帝国西部、今は亡きカイエン公のお膝元であるラマール州。その首都である紺碧の海都オルディスより北西へ五百セルジュほど行った盆地に、ラマール領邦軍が管理する砦の一つがあった。

「ふざけるなッ!」

 重厚な机に拳を打ち付ける一人の男。カイエン公の腰巾着をしていた貴族の一人で先の内戦でも貴族連合に参加しており、現在はこの砦を任されていた。
 しかし、その程度で満足できるはずもなかった。本来であれば、このような小さな砦などではなく、今頃は帝都の守護を任されていたはずなのだ。
 少なくともカイエン公とは、そのような約束になっていた。それが貴族連合が敗れ、カイエン公が戦死したことによって男の野望は儚い夢と消えた。
 それだけに憤りを隠せず、男は力の限り喚き叫ぶ。

「これでは話が違うではないか!? なぜ我々が非難されなくてはならない!」
「先の内戦で敗北したからであろう」

 怒りで頭に血が上った司令官に、豪奢な服に身を包んだ太った貴族が少しは冷静になれと諭す。彼もまたカイエン公の派閥に所属していた貴族の一人だ。現在この砦には、カイエン公の下にいた十八名の貴族が集っていた。その理由は、帝都のマスコミを通して流されたアルフィンのインタビュー記事にあった。
 その記事が切っ掛けとなり、領民からも白い眼で見られる始末だ。挙げ句には臣下の態度も冷たくなり、これまで彼等に従っていた人間は一人、また一人と見切りを付けるように去って行った。内戦の責任を問われなかったとはいえ、これでは何のために貴族連合に参加したのか分からない。嘗ての栄華を忘れられない男たちは、この現状をどうにか打開できないかと、こうして集まって話し合いをしていた。

「では、あの女狐の下で働けというのか! このまま!」

 カイエン公が戦死したことで、現在ラマール州はオーレリア・ルグィンの暫定統治下にあった。伯爵という侯爵に次ぐ爵位を所持しているということも理由にあるが、彼女はラマール領邦軍の総司令という立場にある。兵たちからの信頼も厚いことから、混乱の収まらないラマール州の治安回復のために統治を任されたというわけだ。しかし司令官からすれば、納得の行く話ではなかった。
 同じように貴族連合に参加していたというのに、自分が小さな砦の司令官でオーレリアが州長官という立場に任命されるなど不公平極まり無いと喚き立てる。そもそも前からオーレリアのことは気に入らなかったのだ。女の身でありながら領邦軍の英雄と祭り上げられ、伯爵という立場を利用して総司令にまで上り詰めたオーレリアに、敵意を通り越して憎悪すら彼は抱いていた。
 そんな顔を真っ赤にして喚き散らかす司令官を見て、やれやれと肩をすくめながら一人の貴族が皆に尋ねる。

「ログナー侯に助力を求めるのはどうだ?」
「無駄だ。ログナー候は元より我等の計画に否定的だった。それに侯は、現在では皇族派だ。助力を求めたところで一蹴されるのがオチだ」
「では、ハイアームズ家は?」
「あそこも中立を表明し、領地に引き籠もったままだ。ハイアームズ候は慎重な人物だ。恐らくは様子見を決め込んで動く気はないだろうな」

 他の派閥に鞍替えすることも考えるが、それも難しいと分かると場に暗い空気が漂う。
 いまやカイエン公の派閥に所属していた貴族の大半は、他の派閥に所属する貴族たちからすれば関わり合いになりたくない厄介事の種でしかなかった。
 そんな彼等が他家に助力を求めたところで、相談に乗ってもらえるはずもない。

「では、このまま奴等の勝手を許せと言うのか? これまで帝国の繁栄を支えてきたのは我等だというのに……」

 貴族派と呼ばれる集団の中でも、最大派閥だったのがカイエン公の派閥だ。当然そこに籍を置いていた彼等は何れもが、政治や軍の中枢に関わってきた人物ばかりだった。
 なのに現在では地方の閑職に追いやられ、先の内戦でテロリストと通じていたことまで指摘されて居心地の悪い日々を送っていた。
 これまで帝国を支えてきたのは自分たちだという誇りがあるだけに、現状に満足している者は誰一人としてこの場にいなかった。

「いっそ、ユーゲント三世陛下にお帰り願うというのは?」

 そのため、遂にはこんな言葉まで出始める。ユーゲント三世を支持するということは、セドリックの即位を認めないということだ。
 それは国家への反逆を意味する。しかし現体制のままでは、自分たちが返り咲くことはないと彼等もわかっていた。
 ならば一か八か、クロスベルの亡命政府に交渉を持ち掛けてみてはどうか、と彼等が話をしていたその時――
 建物を揺さぶるような轟音が響き、兵士が慌てた様子で会議場に飛び込んできた。

「何事だ!?」
「た、大変です! 何者かの襲撃を受けています!」
「襲撃だと!? バカな! この砦には三百人を超す兵が常駐しているのだぞ!?」

 兵士の報告にありえないと言った様子で声を荒げ、司令官は動揺する。この砦には三百人の兵が常時待機している。それだけではない。決起する際に必要になると考え、権限とコネを総動員して密かに掻き集めた機甲兵と戦車も配備されていた。そんな場所に襲撃を仕掛けてくるなど、普通であれば正気の沙汰ではない。どうせすぐに鎮圧されるはずだと必死に平静さを保とうとする司令官の目に、それは映った。

「あれは……騎神だと!?」

 会議場のガラス張りの窓の向こうに見えたのは、巨大な槍を構える〈緋の騎神(テスタ・ロッサ)〉の姿だった。
 パニックに陥り、我先にと扉に向かって逃げる貴族たちに目標を定め、テスタ・ロッサは大きく槍を振りかぶる。

「ま、待ってくれ! 誰の差し金だ! 我々が何をしたというのだ!?」

 そんな司令官の懇願も虚しく、テスタ・ロッサは無慈悲な一撃を砦に向かって投擲した。


  ◆


「終わったな」
「ん……」

 崩れ落ちる砦を崖の上から見下ろしながら、リィンとフィーは目的を達したことを確認する。

「でも、全員殺しちゃってよかったの?」
「事前情報にない機甲兵や戦車まで配備してたんだ。反逆罪で殺されても文句は言えないだろ」

 奇襲はスピードが命だ。そのため、敵の頭を狙うのは定石と言える。数で負けていることに加え、機甲兵や戦車まで配備されている状況で捕らえようと悠長なことをすれば、捕り逃がす可能性が高い。そうなれば任務は失敗だ。それに団を危険に晒してまで無理をするような作戦でもない。リィンの判断が間違っているとはフィーも思っていなかった。
 そもそもアルフィンからの依頼は、貴族の会合を阻止することと示威行為にあった。どちらにせよ、一戦は交えるつもりだったのだ。
 捕縛か殲滅かは現場の判断に委ねるとしたのも、リィンならこうすることを予想してのことだろうと推察できる。
 アルフィンも帝国の現状を考えれば、生かして捕らえるといった生温いことを言っていられるような状況でないことを理解しているということだ。

「リィン、終わったよ」
「お疲れさん」

 残りの機甲兵や戦車を片付けたシャーリィが、テスタ・ロッサでリィンの隣に降り立つ。
 そんなシャーリィを労いながら、リィンは双眼鏡で戦場を見渡すヴァルカンに尋ねる。

「ヴァルカン、そっちはどうだ?」
「ああ、必死に逃げて行ったぜ。しかし、本当に逃がしてよかったのか?」
「雑魚に用はない。それに情報を持ち帰ってもらわないと意味がないからな」

 双眼鏡を覗き込むヴァルカンの視線の先には、命辛々逃げだす兵士たちの姿があった。元より狙いは貴族たちであって末端の兵士に用はない。それに彼等には情報を持ち帰り、噂を広めてもらう必要があった。今回の襲撃は見せしめだ。反逆を企てる者には容赦をしないという貴族たちに向けたメッセージが込められていた。
 皮肉にもギリアスがよく使った手ではあるが、恐怖で従わせるというのは効果が高い。ましてや弱肉強食を地で行くエレボニアのような国なら尚更だ。
 元々、皇帝に貴族たちを従わせるほどの求心力があれば、先のような内戦は起きなかった。民への理解力があり、優しいだけの為政者では国を治めることは出来ない。百日戦役の失敗も原因にあるのだろうが、平民を重用することで貴族たちを遠ざけ、自分は政治の世界から一歩身を退くといった中途半端なことをしてきたユーゲント三世の失策だ。それは国を治めるべき人間が他人に国の行く末を委ね、持つべき力と責任を放棄したに等しい。その結果が、先の内戦だ。
 だからこそ、反逆など起こさせないために貴族たちを縛る首輪が必要だと、アルフィンは考えたのだろう。それが今回の作戦に至った概要だ。

「おい、大丈夫か?」
「ええ……少し猟兵(あなたたち)を甘く見ていたみたい」

 眼下に広がる惨状を見て、呆然とするスカーレットを気遣い、ヴァルカンは声を掛ける。しかし、それも仕方ないかと考える。帝国解放戦線の活動が生温かったと言うつもりはないが、所詮は一般人の寄せ集めだ。本物の戦場を知っているわけでもない。スカーレットも従騎士になる前は、片田舎の裕福な家庭で生まれ育った一人の少女でしかなかった。従騎士になってすぐに両親の報せを聞き、帝国解放戦線に身を置いたことを考えれば実戦経験も少ないはずだ。
 志半ばで命を落としたもう一人の仲間、ギデオンと呼ばれていた男が敢えて汚れ仕事を引き受けていたのも、そうした実情を踏まえてのことだとヴァルカンは気付いていた。だからこそ完全に裏の世界に染まっていないクロウやスカーレットだけでも、どうにかしてやりたいとヴァルカンは考えていたのだ。とはいえ、いまからでも団を抜けるように促したところで、話を聞きはしないだろうということもわかっていた。
 努力の末に教会の従騎士になった彼女がテロリストにまで身を落としたのには、それなりの事情と覚悟がある。だから無理に止める気はなかった。
 スカーレットを諭せるような立場にないことをヴァルカンは理解しているからだ。

「リーシャは平気そうだね」
「はい。人の死には慣れているので……」

 リーシャは悲しい笑顔を浮かべながら、フィーにそう答える。慣れていると言っても平気というわけではない。
 以前の自分なら何の感情も抱かずに、この光景を眺めていられただろうとリーシャは思うが、〈銀〉であることを辞めた現在では難しかった。
 それでも団を抜けようとは思わない。自分で選んだ道ということもあるが、リィンの見ている世界を知りたい。
 彼と共に歩んで行けば、その先に探している答えが見つけられそうな予感があったからだ。

「怖いか?」
「いえ、覚悟はしていましたから……」

 リィンの問いに、エマは首を横に振って答える。
 それは諦めからでた言葉ではない。リィンなら、そうするだろうと理解しての言葉だった。
 これが自分が足を踏み入れた世界だと実感こそすれ、魔女としてリィンに付いていくと決めたことに後悔はなかった。
 それぞれが覚悟と決意を再確認する中、ふと何かを思いだした様子で空を見上げ、フィーはリィンに尋ねた。

「そう言えば、リィン。今日じゃなかった?」
「ん? 何がだ?」
「学院の卒業式」

 あっ、と言った表情でリィンはそのことをようやく思い出す。
 今日はアリサたちがトールズ士官学院を卒業し、トリスタを去る予定の日だった。
 アリサからは絶対に来るようにと言われていたことを思いだし、どうしたものかとリィンは腕を組む。しかし、

「別に俺が行く必要はないだろ。それよりも……」

 後でアリサにいろいろと言われるかもしれないが、特に自分が行く必要はないとリィンは結論付けた。
 どちらかといえば、もっと行かなくてはいけない人物がいるはずだ、とエマに視線を向ける。
 しかしその視線に気付くと、エマは逃げるように転位で去ってしまった。

「先は長そうだね」
「こればっかりは、エマの問題だしな」

 あれからずっとエマは、アリサたちを避け続けていた。フィーもそのことを気にしているのだろうが、こればかりはエマの問題だ。自分たちが介入したところで上手くは行かないだろうとリィンは思っていた。
 ヴィータといい、本当に似たもの姉妹だとリィンは溜め息を漏らす。そんな時だった。
 上着のポケットに入れていた〈ARCUS〉が鳴り響く。こんな時に誰からだ、とリィンは呟きながら通信にでる。

『お久し振りです。リィンさん』
「……その声、もしかしてクレアか?」

 耳にあてたスピーカーから聞こえてきたのはクレアの声だった。



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