話は一ヶ月前に遡る。

「……それじゃあ、キーアは無事なんですね」

 ロイドの質問に無言で頷く中年の男性。クロスベルの地下、ジオフロントの一角にある現在は使われていない制御室で目を覚ましたロイドは、思わぬ人物と再会した。
 それが彼、イアン・グリムウッドだ。市内に事務所を構え、その温厚で恰幅の良い姿から『熊ヒゲ先生』の愛称で街の人々に慕われている弁護士だ。だが、そんな彼にも裏の顔があった。

「キーアくんが心を閉ざし眠りに付いてしまったため、〈碧の大樹〉は本来の力を発揮することが出来ないでいる。とはいえ、クロイス家にとって〈幻の至宝〉の復活は千年にも及ぶ悲願だ。自由に使えないからと言って諦めることは出来ないだろう」

 淡々と当事者でなければ知り得ない情報を語るイアン。
 そう彼はクロスベルの独立や〈幻の至宝〉の復活にも関わった一連の事件を知る黒幕の一人だった。

「本当に申し訳ないことをしたと思っている。特にロイドくん。キミには……」

 そう言って頭を下げるイアン。ロイドからすれば、彼は兄の仇であり捕らえるべき犯罪者だ。
 しかし同時にイアンには何度も助けられ、ロイド自身も彼を根っからの悪人だとは思えないでいた。

「正直まだ困惑しています。でも、先生が黒幕の一人であることは薄々気付いていましたから……」
「やはり、そうか……ガイくん、キミのお兄さんもそうだった。だから私は……」

 ガイ・バニングス。三年前に殉職したロイドの兄だ。そしてガイを殺したのがロイドの目の前にいる男、イアンだった。
 正直に言えば、イアンのことを恨んでいないと言うのは嘘になる。しかし――

「後悔していると言うのなら行動で示してください。俺に謝るのではなく、償いをするべき人たちは他にもいるはずです」

 イアンを裁くのは自分ではないとロイドは話す。
 ここでイアンに怒りをぶつけたところで問題が解決するわけではない。家族を亡くした悲しみはあるが、同じようにイアンの行為によって傷ついた人たちがいる。そして現在も、彼がクロイス家に協力して行った計画によって苦しんでいる少女がいた。そのことを思えば、いま為すべきことは彼を糾弾することではなく、これからどうするかを考えることだとロイドは思う。
 犯した罪が消えることはないが、それでも罪は償うことが出来る。イアンなら、分かるはずだ。
 実際、彼は弁護士という職業に就き、悩みを抱える人々を大勢救ってきたのだから――それが出来ないはずがなかった。

「まず先に、キーアの身に何が起きたのかを教えてください」
「そうだな。キミには知る権利がある」

 これからのことを相談する二人。わだかまりはあるが、イアンの話を聞いていくうちにロイドも段々と事情を理解し始める。イアンがマリアベルの元を離れた理由は罪悪感に苛まれたということもあるが、キーアが心を閉ざしたことが深く関係していた。
 本来であれば〈零の巫女〉として覚醒したキーアの力を用い、因果へと干渉し歴史を改変することで争いのない平和な社会を作ろうとイアンは考えていた。それがイアンとクロイス家が考えた〈碧き零の計画〉の真相だ。クロスベルの郊外にそびえ立つ〈碧の大樹〉はその計画の要であり、力の象徴となるはずだった。しかし計画を最終段階へ移そうとした、その時――キーアの身に異変が起こった。〈碧の大樹〉と一つになったキーアが外部との交信を断ってしまったのだ。謂わば〈碧の大樹〉という岩戸に引き籠もってしまったとも言える。
 今頃になってキーアがそんな行動にでると思っていなかったイアンたちは焦った。キーアがいなければ、クロスベルの独立すら危うくなるからだ。
 そして、どうにか出来ないかと試行錯誤を繰り返していた時、イアンは計画の裏に隠されたマリアベルの恐るべき陰謀に気付いてしまった。

「マリアベルさんの計画?」
「そうだ。彼女にとって私や実の父親さえも、ただの駒に過ぎなかった。真の目的を果たすためのね……」

 イアンがマリアベルを不審に思ったのは、〈碧の大樹〉が予定通りに使えなくなったというのに彼女がまったく慌てた様子を見せなかったことにあった。そこで何かあるとイアンは考えたのだ。
 結果、その予感は的中していた。マリアベルが密かに帝国と繋がっていたことが判明したからだ。
 いや、正確には帝国というよりギリアス・オズボーン。彼が、この陰謀に深く関わっていた。

「彼女の目的にイアン先生は心当たりがあるんですか?」
「情報が少なく、まだ考えが纏まっていないが、ある程度の想像は付く。そのうちの一つがこれだ」

 そう言ってイアンは一枚の写真を胸ポケットから取りだし、それをロイドに見せた。そこに写っていたのは蒼い色の人型機動兵器だった。
 以前に見た神機に似ていることからロイドは驚く。そしてオルキスタワーへ向かった彼等を待ち受けていた帝国軍の兵士。彼等が使っていたのも、またこんな姿をした人型機動兵器だった。確か名前を機甲兵と言っていたようにロイドは覚えていた。

「この写真は幾つかの資料と共に、彼女の部屋にあったものだ。そこに写っているのは帝国の伝承にある巨人で〈騎神〉と呼ばれているそうだ。例の機甲兵の元となった暗黒時代の遺物だという話もある」
「騎神……」

 聞いたことのない名前だったが、そのこととマリアベルの目的にどういう繋がりがあるのかロイドは気になる。これだけであれば、彼女が帝国と繋がっていた証明にしかならない。だが、イアンは別のことを考えているようだった。
 ただの勘だが、よくないことを企んでいることだけはロイドもイアンの話から感じ取っていた。

「彼女が調べていたのは騎神そのものではない。その起動者に注目をしていたようだ」
「……起動者?」
「騎神と契約を結び、動かす人間のことだ。何らかの適性を持っているとの話だが、資料からはそこまでの情報は得られなかった。ただ……」
「ただ?」
「帝国で起きた四年前の異変についても詳しく調べていたようだ」

 そう言って一冊のファイルを机の上に広げるイアン。そこには四年前に帝国西部で起きた、ある異変の詳細がまとめられていた。
 突如、帝国西部の山が消滅するに至った事件。当時、何らかのアーティファクトが関与しているのではないかという疑いが浮上し、帝国と教会の合同チームが結成され、詳細な調査が行われた。しかし、その結果は原因不明。何らかの力が働いたことまでは分かったが、何が原因なのかは分からないまま調査は打ち切られたと、そこには書かれていた。しかし、気になることも一つ記載されていた。
 同時期に教団の残党による誘拐事件が発生しており、ロッジの制圧と人質の救出を目的とした作戦が行われていたのだ。
 その作戦に関わったとされているのが、〈西風の旅団〉と呼ばれる〈赤い星座〉と因縁深い猟兵団だった。
 猟兵団と聞いてランディのことが頭を過ぎり、少し複雑な表情を浮かべるが、すぐにロイドは意識を切り替える。

「ロイドくんも知っての通りクロイス家が裏で糸を引き、グノーシスを研究させるために教団を操っていたのは確かだ。そのことから彼女は、この事件について何かに気付いたのではないかと私は考えている」
「その何かというのは?」
「うむ……」

 少し答えにくそうにしながらも覚悟を決め、頭の中でまとめた考えをイアンは口にする。

「その前に、まず知っておいてもらいたいのだが、クロイス家は古の時代より脈々と受け継がれる錬金術師の一族だ。ディーターくんは適性がなかったそうだが、娘のマリアベルくんは錬金術に高い適性と優れた才能を持っていたらしい。実際、計画がここまで順調に遂行できたのは、彼女の功績――いや、彼女がいなければ至宝の再現は為し得なかったと言っていいだろう」

 マリアベルがいなければ、そもそも至宝の再現は出来なかったとイアンは話す。
 先祖返りとも呼んでいいほどの才能と、幼い頃より研鑽を重ねた魔術の知識。その二つがなければ〈零の至宝〉が完成することはなく、〈蒼き零の計画〉が立ち上がることもなかっただろうとイアンは考えていた。
 いま思えば、その計画さえも隠された目的のための駒を揃える餌だったのではないかとイアンは考える。
 彼女の真の目的。それは――

大いなる秘法(アルス・マグナ)。錬金術の奥義とも言えるもの――それが彼女の目的だ」

 余りに現実から懸け離れた話だ。しかし〈碧の大樹〉という常識外のものが存在している以上、それがまったく根拠のない空想だとはロイドも思えなかった。

「そして私はこう考えている。彼女は既に〈大いなる秘法(アルス・マグナ)〉に至る手掛かりを見つけているのではないかとね」
「待ってください。それじゃあ――」

 イアンが何を言おうとしているのかを察し、ロイドは困惑の声を漏らす。
 四年前の異変。騎神。適格者。そのすべてが、一連の出来事に繋がっているということだ。
 となれば、当然――

「そうだ。先の計画もまた、目的のものを手に入れるための布石に過ぎなかったのだろう……」

 ギュッと拳を握り締め、ロイドは沸々と湧き上がる感情を抑える。イアンがどうしてマリアベルの元を去ったのか、ようやくロイドは理解した。
 これだけ大勢の人々を巻き込み、キーアを犠牲にしてまで行おうとしたことが、錬金術の奥義に至る――
 ただそれだけのために行われたというのは、感情的にも納得の行く話ではなかった。

「キミの気持ちは痛いほどに分かる。だが、いまは耐えて欲しい」

 イアンはそんなロイドを見て、難しいとわかっていても彼が飛び出して行かないように話を続ける。

「それにマリアベルくんの計画もすべてが順調に行っているわけではない。キーアくんが心を閉ざし、外部との交信を断ったのは彼女にとっても予想外の出来事だったはずだ。恐らくはマリアベルくんの企みに気付き、キーアくんはそんな行動にでたのではないかと私は考えている」

 それがマリアベルの思惑に気付いたキーアに出来る精一杯の抵抗だったのではないかとイアンは考えていた。
 そしてロイドもそう思う。キーアが皆を傷つけるような計画に手を貸すとは思えなかったからだ。
 しかしそうすると気になるのはマリアベルの動きだ。キーアが自由にならないとなったら、次に彼女の取る行動は――

「だとすると、このまま街に残るのは危険なんじゃ……」
「いや、それは逆だ。〈碧の大樹〉は不完全だが、その機能は生きている。キーアくんの意思がキミたちとクロスベルを守っているんだ。そういう意味ではキミたちにとって、この地ほど安全な場所はない」

 自分たちのうち誰かを人質にすれば、キーアに言うことを聞かせられるかも知れない。
 そんな風にマリアベルが考える可能性をロイドは考えたのだが、イアンはそんなロイドの考えを否定した。
 クロスベルにいれば、キーアの力が彼等を危険から守ってくれるが、ここから離れてしまえば〈碧の大樹〉の力は届かなくなる。
 そうなった場合、外部にいるマリアベルの協力者に狙われる可能性が高いとイアンは考えていた。

「外のことはアリオスくんに任せておけばいい。彼が上手くやってくれるはずだ」

 アリオスの名前がイアンの口からでたことで、ロイドは複雑な表情を見せる。
 アリオス・マクレイン。現在は元が付くがA級遊撃士で〈風の剣聖〉の名で呼ばれる八葉一刀流の達人だった。
 そしてロイドにとっては兄の元同僚にして、イアンと同じくクロイス家の計画に加担していた黒幕の一人。因縁のある相手だ。

「それよりも我々がすべきことは――」
「皆との合流。そして息を殺し、反攻のための力を蓄える」
「そうだ」

 ロイドの答えに満足そうにイアンは頷く。
 正直に言って出来ることは少ない。だが、少しずつでも準備を整えていく必要があった。来たるべき日のために――
 そのためにイアンは既に行動を開始していた。

「正直、我々だけで事を為すには力が足りない。だから時期を待つ必要がある。思うところはあるだろうが、いまは堪えて欲しい。希望を捨てなければ必ず好機は訪れる。半年後か、一年後か、それは分からないがね」


  ◆


 それが目を覚ましたロイドがイアンより聞いた話のすべてだった。
 あれから一ヶ月。様々な人々の協力を得ながらロイドはクロスベル市に潜伏し、イアンの言う時期を待っていた。
 まだ全員との合流は果たせていない。見つかったのはティオとエリィの二人だけだ。それでも仲間たちの無事をロイドは信じていた。
 イアンが言っていたように、キーアが見守ってくれているのなら皆が無事である可能性は高い。だとするなら、また再会できる日が来るに違いない。

「ロイドさん。エリィさんからの定時連絡です」

 市内にある潜伏先の一つで集まった情報の整理をロイドが行っていると、二回ノックの音がして扉が開き、そこから蒼い髪の少女が見せる。
 落ち着いた物腰から大人びた印象を受けるが歳の頃は十四、五と言った感じで、顔立ちにはまだ少女特有のあどけなさが残る。今日は普段身に付けているローブはどこかに置き忘れてきたのか、黒で統一されたインナーだけを纏っていた。
 彼女の名前はティオ・プラトー。魔導杖の実戦テストのため、エプスタイン財団からの出向というカタチでロイドと同じ特務支援課に所属していた少女だ。エマと同じく教団に拉致された過去があり、その時に受けた実験の影響で常人離れした感応力を彼女は身に付けていた。そのため特務支援課にいた頃は、魔導の流れを読む力を応用した〈エイオンシステム〉と呼ばれる高速演算能力を駆使し、主に情報の収集と分析を担当していた。

「ありがとう。ティオ」

 ティオから紙の封筒を受け取ると、ロイドは机の上に置いてあったペーパーナイフで封を切る。導力通信は傍受されている恐れがあるため、重要な連絡はすべてアナログな方法に頼っていた。
 現在エリィはクロスベルを離れ、エレボニア帝国の知人の元へ身を寄せていた。帝国の動向を探るという目的もあるが、一番の目的は外部に協力者を作ることにあった。イアンの話からもクロスベルを離れることが危険だということは理解していたが、それでも自分にも何か出来ることはないかと考え、エリィが出した答えがそれだった。
 そわそわした様子で、ロイドの手紙を覗き込むティオ。彼女もエリィの様子が気になっていたのだろう。

「上手くやっているみたいだな」
「はい。心配しましたが、さすがはエリィさんですね」

 封筒には近況を書いた手紙と一緒に、何枚かの写真が同封されていた。
 エリィと写真に写っている人物が、彼女の言っていた知人で間違いないだろう。警察に入る前は周辺諸国を留学していたという話なので、恐らくはその時に知り合った友人なのだろうとロイドは察する。
 そして、そのなかに紛れていた一枚の写真を手に取ったロイドは目を瞠った。

「何か気になることでも?」

 ロイドが手にした写真を覗き込みながら、ティオは尋ねる。写真に写っていたのは、どこかの学校と思しき場所だった。
 一見すると何の変哲もない写真だ。しかし、その写真に写る手掛かりをロイドは見逃さなかった。
 ロイドに言われて、写真を確認するティオ。写真の右手奥、格納庫のようなものが見える場所に何やら巨大な人影のようなものが写っていた。
 構図から考えても、かなりの大きさであることが想像できる。それは全高にして七アージュはあろうかという蒼い人型の機械だった。

「昨日、タングラム丘陵で大きな戦闘があったことは知っているだろう?」
「はい。侵攻してきたのは共和国軍という話でしたが……」

 まだ昨日のことだ。その話を聞いた時は驚いたので、ティオもよく覚えていた。
 そもそも街は平和そのもので、市民には共和国軍が攻めてきたことなど、何一つ知らされていなかったのだ。
 その情報が政府より発表されたのは、すべてが片付いた後だった。

「前にイアン先生が置いていった資料の写真。こっちは今日、ミシェルさんが送ってくれた写真だ。エリィの送ってきた写真に写っているものと似ていると思わないか?」
「――ッ!?」

 ロイドに言われて写真を見比べるティオ。確かによく似ていた。
 何も知らずに新型の機甲兵と言われれば納得したかもしれないが、ロイドはイアンから騎神の話を聞いていたため、そのことに気付くことが出来た。恐らくこの写真に写っている巨人こそが、件の騎神なのだとロイドは確信する。
 そしてイアンが以前言っていた起動者の話をロイドは思い出す。ここにその騎神があるということは、その起動者も近くにいるということだ。

「たぶん、エリィはそのことに気付いて、この写真を送ってきたんだ」

 一見すると親しい友人にあてた手紙のようにしか見えない。だが、そこにエリィのメッセージが込められていることにロイドは気付いた。
 だとするなら――

「ロイドさん」
「ああ、もう一度、帝国で起きた四年前の異変について調べてみよう」

 騎神について調べていけば重要な何かが分かるかもしれない。そう、ロイドの勘が囁いていた。



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