
 餅は餅屋と言ったように、こうした技術的なことは専門家に聞くのが一番早い。ジョルジュならカレイジャスでパンタグリュエルをどうやって攻略すればいいか、その具体的な案が思いつくと考え、トワは一任したのだ。
 その結果ジョルジュがだした結論が、船同士の直接対決を避け、白兵戦に戦いを持ち込むというものだった。
 というのも、マクバーンから受けた傷がまだ完全に修復できておらず、それでなくともカレイジャスには最低限の武装しか備えられていない。船の大きさも然ることながら火力の一点で言えば、パンタグリュエルにカレイジャスは遠く及ばない。正確には、カレイジャスの武装ではパンタグリュエルを落とすことは不可能に近いと言えた。

「でも、大丈夫なの? 相手も簡単には接近させてくれないと思うけど……」
「ちょっと無茶をすることになるけどね。カレイジャスの機動力なら勝算はある」

 だが、パンタグリュエルにはない武器がカレイジャスにはあった。
 それが世界最速の飛行船と名高い、リベール王国の巡洋艦〈アルセイユ〉の流れを汲む機動力の高さだ。
 装甲が厚い分、アルセイユに比べれば速度は劣るとは言っても、カレイジャスが帝国最速の船であることに変わりはない。
 豪華客船と見紛うばかりの巨大さ故に、動きの遅いパンタグリュエルと比べればカメとウサギだ。

「この作戦、上手くいくと思う?」
「……いつになく弱気だね」

 皆が無事に帰って来られるよう限られた時間のなかで考えられる限りの手を尽くす――それは、トワに出来る唯一のことだった。
 だから、こうしてジョルジュの力を借りて、一番勝算の高い作戦を模索していた。
 ジョルジュもトワの親友として、彼女の意思を汲んで協力を惜しまないつもりで作戦に志願したのだ。だからこそ、彼女が何を不安に思っているのかわかるつもりだ。

「トワが一人で責任を感じることはない。これは僕たちの問題でもあるんだ。志願した彼等だって、きっと同じことを言うはずだよ。それにアンだって……」

 ジョルジュの言うように、アンゼリカもここにいれば同じことを口にしたに違いない。
 そのアンゼリカはと言うと、ログナー候と共に領邦軍の指揮を執っていた。
 今頃はウォレス准将の部隊と協力して、帝都の混乱を静めるべく駆けずり回っていることだろう。
 これまで貴族の義務から目を背け、ずっと実家とも距離を取ってきた彼女ではあるが、ルーレの一件を通して自分に出来ることは何かを考え、悩んだ末にだした結論でもあった。
 この船に乗っている学生たちもそうだ。皆、他に選択肢はあった。なのに自分の意志で決めて、ここにいる。
 誰一人として強制されて、この場にいるわけではなかった。

「そそ、うちの生徒会長は気負いすぎだよね。もう少し、私たちのことを信用してくれてもいいんじゃない?」
「ヴィヴィは少し考えてから行動した方がいいと思うけどね……」
「酷い、リンデ! 私だって、これでもいろいろと考えてるんだからね!」

 リンデとヴィヴィのたわいないやり取りに、ブリッジに笑いが起きる。
 少し地味で目立たない感じの、おさげ髪の控え目な少女が姉のリンデ。一方、お洒落に気を遣っている様子が見て取れる――髪をストレートに下ろした少女の方が妹のヴィヴィだ。
 二人は双子の姉妹で、その息の合ったコンビでカレイジャスのオペレーターとして活躍していた。
 学院での生活においてもムードメーカー的な存在として、男女問わず人気のあった二人だ。自然と周囲に笑顔が溢れる。

「うん、そうだよね……」

 薄らと涙を浮かべながら、それを隠すように目元を服の袖で拭い、トワは席を立つ。
 自分は一人じゃない。一緒に戦ってくれる仲間がいる。
 そんな彼女たちの笑顔と励ましの声に支えられ、トワは作戦の開始を指示した。


  ◆


 トワたちが作戦の準備を進めている頃、カレイジャスの甲板に珍しい男女が揃い、顔を合わせていた。

「マカロフ教官。まさか、あなたも参加するなんてね。どう言う風の吹き回し?」
「サラ教官。アンタだって人のことは言えないだろう」
「あたしはこれでも、あの子たちの教官ですから」
「それは俺もだ。引率は多い方がいいだろ?」

 学院でも不真面目で有名な二人の教官が揃って、生徒を陰ながら支える立場にいるというのだから不思議な話だ。
 社会人とは思えないほど私生活がだらしく仕事も不真面目なサラは勿論のこと、このマカロフという教官もサボリ癖が酷く、学院の問題教師としてハインリッヒ教頭から睨まれている立場にあった。
 サラがよく知る普段の彼であれば「面倒臭い」の一言で、生徒たちに付き合うような真似はしないだろう。だが今回に限って言えば、話は別だった。
 学生たちのことは勿論気になるが、それ以上に彼女――メアリーが貴族連合に人質として囚われていたからだ。
 彼自身、人生の中で一、二を争うほどに今回のことは後悔していた。

 マカロフはその昔、ルーレ工科大学を首席で卒業。その後は帝国科学院に所属し、将来を有望視されるほどのエリート技師だった。
 だが、エプスタイン博士の三高弟の一人でもあるシュミット博士の教え子でもあった彼は、どれだけ成果を上げようとも付き纏う『博士の弟子』という肩書きに疲れ、そのしがらみから逃げるように技師としての道を諦めてしまう。その果てに辿り着いたのが、トールズ士官学院だった。
 技師としての道を諦め、学院で教鞭を振う生活の中、出会ったのが彼女――メアリーだ。
 新任教師として学院へ赴任してきた頃の彼女は、良くも悪くも世間知らずのお嬢様だった。だが、理想の教師像や夢を語る彼女の姿は、マカロフの目には輝いて見えた。だからこそ、ガラにもなく世話を焼いてしまったのだろう。現実に打ちのめされ、彼女には自分のようになって欲しくはなかったからだ。
 しかし、マカロフの心配していたことは起きてしまった。
 学院の関係者と共にカレル離宮に軟禁されていた彼女は、彼の目の前で生徒を庇って領邦軍の兵士に連れて行かれたのだから――
 伯爵家の令嬢である身分を明かしてまで生徒を庇った彼女の行いは、確かに教師として尊敬に値するものだ。だが、その理想によって彼女は自分の身を危険に晒してしまっている。そして何より、あの時、助けにでることが出来なかった自分の不甲斐なさをマカロフは悔やんでいた。
 勿論、その判断が間違っていたとは、いまでも思ってはいない。無駄に抵抗していれば、彼女や学院長たちの決断と行動を無駄にすることになっただろう。生徒たちにも犠牲がでていたかもしれない。
 学院長たちは、そのことを計算に入れた上で黙って連れて行かれたのだ。

士官学院(うち)の男どもは、どうしてこう面倒臭いのかしら?」

 サラの頭にパッと思い浮かんだのは、天敵とも言えるナイトハルト教官の仏頂面だった。
 マカロフのそれが純粋に気に掛けていた同僚を心配するものなか、恋愛感情なのかまではサラにもわからない。
 しかし素直にメアリーのことが心配だから付いていくと言えば、それで済む話なのに「女心がわかっていない」とサラは溜め息を漏らした。

「何か、言ったか?」
「何も……それより、生徒の前でそれ≠ヘやめなさいよ。また、メアリー教官に怒られるわよ」

 無意識に口にくわえようとしていたタバコをサラに指摘され、困った顔でマカロフは頭を掻き、取り出したタバコを胸ポケットへと仕舞った。



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