「もう、仕舞いにしよか! 滅ッ!」

 愛用のボウガンを構え、ケビンが聖句を口にすると床に広がった黒い影から紅い光を纏った槍が飛び出し、〈クラウ=ソラス〉へと襲い掛かる。
 しかし身体に直撃するかと思われた、その時。光を帯びた障壁のようなものが盾となって槍の直撃を遮った。

「――って、終わっとらんし!?」

 分厚い鋼鉄の扉をも撃ち抜く威力を秘めた必殺の一撃を防がれ、ケビンは驚きを顕にする。

「なんつー硬さや!? そんなんありか!?」
「ケビン! 危ないッ!」

 クラウ=ソラスの両目から放たれた光の帯がケビンへと迫る。
 技の硬直を狙われ、回避は間に合わないと考え、防御の構えを取るケビン。
 しかし、そんなケビンの前に法剣を携えたリースが割って入る。

「インフィニティスパローッ!」

 リースが法剣を空に掲げると、剣身が幾つもの刃に分割され、〈クラス=ソラス〉の放った光と衝突した。
 その直後、大きな音と共に爆発が起き、白い煙がもくもくと上がる。

「助かったで、リース」
「無茶をしないでって言ったよね?」
「いや、だから……」
「言ったよね?」
「すんません……」

 リースに睨まれ、分が悪いと悟ったケビンは素直に頭を下げて謝る。無茶をしたつもりはないが、油断をしていたのは確かだ。
 大技で一気に片を付けようとしたのだが、〈クラス=ソラス〉の力を見誤ったのは事実だった。

(なかなか息の合ったコンビだな。だが……)

 以前、捕らえた騎士と比較しても、ケビンとリースのコンビは間違いなく強い。少なくとも二人で力を合わせれば、フィーやヴァルカンとも互角以上に戦えるほどの実力はあるだろうとリィンは推測する。聖痕の力込みで考えれば、恐らくケビンの実力はレンやシャロンと言った執行者クラスに匹敵すると見てもいい。しかし、先程の攻防からも分かる通り、ケビンとリースの攻撃力では決定打に欠ける。それは〈クラウ=ソラス〉の周囲に展開された障壁に理由があった。
 リアクティブアーマー。指揮官クラスの機甲兵に装備されている防御結界のようなものだ。本来は対戦車用の装備だが、戦車の砲弾を防げると言うことは当然、生身の人間の攻撃では傷一つ付かない。生半可な攻撃は通用しないと言うことだ。機甲兵を開発した第五開発室が、結社と繋がっていたことは状況から考えるに明らかだ。こうした技術も〈黒の工房〉からもたらされたものだと考えれば、〈クラウ=ソラス〉の障壁にも納得が行く。
 ケビンの技が通用しなかったところを見るに、導力魔法の類も効果は薄いだろうとリィンは考え、

「痴話喧嘩なら後にしろ。来るぞ」

 ケビンとリースに注意を促し、二本のブレードライフルを構え、前に出る。そして――
 虚な目をしたアルティナを背に乗せ、煙の中から空に向かって飛び出す〈クラウ=ソラス〉を視界に捉えると、リィンは〈鬼の力〉を解放した。
 髪と目の色が変わり、別人のように変貌したリィンを見て、ケビンとリースは目を瞠る。だが二人の驚きは、そこで終わらなかった。

「あっちも変身した!?」

 驚きの声を上げるケビン。その視線の先では、アルティナを背に乗せたまま一本の巨大な剣へと形状を変化させた〈クラウ=ソラス〉の姿があった。
 そのまま勢いを付け、急降下する〈クラウ=ソラス〉を見て、リィンは床を蹴る。

「はあああああッ!」

 黒い闘気を全身から迸らせ、〈クラウ=ソラス〉と衝突するリィン。
 武器から右腕に伝わる衝撃に眉をひそめるも、もう片方の腕を振りかぶると力任せにアルティナと〈クラウ=ソラス〉を地上へと叩き付ける。

「力任せに押し返しおった……」
「凄い馬鹿力……」

 その非常識とも言える光景を目の当たりにして、呆気に取られるケビンとリース。
 クラウ=ソラスの防御力の高さは、先程の攻防からも嫌と言うほど理解している。
 ましてや戦車の砲弾さえも弾き返す障壁だ。それを障壁の上から斬り伏せ、弾き飛ばすなんて普通の人間に出来るような真似ではなかった。
 まさに人外の力。〈鬼の力〉と呼ばれる由縁をケビンは理解する。

(あれが、報告にあった異能か。こりゃ、ほんとに総長とタメを張るかもしれんな……)

 トマスの報告書にもあったが、実際に目にするとその異常さが際立つ。肉体的な能力はケビンが見る限り、リィンとアインは互角。
 それどころか、その圧倒的な身体能力を用いた戦い方は、どこかアインと似ているような気がしなくもなかった。
 実際、アインの武勇伝には武装した猟兵団を素手で打ちのめしたという話があるくらいだ。
 アインから戦いの基礎を学んだケビンも、彼女にだけは何をやっても勝てるイメージが湧かないほどだった。
 そのアインとリィンの戦う姿が重なり、ケビンは苦笑いを浮かべる。

「逃がすか! オーバーロード〈突撃小銃形態(アサルト・モード)〉」

 床に叩き付けられる直前、空中で急停止して方向転換した〈クラウ=ソラス〉を追い立てるようにリィンは追撃を仕掛ける。
 右手のブレードライフルの形状を変化させ、無数の弾丸を放ちながら距離を詰める。

戦斧形態(バスターモード)

 そして〈クラウ=ソラス〉の目前まで迫ると、リィンは二本のブレードライフルを重ね、身の丈ほどある巨大な戦斧へと武器を変化させた。
 並の攻撃では〈クラウ=ソラス〉の展開した障壁を打ち破れないことは明らかだ。
 なら破壊力に特化した一撃で障壁ごと叩き潰す。それがリィンのだしたリアクティブアーマーの攻略法だった。
 一気に〈クラウ=ソラス〉の頭上目掛けて、両手で斧を振り下ろすリィン。

「これでもダメか」

 だが、床が大きく陥没するも〈クラウ=ソラス〉の身体には傷一つ付かない。
 その直後、アルティナが腕を振り上げると〈クラウ=ソラス〉の両眼が光る。
 放たれた光の一撃を斧を盾にすることで防ぎ、リィンは弾け飛ぶように大きく距離を取った。

「やはり、あの障壁が厄介だな」

 その表情には、いつもと比べて余裕がなかった。生身で機甲兵を相手に勝てるかと言えば、勝つ手段は幾つかある。装甲の薄い関節を狙って動きを封じたり、攻撃が通じないのであれば余り現実的とは言えないが、エネルギー切れを待つという方法もあるだろう。しかし〈クラウ=ソラス〉に限って言えば、こうした戦法はほぼ使えないと思っていい。
 クラウ=ソラスの全長は二アージュほど。機甲兵と比べても小さく動きが素早いと言うことは、攻撃が当て辛いと言うことでもある。
 だからと言ってパワーや防御力で劣るかと言えば、機甲兵とほぼ互角――いや、障壁の強度はそれ以上と考えて間違いなかった。
 だが、あの小さな身体のどこにそれほどのパワーを生み出す秘密があるのか、そこにリィンは疑問を持つ。

「恐らく周囲から霊力を吸い上げて障壁を強化しとるんやろ。並大抵の攻撃は通らんと思った方がええやろな」

 そんなリィンの疑問に答えるケビン。やはりそういうことかとリィンは納得し、溜め息を漏らす。
 アルティナの額に光る紋章。あの疑似聖痕が恐らくはアルティナの精神を支配し、周囲から霊力を吸い上げ〈クラウ=ソラス〉を強化する二つの役割を担っているのだろう。
 そして厄介なことに、この場所には大量の霊力が溢れている。周りから霊力を吸い上げ、それをエネルギーに変換して自身を強化していると仮定すれば、機甲兵以上のパワーと防御力にも理解が行く。驚くべきは、十三工房の技術力と言ったところだろう。ある意味で騎神以上とも言える性能を見せつけられ、リィンは苦い表情を浮かべる。
 クラウ=ソラスでこれなら、想像以上に神機は厄介な存在だと思えたからだ。

「お得意の法術でどうにかならないのか?」
「無茶言わんといてくれ。そっちこそ、なんか手はないんか?」

 手がないわけではない。恐らく集束砲を用いれば、あの障壁を突破できるはずだ。
 しかし、それをやった場合、攻撃の余波で遺跡が崩落しかねない。

「ここを跡形もなく破壊していいなら可能だ」
「……それは却下で」

 ケビンも生き埋めになるなんてごめんだ。ましてやレプリカとはいえ、〈始まりの地〉を破壊するなんて真似が容認できるはずもなかった。
 しかし、このまま手をこまねいているわけにもいかない。それこそ他に手がないとなったら、リィンは最後の手段にでるだろう。
 そうなる前に〈クラウ=ソラス〉をどうにかする必要があると考え、ケビンは覚悟を決める。

「仕方ないか……」
「ケビン、まさか……」
「聖痕の力を使う。それしかなさそうやしな」

 リースが心配するのも無理はない。まだケビンは本調子と言える状態ではなかった。神機との戦いで聖痕を使った時の後遺症が、まだ残っていたからだ。
 聖痕は強力な反面、肉体や精神への負担が大きい。人の身に余る力を使うのだから、その代償としては当然と言えるだろう。
 トマスのような古株の騎士と違い、ケビンは力に目覚めて数年とまだ日が浅く、力の扱いに身体が慣れていないことも理由にあった。
 しかし、ここと外界では環境が大きく異なる。法術と同じく、聖痕の力も外に比べれば、負担も少なく扱えるはずだ。

「とはいえ、あの障壁をどうにかするので精一杯やろうけど……」

 それでも恐らく放てるのは一撃が限界。それ以上は身体が耐えられない。
 障壁を破るところまではどうにかなるが、その後の追撃は難しいとケビンは考えていた。
 しかし、それは一人で戦った場合の話だ。

「障壁を破れれば、それでいい。攻撃さえ通れば、手はある」
「なら、その言葉を信じるとしよか」

 リィンの言葉を聞き、ニヤリと笑みを浮かべると、ケビンは〈クラウ=ソラス〉へと狙いを定め、ボウガンを構える。
 力を解放するため、内側へと意識を向けようとした、その時。武器を構えるケビンの手にリースの手が重ねられた。

「……リース?」
「私がケビンを支える。もう二度と、ケビンだけに無茶はさせないと誓ったから」

 自分に言い聞かせるように、そう話すリース。そんな彼女の頭を過ぎるのは、姉――ルフィナの姿だ。
 リースの姉、ルフィナ・アルジェントは、あのアインが認めるほどの優秀な騎士だった。だった、と言うのは既に彼女がこの世を去っているからだ。
 孤児たちの親代わりでもあったルフィナ。行き場をなくし孤児院へとやってきたケビンにとっても、ルフィナは恩人であり本当の家族のように大切な存在だったのだろう。そんな彼女が死んだ原因は自分にあると、ケビンはずっと自分を責め、思い悩んでいた。リースも後で知ったことだが、とある事件で聖痕の力に呑まれ、暴走したケビンをルフィナが命を懸けて止めたという話だった。だから何も言えなかったのだろう。
 そうとは知らずリースがアインに師事して従騎士を目指したのは、自分の知らないところで家族が傷つき、いなくなるのは耐えられなかったからだ。
 二度と、姉様を失った時のような悲しみを繰り返したくない。そんな想いから、リースはケビンやルフィナと同じ騎士となるべく教会の門を叩いた。
 でも、いまなら分かる。ルフィナがどんな気持ちでケビンを庇い、死んでいったのか。
 だからリースは誓ったのだ。ケビンを支え、共に生きることを――

(そうやったな)

 人は一人では生きていけない。それを教えてくれたのは、他の誰でもないリースだ。
 ずっと自分は死んでも仕方のない人間だとケビンは思っていた。
 死んでいいはずのない人が死に、自分のような人間が生きている。
 そんなことが許されるはずがない。そう考えていた。
 リースになら、どんなに罵られても殺されても仕方がないとケビンは覚悟していた。なのに――

 ひとりで抱えるのではなく、もっと早くに相談して欲しかった。

 そうリースに言われた時、ケビンは自分が如何に弱く、情けない人間だったかを思い知らされた。
 悲しみを背負っているのは自分だけではない。後悔しているのは自分だけではない。
 これまでの自分がしてきたことは、楽な方に逃げようとしていただけだ。
 そう、ただ誰かに罰して欲しかっただけなのだと――そのことに気付かされた時、ケビンもまた心に誓ったのだ。

「約束したもんな」
「うん」

 簡単に割り切れるものでも変われるものでもない。
 だけど一人では無理でも、二人ならきっと少しずつでも前へと進んで行ける。
 そうして、いつかルフィナが目指した場所を共に見ると、二人で約束したのだ。

「我が深淵にて煌めく蒼の刻印よ。天に昇りて煉獄を照らす光の柱と化せ」

 リースに支えられ、ケビンはボウガンを構える手に力を込める。
 ケビンの背中に現れる聖痕。白い光を纏った紋章が、呼び掛けに応えるように眩い輝きを放つ。

(これが聖痕の力か。以前、俺の力が聖痕に似ていると言われたことがあるが……)

 以前デュバリィに言われたことでもあるが、確かに〈王者の法(アルス・マグナ)〉の光によく似ていた。恐らくは聖痕も異能の一種と考えて間違いないのだろう。
 だが違いがあるとすれば、聖痕は至宝に近い力の性質を持っているようにリィンは感じる。それはある意味で、零の至宝を身に宿したキーアに似た力とも言えた。
 一方でリィンの力は、その対極に位置するものだ。
 七耀の力を否定し、至宝を消滅させる力。もう一人のキーアの言葉に習うなら、世界の歪みを正す力だ。
 だが至宝を拒絶すると言うことは、〈空の女神〉の否定に他ならない。

(教会に知られたら面倒なことになるな。確実に……)

 まだ聖痕の力と勘違いさせておいた方が無難に思えた。
 とはいえ、これからしようとしていることをケビンに見られれば、そこから自ずと察せられる可能性はある。

「奔れ、空の聖槍!」

 ケビンのボウガンより放たれた無数の槍が〈クラウ=ソラス〉を捉え、その障壁に衝突する。
 槍が触れた場所から、まるで卵の殻を破るように消滅していく障壁を見て、空間に干渉して結界を侵食しているのだとリィンは槍の能力を推察する。
 槍自体に、強力な空の属性が付与されているのだろう。だが、余計なことを考えている時間はなかった。

(チャンスは一度きり。制御を誤れば、恐らく俺たちも無事では済まない。だが――)

 まずは目の前のことに意識を集中する。
 クラウ=ソラスを活動停止に追い込み、アルティナを助ける方法に心当たりはあった。
 ケビンの法術によって弱点が浮き彫りとなり、障壁が消滅した今ならチャンスはある。だが――

(……検証は重ねた。だが、本当にやれるのか?)

 確かにトマスの異能を無効化したり、アーティファクトの能力を消滅させることには成功している。
 それでも疑似聖痕≠セけを確実に消滅させられるという確証はない。
 武器を握る手に汗が滲む。こんな風に迷い、怖いと感じるのは初めてのことだった。

(……なんだ?)

 武器を手にアルティナや〈クラウ=ソラス〉との距離を詰めるリィンの頭に声のようなものが響く。
 聞き覚えのない声。だが、不思議とその声の主が誰なのか? リィンには、はっきりと分かった。

「クラウ=ソラス。お前なのか?」

 その声が、目の前の〈クラウ=ソラス〉のものだとリィンは理解する。そして――
 障壁が消え、アルティナを腕に抱えたまま静かに佇む〈クラウ=ソラス〉を見て、リィンは何かを悟った様子でそっと目を伏せた。

「……そうだよな。俺自身がアルティナに言ったことだ。決断を恐れていては、結果は得られない」

 リィンが目を開くと、全身から白と黒の光が立ち上る。
 そして二色の光が混じり合い、太陽の如き黄金の輝きへと変化していく。

「神気合一」

 この技を使うのは二度目。制御に失敗すれば、全滅は免れない。
 それでもアルティナを救うためには、この方法しかないとリィンは覚悟を決める。
 狙うは、アルティナの額に浮かぶ疑似聖痕。
 塩の柱だけを消滅させた時のように、消滅させる対象だけを選別し、意識を集中する。

黄金の剣(レーヴァティン)!」

 天高く炎を纏った剣を振り上げるリィン。
 そして振り下ろされた剣が光の軌跡を描き、額の紋様を斬り裂いた。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.