早朝の訓練を終え、リィンが残りの仕事を片付けているとアリサとフィーが艦長室を訪ねてきた。
 二人とも手に報告書と思しき大量のファイルを抱えていることからも、何か進展があったのだろうとリィンは察する。

「アリサに……フィーも一緒か。護衛はどうしたんだ?」
「それなら問題ない。アルフィンたちも一緒だから」
「アルフィンたちも来てるのか。ここにいないと言うことは、レンのところか?」
「ん……そのことだけど、今日はレンの友達を案内してきた。あとでリィンにも紹介するってアルフィンが言ってたけど……呼んできた方がいい?」
「レンの友達? いや、水を差すのもなんだしな。先に用事を済ませてしまおう」

 レンの友達と言うのは気になるが、取り敢えず目の前の仕事を片付けるのが先だと、リィンは二人からファイルを受け取る。
 机の上に積み上がった報告書と資料の山を見て、改めてその量に圧倒されるリィン。
 団を作ると決めた時から覚悟していたとはいえ、書類仕事を任せられる秘書の一人でも欲しくなる量だった。

(仕事を補佐してくれる人間が欲しいところだが、でもなあ……)

 一瞬、シャロンの姿が頭を過ぎるがリィンは頭を振る。幾ら有能でも団の運営と機密に関わる重要な仕事を、あんな胡散臭いメイドに任せる危険だけは冒すわけにはいかない。しかし他にあてがあるかと言うと団員だけに絞った場合、スカーレットやリーシャくらいしか頼れる人物はいなかった。
 フィーも勉強ごとは苦手な方だし、シャーリィに任せるくらいならヴァルカンの方がマシなくらいだ。だからと言って残った団員の中から補佐を選ぶとなると配置換えの必要が生じる。船の運用に支障をきたすようでは意味がなかった。
 シャロン並とまでは言わずとも、どこかに有能な秘書が転がっていないものかとリィンは溜め息を漏らす。

「そう言えば、さっきの見たわよ」
「さっきの? ああ、朝の訓練のことか……」

 朝の訓練を見られていたのだとリィンは察する。
 視線は感じていたので、そのなかにアリサも混じっていたのだろう。

「エステルの件なら誤解をするな。放って置けば、あの行動力を妙な方向に発揮しかねないからな。ヨシュアが一緒じゃないのは都合がよかったから、少しばかり釘を刺しただけだ」

 エステルのためを思っての行動と言うよりは、他の思惑があってのことだ。どちらかと言えば、あれは釘を刺したと言った意味合いの方が強かった。
 しかしアリサはそうとは受け取らなかったようで、ニヤニヤと笑うアリサを見て、これ以上は反論するだけ時間の無駄とリィンは諦め、本題に入る。

「で? そっちはどうだったんだ? 収穫はあったのか?」
「まあね。その資料を見て貰えれば分かると思うけど、さすがはあのアルバート・ラッセルの娘と言ったところね。性格は最悪だけど……」

 アリサは若干不機嫌そうに答える。正直、祖父のグエンと一緒でアリサはZCFとの技術提携に関して余り乗り気ではなかった。その理由は言うまでもなくエリカだ。
 出会いが最悪だったこともあるが、性格的に余り関わり合いになりたくない相手だとアリサは思っていた。しかしラインフォルトが特定の分野において、ZCFに後れを取っていることは確かだ。エリカも性格はともかく、科学者として見れば優秀なことはアリサも認めていた。だからこそ納得が行かないのだろう。

「それと意外な人物の話が聞けたわ」
「意外な人物?」

 アリサから受け取ったファイルに目を通しながらリィンは聞き返す。

「ジョルジュ先輩よ。ZCFから誘いがきてるって話は聞いていたけど、どうやらオーバルギア絡みだったみたいよ。いまツァイスにいるらしいわ」

 そのことかと、アリサが何を言わんとしているのかリィンは察する。
 実のところジョルジュがZCFにいることは既に知っていたのだ。

「あの中途半端な騎神の知識は……やっぱりそういうことか」
「やっぱりって、もしかして気付いていたの?」
「トワからジョルジュの進路先については聞いていたからな。大方、ジョルジュから騎神や機甲兵の情報を聞きだそうと企んでいたんだろうが……」

 エリカの行動を見るに上手くは行かなかったのだろうとリィンは考える。
 それはアリサも同意見だった。

「ああ見えてジョルジュ先輩。結構、強情なところがあるしね」

 国や仲間を売るような真似が、ジョルジュに出来るはずもない。
 ましてや騎神のことを詳しく説明しようとすれば、クロウの話にも触れる可能性がある。
 無理に聞き出そうとしたところで、簡単に口を割るような性格でないことはわかっていた。

「まあ、詳しい話は本人から聞くとして、結論を聞かせてくれるか」
「詳しくはルーレの本社にデータを送って確認を取ってからになるけど、オーバルギア用に開発された最新の小型導力エンジンを用いれば要望の武器は造れそうよ。完成まで三ヶ月と言ったところね」
「三ヶ月か。正直ギリギリと言ったところだな」
「それってリベールが周辺諸国に参加を呼び掛けているという会議のことよね?」
「ああ、昨年と同じ八月の開催を予定しているらしいからな」
「……随分と早いわね」
「そうでもないさ。あんなことがなければ、今年も開催される予定だったそうだしな。以前から根回しは進めていたんだろう。それに……」

 通商会議の開催を早めたい理由があるのだろうと、リィンはリベールの思惑を察していた。
 現在アリシア二世の呼び掛けで、各国に昨年から続き二回目となる通商会議の申し入れが行われていた。そして恐らくは上手く話がまとまるだろうとリィンは考える。その根拠となるのが昨今の大陸を取り巻く情勢にあった。
 身喰らう蛇と呼ばれる謎の結社の動きや、帝国や共和国を中心に広がる動乱の兆しなど、小さな国や自治州だけでは対処の難しい問題も増えており、前回の会議は残念な結果に終わってしまったが、通商会議の開催自体は各国の首脳たちに好意的に受け止められていた。それに今回の会議はクロスベルの独立を認めるか否かと、〈暁の旅団〉の話が焦点になることは間違いない。当事者である帝国や共和国は勿論のこと、二大国の影響を強く受ける周辺諸国にとっても他人事ではないはずだ。この会議の結果次第では、リベールが危惧しているように大きな戦争へと発展していく恐れもある。
 だからこそリベールの申し入れを断れる国はないだろうとリィンは考えていた。

「どれだけ完成を急いでも八月の頭には食い込むわね。でも、こんな武器(もの)が本当に必要になるの?」

 ゼムリアストーン製の武器を持つ〈蒼の騎神〉や、自由に武器を作り出せる〈緋の騎神〉と違い〈灰の騎神〉には専用の武器がない。そうした事情から騎神用の武器をリィンが必要としていることはアリサも理解していたが、武器の完成を急ぐ理由が分からなかった。
 急がずとも現状で十分過ぎる戦力を〈暁の旅団〉は有している。カレイジャスと二体の騎神があれば、大抵の敵は退けられるだろう。それどころか小国程度なら壊滅させられるほどの戦力と言っていい。

「念のため……と言いたいところだが、恐らく必要になるはずだ」
「それって……」

 二体の騎神がいて苦戦をする状況など普通は想像も付かない。だがアリサの頭には一つの可能性が過ぎった。
 神機――ガレリア要塞を消滅させた結社の兵器だ。その性能は騎神に匹敵、いや凌駕するかもしれないと考えられている。
 機体性能はほぼ互角と言っていいが、至宝の力を考慮に入れた場合、騎神の方が不利という結果がラインフォルトの観測結果でもでていた。

「分かったわ。出来るだけ急いでみる」

 今回の件に結社が関与してくるなら、確かにヴァリマールの武器が必要になるかもしれないとアリサは考え、リィンに返事をした。


  ◆


「はじめまして、ティータ・ラッセルです」

 丁寧な挨拶をする目の前の少女を見て、レンの友達と言うのは彼女のことかとリィンは納得する。
 ティータ・ラッセル。祖父と母親譲りの天才的な頭脳で、リベールで起きた異変の解決にも貢献したというラッセル家の秘蔵っ子だ。
 大人顔負けの知識量と技術力、子供ならではの発想の柔軟さ。ZCFの天才少女と言えば、その界隈では何かと話題に挙がる有名な少女だった。

「母が大変なご迷惑をお掛けしたみたいで……すみませんでした!」

 謝罪の言葉を口にし、深々と頭を下げるティータ。これにはリィンも困った様子を見せる。
 先の件は一応の決着を見たことだし、娘とはいえティータに頭を下げられるようなことではなかったからだ。

「そのことなら……」
「お願いします! なんでもしますから、お母さんを助けてください!」

 土下座でもしそうな勢いでリィンに縋り付くティータ。床を舐めろと言えば、本気でしそうなくらい彼女の表情は切羽詰っていた。
 明らかに何か誤解されていることくらいはリィンにも分かる。怖がられることには慣れているが、それでも幼い少女に頭を下げられるのは居心地が悪い。
 そのため、リィンはティータから視線を逸らし、思い当たる元凶を半目で睨み付ける。

「……おい、何を吹き込んだんだ?」
「わたくしは何も」
「私を疑うのですか? 兄様」

 てっきりアルフィンかエリゼあたりが、ティータに余計なことを吹き込んだ犯人かと思ったリィンだったが、本人はそれを否定する。
 そんな犯人捜しをするリィンを見て、クスクスと笑い声を漏らすレン。

「とても親切な教会の神父さんに、猟兵についていろいろと教わったみたいよ」
「……神父?」

 レンからティータに余計なことを吹き込んだ人物の話を聞き、リィンは首を傾げる。
 その神父と言うのが気になるが、まずはティータの誤解を解くのが先だった。

「妙な誤解をしているみたいだが、別に取って食ったりしないから落ち着け」
「た、食べちゃうんですか?」
「……食われたいのか?」

 いい加減、面倒臭くなったリィンは脅えるティータを鋭い視線で睨み付ける。
 ひぃっと小さな悲鳴を上げてアルフィンの背中に隠れるティータを見て、やれやれとリィンは頭を掻いた。

「エリカのこと話してないのか?」
「いえ、昨日のうちに城の方へ来て面会していますよ」
「じゃあ、なんで……こんな誤解をしたままなんだ?」
「エリカ博士が我が身可愛さに、リィンさんの悪口をいろいろと言ったからではないかと」

 アルフィンの話を聞き、その場面が目に浮かぶようで額に青筋を立てるリィン。
 どう仕返ししてやるべきかと考えるリィンに、アルフィンはその必要はないと答える。

「仕返しの必要はないかと。ティータさんに叱られて、随分と落ち込んでいましたから……」
「子供に叱られて落ち込む母親って……それどうなんだ?」
「おかしいですか? 小父様もエリゼによく叱られて落ち込んでいる姿を見ていたもので、どこの家庭もそういうものかと思っていたのですが……」
「ひ、姫様!?」

 矛先が自分に向かうと思っていなかったエリゼは、顔を真っ赤にしてアルフィンに抗議する。
 とはいえ、エリゼに叱られる男爵の姿がリィンの頭を過ぎり、妙に納得させられる。
 そういうことなら追い打ちを掛ける必要もないかとリィンは考えるが、そんな状態で使い物になるのかという心配が頭を過ぎった。

「大丈夫なのか? アリサは問題ないみたいなことを言ってたが、計画に支障をきたすようでは困るんだが……」
「これ以上、娘に嫌われたくはないでしょうから、その点はしっかりとやってくださるのではないかと……」

 アルフィンの話を聞き、益々リィンのなかのエリカの株が暴落していく。
 科学者として優秀なのは確かだろうが、母親としては情けないとしか言いようがなかった。
 とはいえ、親バカには免疫があるだけに、そう言われてしまえばリィンも納得するしかない。

「それに彼女も協力してくれるそうなので、人手の方は問題ないと思いますよ」
「彼女? まさか……」
「はい。ここにいるティータさんです」

 アルフィンがどうしてティータを紹介するなどと言いだしたのか、その理由をリィンは察する。確かにティータの協力を得られるのであれば、オーバルギアや騎神用の武器の開発は捗るだろう。
 それにエリカの手綱を握るという意味でも、彼女ほどの適任者はいない。
 問題はどうやってティータを説得したのかと考えるが、リィンの視線に気付き顔を逸らすレンを見て、そういうことかとリィンは納得する。

「あ、あの! 精一杯がんばります!」

 胸の前で拳を握り締め、気合いの入った返事をするティータ。
 子供だからと差別をするつもりはないが、どことなく不安に駆られるリィンだった。



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