「強い……まるで本物の団長と戦っているみたい」

 目前の敵――エマが魔術で生み出した漆黒の影を睨みながら、フィーは感心と驚きに満ちた言葉を漏らす。
 猟兵王ルトガー・クラウゼル。嘗て最強と呼ばれた男の強さは、彼からクラウゼルの名を与えられ、家族として一緒に暮らしてきたフィーが一番よく知っている。
 ルトガーの基本スタイルは、ある意味でリィンによく似ている。いや、リィンの猟兵としての技術は、ルトガーが彼に戦場で生きるための術として教えたものだ。似ていて当然。
 ゼノのようにトリッキーな戦術を用いる訳では無く、レオニダスのように常人離れした怪力で巨大な武器を振り回す訳でも無い。
 ルトガーが頼りとする武器はただ一つ。手にしたブレードライフル一本だ。

「くっ――」

 反撃の隙を窺いながら、フィーは無言で迫ってくるルトガーの攻撃を凌ぐことに意識を集中する。
 一本のブレードライフル――猟兵を志す者が初めて手にし、学ぶのがこの武器だ。
 扱いやすく優れた武器ではあるが、特にこれと言った特性はない。だが、それ故に際立った欠点もなくバランスに優れているのも、この武器の特徴だった。
 ルトガーほどの実力者が使えば、基本的な武器と言えど、それは恐るべき脅威となる。

(団長……)

 追い込まれているというのに、不思議と胸が熱くなる。
 何百、何千回と目に焼き付けてきたルトガーの戦い。姿形が似てはいても所詮は偽物。あの日、あの戦いで死んだルトガーが生きているはずがない。そうとわかっていても、フィーは不思議な懐かしさを覚えずにいられなかった。

(上段からの袈裟斬り――なら、次は――)

 フィーは攻撃を予測していたかのように地面を蹴り、ルトガーの側面に回り込む。
 袈裟斬りからの流れるような横凪の一撃を双銃剣の刃でそらし、フィーは難を逃れる。
 予想した――いや、予想できた攻撃だった。

(やっぱりそうだ……)

 確かに強い。ルトガーの姿ばかりでなく戦い方すら模倣した影の実力は、並の猟兵では敵わない位置にいる。だが、どれだけ強くてもルトガーの戦いを間近で見続けてきたフィーからすれば、これほど動きの予想しやすい相手はいなかった。
 これが本物のルトガーなら、こうも容易くはいかなかっただろう。逆に動きを予測され、窮地に追い込まれるのはフィーの方だったに違いない。だが、相手は意思を持たない影。所詮は本物を模倣した偽物に過ぎない。
 大地を蹴り、風のような速さでフィーは目前の敵に向かって駆ける。
 フィーの頭に過ぎるのは団で過ごした日々。目を瞑れば、団にいた頃の記憶が今でも鮮明に思い出せる。

『は? 武器の扱い方を教えてくれだ?』
『私も団長やリィンみたいに強くなりない』
『ダメだ。ダメ! お前はまだ十にもなってないだろ!』
『リィンは、もっと前からいろいろと教わってるのに?』
『いや、あいつは……。フィー、お前は女の子だ。猟兵なんかやらなくても……って!』
『団長がフィーを泣かせたぞ』
『うわ……団長それはないわ……』
『うっせえぞ! お前等っ!』

 フィーは別に猟兵になりたかった訳では無い。ルトガーやリィンのように――
 守られるだけでなく、皆を守れる強さが欲しい。彼等と本物の家族になりたかった。
 だから、ルトガーの反対を押し切るカタチで、フィーは団の皆から猟兵としての技術を学び、初めて猟兵として戦場に立ったのが十歳になった年のことだった。
 西風の妖精――いまでは、そう呼ばれるまでに成長したフィーの実力は一流と言ってもいい。
 最後まで団長は何も言ってくれなかった。いまならルトガーは認めてくれるだろうか?

「シャドウ――」

 無数の残像と共にルトガーに迫るフィー。団にいた頃は、まだ未完成だった彼女の切り札。
 撃退しようとフィーに向かって武器を突き出すルトガー。しかし、その一撃はフィーの本体ではなく影を貫く。

「ブリゲイド」

 団長が亡くなって一年。自分の成長を確かめるように、フィーは武器を振り抜いた。


  ◆


「……勝った?」

 自分でも信じられないと言った様子でフィーは呟く。
 勝算はあった。しかし、実際に相手の動きを読めているとはいえ、やはりルトガーを模倣した影。簡単に勝てる相手ではないことはわかっていた。
 しかし、手に残る感触。嘗て無いほどの一撃を放ったフィーにはわかる。これが人間相手なら致命傷とも言える一撃を与えたはずだ。
 確かめるように振り返ると、淡い光を放ちながらルトガーを模倣した影は消滅しようとしていた。

 ――強くなったな。

 驚いた様子で、フィーは目を瞠る。耳に届いたのは、確かに団長の声だった。
 目の前にいるのは偽物だ。エマが魔術で生み出した記憶の残滓――影に過ぎない。
 喋ることは疎か、意思すらもたない人形。そのはずなのに――

「団長。私、強くなったよ。新しい家族に、友達も出来た。だから――」

 ありえない現象。なのに――消えていくルトガーが、フィーには笑っているように見えた。


  ◆


 漆黒の外套を纏った伝説の凶手が、リーシャの前に静かに佇んでいた。
 彼女の父親にして、歴代最強の〈銀〉と呼ばれた男。病床の中、弱っていく父を看取ったのはリーシャ自身だ。だから、父親が生きているはずがないことは、彼女自身が一番よく理解している。
 だが、目の前にいるのは、確かに先代の〈銀〉そのものだった。
 外套や仮面で姿を隠していようと、娘のリーシャが父親の姿を見間違うはずがない。

「父さん……」

 懐かしさと、どこか悲しみの混じった声で、父の名を呼ぶリーシャ。
 あれから二年。もう吹っ切ったと思っていた過去の記憶と想いが呼び起こされる。
 死の間際、父はリーシャに自分を殺せと口にしたが、リーシャに父を殺すことは出来なかった。ずっと父の言葉に従い、黙々と修行をこなし、一度として父に逆らったことのないリーシャが、初めて父の言葉に逆らったのが、その時だった。
 あの選択が正しかったのかどうか、いまでもリーシャは迷うことがある。しかし、出来なかった。
 物心が付く前に修行の邪魔になるからと母親から引き離され、それからはずっと〈銀〉の名と技術を継承するために修行に明け暮れる毎日が続いた。父親らしいことは何一つしてもらったことはない。普通の家族としての日常は、そこにはなかった。
 だが、それでも母親の顔すら知らないリーシャにとって、父は唯一の家族と言ってよかった。
 だから出来なかった。父の命令とはいえ、唯一の家族を殺すことなど、彼女には出来なかったのだ。
 だが、そんなリーシャを叱ることなく、父が見せたのは呆れにも似た笑顔だった。

 ――お前の〈(みち)〉は、お前が決めろ。

 それは死の間際、父が娘に見せた最後の愛情だったのかもしれない。
 だが、その後のリーシャは歴代の〈銀〉と同じように裏社会に身を置き、凶手としての道を歩むこととなる。〈銀〉の名を継ぐべく育てられ、それ以外の生き方を彼女は知らなかったからだ。
 裏社会に身を置き一年。懇意にしていた組織から、大きな仕事が舞い込んできた。
 そして魔都クロスベルに旅立ち、潜伏先を探していた最中、イリア・プラティエと出会った。
 そこから先の話は、以前にも語った通りだ。

「父さん、私は……」

 大剣の柄をギュッと握り締めながら、リーシャは決意に満ちた表情を浮かべる。
 迷いは今でもある。何が正しかったのか、そんなことは誰にもわからない。

「こんな私でも心配してくれる人がいます。心から大好きだと言える人たちに出会えた」

 だが、彼女の中に一つの答えはあった。それは正解と言えるものではないのかもしれない。
 それでも彼女は――リーシャは道を示す必要があった。

「父さんの望んだ結果ではないのかもしれない。でも、これが私の選んだ〈(みち)〉だから」

 過去の呪縛から逃れ、自らの選択を証明するために――


  ◆


「余所見とは余裕だな!」

 マクバーンの手の平から放たれる炎を、リィンは後ろに飛び退くことで回避する。
 フィーたちの方は気に掛かるが、マクバーンの言うように他に気を割いて勝てる相手でないことはリィンも理解していた。
 リィンの予測では、〈鬼の力〉だけでなく〈王者の法(アルス・マグナ)〉を解放して、ようやく五分に戦えるかという相手だ。普通に力勝負をしたのでは、力の使用に時間制限のあるリィンの方が圧倒的に不利と言えた。
 だが、それでもリィンは余裕の表情を崩さない。むしろ、この戦いを楽しむかのように笑みを浮かべていた。
 この戦いを望んだのはマクバーン自身だ。しかし、そんなリィンの態度に苛立ちを覚える。

「何を考えてやがる……」
「言っただろ? お前は俺に勝てないって」

 尚も余裕の表情でそう言い放つリィンに、マクバーンはハッと鼻で笑いながら言い放った。

「そうかよ。なら、それを証明してみやがれ!」

 怒声と共に放たれる無数の炎。一つ一つが致命傷に至る攻撃に晒されながらも、リィンは冷静な動きを見せる。
 普通なら逃げるだけで精一杯の炎の中を、ブレードライフルを両手に持ち、疾走するリィン。
 周囲から向かってくる炎の檻を、風をまとった剣の一撃で切り抜ける。

「なにっ!?」

 これにはマクバーンも驚きの声を上げる。
 さながら小さな竜巻と言った風を巻き起こし、マクバーンの炎を消し飛ばすリィン。
 リィンの〈オーバーロード〉は武器の形状を変化させるだけの技ではない。七耀の力によって風の力を付与されたリィンのブレードライフルは、風の属性をまとった武器へと変化していた。

「なら、こいつならどうだ!」

 生半可な炎では通用しないと悟ったマクバーンは、両手を空に掲げ、巨大な炎を作り出す。
 まるで小さな太陽のように輝く炎が、リィン目掛けて放たれた。
 直撃すれば火傷程度では済まない。先程と同じ風では、到底防ぎきることは不可能。
 だが――

「今度は氷だと!?」

 リィンが放った剣閃から、巨大な氷の塊が現れ、マクバーンの放った炎とぶつかる。
 二人の間で起きる轟音と爆発。その衝撃で周囲の柱が崩れ、瓦礫が宙を舞った。

(な、なんだというのだ! あの化け物どもは!?)

 その余波に巻き込まれ、煤と埃に塗れながら、カイエン公は心の底から悲鳴を上げる。
 カイエン公も貴族の端くれ。多少は武術の心得があるとは言っても、それは常人のレベルでしかない。目の前で繰り広げられている戦いは、近代兵器すら凌駕する最強クラスの戦い。常人では到底理解しえないレベルのものだ。巻き込まれないようにと距離を取り、ただ隠れて嵐が過ぎるのを待つしかない。
 まさに天災とも言える戦いを前にして、ようやくカイエン公は自分が何と手を組み、敵対しようとしていたのかを理解する。実際これだけの戦いをしておきながら、リィンとマクバーンは何れもまだ余力を残していた。

(じょ、冗談ではない。まさか、これほどの化け物とは……)

 カイエン公はマクバーンたちのことは勿論、エマのことさえ、心の底では信用などしていなかった。だからこそ、絶対的な力――〈緋の騎神〉の復活に固執していたのだ。
 椅子にロープで拘束されたアルフィン。その背後に佇む〈緋の騎神〉を見上げながら、カイエン公は不安に満ちた表情を浮かべる。
 伝承にある〈緋の騎神〉の強さは、カイエン公も疑ってはいない。
 しかし、あの連中に本当に勝てるのだろうか? そんな疑念がカイエン公の頭を過ぎる。
 それに、あちらには二体の騎神がある。

(い、いや……負けるはずがない。人間が、魔神に敵うはずがないのだ)

 幾ら強かろうと生身の人間が騎神に敵う道理はない。二体の騎神が相手でも、異界の魔王の力を宿した騎神であれば負けるはずがないと、カイエン公は自身に言い聞かせるように何度も頷く。
 だが、もはやカイエン公から先程のような威勢は失われていた。

「まだ大丈夫だ。いざとなったら皇女殿下を人質にしてでも……」
「いえ、それは無理だと思います」
「なっ!?」

 背中から何かの一撃で地面に押さえつけられ、カイエン公は肺の中の空気を吐き出す。
 驚愕に満ちた表情で自分を抑えつけている存在を見上げるカイエン公。その視線の先には漆黒の傀儡に抱えられた少女――アルティナが、いつもの何を考えているのかわからない表情でカイエン公を見下ろしていた。

「きっ、貴様は――ルーファスが連れてきた!?」
「静かにしてください。彼≠ノ気付かれると厄介なので――」
「ぐはっ!」

 より強い力で地面に押しつけられ、苦しげな声を漏らすカイエン公。
 だが特に気にした様子もなく、アルティナは自分に与えられた役目に意識を集中する。
 ルーファスから――いや、あの男から与えられた最後の任務。

「…………」

 見上げるアルティナの瞳には、アルフィンと騎神の姿が映し出されていた。



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