番外『暁の東亰編』



 目覚めたハルナとも相談をした結果、レイカの提案通り杜宮学園に向かうことになった。
 だが、ここから歩いて行くには結構な距離があるし、街の中には怪異が徘徊している。それに目を覚ましたと言っても、ハルナの体調を考えると無理はさせられない。そこでリィンの取った行動は、適当な自動車を拝借すると言ったものだった。
 駐車場に停車してあった白いワゴンを一台確保するとリィンは運転席に腰掛け、レイカたちに車に乗るように指示をだす。

「運転できるの? まあ、あの様子なら大丈夫だとは思うけど……」
「問題ない。ロボットの操縦だってしたことあるしな」

 本当なのか冗談なのか分からない話を聞き、レイカは反応に窮する。
 ロボットと聞いて真っ先にレイカの頭に過ぎったのは〈機動殻(ヴァリアント・ギア)〉と呼ばれる人型機動兵器だ。
 軍人でもなければ、そんなロボットを操縦する機会などない。なら、リィンは軍人なのだろうか?
 と、レイカは目の前の男の正体を訝しむ。考えてみれば、あの犬のような怪物を一撃で倒したことといい、腰に下げている見たこともない武器といい、ただの民間人と考えるには無理があった。

「あなたって幾つなの? ……そう言えば、名前も聞いてなかったわね」

 助けられた時にレイカは名乗ったが、リィンの方は自己紹介をまだしていなかった。
 特に必要性を感じなかったというのがあるが、名前を聞かれなかったからというのが理由として大きい。
 そもそもあの時はハルナが倒れ、アキラやワカバの精神状態も余り良いとは言えない状況だったので、自己紹介をしているどころではなかった。

「リィン・クラウゼル、十八歳だ」
「十八!? てっきり、もっと年上かと……ちょっと待って、免許は持ってるんでしょうね?」

 そんなリィンとレイカのやり取りを、車の後部座席でアキラとワカバは驚いた様子で見ていた。
 プロ意識が高く、常に最高の歌と演技を意識しているためか、完璧主義のレイカは自分だけでなく他人にも厳しい。そのため人当たりがきつく、スタッフのなかにも彼女のことを苦手としている人は少なくなかった。
 そんなレイカが外聞を忘れ、素の自分をさらけ出して話をするというのは珍しい。
 それも相手が同性ではなく異性となれば、アキラとワカバが驚くのも無理はなかった。

「ないな。まあ、問題ない」

 そこで問題ないと言い切ってしまうリィンに頭を抱えるレイカ。
 だが免許どころか、勝手に車を拝借している時点で問題がないとは言えなかった。
 とはいえ、緊急事態だ。この際、仕方がないとレイカは自分を言い聞かせる。

「こんなレイカを見るのは、初めてかもしれないわね」

 クスクスと笑い声が車内に響く。
 声の主を探して助手席から半身を乗り上げ、後部座席を半眼で睨み付けるレイカ。視線の先にはハルナがいた。
 顔色は目を覚ました直後と比べれば、随分とよくなっている。
 そんなハルナの元気な姿を見て安堵するも、笑いの種にされたレイカは不満そうな表情を見せる。

「リィンさん。ありがとうございました」

 丁寧に頭を下げながら改めて感謝を口にするハルナ。
 助けられた当初は驚いたが、いまは怖いという感情よりも感謝の気持ちの方が大きかった。
 頭を下げるハルナを見て、ハッとした様子でアキラとワカバは顔を見合わせる。

「あの……ありがとうございました」
「ありがとうございました」

 ハルナに続くように、アキラとワカバも頭を下げる。
 全員が無事にあの場を切り抜けられたのはリィンのお陰だということは、彼女たちもわかっていた。
 ただ、いろいろなことが僅かな間にありすぎて心の整理がつかなかっただけだ。
 隣でニヤニヤと笑うレイカを見て、やられたとリィンは頭を掻く。
 アキラとワカバの様子を察して、ハルナと一芝居打ったのだろうとリィンは察した。

「そろそろ出発するぞ」
「ちょっと待って、まだシートベルトが――」

 意趣返しのつもりか、レイカの話を最後まで聞かずリィンは車を急発進させる。
 荒っぽい運転にレイカは抗議しようとするも、左右に激しく車体が揺れたことで小さな悲鳴を上げる。
 怪異を振り切るかのようにスピードを上げる車。声にならない絶叫が車内には響いていた。


  ◆


 別の場所では異質な武器を用い、怪異を圧倒する集団の姿があった。
 歳の頃はリィンとそれほど変わらない。制服から判断するに、学生と思しき少年少女たち。だが怪異を慣れた様子で堂々と相手取る様は、どこにでもいる普通の学生には見えなかった。顕現させた武器を手足のように使いこなし怪異を屠る姿は、見る者が見れば未熟なところはあるが、それでも決して素人とは言えない動きをしていた。
 彼、彼女たちが手にしている武器こそ、〈ソウルデヴァイス〉と呼ばれる怪異に対抗するために開発された特殊兵装だ。
 二〇〇五年頃から普及を始めた〈サイフォン〉と呼ばれる携帯端末にネメシスの開発した召喚プログラムをインストールすることで、それぞれの特性に応じた武器を呼び出すことが可能となる。ただ、誰でも召喚できるというわけではなく、媒介となる異界の素材や霊子体の他、適性がなければ武器を呼び出すことも出来ないことから、ソウルデヴァイスの使い手は〈適格者〉と呼ばれていた。
 そういう意味では、ソウルデヴァイスも兵器≠ニ言うよりは異能≠フ一種と言えるだろう。
 あくまでネメシスの開発したプログラムは、覚醒した適格者が十全に能力を扱えるように補助の役割を担っているに過ぎないのだから――

「もう少しだ。あと少しで――」
「時坂くん、先行しすぎよ!」

 グループの中でもリーダー格と思しき黒髪の青年は、仲間の忠告を無視して先走る。その表情にはどこか焦りが窺い知れる。
 彼等がいるのは異界化によって顕現した迷宮の一つ〈煉〉の柱。ここに来るまでに彼等は既に二つの迷宮を攻略していた。
 彼等が迷宮の攻略を急いでいる理由。それは杜宮市を襲っている異変の元凶――アクロスタワーに顕現した〈災厄の匣(パンドラ)〉へと通じる結界を解除するためだった。
 これまでにも彼等は、異界に関わる事件を幾つも解決に導いてきた実績がある。友達や家族を助けるため、或いは自分たちの住む街や生活を守るため、他にも任務や復讐と言った様々な理由で異界に関わり、怪異との戦いに身を投じてきた。戦う理由や目的は違えど、共に戦った仲間だ。目には見えない絆がある。だからこそ、彼女――柊明日香は、彼――時坂洸のことを心配していた。

「時坂くん、あなたらしくない。どうしちゃったの……」

 時坂洸という少年はぶっきらぼうなところはあるが、仲間の忠告を無視して一人で突っ走るような向こう見ずな性格ではなかった。
 ここにいる仲間たちのほとんどが彼の行動によって助けられ、その青臭い言葉に救われた者たちばかりだ。アスカもその一人だった。
 自分は一人で大丈夫だと頑なに助けの手を拒むアスカに、仲間の大切さを説いたのは他ならぬコウだった。
 なのに――何が、こうまで彼を変えてしまったのか?
 嘗ての自分と同じ道を進もうとするコウを見て、アスカは自分の無力さを痛感する。

「――私、行きます!」
「ソラさん!? あなたまで――」
「コウ先輩なら大丈夫です。いろいろとあって今は少し自分を見失っているみたいですけど、きっと自分の力で立ち直ってくれるはずです。だから――」

 コウが自分で気付くまでは、私が支えて見せると少女は笑う。
 郁島空。コウやアスカと同じ学園に通う一年下で、コウとは彼の祖父が師範を務める道場にお世話になっていた縁もあり、家族のような付き合いをしていた。
 ソラにとってコウは幼い頃の憧れであり、血は繋がっていなくとも兄のような存在だった。困った人を放って置けない損な性格で、いつも誰かのために頑張っていたコウの背中をソラはずっと見続けてきた。だからこそ分かることもある。ソラのよく知るコウという少年は、いつも輝いていた。どんなに大変な状況でも決して諦めず、希望を皆に与えてくれる存在。そんなコウはソラにとって、子供の頃に憧れたヒーローそのものだったのだろう。

「そんな風に言われたら、手を貸さないわけにはいかねーな。それに俺もアイツには借りがある」
「だね。姉さんとの件で僕も先輩には借りがあるし、ここらで返しておくのもありかな」
「あたしもコウ――時坂くんには恥ずかしいところをたくさん見られちゃってるから、この辺りで関係を対等にしておきたいのよね」

 三人の少年少女が、そう口にしながらソラに続くように前に出る。高幡志緒、四宮祐騎、玖我山璃音の三名だ。
 ソラと同じ杜宮学園に通う学生で、シオが三年。リオンはアスカやコウと同じ二年。そしてユウキはソラと同じ一年のクラスに所属していた。
 一人は元不良グループのリーダー。もう一人は人気アイドルグループのメンバー。最後の一人に至っては最近まで学園に必要最低限しか顔を出さず、ひとり暮らしをしている高級マンションに引き籠もっていた。
 年齢も立場も性格も異なる三人だ。普通なら、こんな風につるんで行動することもなかっただろう。
 その三人を結びつけたのは、時坂洸という一人の少年だった。

「まったくお前等は……だが、生徒が間違った方向に進もうとしているのなら、それを正すのは教師の役目か」

 国防軍で採用されている耐熱・防弾仕様のプロテクターを身に付けた男は指先で眼鏡の端を上げ、好き勝手いう三人に呆れた様子で苦笑する。
 彼の名は佐伯吾郎。ゴロウ先生の愛称で生徒たち(特に女生徒)に慕われる杜宮学園の英語教師だ。顔やルックスが良いだけでなく、なんでもそつなくこなす完璧超人で、それを鼻に掛けない性格から生徒だけでなく保護者や同僚からの信頼も厚かった。
 それだけであれば生徒の信頼厚い良い先生で済むのだが、その正体は国防軍が新設した異能対策部隊〈イージス〉の部隊長だった。
 いままで正体を隠していたのだが、先の戦いで彼等に正体を明かしてからは、杜宮市で起きている異変を食い止めるために協力関係を結んでいた。
 ネメシスやゾディアックの協力があるとはいえ、民間人に事件を解決されれば軍の面子は丸潰れだ。それに怪異に対抗できるほどの力を持つ〈適格者〉というのは数が少ない。ましてや〈グリムグリード〉と呼ばれる現実世界に直接干渉の出来るS級以上の怪異との戦闘経験と持つ有能な〈適格者〉ともなれば、出生や年齢など関係なく、どの組織も喉から手が出るほど欲しい人材でもあった。
 もっとも、そんな上の思惑など抜きにしても、ゴロウは彼等を放っては置けなかった。
 杜宮学園に教師として潜入したのは、あくまで杜宮で頻発している異変に対処するためだが、それなりに現在(いま)の生活に愛着も持っていた。

「だ、そうですよ。どうしますか?」

 最後に様子を見守っていた長髪の少女が、アスカに尋ねる。
 北都美月。杜宮学園高等部の生徒会長を務める少女だ。そしてゾディアックに名を連ねる十二企業の一つ〈北都グループ〉の令嬢にして後継者候補と目される人物だった。
 自身も優秀な〈適格者〉であり、その実力はパーティーのなかでもゴロウやアスカに迫るほどだ。
 ミツキの言葉の意図を察し、アスカは皆の顔を見渡し溜め息を吐く。

「……急ぎましょう。ほんとバカなんだから」

 自分を含め、本当にバカばかりだとアスカは苦笑した。


  ◆


「これは……」

 コウを追って迷宮の最奥へ足を踏み入れたアスカたちは、まるで戦場の後のように荒れ果てた広間の光景に息を呑む。
 迷宮の最奥で待ち受けているはずの怪異の姿も見当たらない。彼等が攻略した先の二つの迷宮と同じなら、ここにはグリムグリード級の怪異がいたはずだ。幾つもの異界事件を解決に導き、死闘を潜り抜けてきたコウであっても、それほどの怪異を一人で倒せるとは思えない。事実、認定レベルがS級以上ともなれば、ネメシスの執行者のなかで若手のホープと噂されるアスカでも厳しい相手だ。

 なら、怪異は? コウは何処に行ったのか?

 アスカたちは少しでも情報を得ようと、警戒しながら周囲に目をやる。
 そして何者かの視線を感じ、顔を上げたアスカの視線の先に――それはいた。

「悪魔……」

 アスカの様子に気付き、一斉に視線の先を追う仲間たち。
 全身を黒い鱗で覆われた悪魔のような男が、コウモリのような翼を羽ばたかせ宙に浮かんでいた。
 そしてアスカは目を瞠る。
 悪魔が左手にぶら下げている人影を見て、怒りを顕に叫んだ。

「時坂くん!」

 細剣のソウルデヴァイスを顕現させると、冷気を纏ってアスカは大地を蹴る。
 目指すは空に浮かぶ悪魔の心臓。一撃で急所を抉るべく、アスカは剣を突き出す。
 だが、

「――ッ!?」

 アスカの剣は敵の身体に届くことなく、人差し指の腹で受け止められていた。
 ありえないと目を瞠り、アスカは驚愕を声にする。次に彼女を襲ったのは、全身を貫くような衝撃だった。
 声にならない悲鳴を上げ、物凄い勢いで床に叩き付けられるアスカ。そのまま何度もバウンドをして床を転がりながら壁に叩き付けられる直前で、間に割って入ったゴロウとシオに受け止められた。

「先輩をよくも――」

 刹那――ソラの姿が消える。
 古流武術で鍛えた持ち前の身体能力に加え、異能によって風を纏ったソラの動きは達人の域にまで迫ろうとしていた。
 一瞬にして悪魔との間合いを詰めるソラ。側面に回り込むと手甲型のソウルデヴァイス〈ヴァリアント・アーム〉を全力で振り抜く。しかし、確実に捉えたと思われたソラの拳は宙を切った。
 ――ゾクリ、とソラの背筋を殺気が襲う。咄嗟に身体を捻り、腕をクロスすることで防御の姿勢を取るソラ。悪魔の手の平より放たれた光がソラを呑み込み、爆音を響かせる。

「カハ――ッ」

 肺から息を吐きながら地面に落下するソラを、翼のカタチをしたソウルデヴァイスを顕現させたリオンが空中で受け止めた。
 そんなリオンに目標を変更する悪魔。その手の平が、スッと逃げるリオンに向けられる。だが、悪魔が攻撃を放つより先に、ミツキの放った光の矢が悪魔に直撃した。
 魔法使いが持つ杖のようなソウルデヴァイスを掲げ、油断なく追撃を仕掛けるミツキ。杖の先端に集まった魔力が光となって、爆煙に塗れた悪魔に襲いかかった。

「はあはあ……」

 肩で息をしながら、ミツキは空を見上げる。並の怪異なら、それだけで消滅させられる弾幕の嵐。例えグリムグリードが相手でも、倒せないまでも相当のダメージを負わせられるだけの攻撃だった。
 しかし――ミツキは目の前の現実が信じられず呆然とする。爆煙の中から姿を見せた悪魔は無傷だった。
 まるで埃を払うかのような仕草をしながら、冷たい眼でミツキを見下ろす。

「下がれ! こいつはやばい!」

 ミツキを庇うように大剣のソウルデヴァイスを構え、シオは前にでる。
 身体が震えるような威圧感。この場にいる誰よりも、目の前の悪魔の強さをシオは感じ取っていた。
 怪異には脅威度を示す幾つかの階級がある。エルダーグリードと呼ばれる怪異は特異点を介さなければ現実世界に干渉できないが、S級以上の力を持つグリムグリードは直接現実世界に干渉する力を持ち、眷属を解き放つことが可能だ。そして脅威度SSS級以上とも言われる怪異。神話級グリムグリードは天変地異すら引き起こす力を有する。今回の杜宮で起きている異変も、この神話級グリムグリードが関わっているものと推測されていた。
 目の前の悪魔の強さを推し量るシオ。少なく見積もってもグリムグリード以上の強さを秘めていることは間違いない。それこそ神話級グリムグリードに匹敵する力を有している可能性すらあると考える。
 だとすれば、こいつが杜宮で起きている異変の元凶なのかとシオは考えるが――

「北都……こいつが捜している元凶なのか?」
「……いえ、恐らく違います」

 それはミツキが否定する。杜宮で起きている異変の元凶については、もうある程度の推測が出来ている。
 コウがあんな風に焦っていた理由についても、詳しい事情までは分からないがミツキには察しが付いてきた。

「あの怪物がなんであれ、このままでは全滅する。ならば――」

 生徒たちを庇うように、ライフル型のソウルデヴァイスを構えるゴロウ。
 額から汗がこぼれ落ちる。正直、分の悪い相手だということはゴロウ自身が一番よくわかっていた。それでも引けない戦いがある。
 ゴロウは十年前の災厄で恋人を亡くしている。いまのように怪異に襲われ、結婚の約束までした最愛の女性を彼は失っていた。だが皮肉にも彼女の死が、ゴロウのなかに眠る〈適格者〉としての資質を目覚めさせた。
 東亰冥災の後、国防軍の誘いに乗って軍人になったのは、同じような悲劇を繰り返させないためだ。
 ここで逃げ出せば、死んだ彼女に合わせる顔がない。
 あの時、守れなかったものを守るために、ゴロウは武器を手に取ったのだから――

「アンタだけに良い格好はさせねえよ。俺だって守りたいものはある」

 そんなゴロウの横に並び立つシオ。その手は恐怖に震えていたが退くつもりはなかった。

「――四宮! 玖我山と一緒に怪我人を連れて、さっさとここから離れろ!」
「でも……」

 ユウキは恐怖で足が竦み動けずにいた。
 しかし、それも仕方のないことだ。相手は天変地異すら起こせる怪物。人間など歯牙にも掛けない神のような存在だ。つい先日まで一般人だったことを考えれば、むしろ逃げ出さずにいるだけでも凄いことだった。
 本当なら、こういうのはコウの役割なのだろうとシオは思う。だが、いまはそんなことを言っている場合ではない。

「男を見せろ。いままでのことを思い出せ。お前は出来る£jだ」
「――ッ!」

 ユウキに激励を飛ばすシオ。
 確かにユウキは臆病で身体も小さい。単純な強さなら、ここにいる誰よりも弱くソウルデヴァイスがなければ一般人にも劣るだろう。
 しかし、彼がただの臆病者ではないことをシオはよく知っていた。

「クッ――」

 震える足を動かし、気を失ったアスカへと駆け寄るユウキ。その小さな身体でアスカを背中におぶさると、後ろを振り向かず元来た道を引き返す。
 そんなユウキの後を、ソラを背負ったリオンはゆっくりとした足取りで追い掛けた。

「……行ったか」

 二人が去ったのを確認して、ミツキにも声を賭けるシオ。

「北都、お前もさっさと行け」

 ミツキに逃げるように促すシオ。だがミツキは首を左右に振って、それを拒否する。
 先日まで一般人だったユウキやリオンと違って、ミツキは裏社会に通じる人間だ。それもゾディアックに名を連ねる十二企業の一つ〈北都グループ〉の関係者でもある。そんな彼女が軍人のゴロウならまだしも、ただの協力者に過ぎないシオやコウを見捨てて逃げることなど出来るはずがなかった。
 それに、もう一つ。どうしても彼女には確かめたいことがあった。

「……あなたは怪異(グリード)なのですか?」

 悪魔に対して質問を投げるミツキ。

「その質問は半分正解で半分はずれだ」

 目を瞠るミツキ。これにはミツキやシオだけでなくゴロウも驚いた様子を見せる。
 怪異と対話を試みたという話は聞かないわけではないが、はっきりとした答えが返ってくるとは思っていなかった。
 それはミツキ自身もだ。だが、ひょっとしたらという思惑はあった。だから質問を投げ掛けてみたのだ。

「怪異でないなら、あなたは一体……?」

 ミツキは困惑を隠しきれない声で、悪魔に対して再度質問をする。
 ふむ、とまるで人間のような仕草で、そんなミツキの問いに悪魔は反応を示した。
 それを見て、ミツキは眉をひそめる。会話をした印象は人間とそう変わらない。身体を覆う鱗や羽がなければ、怪異と判断することはなかっただろう。そう思えるほどに目の前の悪魔は人間臭かった。
 だが、あれほどの力を振う存在が人間であるはずがない。そんなミツキの疑問に悪魔は演技掛かった口調で答える。

「何者かと聞かれても困る。人であった頃の名前は忘れてしまってね。だから私のことは、こう呼ぶといい」

 ――シーカー、と。
 口の端を歪めながら、悪魔はそう名乗った。



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