格納庫で騒ぎが起きていることを知らないリィンは、エステルたちと入れ違いにやってきたロジーヌと内密の話をしていた。
 以前から彼女に相談をしていたアルティナのことだ。

「グラハム卿って、あの〈外法狩り〉のケビン・グラハムのことか?」
「やはり、ご存じでしたか」

 前世の知識から『ケビン』の名前を引っ張り出し、リィンは少し驚いた様子を見せる。
 まさかロジーヌの口から、その名前を聞くことになるとは思ってもいなかったためだ。

(ケビン・グラハムか。その名前をここで聞くことになるとはな……)

 ケビンはトマスと同じ星杯騎士団に所属する守護騎士だ。同じく騎士団に席を置くロジーヌと面識があっても不思議な話ではない。
 第五位〈外法狩り〉のケビン・グラハム。その二つ名からも分かる通り、〈外法〉に認定された教会の敵を狩ることを主な任務とする守護騎士。謂わば、騎士団のなかでも率先して汚い部分を担ってきた男だ。エステルたちと共にリベールの異変にも関わっていて、ゲオルグ・ワイスマンにトドメを刺したのもケビンだった。
 原作の通りなら、その後の事件で〈外法狩り〉を名乗る理由ともなった過去の一件を乗り越え、セイン・アルナートに二つ名の改名を申請していたはずだ。ケビンがまだ外法狩りをやっているかどうかは、そのことを確かめるのが一番早いのだが、そんな質問をすれば、そのことを何故知っているのかと突っ込みを受けかねない。それにロジーヌの反応を見るに、恐らく彼女はそのことを知らないのだろうとリィンは察した。

「グラハム卿は精神系の法術に長けています」
「だから今回の件に打って付けの人材だと?」
「はい。それに丁度、リベールにいらっしゃるようなので」

 ロジーヌの話を聞いて、「妙だな」と呟くリィン。
 リィンの記憶が確かなら、ケビンはクロスベルの事件に関与しているはずだった。
 それがどうしてリベールにいるのかとリィンは疑問に思い、そのことをロジーヌに尋ねる。

「ケビン・グラハムがリベールにいるのは、クロスベル絡みか?」
「はい。乗っていた船が大きな損傷を受けたそうでアルテリアへ帰還することを断念し、ツァイスの工房で修復作業を受けていると聞いています」
「……神機に受けた傷か」

 恐らくメルカバのことを言っているのだろうと、リィンはロジーヌの話から察する。
 メルカバとは、光学迷彩やステルス機能、更には物理障壁と言った現代の技術力では再現の難しい機能が満載された守護騎士専用の飛行船のことだ。なかでも聖痕の力を用いることで使用可能となる『聖痕砲メギデルス』は、先程リィンが呟いた結社の人形兵器――神機を一撃で破壊するほどの威力を秘めていた。恐らくは騎神でも直撃をもらえば、ただでは済まないだろう。
 リィンが教会を胡散臭い組織だと考えている原因の一つとも言える兵器だ。メルカバは通称『天の車』と呼ばれるアーティファクトが原型となっており、製造には遊撃士協会と同じくレマン自治州に本部を構えるエプスタイン財団も深く関わっていた。エステルは知らないだろうが、そう言う意味ではギルドも相当に胡散臭い組織だとリィンは思っていた。
 エプスタイン財団は表向きオーブメントの開発と普及を目的としているが、その一方でギルドの活動を金銭的な面で支援している組織だ。そしてエプスタイン財団と教会はメルカバの件でも明らかな通り、密接な関係にあることは間違いない。こうなってくると、裏で三つの組織は繋がっていると考えられる。恐らくはなんらかの協力関係にあり、密約を交わしている可能性が高い。メルカバがツァイスで修復作業を受けているというロジーヌの話を信用するのであれば、リベール王国もその実体を把握していると考えるのが自然だ。いや、教会との盟約の話を考えれば、恐らくはリベールもグルなのだろうとリィンは考えていた。
 その上でリィンは、ロジーヌに自分の考えを伝える。これからする話の前に、これだけははっきりとさせておくべきだと考えたからだ。

「この際だ。はっきりと言っておくが、俺は教会を信用していない」
「理解しています。それでも私を頼った。それはアルティナさんを救うためですよね?」
「……あいつに選択を迫ったのは俺だ。なら、最後まで責任を持つのは当然だろ?」

 リィンが教会のことを疑っていることは、ロジーヌもトマスとのやり取りから理解していた。
 それでもリィンはロジーヌを頼った。それはアルティナを救いたいという想いからだとロジーヌは考えていた。
 そのことをリィンは否定しない。だが、それは同情や優しさが理由ではない。アルティナに選択を迫ったのは、リィン自身だからだ。
 だから彼女が人間らしく生きたいと願うのであれば、その願いを叶えるために可能な限り協力してやるのが自分の責任だとリィンは思っていた。
 最後まで責任が持てないのであれば、他人の人生に関わるべきではない。それはクローディアにも言ったことだ。

「その上で尋ねたい。ケビン・グラハムは信用できるのか?」
「……それは、グラハム卿が〈外法狩り〉と呼ばれていることを危惧してのことですか?」
「有り体に言えばそうだ。トマスは俺たちと敵対する気はないと言った。だが、他もそうだとは限らないだろ?」

 ロジーヌに教会のことが信用できないと話したのは、そもそもケビンがリベールにいることを疑ってのことだ。ロジーヌの話が事実だとしても、機密の塊であるメルカバを他国の企業に預けるリスクを教会が考えていないとは思えなかった。
 先程も言ったように、七耀教会とリベールの間には盟約がある。更にエプスタイン財団やギルドとの繋がりも考えれば、アルフィンと共に〈暁の旅団〉がリベールを訪れることを教会が事前に察知していたとしても不思議な話ではない。いや、それどころかリベールでの会談自体、最初から仕組まれていたと考えることも出来る。この件にアリシア二世やカシウス・ブライトが関与しているとまでは言わないが、利用された可能性はあるとリィンは考えていた。
 根拠はない。ただの勘と言っていい。しかし少なくとも話が出来すぎている。偶然と片付けるにはタイミングが良すぎるとリィンは疑っていた。

「仰ることはわかります。ですが、そこは信用して頂くしかないかと……」
「ああ、その通りだ。こっちはお願いしている立場だからな。だが、このタイミングで奴がリベールにいることを疑うなというのは無理な話だ」
「では、どうしろと?」
「簡単な話だ。俺たちと事を構える気がないのなら、何があっても黙って見ていろ」

 思いもしなかった提案に、ロジーヌは目を瞠る。ケビンは守護騎士の一人だ。もしリィンの言うようにケビンが教会の指示で動いていたとしても、彼を害すような真似をすれば騎士団は黙っていないだろう。そのことはリィンもわかっているはずだ。なのに黙っていろと言うのは、どういうことかとロジーヌはリィンの思惑を計りかねていた。
 少なくとも自分なら、そうならないように働きかけることは出来るはずだと考えたからだ。

「まだ分からないか? 俺のことを邪魔に思っている連中からすれば、暗殺に成功しようが失敗しようが、どちらでも構わないってことだ。守護騎士が返り討ちにあって殺されでもしたら、穏健派の連中も悠長なことは言っていられなくなるからな」
「それは……」
「勿論、俺たちのことなど関係なく、偶然という可能性も考えられる。だが、もし奴が上の指示で動いているとなったら、その可能性は捨てきれない」

 リィンの話を聞いて、ようやく理解の色を示すロジーヌ。だが出来ることなら、そんな話は信じたくなかった。
 しかし、ただの憶測だと否定することが出来ない。実のところトマスがそうした上の動きを警戒していたことをロジーヌは知っていたからだ。

(まさか、ライサンダー卿は……)

 もしかしたら、トマスはこのことを知っていたのかもしれないとロジーヌは考える。
 実際、リベールにケビンが身を寄せていることを、ロジーヌに伝えたのはトマスだった。
 その上でリィンに同行するように命じたのだとすれば、求められている役割についても自ずと察しが付く。

「……グラハム卿が上の指示で動いている場合、どうされるのですか?」
「安心しろ。殺しはしない。トマスに言ったように、まだ教会と事を構えるつもりはないからな」

 ケビンを殺すつもりはないと聞いて、ロジーヌは自分の考えを確信する。
 恐らくリィンもトマスの狙いに気付いて、このような提案を持ち掛けてきたのだろうとロジーヌは理解した。

「わかりました。可能な限り協力するようにと、ライサンダー卿からも言いつかっていますから。それに……私も個人的に、あなた方と敵対したくはありません」

 リィンと敵対すべきではないとするトマスの判断は間違いではなかったと、ロジーヌは痛感していた。
 騎神の存在や強さばかりに目が行きがちだが、リィンが本当に恐ろしいのはその慎重さだ。強者特有の驕りがリィンからは感じられない。
 もし〈暁の旅団〉を率いたリィンと星杯騎士団がぶつかった場合、ロジーヌにはどちらが勝つか予想が付かなかった。

「あの眼鏡。どこまで予見していたのかは知らないが、最初から俺を餌に使うつもりだったな」

 ロジーヌが立ち去ったのを確認して、リィンはポツリとそんなことを呟く。
 まだケビンが教会の命で動いていると決まったわけではないが、どちらにせよトマスは最初からこのことを知っていたのだろうとリィンは推察した。その上でリィンを囮にして、ケビンに命じた者たちを炙り出すのが目的だったと考えれば、ロジーヌを態々寄越した理由にも察しが付く。正直、利用されるのは気が進まないが、教会と事を構えるリスクを考えた場合、これが最善だということはリィンもわかっていた。

「だが、しっかりと働いた分は取り立ててやる」

 絶対にただ働きはしないとリィンは愚痴を漏らす。
 ロジーヌは気付いていなかった様子だが、あんな提案をして言質を取ったのはそれが理由だ。
 これからのことを考え、リィンが悪辣な笑みを浮かべていると、着信を報せる音が部屋に響いた。

「通信? 今度はなんだ……」

 執務机の角に備え付けられたボタンを押し、リィンは通信にでる。それはブリッジからの通信だった。

「アルフィンから連絡? 分かった。すぐにブリッジへ行く」

 艦内は機密保持を理由に無線の使用が制限されている。そのため〈ARCUS〉が使用できないため、外からの通信はすべてブリッジを経由することになっていた。
 緊急時には船に連絡を寄越すように言ってあったが、フィーではなくアルフィンが連絡をしてきたことにリィンは違和感を覚える。
 とにかく何があったのか話を聞いてみないことには、はっきりとしない。部屋を出て、ブリッジへとリィンは向かった。

「騒がしいな。まったく何してやが――」

 廊下にでたところで、何やら騒がしいことにリィンは気付く。声は下の方から聞こえてくる。
 シャーリィがまた何かやったのかと犯人に当たりを付け、リィンが溜め息を漏らした、その時だった。
 窓の外、視界を見慣れたものが通り過ぎ、リィンは慌てて船の外へと目を向ける。

「テスタ・ロッサだと!? なんで発進してる!」

 夕焼けに染まった空を飛行する〈緋の騎神〉の姿を見て、リィンは驚いた様子で声を上げる。
 無理もない。ここは帝国ではなくリベールの首都だ。こんな場所で騎神を動かせば、王国軍を刺激しかねない。

「エンジン音? まさか、もう王国軍が……」

 幾らなんでも対応が早すぎる、と音のする方へ視線を向けるリィン。
 すると、そこには機甲兵や騎神とも違う、見たこともない兵器の姿があった。

「ロボット? いや、まさかあれは……」

 オーバルギア。結社の人形兵器に対抗するため、ZCFが開発を進めているという機動兵器だ。
 しかし、オーバルギアは全高二アージュほどの言ってみれば、パワードスーツのような乗り物だ。
 全高七アージュを超える騎神と比べれば、その大きさは子供と大人ほどの差がある。

「あ……」

 当然のように、あっさりとテスタ・ロッサに叩き落とされ、地面に落下するオーバルギアを見て、リィンは右手で顔を覆った。



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