西部での戦いが終息に向かい、本陣へと帰還したオーレリアは山積みとなった報告書に目を通していた。

「むしろ、この程度で済んだと喜ぶべきか」

 報告書に記された被害と戦死者の数に目を通しながら、オーレリアはそう呟く。
 暴動の規模を考えれば、この程度で済んだのは不幸中の幸いだと感じての言葉でもあった。
 動員された兵士の数は敵味方を合わせ六万を超える。そこに暴徒と化した十万を超える人々が戦争に参加したのだ。
 最悪の場合、数万を超える死傷者がでても不思議ではないとオーレリアは予想していた。
 しかし実際の被害は、予想の半分以下に抑えられていた。これは奇跡的と言ってもいい。

 要因は幾つかある。
 敵が列車砲を用意していたことには驚かされたが、その敵の切り札を早い段階で叩くことが出来たのは幸いだった。これはクロウ・アームブラストの功績が大きい。〈蒼の騎神〉の介入がなければ、本陣は大きな被害を受けていただろう。
 そしてサザーランド領邦軍の増援があったことや、〈光の剣匠〉の他にフィーやラウラと言った腕の立つ協力者や、ギルドの力を借りることが出来た点も戦いを長引かせずに済んだ要因として大きいとオーレリアは考えていた。
 何より――

 戦いの最中、突如として空を覆い、地上に降り注いだ光の粒。
 その光に触れた人々がグノーシスの精神支配から解放され、正気を取り戻したことが、戦いが早期に決着した最大の要因と言えた。
 女神の奇跡だと語る者もいるが、光の正体については何もわかっていない。
 しかしオーレリアは確信していた。その光を目にするのは初めてではなく二度目だったからだ。

「また助けられたようだな」

 あの光にオーレリアは敗れ、救われた。だからこそ分かる。これが決して女神の奇跡などではないことが――
 他にもリィンに近しい人物、フィーやアルフィンあたりなら気付いているだろう。
 しかし彼女たちは何も言わない。リィンがそれを望んでいないことを知っているからだ。
 オーレリアからすれば皮肉な話だった。
 彼女が求めても得られなかったほどの武功を上げておきながら、本人は誇ることすらしないのだから――
 しかし、それでこそ彼らしいとオーレリアは思う。

「このことは伏せておくべきなのだろうな」

 故に勘違いを正す必要もないだろうと、オーレリアは結論付けた。
 本人が英雄扱いされることを望んでいないからと言うのもあるが、実際にそれを話したところで信じられる者は少ないだろう。
 まだ女神の奇跡としておく方が、人々に受け入れられやすいと考えてのことでもあった。

「――将軍ッ!」

 一通り報告書に目を通し終え、次の仕事に取り掛かろうとした、その時だった。
 ラマール領邦軍の装いに身を包んだ一人の兵士が、天幕に駆け込んできたのは――
 部下の慌てた様子に、オーレリアは「何があった」と尋ねる。

「そ、それが……」

 まだ動揺を抑えきれない兵士の報告にオーレリアは怪訝な表情を浮かべ、状況を確かめるために天幕の外へと飛び出す。
 数人の兵士を引き連れ、撤収作業を行っている部隊のもとへと辿り着くと、報告にあったものをオーレリアは見つけた。

「なんだ。これは……」

 理解を超えた状況に、オーレリアは困惑の声を上げる。
 地平線の彼方まで続く光の道。
 視界に映るすべての線路≠ェ青白い光を放っていた。


  ◆


 肩で呼吸を整えながら、アルティナは目の前の敵を睨み付ける。
 一面を覆う草花の正体は、プレロマ草と呼ばれるグノーシスの原材料となる植物だ。
 黒の工房に出入りしていた頃、アルティナはこれと同じ青い花を目にしたことがあった。
 そして花畑の中央にそびえ立つ、全高二十アージュ以上はあろうかという巨大な扉。
 その扉の前に立つ人影。
 ――ルーファス・アルバレア。
 彼こそアルティナがリィンに命じられ、捜していた標的(ターゲット)の一人だった。

「なかなかやるね。こうも防がれるとは思わなかった」
「……あなたこそ」

 アルティナの新たな相棒〈フラガラッハ〉には、機甲兵と同じ〈リアクティブアーマー〉を展開する力がある。
 その〈フラガラッハ〉に傷を負わせるなど、普通の人間には不可能。〈重剣〉の二つ名を持つアガットにさえ出来なかったことだ。
 しかし、それをルーファスは導力魔法(オーバルアーツ)を戦術に組み込むことで対応して見せた。

(戦力を再評価。このままでは勝てませんね)

 いまのままでは勝てないと、アルティナはルーファスの評価を改める。剣術だけでなく魔法(アーツ)の扱いにも長けたルーファスの戦いは、一見すると器用貧乏のように思えるが、どちらも達人級の腕前でまったくと言って良いほど隙のないものだったからだ。
 それでも――

「ですが観念するのは、そちらの方です。もうすぐ――」
「リィン・クラウゼルが来るかね? 先程からキミが全力で戦っていないのも、時間稼ぎが目的なのだろう?」

 驚いた様子で、目を瞠るアルティナ。
 確かにリィンに命じられたのは、ギリアスとルーファスの居場所を突き止めることだ。
 ルーファスの言うように捕らえることが目的ではない。発見されて仕方なく戦いに応じはしたが、本来であれば交戦も避けるつもりだった。
 しかし、それは確実を期すためだ。

「……敵うと思っているのですか?」
「勝てないだろうね。彼は別格だ」
「それがわかっているなら何故……」

 リィンには敵わない。
 そう話すルーファスのが真意が読めず、アルティナは怪訝な表情を浮かべる。
 勝てないとわかっているのに逃げようともしないのは合理的ではない。
 だからと言って大人しく捕まるような様子でもない。もし投降するつもりなら、こうして戦うこともなかっただろう。

「閣下がそれを望んでいるからだ」

 困惑した様子を見せるアルティナに、ルーファスはそう告げる。

「どうして、そこまで……」
「この剣は閣下に捧げたからだ。これは騎士の矜持。私の意地と言ってもいい」

 益々分からないと言った顔を浮かべるアルティナ。
 言葉の節々からルーファスがギリアスに深く心酔していると言うことは理解できるが、それでも何処か彼らしくないとアルティナは感じていた。
 故にルーファスに尋ねる。

「……あなたは、もっと合理的な人かと思っていました」
「そっくりそのまま、その言葉をキミに返すよ」

 アルティナがルーファスに対して抱いている疑問を、ルーファスもまた持っていた。
 いや、ルーファスの方が驚きが大きかったと言えるだろう。以前の彼女なら、このような疑問を抱くことすらなかったと知っているからだ。
 命令に忠実に従うだけの道具。
 与えられた役割を全うするだけの人形。
 それがルーファスの知るアルティナ・オライオンという少女だった。

「良い意味で人間臭くなった。やはり彼≠フ存在が大きいのかな?」

 アルティナの変化にはリィンが深く関係していると考え、ルーファスは尋ねる。
 しかしアルティナは何も答えない。それこそが彼女が変わった証拠だとルーファスは受け取った。

「答えたくないなら、それでもいい。ミリアムとキミは、オライオン計画の集大成とも言える存在だ。キミたちの成長を知れば、閣下もお喜びになるだろう」

 黒の工房が研究を続けてきたオライオン計画。その数少ない成功例にして集大成とも言える存在が、ミリアムとアルティナの二人だ。直接計画に関わってきた訳ではないが、ギリアスを通じて二人のことはルーファスも知っていた。それだけにギリアスが二人のことを気に掛けていたことも、よく知っている。
 それは計画にアルティナが必要だったと言うだけの話ではない。クレアやミリアムのこともそうだが、彼女たちに必要以上の情報を与えなかったのは、情報が漏れることを恐れたと言うよりは彼女たちの行く末を案じてのことだった。
 ギリアスから、その話を直接聞いたわけではない。そしてこんな話をしたところで誰にも信じてはもらえないだろうし、ギリアス本人もまた認めようとはしないだろう。しかしルーファスは確信していた。
 ギリアスの目的を知る真の共犯者は、彼以外にはいないからだ。
 それはマリアベル・クロイスやカール・レーグニッツですら知らないギリアスのもう一つの顔。
 ルーファス・アルバレアが、彼の願いを知るただ一人≠フ理解者であることを示していた。

「それに彼女たちも喜ぶはずだ」

 ルーファスの言葉と共に、彼の周囲に複数の人影が転位してくる。
 数は八人。全員がアルティナの戦闘服とよく似た黒いインナーを纏っていた。
 その少女たちの傍らに見えるのは〈結社〉の人形兵器だ。恐らくは〈アガートラム〉や〈クラウ=ソラス〉と同じ形式のものだろう。
 アルティナやミリアムと違う点があるとすれば、彼女たちからは人間らしさ――感情のようなものが感じ取れなかった。
 虚な瞳。人形のような無機質な表情を目にすると、昔の自分を見ているようだとアルティナは寂しさを覚える。

「気付いたみたいだね。そう彼女たちは、キミの姉妹だよ」

 アルティナの型式番号はOz74。そしてミリアムがOz73。
 そのことからも分かるように、少なくとも彼女たちの他に七十を超える実験体がいると言うことだ。
 しかし、そのほとんどは実験の過程で命を落とし、廃棄されたとアルティナは聞いていた。
 ミリアム以外に自分と同じ存在が生きていることを彼女は知らなかったのだ。それだけに驚きが大きい。

「彼女たちは人形兵器との意識接続に成功した後期のタイプだ。もっともキミたちほどの力はないけどね。廃棄される寸前だった彼女たちを閣下が引き取ったんだよ」
「……どうして、そんな真似を?」

 そうする理由が分からないと、アルティナは疑問の声を上げる。
 言ってみれば彼女たちは失敗作だ。役に立たない道具は切り捨てられる。
 それはあの場所≠ナは当然のことで、そんな彼女たちをギリアスが引き取った理由がアルティナには分からなかった。

「計画の駒とするため――というのは表向きの理由だ。実際は贖罪≠ニ言ったところかな」
「贖罪? 何を言って……」

 ルーファスが何を言っているのか理解できず、アルティナの戸惑いは大きくなっていく。
 核心については何も触れていないのだ。アルティナの理解を得られるとはルーファスも思ってはいなかった。
 しかし、これ以上は自分の口から語る訳にはいかないとルーファスは考える。

「話はここまでにしておこう。その先を知りたければ、閣下に直接尋ねることだ」

 そう言ってルーファスが剣を抜くと、アルティナの〈姉妹〉たちは彼女を取り囲むように展開を始めた。
 これ以上、話に応じるつもりはないのだとアルティナは理解し、自身もまた戦いに意識を切り替える。

「それでいい。さあ、キミの成長を彼女たちに見せてやってくれ」

 ルーファスの言葉を合図に、一斉にアルティナに襲い掛かる〈姉妹〉たち。
 複雑な表情で、アルティナは自分と同じ境遇を持つ少女たちを迎え撃つ。
 ここにオライオンの名を持つ少女たちの戦いの幕が開けようとしていた。


  ◆


『あなたには姫殿下の護衛と監視を命じていたはずです。なのに懐柔されて、姫殿下の悪事に加担するなんて何を考えているんですか?』

 ミリアムは通信越しにクレアの説教を受けていた。アルフィンの護衛と監視を命じられておきながら、その役目を全う出来なかったためだ。
 味方はいない。本来なら庇ってくれるであろうアルフィンも、別の場所でエリゼの小言を聞いていたからだ。
 アルフィンの不在に一早く気付き、クレアに連絡をくれたのはエリゼだった。アルフィンの行き先については、すぐに予想が付いた。そこでクレアはトワを通じてクロウに連絡を取り、至急アルフィンの救援に向かって欲しいと依頼をしたのだ。
 実際、クロウの到着がもう少し遅れていれば、本陣は列車砲の直撃を受けていたはずだ。
 そうなれば本陣にいたアルフィンは無事では済まなかっただろうとクレアは話す。しかし、それにはミリアムも異論があった。

「いや、だから姿を消して姫様についてたんだし、ガーちゃんが一緒なんだから大丈夫だったと思うよ?」

 着弾の衝撃からアルフィン一人を守ることは、そう難しいことではないとミリアムは考えていた。実際、ミリアムと〈アガートラム〉の能力なら、それが可能だろうということはクレアにも分かる。だから彼女をアルフィンの護衛に命じたのだ。しかし、だからと言って危険な場所に護衛対象を連れて行って良い理由にはならなかった。
 例えアルフィンが望んだことであったとしても、それを止めるために護衛だけでなく監視を命じたのだ。
 なのにアルフィンの暴走を止めるどころか、連絡一つ寄越さなかったミリアムにクレアが激怒するのは当然の成り行きだった。

『と・に・か・く、帝都へ帰ったら始末書を提出してもらいますから、そのつもりで。その後は護衛を解任。トワ少尉と別の任務に向かってもらいます』
「え? 休みは?」
『……あるわけがないでしょ?』

 ギロリとクレアに睨まれ、「はい」とミリアムは小さな声で頷く。
 これからのことを考え、憂鬱な気持ちに耽っていると、ふとミリアムは何かを感じ取って立ち上がった。

『ミリアムちゃん? どうかしたのですか?』

 突然、席を立ち、明後日の方角を見詰めるミリアムに、クレアは怪訝な表情で尋ねる。
 普通ではない。そう思える何かが、いまのミリアムにはあった。

「分からない。でも、何か……」

 切なくて、苦しくて、そして――胸が痛い。
 どうして、そんな気持ちになるのか分からない。でも、その視線の先――
 空を覆う光の先で、何かが起きていることだけは確かだった。



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