アルフィンが会談の場所として指定したのは、リィンにとっても意外な場所だった。
 現在は使われていない第三学生寮だったからだ。そう、VII組の生徒が寝食を共にしていた思い出の場所だ。そして――
 また、この場所に足を踏み入れることになるとは思っていなかったエマは、リィン以上に複雑な心境を抱いていた。

(最初から、これを狙ってたな。アルフィンの奴……)

 アルフィンがここを指定して来たときに驚いたが、エマの様子を見るとコレが狙いだったのではないかとリィンは思う。
 そして指定された場所にリィンが到着すると、先に予想外の人物が待っていた。

「災難だったな。クロウ」
「……なりゆきだ」

 クロウが襲撃者からエリィを助けたという話は、リィンもトワから事情を聞いていた。
 丁度アルフィンとの通信を終えた後のことだった。エリィの扱いに困ったトワが、どうしたらいいかとリィンに連絡を取ってきたのは――
 そこでリィンはフィーとリーシャを先行させ、密かにエリィの警護に当たらせることにした。隠密行動に長けた二人なら敵だけでなく、エリィに気付かれずに警護することも容易だと判断したからだ。とはいえ、まさかクレアから依頼のあった日にエリィが襲撃を受けるとはリィンも思っていなかった。それだけに偶然とはいえ、その場に居合わせたクロウには感謝していた。

「一応、礼は言っておく。ご苦労だったな」
「相変わらず上から目線だな……。さっきも言ったが、ただのなりゆきだ。それにまあ、お前には大きな借りがあるしな」

 本気で感謝しているのか分からない感謝をされ、クロウは微妙な表情を見せる。
 とはいえ、畏まって礼を言われるのも相手がリィンだと背中がむず痒くなる。だからクロウも、リィンの態度にとやかく言うつもりはなかった。
 それにリィンに大きな借りがあるというのも本当だ。自身のこともそうだが、ヴァルカンやスカーレット。軍に捕まった帝国解放戦線のメンバーを気に掛け、身柄を引き受けてくれたリィンには感謝していた。

「別に借りだなんて思わなくていいぞ。もう一年、学院に通うことになったんだろ?」
「なんでそれを!?」
「トワが教えてくれた。まあ、なんだ……悪かったな」
「哀れむような眼で見るんじゃねえよ!」

 感謝の気持ちなど何処かに吹き飛び、やはりこいつとは相容れないとクロウは実感する。
 実のところリィンはクロウが留年した本当の理由を知っていた。単位が足りていなかったというのは本当の話だが、補習を受ければどうにかなる程度のものだった。なら、どうしてそうしなかったかと言えば、現在クレアが進めている大掃除が済むまでは、火種となりかねないクロウには学院に留まってもらった方が都合が良かったからだ。

(おい、クロウ。お前が騎神の起動者だってことは、エリィ・マクダエルにバレてないんだよな?)
(ああ……なんで、そんなことを聞く?)
(駆け引きは既に始まってるってことだよ)

 小声でクロウに耳打ちをして、エリィのことで確認を取るリィン。
 念のため、クロウにそのことを尋ねたのは、エリィがどこまで情報を掴んでいるのか確かめるためだった。
 そうこうしているうちに、アルフィンやアルティナと一緒に問題の人物が姿を見せる。

「エリィ・マクダエルです。今日はお時間を割いて頂き、ありがとうございます」
「〈暁の旅団〉団長、リィン・クラウゼルだ」

 余所行きの仮面を被ったエリィに、猟兵であることを強調してリィンは挨拶を返す。クロウに言ったように既に駆け引きは始まっていた。
 チラリとアルフィンに目を向けると静かに頷くのを見て、リィンはエリィとの交渉に臨む。

「悪いが駆け引きには慣れてないんだ。早速だが用件を聞こうか」
「……では、単刀直入にお伺いします。あなたが騎神の起動者というのは本当のことですか?」
「ああ、そうだ」
「クロスベルに現れたという騎神も……」
「俺だな。まあ、共和国軍と戦ったのは事故みたいなもんだが」

 確認を取るような会話から二人の会談は始まった。

「ギリアス・オズボーンと敵対しているとも聞きました」
「否定はしない。実際、アイツには喧嘩を売られたからな」

 先程からエリィが尋ねているのは、すべてリィンが記者会見で明らかにしたことだ。
 そうすることで言葉を誘導し、情報を引き出すことがエリィの狙いなのだとリィンは察する。

「で? 聞きたいことはそれだけか? 同じことを記者会見でも言ったはずだがな」

 当然、話の流れを変えるためにリィンはエリィの質問に質問を返した。
 エリィもそのことを察した様子で、先程よりも少し険しい表情を見せる。そして、それはリィンの警告でもあると受け取った。これ以上、不毛な会話を繰り返すつもりなら会談をここで打ち切ってもいいという脅しだ。
 エリィはお願いをして、この席を用意してもらっている立場にある。それだけに自分の方が不利なことを悟っていた。

「お願いがあります。私たちに協力しては頂けませんか?」

 故に、やり方を変える。元よりリィンの協力を得ることがエリィの最終目的だった。
 情報を得るためと言うのもあるが、クロスベルの外に出来るだけ多くの協力者を作るためにエリィは帝国までやってきた。そして騎神の起動者を見つけたら出来ることなら仲間に引き込みたいと考えていたのだ。協力してくれた人々の気持ちを利用するみたいで気が引けるが、これもマリアベルの陰謀を阻止し、キーアを救い出すためだとエリィは自分自身に言い聞かせる。しかし、

「その私たち≠チていうのは何のことを言ってる? クロスベルか? それとも指名手配されてるヘンリー・マクダエルのことか?」
「……どちらでもありません。お祖父様の消息は、私の方でも掴めていないので……」

 すぐに承諾を貰えるとは思っていなかったが、少し予想と違った質問にエリィは返答に迷う。
 理由を尋ねられるのではなく、誰に協力するのかという点をリィンは真っ先についてきた。
 本来であれば気にするほどのことではないが、奇妙な違和感をエリィは覚える。

「それじゃあ、特務支援課の方か。大方クロイス家の陰謀を阻止し、キーアを助けるために外部の協力者を募ってるってところか?」
「――ッ!? どうして、それを!」
「その反応、ランドルフと同じだな」

 そして、その予感は当たる。なぜクロスベルの内情を知っているのかと気になるが、何よりランディの名前がでたことにエリィは息を呑む。それも話の内容から察するに、リィンがランディと会ったのは最近だとエリィは察した。
 だとするなら情報源はランディかとエリィは考えるが、リィンは『ランドルフと同じだな』と口にした。ということはランディにも同じことを言ったということだ。
 ならば、どこで特務支援課やキーアのことを知ったのか? 様々な可能性が渦巻き、答えがでないまま思考だけが巡る。

「駆け引きが苦手というのは嘘ですね……」
「さてな。それを悟らせないことも交渉のうちだ。祖父さんから、そう教わらなかったのか?」

 予想外に食えない相手だと、エリィは自分の過ちを認める。
 自分と同じような年頃であることから、その見た目でエリィはリィンのことを判断してしまっていた。
 しかし、それは大きな間違いだったことに気付く。

「どうして俺が会う気になったか教えてやろうか? アルフィンから相談されるよりも前に、情報局の知り合いからエリィ・マクダエルの護衛と監視を頼まれていたからだ」
「私の監視と護衛? それは……」
「そう、自分でここまで辿り着いたように思っているみたいだが、誘導されたんだよ。素人がいろいろと嗅ぎ回っていて気付かないはずがないだろ?」

 顔を青ざめるエリィ。リィンの話を否定するだけのものがエリィにはなかった。言われてみれば、幾つか思い当たる節があったからだ。
 結果をだすことに必死で、答えに誘導されていることにエリィは気付かなかった。いや、気付けなかった。
 この場合は相手が悪すぎたと言うべきかもしれない。エリィを密かに監視していたのは〈氷の乙女(アイス・メイデン)〉の異名を持つクレア・リーヴェルトだ。伊達に〈子供たち〉のまとめ役をしていたわけではない。内戦時には思うように手腕を振う機会に恵まれなかったが、本領を発揮すればリィンですら手玉に取るほどの経験と頭脳を有している。実際、帝国が内戦前のように安定した秩序を保てているのは、彼女の手腕によるところが大きかった。
 しかし幾らクレアが凄いと言っても、普段通りのエリィなら気付けたはずだ。彼女が気付けなかったのは、それだけが理由ではなかった。

「そんな風に前ばかり向いてるから、足下に落ちているものにも気付かない」
「足下に落ちているもの?」
「ほんとに気付いてなかったのか? そこにいるクロウも騎神の起動者だ」
「え……」

 エリィが知っていてクロウに近づいた可能性もあるとリィンは考えていた。
 しかし、この反応を察するに本当に知らなかったのだと察し、交渉能力に長けた人物だと聞いていただけにリィンは落胆する。クレアに踊らされた部分はあるとはいえ、随分とお粗末な結果と言えた。逆に言えば、本人が思っている以上に追い詰められていた証拠でもあった。親友が一連の事件の黒幕であったことや、オルキスタワーの襲撃に関与したとされ、祖父が指名手配されたことなど、平静を装ってはいても堪えていたということだろう。
 迷いは覚悟を鈍らせる。心に余裕がなければ、相手に見透かされ利用されるだけだ。内戦時のクレアがそうだったように、いまのエリィがまさにその状況だった。

「さて、ここで質問だ。交渉というからには交渉に見合うだけの対価が必要だ。お前は協力を求める代わりに何を差しだす?」

 そのことをわかっていながら、リィンは追い打ちを掛けるようにエリィに尋ねる。

「いっそクロスベルでも貰うか。帝国か共和国あたりが高く買い取ってくれるだろうしな」

 目を瞠るエリィ。いつもの彼女ならリィンが本気でないことに気付くことが出来ただろう。
 しかし何が真実で何が嘘か、いまのエリィには冷静に判断できるほどの余裕はなかった。

「どっちが上で、どっちが下か。理解したみたいだな」
「待って――待ってください!」
「何を待てって言うんだ? お前は交渉に失敗した。情報交換が目的だったのかもしれないが、それは互いに得る情報があってこそ意味のある交渉だ。しかし、お前の持っている程度の情報など俺には必要のないことが分かった。これ以上、何か話すことがあるのか?」
「それは……」

 反論できなかった。本来であれば、クロスベルの情報を対価にリィンと情報交換が出来ればと考えていたのだ。
 しかし先程のやり取りから、リィンがかなり深いところまでクロスベルの内情を掴んでいることをエリィは悟ってしまった。

「心配するな。依頼のこともあるしな。お前の身の安全は保障してやる。もっとも解放される頃には、すべてが終わった後かもしれないがな」

 護衛と言えば聞こえはいいが、それは事実上の軟禁を意味していた。
 助けを求めたところで、ここはクロスベルではなく帝国だ。エリィの味方などいるはずもない。
 すべてが終わった後というリィンの言葉の意味を考え、エリィは顔を青ざめる。頭を過ぎったのは、クロスベルに残してきたロイドとティオの顔だった。

「お願い……します。私に出来ることならなんでもします。だから、せめて話だけでも……」

 このままでは情報を得るどころか、仲間のもとにも帰れなくなってしまう。
 そう考えたエリィは頭を下げ、リィンに必死に懇願する。そんなやり取りを扉の陰から密かに見守る二人の少女がいた。

(……リィン、ノリノリだね。鬼畜モード全開って感じ)
(あれって支援課の巨乳のお姉さんだよね?)
(……知ってるの?)
(うん。前におっぱい揉ませてもらったから。でも、出来ることならなんでもか……)

 ドアの隙間から部屋の中を覗き込みながら、フィーとシャーリィはこそこそと内緒話をする。しかし、その会話はリィンの耳にはっきりと届いていた。
 確かにちょっとやり過ぎたかと自分でも思っているリィンだが、アルフィンやエマが会話に割って入らないのも最初から決めていたことだった。
 とはいえ、いまにも泣き出しそうなエリィを見て、ほんの少し最悪感を覚える。しかし、ここで手を緩めるわけにはいかなかった。

「助けて欲しいか?」
「……え?」

 交渉を打ち切ったのはリィンだ。
 なのに救いの手を差し伸べられるとは思っていなかったエリィは困惑する。
 本音で言えば、助けて欲しい。すぐにでも、この手を掴みたかった。しかし――

「出来ることならなんでもするんだろ?」

 そう言って笑うリィンの顔が、エリィには悪魔のように見えた。



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