リィンたちが煌魔城で死闘を繰り広げている頃――
 パンタグリュエルをアイゼンガルド連峰で捕捉したカレイジャスは、即座に予定していた作戦行動を開始した。

「距離二五〇〇――敵艦、捕捉しました!」
「機関全開! 敵艦の弾幕を回避しながら、接近するよ!」

 観測士――ヴィヴィの報告を受け、艦長席から指示をだすトワ。
 パンタグリュエルの砲台より放たれる攻撃を寸前のところで回避しながら距離を詰める。
 その巨体故に鈍重なパンタグリュエルに比べ、機動力では圧倒的にカレイジャスが上。だが、カレイジャスには満足に武装と呼べるものが備えられていない。それにユーシスや学院長たちが捕らえられている以上、相手の船を沈めるわけにもいかなかった。

「急速上昇。敵艦の頭を押さえて!」

 だからこそ、トワたちはパンタグリュエルに白兵戦を仕掛けるつもりでいた。
 弾幕を回避しながら、船を大きく旋回させ、敵艦の頭上に突っ込むカレイジャス。

「いま! 皆、飛び移るわよ!」

 そのタイミングを待っていたかのようにサラの掛け声の下、甲板に待機していた突入メンバーは一斉に空へと身を投げ出した。
 少しでもタイミングを誤れば、そのまま地上へ落下しても不思議ではない危険な行為だ。
 だが、躊躇するものは一人としていなかった。

「皆、気を付けて……」

 全員が無事に敵艦に乗り移ったことを確認し、トワは一先ず安堵の息を吐く。
 だが、本当の戦いはこれからだ。
 敵艦を見失わないように更なる指示をだしつつ、トワは皆の無事を祈るのだった。


  ◆


 部屋の外が騒がしくなってきたのを感じ取り、ユーシスは警戒を強める。
 慌ただしく行き交う靴音と何か争うような音が聞こえるが、監禁されている部屋からでは状況を掴むことが出来ない。

「戦闘音……何者かの襲撃を受けているのかもしれませんね」

 ベアトリクス教官の言葉に、エリオットたちの顔が頭を過ぎるユーシス。
 どうやって突き止めたのかは分からないが、彼等の性格を考えれば、ありえない話ではない。

「くそ――なんだってあんな連中が!」

 余程慌てているのか、焦りを隠そうともせず銃で武装した猟兵が、ユーシスたちの監禁されている部屋の扉を開け、ズカズカと足を踏み入れる。

「妙な真似をするなよ。腕を頭の後ろに組んで、ゆっくりと部屋の外にでろ」

 銃口を向けられ、大人しく両手を上げ、猟兵の言葉に従うユーシスたち。

(部屋の前に二人……こいつを含めて三人か)

 素直に従っているフリをしながら、冷静に敵の数と位置を把握するユーシス。
 助けがきたと考えるのは早急だが、これは逃げるチャンスでもあるとユーシスは考えた。
 学院長たちも同じ考えに至ったようで、静かに確認を取るように頷き返す。その時だった。
 大きな爆発音がしたかと思うと、船が左右に揺れ、その場にいた猟兵たちは体勢を崩す。その一瞬の隙を突き、ユーシスは銃口を突きつけていた猟兵の手を引き、引き寄せた男の頭を床に叩き付けた。

「貴様――」

 それに気付いたもう一人の男がユーシスに銃口を向けようとするが、それよりも早く学院長の豪腕より放たれた一撃が男の意識を刈り取る。
 白眼を剥き、泡を口から噴きながら壁に寄りかかるように倒れ込む男。
 残った三人目の男は、いつの間にかベアトリクスによって気絶させられていた。

「……さすが、ですね。お見それしました」
「ハハッ、まだまだ若い者には負けんよ」
「また調子の良いことを言って……」

 ユーシスの言葉に気をよくして豪快に笑う学院長を見て、呆れるベアトリクス。
 だが世辞を抜きに、現役の軍人と遜色のない学院長やベアトリクスの実力にユーシスは感嘆していた。
 トールズ士官学院には名の知れた実力者が多く在籍しているが、そのなかでもヴァンダイク学院長やベアトリクス教官は実績・実力ともに別格と言って良い。
 軍を退役し、いまは一線を退いているとは言っても、やはり歴戦の戦士なのだと実感させられる。

「それで、これからどうしますか?」
「ふむ……混乱に紛れて脱出するにしても、空の上だしの」

 ベアトリクスと二人で、これからの行動を話し合う学院長。
 逃げるにしても、船は空の上だ。まさか、飛び降りて脱出するというわけにもいかない。
 意外と学院長一人なら、それでもどうにかなる可能性はあるが――
 そんな学院長の考えを察してか、状況を見守っていたメアリーとハインリッヒの二人は不安げな表情を浮かべる。

「まずは何が起こっているのかを調べるのが先でしょうね」

 そんな二人の不安を払拭するかのように、ベアトリクスは代案を提示した。
 その後、気絶させた猟兵から武器を奪い、装備を調えた学院長たちはベアトリクスの提案通り行動を開始した。
 侵入者を排除すべく慌ただしく走り回る猟兵たちに見つからないように、学院長たちは周囲を警戒しながら艦内を移動する。だが、ようやく囚われていた貴賓区画を抜け、甲板へと続く通路の分岐点へきたところでユーシスは立ち止まった。

「学院長。申し訳ありませんが、俺は……」

 どこか思い詰めた様子のユーシスを見て、学院長は察する。
 ルーファス・アルバレアとの決着をつけるつもりなのだろうと――

「本来なら止めるべきなのだろうが、決意は固いようだな」

 難しい顔を浮かべながら、学院長は溜め息を漏らす。
 ユーシスを力尽くで止めることは簡単だ。しかし、それでは彼は納得しないだろう。
 教師としては止めるべきなのだろうが、トールズ士官学院は生徒の自主性、意思を重んじる。これが若者が陥りがちな正義感からくる蛮勇であれば、気絶させてでも止めただろうが、ユーシスの抱える事情は複雑だ。

 ――若者よ、世の礎たれ。

 学院の創設者でもある、かの大帝の言葉が学院長の頭を過ぎった。
 時間にして十秒ほどだろうか? 僅かな逡巡の後、学院長はユーシスに尋ねる。

「ルーファス・アルバレアに会って、どうするつもりかね?」
「……止めます。そして兄上にはアルバレア家の人間として、共に責任を取ってもらうつもりです」

 家族の情がないと言えば、嘘になる。
 だが、ユーシスに貴族としての心構えや生き方を教えてくれたのは、他ならぬルーファスだ。
 ならば、貴族として――アルバレア家の人間として自分に出来ることは、ルーファスの間違いを正し、止めることだとユーシスは考える。
 帝国の未来を憂うルーファスの想いがすべて嘘だとは言わないが、それでもやはり彼はやり方を間違えたと思う。帝国のためと言いながら、帝国に住まう民を戦火に晒し、傷つけてしまっては意味がない。

「そこまで覚悟を決めているのなら、何も言うまい。だが、一人で抱え込み過ぎないことだ」
「それは……」

 学院長が何を伝えようとしているのかを察し、ユーシスは表情を暗くする。
 だが、その反応を見れただけでも、学院長は満足だった。
 そう言われて迷うということは、既に答えはでているということだ。

「話を聞いておったな。久し振りに暴れるとするかの」
「余り、はしゃぎすぎないでくださいね。若くないんですから」

 当初の作戦では、侵入者の正体を確かめつつ脱出の機会を窺う予定だったが、学院長はユーシスのために敵の注意を引くつもりなのだろうと察し、ベアトリクスも同意する。
 だが、そんな二人の決定にハインリッヒは慌てた。

「しょ、正気ですか! 学院長!? それにベアトリクス教官まで!」
「ええ。この老体でも露払い程度ならしてあげられるでしょうしね」
「御主も教師なら腹を括れ。若者が覚悟を決め、羽ばたこうとしておるのじゃぞ」
「し、しかし……そのような危険を冒さなくとも……」

 食い下がるハインリッヒ。とはいえ、彼は確かに臆病な性格をしているが、間違ったことを言っているわけではない。後で憎まれることになっても、無謀な若者を諫めるのもまた教師の役目だ。そういう意味ではハインリッヒの言葉は教師として正しい。常識的なものと言えるだろう。
 しかし、トールズ士官学院は普通の学校とは違う。卒業後、軍属を選ぶ生徒は四割ほど。それを少ないと見るか多いと見るかは人それぞれだが、その本質が軍事学校であることに変わりはない。
 それに、これがなんの力も持たない一生徒なら学院長も無理にでも止めただろうが、ユーシスは平民ではなく貴族だ。半分は平民の血を引いているとはいえ、アルバレア公爵家の人間。その社会的な立場を考慮すれば、彼の抱える事情は一般生徒とは大きく異なる。

「教頭先生。私からもお願いします。彼を行かせてあげてくれませんか?」
「メアリー教官まで……」

 学院長やベアトリクスだけでなく、メアリーにまで頼まれてはハインリッヒとて頷くしかない。
 それにハインリッヒもユーシスの心情が分からないわけではなかった。
 公爵家に比べれば小さな家ではあるが、彼もまた帝国貴族の一員なのだから――

「ユーシスくん。家のことや貴族の義務に君が拘る理由も分からないではい。しかし、君はまだ学生だ。これから学ぶべきことがたくさんある。その……だからまあ、私から言えることは一つだけだ。――生きて無事に帰ってくるように」
「ハインリッヒ教頭……」

 ユーシスは滲み出る涙を隠すように、深くお辞儀をして走り去った。


  ◆


 学院長たちと別れたユーシスは、ルーファスの姿を捜して一先ずブリッジを目指していた。
 ルーファスが侵入者を排除すべく動いている場合は、兵を率いて前線に赴いている可能性があるが、侵入者が一人とは限らない。むしろ、これだけ派手に暴れていることを考えると複数いると考える方が自然だ。ならば、派手に動いているのは、本命を隠すための陽動と考えていいだろう。
 ルーファスがその可能性に気付いていないはずがない。そしてパンタグリュエルに白兵戦を仕掛けた勢力がユーシスの予想通り〈紅き翼〉だった場合、その狙いは二つに絞られる。船の制圧と人質の救出だ。
 だが、ルーファスの性格から言って、人質を盾にするとは思えない。あの時、監禁場所に現れた猟兵たちの様子は明らかにおかしかった。予期せぬ出来事に随分と焦っている様子が見て取れたし、ルーファスの指示にしては対応が杜撰きわまりない。
 老人と年若い女性、それに相手は子供と侮ったのだろうが、学院長たちの実力をルーファスが知らないはずがなく、人質として利用するつもりなら他に方法は幾らでもあったはずだ。あれでは逃げてくれと言っているようなものだった。

(明らかに、兵の統率が取れていない)

 ルーファスの指示でないとした場合、猟兵たちの暴走と考えるのが自然だ。
 しかし、それもルーファスにしては、らしくないとユーシスは考える。

(兄上は何を考えている? それに猟兵ばかりというのも気になる。領邦軍の兵士はどこにいった?)

 艦内にいるのは猟兵ばかりで領邦軍の兵士が見当たらないことも、ユーシスは気になっていた。パンタグリュエルは貴族連合の旗艦だ。普通に考えれば、猟兵ばかりで領邦軍の兵士が一人もいないと言うのは考え難い。特別な理由でもない限りは――
 何かを見落としているかのような、嫌な予感がユーシスの脳裏から離れなかった。


  ◆


「もぬけの殻だと……?」

 どうにかブリッジに到着したユーシスが目にしたもの――それは、無人のブリッジだった。
 ――ありえない。そんな言葉がユーシスの口から漏れる。

「いつからだ。いや、あの猟兵たちの焦り方……もし、そうなら……」

 統率が取れていないのは当然だ。指揮するものが、いないのだから――
 ならルーファスは、領邦軍の兵士はどこに消えた?
 ブリッジの端末を弄りながら、ユーシスは何か手掛かりが残されていないかと考える。

「罠……いや、この船自体が囮なのか? なら、俺たちは……」

 そしてユーシスは気付く。
 自分たちは、オリヴァルトやカレイジャスの注意を引くための餌にされたのではないかと。
 まさか、パンタグリュエルほどの船を使い捨て、囮に使うような真似をするとは普通は考えない。オリヴァルトすら見事に騙され、その考えには至らなかったことからも、常識の裏を突かれたと言っていいだろう。

「一体なにが起こっている……」


  ◆


 帝国政府専用列車、アイゼングラーフ号。その車両から悠然と姿を見せる複数の人影。護衛を伴いクロスベルの地に降り立った一人の男を、白のパンツと緋色のジャケットに身を包んだ金髪の美女が出迎えた。

「ようこそいらっしゃいました。クロスベルへ」
「出迎え、ご苦労」

 男を笑顔で出迎えた女性の名は、マリアベル・クロイス。
 先日、クロスベル独立国の初代大統領に就任したIBCグループの総帥、ディーター・クロイスの娘だ。

「計画は順調のようだな」
「お陰様で。帝都の方は随分と騒がしいようですが、そちらは問題ありませんか?」
「順調だよ。私には優秀な子供たち≠ェついている」

 それは何よりです、と笑みを返すマリアベル。

「では、始めるとしようか」
「ええ。共に見届けましょう」
「「激動の時代の幕開けを――」」

 男の名は、鉄血宰相ことギリアス・オズボーン。
 帝国の東――クロスベルの地で、陰謀渦巻く何かが動き始めようとしていた。



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