「御息女は、さすがですね。それに……」

 大剣を手に敵兵を相手取るラウラの動きを見て、ウォレスは感心した様子で驚きの声を漏らす。
 以前、レグラムで武器を交えたサラの姿がウォレスの頭を過ぎる。まだ彼女に及ぶほどではないが、サラはA級遊撃士のなかでも戦闘を得意とする上位に入る実力者だ。そのことを考えれば現在のラウラの実力は、B級の上位からA級に手が届くくらいはあるとウォレスは見た。
 勿論ギルドのランクは強さだけを示すものではない。しかし実力が伴わなければ上位のランクが与えられないのも事実だ。ウォレスが同じくらいの歳の頃、あれほどの動きが出来たかと言えば首を横に振るだろう。親の七光りなどではない。努力に裏打ちされた確かな実力があると、ウォレスはラウラの力を認めていた。
 しかし、それ以上に気になるのは、ラウラと共に戦場を駆ける銀髪の少女だった。
 フィー・クラウゼル。当然、彼女のことをウォレスは知っていた。

「ふむ……彼女のことが気になるかね?」
「そりゃ、話題の猟兵団の中核を担う人物ですしね。腕の方も相当に立つようだ」

 ヴィクターの問いに槍を振いながら、ウォレスはニヤリと笑みを浮かべ答える。
 ウォレス・バルディオスはオーレリア・ルグィンを敬愛している。彼女の貪欲なまでに強さを求める姿、彼女の語る夢に見せられたからだ。
 帝国には身分制度がある。貴族と呼ばれる特権階級。彼等は多くの特権を与えられる一方で、古い慣習に縛られ生きている。それはオーレリアの生家、ルグィン伯爵家も例外ではなかった。
 女の身で当主となるのは、前例がないとは言わないが余りないことだ。男子が家を継ぎ、女は政略の道具として嫁にだされる。これは貴族として生まれたのなら当たり前のことで、伯爵家の娘として生を受けた彼女も通常であれば、そうなるはずだった。
 しかし、突然の両親の死を切っ掛けに始まった相続争い。誰が家を継ぐのか、血を分けた兄弟で骨肉の争いを繰り広げた結果、本来家を継ぐはずだった兄たちは亡くなり、オーレリアのもとへ当主の椅子が転がりこんできた。
 彼女にとって、その椅子は望んだものではなかったが、貴族として生まれ、その特権を享受する以上は義務を果たさないわけにはいかない。本来であれば婿を取り、貴族の淑女として夫を立て、慎ましやかに暮らすべきなのだろう。しかし彼女は、それをよしとはしなかった。

 槍の聖女リアンヌ・サンドロット。帝国の人間なら誰もが一度は耳にしたことがある獅子戦役の英雄の名だ。女性ながらにして鉄騎隊と呼ばれる一騎当千の勇士たちを率い、混迷渦巻く時代に安寧をもたらした救国の聖女。彼女を超える武功を上げ、歴史に名を残す人物となる。それがオーレリアの口癖だった。
 物語の英雄に憧れるのは誰もが一度は通る道だ。子供の戯れ言、幼い夢だと周囲のものは笑った。それでも彼女は本気だった。
 力を示し、誰もが認めざるを得ない武功を上げる。そうすることでしか、女の身で周囲に認めさせることは出来ないと考えたからだ。
 才能もあったのだろう。アルゼイド流とヴァンダール流。帝国きっての二大剣術を修めた彼女は軍の中でもメキメキと頭角を現し、実力と結果を示すことで周囲を認めさせていった。ウォレスと出会ったのも、そんな時だ。
 領邦軍はその性質上、貴族の三男や四男と言った家を継ぐことの出来ない者たちの受け皿ともなっている。それだけにプライドの高い者が多く、ドライケルス帝と共に挙兵したノルドの民の末裔で、男爵という地位にはあっても純粋な帝国人というわけではないウォレスは浮いた存在にあった。だからこそ女ながらに武功を積み重ね、他の貴族と距離を置いているオーレリアとは馬が合ったのだろう。
 そんな彼女が認め、生涯の伴侶として見初めた人物。その義妹と目される少女にウォレスが興味を持たないはずがない。
 一人の武人としても、フィーとは武器を交えてみたい。そう思えるほどにウォレスはフィーの力に注目していた。

「そなたも負けてはいないだろう?」
「かの〈光の剣匠〉にそう言われると光栄ですが、己が分は弁えているんで」

 ウォレスは自身が強者であると認める一方で、自分よりも強く、才能のある人間がいることを理解していた。
 オーレリア・ルグィンという極上の才を傍らで見続けてきたのだ。自惚れるなどと言ったことが出来るはずもない。

「しかしまあ、若い連中にばかり良い格好をさせてはいらせませんしねッ!」

 フィーは確かに強い。オーレリアに勝ったというリィンも恐ろしく強いのだろうとウォレスは思う。あと何年かすればラウラも、そうした実力者と肩を並べる武人へと成長を遂げる可能性は十分にある。
 その一方でウォレスは自身の強さが既に限界に達していることを理解している。だからこそ自身よりも遥かに高みを目指せる才を持つオーレリアに憧れ、彼女の理想の果てを見てみたいと思ったのだ。
 しかしウォレスにも意地があった。確かに才能では彼女たちの方が上だ。だが、それは未来の話。いまここで、彼女たちに劣るつもりはなかった。
 スッと槍を構え、ウォレスは双眸を細めると、黒い風となって敵兵を薙ぎ払う。

(これが〈黒旋風〉の実力か。確かに若い芽は育っているのかもしれない)

 その槍の冴えには、ヴィクターさえも息を呑む。派手さはないが限界まで無駄を削ぎ落とし洗練された動きは、一朝一夕で身につくようなものではない。長い鍛練の果てに行き着く武の境地の一端をヴィクターは垣間見た気がした。
 故に期待を抱かせる。確かに帝国は窮地に立たされているが、その未来が暗く閉ざされたものだとは思えなかった。

「では、こちらで突破口を開く。その間に頭を押さえて欲しい」
「……了解。ご期待には応えますよ」

 宝剣ガランシャールに闘気を纏わせ、敵陣の真っ只中を突き進むヴィクターの後ろをウォレスは追い掛ける。圧倒的な暴力とも呼べる力を前に為す術もなく宙を舞う敵兵を見て、ウォレスは身を震わせた。
 槍術なら絶対の自信がある。経験でもヴィクターに劣っているとは思わない。それでも、こうしてヴィクターと戦場で肩を並べ、帝国最強――その言葉の意味と重みをウォレスは実感させられる。絶対に自身では届かない高み。オーレリアの目指す夢の先が如何に遠く、険しいものかをウォレスは肌で感じていた。
 武術を修めることと極めることは違う。オーレリアは確かにアルゼイド流を修めたのかもしれないが、その流派の真髄を理解し〈理〉に至るには努力や才能だけでは、どうすることも出来ない壁がある。リィンがオーレリアに勝てたのは、彼女が本当の意味でヴァンダールとアルゼイドの教えの意味を理解していなかったからだ。もし二つの流派の教えを理解し、彼女が〈理〉に至っていたのなら、あの頃のリィンでは決して勝てなかっただろう。
 周囲を認めさせたい。そのために〈槍の聖女〉を超える武功を上げ、英雄となる。その想い自体は何もおかしくはない。しかし彼女は方法を間違えた。
 武功を上げたら英雄になれる? 最強に勝てたら最強になれる?
 違う。英雄とはなる者ではない。その者の為した結果によって人々に賞賛され、自然と呼ばれる者だ。ヴィクターも自ら『帝国最強』を名乗ったわけではない。そこには剣と共に生きた男のすべてが詰まっていた。
 彼女の剣が軽いとリィンが言ったのは、彼女の剣に背負うべきものが何一つ見えなかったからだ。結局、彼女は自身のために剣を振っていただけだった。それが悪いこととは言わないが、独りよがりな力には限界がある。守るべきものを持たないオーレリアと、家族を守るために力を手にしたリィン。そのどちらが強いかなど、わかりきった答えだった。
 ヴィクターにもまた背負うべきものがある。アルゼイドの剣に託された祖先の想い。そしてレグラムに住む領民たち。愛する家族。そうした様々な想いを背負い、彼は剣を振っていた。

(これが〈光の剣匠〉か。まだ、いまの将軍じゃ届かないだろうな)

 そしてオーレリアのそんな欠点に、ウォレスが気付いていないはずがなかった。
 しかしこうしたことは言って聞かせたところで理解できるものではない。そう言う意味ではリィンに敗れたことは、良い切っ掛けだったとウォレスは考えていた。
 彼女は変わった。貴族の家に生まれた者として世継ぎを産む大切さを理解はしているが、あくまでそれは貴族の義務としてであって、そこに愛はなく男を立てると言った気遣いが彼女にはない。それが出来るなら、とっくに婿を取って子供の一人でも儲けているだろう。
 貴族というのは総じてプライドが高い者が多いので、そんな女に魅力を感じる男は少ない。それでも近寄ってくる男というのは、伯爵家の名と財産が目当ての者がほとんどだ。そうした相手はオーレリアの方からお断りだろうし、これまで彼女が独り身だったのは、その辺りに理由があると言ってよかった。
 自身を負かした男とはいえ、以前の彼女なら男になど見向きもしなかったはずだ。そのことを考えれば、これほど一人の男に執着するオーレリアを見るというのはウォレスからしても新鮮なことだった。強いと言うこと以外にも、彼女の気を引く何かがリィンにはあったと言うことだ。
 そして、それは良い傾向だとウォレスは思っていた。
 オーレリアはまだ強くなれる。それはウォレスが見たいと願った理想に、また一歩近づくと言うことだ。

「――ッ!?」

 大気を震わせ、腹の底に響くような轟音に気付き、ヴィクターの足が止まる。
 剣士としての勘と経験が、すぐにここから離れるようにと警笛を鳴らしていた。
 ハッと何かに気付いた様子で空を見上げるウォレス。そして――

「まずい! 子爵閣下――」

 ヴィクターに声を掛けると同時に、ウォレスはその場から大きく飛び退く。
 しかし何を思ったのか、ヴィクターは逃げようとせず、空に向かって跳躍した。
 彼の視線の先にあるのは空より飛来する鉄の塊。その直後、爆音がこだました。


  ◆


「状況はどうなっている!?」
「正体不明の砲撃で中央の部隊は半壊。アルゼイド子爵並びにバルディオス准将の安否は不明です」
「クッ!」

 部下の報告を聞き、もくもくと立ち上る土煙を前に、オーレリアは苦しげな表情を滲ませる。
 まだ二人が死んだと決まったわけではない。ウォレスの実力は勿論のこと、ヴィクターの強さは彼に剣を学んだオーレリアが一番よく理解している。そう簡単に死ぬような柔な人物ではないと言うことも――
 ならば、いまは二人の安否を心配するよりも為すべきことが彼女にはあった。

「まさか、あのようなものを持ちだしてくるとはな……」

 敵陣の遥か後方、丘の上に見える巨大な砲台をオーレリアは忌々しげに睨み付ける。
 ――列車砲。ガレリア要塞に配備されていた戦略兵器だ。しかし、かの兵器は先のクロスベル侵攻作戦の際に〈神機〉の攻撃に晒され、ガレリア要塞と共に消滅したはずだった。それが何故ここにあるのか?
 簡単な話だ。何らかの理由で使えなくなった時や、修理のために備えを用意することはおかしな話ではない。
 ラインフォルトの倉庫に保管されていた予備を回収し、カイエン公が密かに組み立てさせていたのだろう。
 その負の遺産とも言える兵器を持ちだしてきたと言うことだ。

「将軍!?」
「機甲兵を前へ! 歩兵部隊は下がらせろ。あれは私が叩く!」

 自身も機甲兵に乗り込み、部下に指示を飛ばす。四機の機甲兵を伴い、敵陣へと突っ込むオーレリア。
 列車砲は次弾の装填までに時間が掛かる。
 なんとしても次を撃たれる前に列車砲を破壊する必要があると考えての行動だった。

「邪魔だ」

 立ち塞がる敵の機甲兵を、一撃で斬り捨てるオーレリア。戦車や機甲兵の投入を見送っていたのは、可能な限り民衆への被害を抑えるためだ。しかし相手が列車砲を持ちだしてきた以上、そうした考えは余計に被害を広げかねない。
 実際、彼等は味方を巻き込むことを承知の上で列車砲を使ってきた。
 敵の指揮官にとっては操られているだけの民衆など、時間を稼ぐための肉壁に過ぎないと言うことだ。

「新型機だと!? こんなものまで――」

 オーレリアの前に立ち塞がった四体の機甲兵。それはラインフォルトで開発が進められている新型の機甲兵だった。
 火力と重装甲が武器のゴライアスが一体に、機動力に優れたケストレルが三体。オーレリアの使用しているシュピーゲルも彼女のためにカスタマイズされた特注機だが、それでも新型機に及ぶほどの性能はない。ましてや彼女の部下が乗っている機体は、通常のドラッケンだ。性能の差は歴然だった。
 それでも、どうにか持ち前の腕で二体のケストレルと互角以上の戦いを繰り広げるオーレリア。しかし、その間にゴライアスとケストレルの連携の前に、味方の機体が一機、また一機と数を減らしていく。

「くッ! このままでは……」

 時間を掛ければ、どうにかなるかもしれないが、それでは列車砲の発射を止めることが出来ない。タイムリミットが刻一刻と迫り、焦りばかりが募る中、オーレリアは何か打開策はないかと必至に頭を働かせる。
 そうしている間にもオーレリアは目の前のケストレルを斬り捨て、返す剣でゴライアスの装甲の隙間を縫い、胸に剣を突き立てる。目の光を失い、その場に膝をつくゴライアス。仲間の数も半数に減ってしまったが、残りは二体。これなら――と操縦桿を握る手に力を込めた、その時――恐れていた瞬間が訪れてしまった。

「しまっ――」

 空に響く轟音。二発目が発射されたのだとオーレリアは気付く。
 空を見上げるオーレリアの胸を絶望が支配する。列車砲から放たれた砲弾が描く軌跡。それは明らかに本陣を狙ったものだった。
 あそこにはパトリックだけでなくアルフィンもいる。最悪の結果がオーレリアの頭を過ぎる。
 しかし、いまから引き返したところで間に合うはずもない。もはや打つ手はない。そう誰もが思った、その時――

「させるかよッ!」

 本陣と飛来する弾丸の間に、懐かしい声と共に一体の騎神が割って入った。

「〈蒼の騎神(オルディーネ)〉……クロウ・アームブラストか!」

 目を瞠り、その名を叫ぶオーレリア。
 ゼムリアストーンで作られたオルディーネのダブルセイバーが砲弾とせめぎ合い、

「うおおおおおッ!」

 打ち勝った。
 空中で爆散する砲弾。そしてオルディーネの右腕も武器と共に宙を舞い、地面に突き刺さる。
 騎神の操縦席で苦悶の表情を浮かべるクロウ。やはり砲弾を受け止めるなど無茶が過ぎたと思うが、

「何をやってる! いまのうちだ!」

 クロウの言葉の意図を察し、オーレリアはゴライアスに突き刺した剣を引き抜く。
 しかし、その前に立ち塞がる二体のケストレル。

「将軍は行ってください! こいつらは俺たちが――」

 性能で圧倒的に劣っているにも拘わらず、二体のドラッケンがケストレルを押さえ込む。
 そこにはクロウの登場によって火を付けられたオーレリアの部下の矜持、兵士としての意地があった。
 確かに性能では劣っているかもしれないが、それだけで勝負が決まるわけではない。
 勝てないまでも時間を稼げればいい。そうすれば、きっと将軍がなんとかしてくれる。
 そんな兵士たちの姿は、オーレリアにリィンの言葉を思い出させた。

『アンタは〈聖女〉を超えて何がしたい? 最強になってどうする? それが分からない以上、中身の伴わないアンタの剣は所詮モノマネだ。〈槍の聖女〉は疎か〈光の剣匠〉にも遠く及ばない』

 あの時、オーレリアは激昂した。
 許せなかったからだ。自分の努力を、夢を踏みにじられた気がして――
 しかし、彼女は敗北した。
 剣で負けていたとは思えない。経験で劣っていたとも思わない。
 あの不可思議な異能は確かに脅威だが、それを敗北の理由にするつもりはなかった。

(私は自惚れていたのだな)

 才能に溺れ、一人でなんでも出来ると思い込んでいた。
 英雄とは孤独なもの、理解されないのが普通だとバカにする者たちを見下し、自分で壁を作っていたのだ。
 力を示せば、女だからと言って甘く見る者もいなくなるだろう。そう当然のように信じ込んでいた。
 リィンは強い。しかし、それは彼だけの強さではない。守るべきものを持ち、仲間を信頼しているからこそ彼は強く、自分の強さに絶対の自信を持っているのだろう。
 負けられない強さ。それがリィンの根幹にあるのだとオーレリア思う。
 そして、それこそがリィンの目指す最強≠フ姿なのだろうと――

「敵わないはずだ。だが――」

 オーレリアの乗ったシュピーゲルの剣が、列車砲の胴体に突き刺さる。
 オーレリア・ルグィンはリィン・クラウゼルに敗北した。
 その事実は変わらない。しかし、

「私はオーレリア! オーレリア・ルグィンだ!」

 負けたままで終わらせるほど〈黄金の羅刹〉は甘くない。
 彼女の夢は、理想はまだ潰えていない。

 ――オーレリアは英雄を夢見る。

 その日、彼女は最強(リィン)≠ノ二度目の恋をした。




あとがき
オーレリアの過去話については、本作品独自の設定です。
原作では〈槍の聖女〉を超える武功を欲している理由など、明確にされていない部分があるため、貴族社会の事情などを絡めて考察しました。
百日戦役が絡んでいても不思議ではないので、その頃に両親が亡くなったという設定にしています。



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