番外編/第207.5話『子猫の家出』


「なんで、ここにいる? エステルたちと一緒に、リベールへ帰ったんじゃなかったのか?」

 何の前触れもなくカレイジャスを訪ねてきたレンを、リィンは訝しげな表情で出迎える。
 クロスベルの一件では協力関係にあったが、完全に心を許したわけではない。どちらかと言えば、遊撃士よりも自分たちに近い考え方を持つレンを、リィンはエステルやヨシュアよりも警戒していた。
 レンの真価は直接的な戦闘力ではなく、どんな環境にも対応できる適応力の高さ、状況に応じて最適な答えを導きだす頭脳の方にあるとリィンは考えていた。
 自分に有利な状況を作り出すことに関してはレンは天才的だ。最初から本気であったなら、仲間の協力があったとはいえ、エステルがレンに勝てる道理はない。その気になれば相手に気付かせることなく、命を刈り取ることも出来たはずだ。少なくともリィンですら、敵に回したいとは思わない能力をレンは秘めていた。

「ご挨拶ね。これでもクロスベルの件は恩に感じているのよ。鼠狩り≠ノだって協力してるでしょ?」

 レンの話す『鼠狩り』という言葉が何を意味しているのか、わからないリィンではなかった。
 結社から追放され、十三工房からも離反し、教会に追われている集団――『黒の工房』のことだ。
 黒幕の一人だったギリアス・オズボーンが死亡し、F・ノバルティスの生死が不明な状態では、残党と言った方が正しいだろう。

「やっぱり、お前か。クロウたちに協力してる情報提供者って言うのは……」

 そうした〈黒の工房〉の息が掛かった違法な研究所を、〈蒼の騎神〉が潰して回っているとの情報をリィンは掴んでいた。
 クロウがいるなら、ヴィータも一緒の可能性は高い。しかしヴィータが協力しているとは言っても、これほど的確に研究所の位置を探り当てられるのは不自然だ。
 十三工房はノバルティスが管理していたこともあり、リィンの知る限りではヴィータも〈黒の工房〉について詳しい情報は持っていなかった。
 それだけに帝国の内乱では、煮え湯を飲まされる結果に繋がったのだ。
 だとすれば、クロウの背後にはヴィータの他にも〈結社〉の内情に詳しい協力者がいるのではないか、と考えに至るのは当然のことだった。
 その候補に真っ先に浮かんだのが、彼女――レンだったと言う訳だ。故に最初から疑ってはいたのだ。

「程々にしとけよ。エステルやヨシュアを悲しませたくなければ尚更だ」
「あら? 心配してくれるのかしら?」
「こんなことで貴重な協力者を失いたくないだけだ」

 レンは執行者をしていたと言うだけあって、並の者では敵わないほどの高い実力を秘めているが、上には上がいないわけではない。執行者最強と名高いマクバーンに加え、〈鋼の聖女〉の異名を持つアリアンロードや、シグムントと言った最強クラスの怪物が相手では、例え〈アルターエゴ〉を持ちだしても逃げるのが精一杯だろう。事実、敵に回したくないというのは本音だが、リィンもその気になればレンを殺すことは難しくなかった。
 しかし、そんな真似をすればエステルやヨシュアを完全に敵に回すことになる。あの二人を敵に回すと言うことは、カシウスが動くと言うことだ。そうなれば、ギルドやリベールも黙ってはいないだろう。
 メリットよりもデメリットの方が大きいとわかっていることを、敢えて実行に移す猟兵はいない。
 逆に言えば、そうしたところもレンは計算に入れて動いていると言うことだ。

 だが、何事にも限度はある。

 過去に起きた教団事件も、帝国や共和国と言った大国の議員や貴族が多く関与していたこともあって、徹底的に真相が究明されることはなかった。
 今回の事件も同じだ。教会以外にも〈黒の工房〉を追っている組織や国は多いが、その多くは正義感に駆られて協力しているわけではない。
 工房の技術者を捕らえることで、少しでも〈結社〉の技術力を自国へ取り込みたいと画策する者たち。
 組織と自分たちの繋がりを知られるの恐れ、関係者の口封じを目論む者たち。
 レンがどこから研究所の情報を得ているかは知らないが、深入りしすぎればレンのことを疎ましく思う者も出て来るだろう。
 リィンが教会に〈黒の工房〉の情報を提供し、敢えて自分たちで潰そうとしなかったのは余計な恨みを買うことを避けたためだ。

「あの塔には魔女≠ェいるのでしょ? レンもそこまでリスクを冒すつもりはないわ」

 そうした警告のつもりだったのだが、余計なお世話だったかとリィンはレンの話を聞く。
 オルキスタワーにいるマリアベルのことに気付いていながら、敢えてそんな話をすると言うことは――
 レンなりの線引きは出来ていると言うことだ。
 少なくとも敵にならないのであれば、リィンもレンの行動をとやかく言うつもりはなかった。

「レンからも質問をしていいかしら?」
「……なんだ?」
「エステルに本当のことを話さなくてもいいの?」

 なんのことを言われているのかを察して、リィンは「そのことか」と溜め息を交えながら答える。

「必要ない」
「そう? ヨシュアは薄々気付いているみたいだけど、エステルはおバカさんだから……」
「その時はその時だ。マリアベル・クロイスは俺が殺した。それでいい」

 リィンがマリアベルを殺したと言うことになっている以上、表立って非難はしなくともエステルはリィンに良い感情を持ってはいないだろう。
 誤解を解くことは簡単だ。エステルをベル・クラウゼル≠ノ会わせれば良い。
 しかし秘密を知る者は少ない方が、ベルの正体が漏れるリスクは低くなる。
 ましてやエステルに隠しごとが出来ると思えない。
 むしろ、このままエステルとは距離を置いた方が、マリアベルの死に信憑性を持たせることが出来るとリィンは考えていた。

「話はそれだけか? なら――」
「まだ、あるわ。しばらくクロスベルを離れるんでしょ? 空の女神(エイドス)の足跡を追うために」
「お前、それを誰から……」

 さっさと話を切り上げようとした、その時。
 レンの口から予想もしなかった話を聞き、リィンは険しい表情を見せる。
 それはアルフィンたちや〈暁の旅団〉の関係者しか知らないことだったからだ。

「誰からも聞いていないわ。ただ状況から推測しただけよ。それに――」

 ヒントは幾つかった。
 並行世界の存在や、精霊の道を行き来できる騎神の存在。
 そしてクロイス家の悲願の裏に隠された真実に、ギリアス・オズボーンが為そうとした計画。
 ここ最近のアルフィンたちの様子や、リィンのこれまでの行動や目的から推測して、レンの導き出した答えがそれだった。

「レンは〈結社〉の執行者よ。〈黒の工房〉のことも多少なりとも知っている。〈教団〉のことも、ね」

 レンの過去を知るリィンは複雑な心境を表情に匂わせる。
 彼女もまた教団の被害者と言えるからだ。それは真実を知る権利が彼女にはあることを意味していた。
 偶然、答えに辿り着いたとは思えない。恐らくは先の事件が起きる前から、レンは自分なりに調べていたのだろう。
 各地に点在する〈黒の工房〉の違法研究所の位置を把握していたのも、そう考えれば頷ける話だった。

「連れて行ってくれと言うなら無理だぞ。そのことで散々揉めて、ようやく決まったんだからな」
「フフッ、大人気ね。でも、残念。興味はあるけど、それは次の機会にしておくわ」
「じゃあ、何が目的だ?」

 てっきり自分も連れて行って欲しいと言うかと思えば、あっさりと引き下がるレンをリィンは訝しむ。
 なら、半ば脅迫とも取れる危険な話を何故したのか?
 場合によってはリィンを敵に回しかねない発言だ。
 それほどのリスクを冒してまで一体なにを――

「子猫は好きかしら?」

 探るような視線を向けるリィンに、レンは無邪気な笑顔で尋ねるのだった。


  ◆


「なんでこんなことに……」
「だから注意したじゃない。エステルに本当のことを話さなくていいのかって」

 確かに、そんな話はした。
 しかし話をした数時間後に、こんなことになるとは誰も予想できないだろうとリィンは頭を抱える。
 警備隊の演習場で、リィンはエステルやヨシュアと向かい合っていた。
 どちらが勝つかとか、賭けをしているヴァルカンたちを見て、リィンは眉間にしわを寄せる。

「レンを返して!」
「だから誤解だって言ってるだろ。宿を貸して欲しいと言ってきたのは、レンの方からで――」
「もう誤魔化されないわ! マリアベルさんのことだって許してないんだから! 少しは良い奴かもしれないって信じかけてたのに……」

 レンがリィンに求めたのは、宿を提供することだった。
 そうすれば『秘密を知るレンの監視も出来て、都合が良いでしょ?』と提案してきたのだ。
 どういうつもりかと訝しみはしたが、結局リィンはレンの提案を受けることを決めた。
 メリットとデメリットを比較した上で、しばらく様子を見た方がいいと判断してのことだった。
 一度交わした約束である以上、リィンの方からレンを追い出すことは出来ない。
 故にレンを追ってきたエステルにはそのことを説明したのだが、納得を得られるはずもなく現在のような状況になっていた。

「……お前、こうなることがわかってただろ?」
「なんのことだかわからないわ。レン、まだ子供だから」

 都合良く子供のフリをするレンを見て、リィンは疲れきった表情で溜め息を漏らす。

「ごめん。エステルは一度こうと決めたら話を聞いてくれなくて……」
「お前も大変だな……」

 一方で申し訳なさそうに頭を下げるヨシュアに、リィンは親近感を覚える。
 苦労しているのだろうと言うことは、彼の心底困った顔を見れば窺い知れるからだ。
 しかし、こうなってしまったら口で何を言ったところで、エステルは納得しないだろう。
 話し合いで解決しないのであれば、残された方法は一つしかない。

「大サービスだ。二人で掛かってこい。あれから、どのくらい成長したか見てやるよ」


  ◆


 結果から言えば、決闘はリィンの勝利で終わった。
 しかし勝ちはしたが、リィンは驚きを隠せずにいた。
 以前エステルと一戦交えた時は、本気をだすまでもないくらいに実力の差があったのだ。
 なのにヨシュアと二人掛かりとはいえ、〈鬼の力〉を使うまでに追い詰められるとは思っていなかった。

 神機を相手に健闘したと言う話を聞いた時には、まさかという思いの方が強かったリィンだが、もう一度戦ってみて納得できる点もあった。
 前回のアレが本来のエステルの実力ではなかったのだと気付かされたからだ。
 誰かのために、共に戦う仲間がいて、初めて実力を発揮できるタイプ。
 誰にも負けない強さを求め、最強の背中を追い続け、理の域に達したリィンとは異なる強さだ。

「なるほど、クロスベルの遊撃士協会で働くことにしたのか」
「まだ完全に混乱が収まったわけじゃないしね。一度リベールには帰ったんだけど、こういう時こそ遊撃士の力が必要だって、父さんにも説得されて……」

 元よりレンの悪戯が原因だと察していたヨシュアと、あっさり和解したリィンは詳しい事情を聞いていた。
 まだエステルは不満そうな表情を浮かべているが、レンが自分からリィンに話を持ち掛けたと認めたことと、ヨシュアの説得もあって今は大人しくしていた。

「ギルドが住むところを手配してくれたんだけど、三人で暮らすには少し狭くてね……」
「ああ、なるほど。いまは手頃な物件なんて余ってないだろうしな……」

 宿屋に泊まると言う手もあるが、長期滞在となると宿代もバカにならない。
 やはり住むところを確保する必要があると考えたヨシュアはギルドに相談をし、そうして紹介してもらったのが単身用のアパートだった。
 多くの建物が倒壊の被害を受け、街の機能はまだ完全に回復したとは言えない状況だ。家を失った人々には政府が住む場所を用意するなどと言った対策も取られているが、圧倒的に住居が足りていないのが現状だった。街の郊外にあったため被害を免れた教会や、瓦礫の撤去が終わっている場所に仮設のテントを張って凌いでいるが、まだ半年から一年はこの状況が続くだろう。未だにリィンたちがカレイジャスで生活を続けているのも、そうしたクロスベルの事情が関係している。そんななかで単身用とはいえ、ギルドが所有する物件を紹介してもらえたのは幸運だと言えた。
 しかし元が単身用のアパートなだけに、二人でも狭いのに三人が暮らすには少し無理がある。
 二人に迷惑を掛けられないと、レンが泊まる場所を探していた理由も事情を聞けば納得の行く話だった。
 しかしエステルは、そんなレンの行動に納得していなかった。誤解は解けたと言っても、リィンを頼ったことも気に入らないのだろう。

「あのアパートに三人は狭いでしょ?」
「なら、大きな家に引っ越せば!」
「お金はどうするの? そんな余裕がエステルにあるとは思えないけど」

 レンに正論で説き伏せられ、ぐっと言葉に詰まるエステル。
 クロスベルの物価はリベールに比べて高い。ましてや宿泊施設の不足から不動産の価格は高騰を続けている。
 その点で言えば、ギルドが紹介してくれたアパートの家賃は良心的なものと言えた。
 猟兵に比べれば、遊撃士の報酬は安い。B級遊撃士と言えど、エステルやヨシュアの歳で家を買えるほどの貯えはない。
 無い袖は振れない。そんなことはエステルだってわかっていた。しかし理解することと納得することは違う。
 まだ不満げな表情を浮かべるエステルを見て、レンは溜め息を吐くと、これだけは言うべきか迷っていたことを口にする。

「それに馬に蹴られるのはごめんよ。あのカシウス・ブライトが、孫が出来るのを楽しみにしてるって話を聞いたら尚更……」
「まあ、確かにそれは居辛いよな……」
「「父さん!?」」

 レンの話に、リィンは納得した様子で頷く。
 カシウスの親バカは、リィンも知るところだったからだ。
 しかし知りたくもなかった情報を聞かされたエステルとヨシュアは、顔を真っ赤にして叫び声を上げる。

「まさか……」
「あのバカ親父!」

 こうなってくるとエステルとヨシュアにクロスベルへの出向を勧めたのも、ギルドが単身用のアパートしか用意しなかったのも、カシウスが裏で手を回したのではないかと邪推してしまうのは仕方のないことだった。
 矛先がカシウスに向いたことで、リィンは安堵の息を吐く。
 とはいえ、このままレンをカレイジャスに置けば、エステルがまた噛みついてくることは間違いない。
 そう考えたリィンは――

「私の家に? ええ、勿論。レンちゃんなら大歓迎よ」

 エリィの家で、レンを居候させることにしたのだった。



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