アルフィンが帰国して、そろそろ一週間。滞在期間を延長し、国内に残った〈暁の旅団〉の動きを警戒して、王国軍は二十四時間体制でカレイジャスの監視を行っていた。
 滞在期間を延長した理由は、ラインフォルトとZCFの共同開発に際し、騎神のデータを取るのに起動者であるリィンの許可と協力が必要なためと帝国側からは説明がされているが、当然リベールはその言葉を鵜呑みにはしていなかった。
 とはいえ、ラインフォルトとZCFの技術提携を許可したのはアリシア二世だ。その際にオーバルギアの開発を帝国ではなく、リベール国内で行うことを条件に付けたのは王政府だった。帝国に開発の主導権を握らせないため、技術者の流出を防ぐことが目的だったのだろうが、そのために騎神の起動者の協力が必要と言われれば、滞在の延長を許可しないわけにはいかなかった。
 しかし――

「……妙だな」

 警戒してはいたものの〈暁の旅団〉に大きな動きはなく、特に目立った行動を見せる様子もない。本来なら何も起きないことを喜ぶべきところなのだろうが、静かすぎるとカシウスは違和感を覚えていた。
 ここ一週間ほど船を出入りしたものは、ほとんどいない。しかし毎日のように代わる代わる酒場に繰り出していた猟兵たちが外出を控え、一週間も船で大人しくしているなど幾らなんでも不自然だ。
 とはいえ、なんの証拠もなしに船の臨検を行うことも出来ない。これが民間の船であれば他に手がないわけでもないが、皇女お抱えの猟兵団ともなると下手な真似をすれば外交問題へと話が発展しかねない。政治的に微妙なバランスを保っている現在の状況で、そんな愚を犯せるはずもなかった。
 思考に耽っていると扉をノックする音が聞こえ、カシウスが返事をすると軍服に身を包んだ一人の男が部屋に入ってきた。

「お呼びでしょうか。准将」
「ああ、忙しいところを呼び出してすまない」

 マクシミリアン・シード。リベールの軍事拠点の一つ、レイストン要塞の守備隊長を務める王国軍の中佐だ。
 現在は〈暁の旅団〉の件でカシウスと共に王都入りし、カレイジャスの警戒に当たっていた。

「そのことなら、お気遣いなく。准将こそ、ここ最近まともに睡眠を取っておられないのではありませんか?」
「ああ……分かるか?」
「夜遅くまで准将の部屋に灯りが点いていると、巡回の兵たちが噂をしていました。仕事熱心なのは結構ですが少しは休んでください。上官がそれでは兵たちも気兼ねなく休みを取ることが出来ませんので」

 ぐうの音も出ないシード中佐の正論に、カシウスは困った様子で苦笑する。
 二人は旧くからの付き合いで、上官と部下というだけでなく師弟のような関係にあった。それだけに互いの性格はよく理解している。
 当然、相手の考えていることも、ある程度あれば察することが出来た。

「呼び出しの件は、やはり……」
「ああ、〈暁の旅団〉の件だ。その後の動きはどうなってる?」
「まったく動きはありません。平和そのものです」

 予想していた答えとはいえ、カシウスは「やはりそうか」とシード中佐の報告に厳しい表情を見せる。

「どう見る?」
「不自然ですね。しかも、それを隠そうともしていない」

 カシウスは確認の意味を込めてシード中佐に尋ねた。
 そして、ほぼ自身と同じ考えであることを悟り、大きな溜め息を一つ漏らす。

「准将はどうお考えで?」
「リィン・クラウゼルは囮で、主力は既にリベール国内にはいない。目的は恐らく――」
「クロスベル、ですか」
「さすがだな。俺が心配するまでもなく気付いていたか」
「准将に鍛えられましたからね」

 そう言って苦笑するシード中佐を見て、カシウスも笑みを浮かべる。
 後進の育成はカシウスが最も力を入れていることだ。なかでもシード中佐には自身が剣の手解きをしたこともあって、これからのリベールに必要な人材の一人として大きな期待を寄せていた。ここにシード中佐を呼んだのは自身の考えを確認するためと言うのもあるが、彼が〈暁の旅団〉の思惑に気付いているかどうかを確かめるためでもあった。
 だが余計な心配は必要なかったかと、カシウスは考えを改める。

「彼を呼び出してみますか?」
「恐らくは無駄だろう。はぐらかされるだけだ」
「では、敢えて隠そうとしないのも……」
「必要ないからだろう。我々に船の監視をさせるのが狙いで、既に目的は達していると言うことだ」
「……我々はアリバイ工作に利用されたと言うことですか」

 半ばシード中佐もそのことに気付いてはいたのだろう。眉をひそめ、苦い表情を見せる。
 事が明るみになった時、帝国が〈暁の旅団〉のアリバイを保証しても、庇っているだけと見做されるのがオチだ。しかし第三者的な立場にあるリベールが、〈暁の旅団〉のアリバイを証言すれば言い逃れの材料程度にはなる。ようはアリバイ工作が必要なことを計画していると言うことだ。いや、既に行動を開始していると考えるのが自然だろう。
 王国軍の監視の目を潜り抜けた方法についても、カシウスには見当が付いていた。しかし、それを証明するのは難しい。

「准将、楽しそうですね?」
「そう見えるか?」
「ええ」

 例え客観的な事実を語ったとしても、リベールが〈暁の旅団〉のアリバイを保証すれば、外交的にまずい状況に立たされることは目に見えている。ただでさえ、ラインフォルトとZCFの技術提携の件で、関係各所から問い合わせが殺到しているのだ。なかでも共和国からは、帝国と手を結んだのかと言った疑いまで掛けられていた。
 普通なら呑気に笑っていられるような状況ではないが、カシウスには何か考えがあるのだとシード中佐は察する。

「どうなさるつもりですか?」
「いまは成り行きに身を任せる。だが――」

 下手に動けば事態を悪化させるだけだと、カシウスは考えていた。一度芽吹いた疑惑は簡単に消し去ることは出来ない。いま動けば、周辺諸国は帝国との関係を隠すために、リベールが隠蔽工作を図ったと考えるだろう。そうなれば共和国との関係は悪化し、リベールは中立を維持できなくなりかねない。恐らくそれが帝国の狙いなのだろうとカシウスは察していた。
 だが、それはあくまで帝国の思惑だ。リィンには別の思惑があるように思えてならなかった。
 近いうちに、それが明らかになるはずだ。それまでは息を潜め、機会が来るのを待つ。
 それがカシウスのだした答えだった。


  ◆


 クロスベル市は貿易と金融で栄えた街だ。帝国と共和国。その両方から金や物、それに群がる人々が集まってくる。人口の増加に伴い拡張工事が繰り返され、その急速な発展に対応すべく街の設計にも独自の取り組みがなされていた。
 例えば、街のシンボル〈オルキスタワー〉がそびえ立つ行政区、デパートなどが建ち並ぶ商業地区、カジノや劇場のある歓楽街。港に隣接し、各社のオフィスビルが混在するビジネス街と言ったように、用途に応じた幾つもの区画に街を分けることで人や物の流れの効率化を図っているわけだ。そして街の地下にはジオフロントと呼ばれる広大な地下施設が存在した。
 これは水道や下水と言ったライフラインを担うだけでなく、街全体に導力ケーブルを行き渡らせる役目を担っていた。そのため街の拡張に伴い、ジオフロントも幾度となく増設が繰り返されており、設計や工事に関わった技術者でも全容を把握しきれていない一緒の迷路のような場所となっている。いまは余り使われていない区画に至っては魔獣が入り込み、閉鎖されている危険な場所も少なくない。だからこそ、人目を避けると言う意味では打って付けの場所でもあった。

 クロスベル警察の元捜査官ロイド・バニングスは、そうしたジオフロント内の施設を転々とすることで軍の追跡を上手くかわしていた。力を蓄え、反撃の機会を窺うためだ。
 真実を明らかにするだけでは足りない。クロイス家の支配からクロスベルを解放するためには、少しでも多くの人々の力が必要だとロイドは考えていた。
 とはいえ、その活動も順調とは言い難い。活動が実を結び、協力者の数は日に日に増えているが、同時に政府の警戒も厳しくなってきていた。
 先日も旧市街出身の協力者が二人、国防軍に拘束されたばかりだ。覚悟の上とはいえ、そうした報告を聞くと焦りばかりが募ってくる。
 正義感の強いロイドが自分を責め、思い悩むのも無理はなかった。

(……ロイドさん)

 こんな時、エリィが居てくれればとティオは思うが、一度手紙が届いたきり彼女からは連絡がなかった。
 無事でいて欲しいと思うが、ここからでは帝国にいるエリィの近況を知ることは難しい。
 ロイドも口にださないが、彼女のことを心配しているはずだ。だからこそ余計に焦りが募るのだろう。

(何か……明るいニュースがあれば……)

 そんなロイドの焦りを察して少しでも役に立てないかと、ティオは寝る間も惜しんで情報の収集に努めていた。
 しかしネットワーク上で得られる情報にも、そろそろ限界が見え始めていた。
 幾ら情報のデータ化が進んでいるとは言っても、それはクロスベル市内に限っての話だ。
 まだまだ発展途上の技術で、一部の都市や軍で運用が開始されているものの一般に広く普及しているとは言い難い。

(クロスベルタイムズの最新号……)

 そんななかティオはネットワーク上に一つの記事を見つける。市内の通信社〈クロスベルタイムズ〉が発行したばかりの最新号の記事だ。そこでは夏に開催が予定されている通商会議の内容について触れられていた。記事には、リベールの王都グランセルでの開催が予定されていること。既にアリシア二世の呼び掛けに応じクロスベルの他、カルバート共和国やレミフェリア公国が参加の意思を表明していることが記されていた。そしてページをめくると、記者のインタビューに答える大統領――ディーター・クロイスの写真が掲載されていた。
 クロスベルにとっては、自分たちの主張が認められるかどうかの重要な会議だ。だからこそ、市民の期待も大きい。実際、クロスベルが置かれている現状に、口にはださないが不安に思っている人々も少なくはないのだ。その期待に応え、不安を払拭しようとディーターも必死なのだろう。その記事からは、通商会議に向ける強い意気込みのようなものが感じ取れた。
 そのことからも分かるように、記事は概ね現体制に好意的な内容でまとめられていた。
 市内の通信社は現在、政府の監視下に置かれている。その現状を考えれば、否定的な意見がでないのも仕方がないと言えるだろう。
 ふと、記事の端に添えられた広告に目が行き、ティオの手が止まった。それは導力ネットワークを利用したゲーム『ポムっと』のサービス再開のお知らせだった。導力ネットワークの普及と試験運用を目的に無料で配信しているゲームだ。独立宣言以降、運営元であるIBCの混乱に伴いサービスを一時休止していたのだが、どうやら無事に再開したらしい。ティオも密かにアカウントを所持しており、以前は暇潰しにこのゲームを利用していた。
 とはいえ、いまはゲームをしている時間などない。そう思い、ページを閉じようとしたところでティオは何かに気付く。

(もしかして……)

 ポムッとは導力ネットワークを利用した対戦型パズルゲームだ。アカウントを交換していれば、相手を指定して友人や知人と対戦やチャットを楽しむことが出来る。ティオのフレンドリストにも多くのアカウントが登録されていた。相手が接続状態であればアカウントは白く、未接続の場合は灰色で表示される。そのなかでティオは目的の人物のアカウントを見つける。
 グレイス・リン。クロスベルタイムズの女性記者だ。
 ティオは勿論のこと特務支援課のメンバーは全員が面識あり、記事のために利用されたこともあるが助けられたこともある影の協力者の一人だった。
 前に無理矢理アカウントを渡されて、仕方なくと言った感じで登録してあったのだが――

(そういうことですか)

 ティオは意を決すると、グレイスに対戦を申し込んだ。


  ◆


「もう一週間、動きなしか。ねえ、ヴァルカン。エマからの連絡は?」
「そっちもまだだ。そろそろ進展があって良い頃だがな」

 市外の森に設けた野営所で退屈そうに椅子の背もたれに身体を預けながら、シャーリィは武器の手入れをしているヴァルカンに尋ねる。
 クロスベルに入って既に一週間。部下に国防軍を見張らせているがまったくと言っていいほど動きがなく、シャーリィはあてが外れたと言った様子で暇を持て余していた。
 ヴァルカンの言うように、市内に潜伏しているエマとリーシャからも進展の連絡はない。
 恐らくはターゲットの潜伏場所を特定するのに手間取っているのだと想像が付くが、それにしても今回の任務はおかしな点が目立つ。

「帝国がターゲットの情報を掴んでいるくらいだから、クロスベルが余程間抜けでもない限りは、ある程度の情報は掴んでるはずだよね? なのにここ一週間まったく動きがないっていうのは、どういうことだと思う?」

 国防軍とは名乗っていても所詮は警備隊上がりで大国の軍隊に比べれば練度は低く、装備も充実しているとは言い難いが、それでも自分たちの縄張りでの出来事だ。帝国がそれらしい情報を掴んでいる以上、クロスベルが何も知らないということは考え難い。もっと捜索の手を広げていても不思議な話ではないのに、不気味なほど国防軍の動きは静かだった。そのことにシャーリィは違和感を覚えていた。
 そんなシャーリィの疑問に、ヴァルカンは神妙な面持ちで答える。

「連中も動きだすのを待っているのかもしれねえな」
「……それってシャーリィたちのことが気付かれてるってこと?」
「いや、そうじゃない。市内に潜伏しているって話の協力者≠フ方だ」
「ああ、そういうこと」

 ヴァルカンの話から、ターゲットを餌にして反政府勢力を誘き出し、一網打尽にする計画なのだとシャーリィは察した。
 だとするなら国防軍は既にターゲットの潜伏場所に目星を付けていると考えていいだろう。となれば――

(目標が同じである以上、衝突は避けられない。なら、ちょっとは楽しめそうかな?)

 第一目標はターゲットの確保だが、戦闘を避けられない≠フであれば仕方がない。そう考え、シャーリィは笑みを漏らす。

「何処に行くんだ?」
「じっとしてても身体が鈍るしね。軽く運動してくる」

 そう言って武器を手に取ると、シャーリィは森の奧へと姿を消す。
 シャーリィの思惑を察し、やれやれと言った様子で溜め息を漏らしながらヴァルカンは空を見上げ、

「こりゃ、一雨くるな」

 嵐の訪れを感じ取っていた。



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